フレデリカの街へ
「フレデリカ……まさかフレデリカが友人だったとは……」
ホルスターに銃を戻して、俺は言った。
「おや、フレデリカをご存知でしたか。ならヘブンには行ったことがあるんですね」
そう言いながらテーブルの上にある料理を手で食べ始め、酷い臭いのするスープをフランシールは飲み干した。
「ハァ……少し運動をした後の食事は良いものです。スープは飲み干してしまいましたが、ジョンさんも食べますか?」
料理とはとても言えないないような物を乗せた皿を右手に持って俺に差し出した。
「いや、いらない」
「そうですか。ではソフィさんはいかがですか?」
「あっ、い、いえ、あまりお腹が空いて無いようなので……」
明らかに嫌がっていることがわかるが、誤魔化そうとソフィは笑顔を作っていた。
「そうなのですか。では、私一人で食べてしまいましょう」
フランシールはキッチンへ行くと残っている料理を食べ始めた。
フランシールが残りの料理を食べている間に俺はソフィにフレデリカの街の名前について聞こうと思ったが、ソフィは既に居なくなっていた。
扉が開いていることから外に出たことはわかり、俺は外へ出るとソフィは家の壁に向かってしゃがんで死体から目を背けていた。
ソフィに歩いて近付き、ソフィの側でしゃがみこんだ。
「大丈夫か?ソフィ」
近付いたことで気が付いたが、あの時と同じように体を震わせていた。
小刻みに震えていたソフィの肩に手を置くとソフィは顔をこっちに向けた。
ソフィは泣いていた。
「ジョン…さん」
「大丈夫じゃなさそうだな」
「ジョンさんっ!」
ソフィは名前を呼ぶと抱き着いてきた。
急に抱きつかれて驚いたが、引き剥がそうとはせずにそのままソフィの肩に手を置いてソフィの頭を左手で撫でた。
俺が落ち込んでいる時、よくマーカスがしてくれたことだ。
頭を撫でられると不思議と気持ちも落ち着いた。
ソフィに落ち着いて貰うために頭を撫でていたが、ソフィは黙ったまま泣き続けていた。
(やはり信頼している人間ではないと落ち着かないものか?)
ソフィの頭を撫でながらそんなことを考えていると後ろから銃を撃つ音がし、左腹の後ろから強い衝撃を感じ、俺は膝を地面に着いた。
「えっ……?」
頭を撫でられていたソフィも驚いた表情をし、俺の顔を見上げた。
撃たれた方へ振り向くと、そこにはフランシールに首を持ち上げられて気絶していたはずの兵士が上半身だけを起こして銃を持っていた。
その銃の銃口から少し煙が出ていることから、その兵士が撃ったことがわかった。
「……油断した」
呟いてホルスターから銃を取り出そうとしたが、銃を取り出す前にフランシールが兵士のすぐ側に突然現れて兵士に向けて右手で指を鳴らすと兵士は再び倒れた。
俺はホルスターから銃を取り出すことをやめてソフィの方へ向き直そうと体を動かした瞬間左腹近くで激痛を感じて地面に右手をついた。
「ジョンさん!」
ソフィが俺の体を支えてくれたことでなんとか上半身を起こすことができた。
左腹近くの激痛のせいで汗が吹き出して額から汗が大量に流れ、息を吸い込もうとすると左脇から激痛が走った。
「あら、ジョンさん。随分と苦しそうですね」
フランシールが後ろから声をかけてきたが、激痛で振り向くことができなかった。
「フランさん!……」
「大丈夫ですよ。すぐに治しますから」
そう言ってフランシールはしゃがむと俺の背中に手を付けた。
するとすぐに激痛を感じなくなり、さっきまでの痛みが嘘のように感じた。
「……すまない、助かった」
立ち上がってフランシールに礼を言い、支えてくれたソフィにも「ありがとう」と言った。
「いえいえ、さぁ、ヘブンへ行きましょう」
ソフィの言葉を遮るようにしてフランシールが言うとソフィはそのまま何も言わずにフランシールに顔を向けた。
「行くと言っても、どうやって行くんだ?歩きか?」
フランシールに質問すると、フランシールは左手を上から下へと勢いよく振り降ろすと、黒い隙間のような物が現れ、その隙間をフランシールが両手で広げた。
「さぁ、これでもうヘブンに行けますよ」
フランシールが広げた隙間から退くと広げられた隙間から玉座のような物が見えることがわかった。
隙間の中を見ているとフランシールが先程の兵士を担いで来た。
「行きましょうか」
フランシールは隙間の中へと兵士を担いだまま入って行き、俺も後に続いて入ると部屋に居た兵士や使用人達がフランシールに驚いている様子だった。
「フランシール様!?」
「まさか会えるなんて……」
「皆、落ち着け、久しぶりだなフラン」
驚いている兵士と使用人達に落ち着くように言うとフレデリカがフランシールに挨拶をした。
フレデリカは初めて会った時とは違う服装で、白いシャツの上に黒いコート、ジーンズを履いて両脚の太ももに銃の入ったホルスターを付け、靴はくるぶしより上まであるブーツになっていた。
「ええ、お久しぶりでございます。フレデリカ様」
「お前に様をつけられると違和感しか感じないな、あとその口調もだ」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」
フレデリカに指摘されてフランシールはさっきとは違う口調になった。
こっちが本来の口調なんだろう。
「ははは、やっぱりその口調の方がフランらしくて良いな。それで?その兵士は?」
「貴女へプレゼントしようかと思って捕まえたんだけど、必要ないかしら?」
フランシールは兵士を下ろして黒い剣を右手に取り出すと、兵士を仰向けにさせて首に刃を当てた。
「必要さ、だからその剣をしまってくれないか?フラン」
フレデリカは玉座から立ち上がるとこちらへ歩いて来た。
こっちに歩いて来る途中で俺に気付いたのか俺と視線が合った。
「ん?おお、ジョンじゃないか。すまない、久しぶりのフランとの会話で気が付かなかった。それと後ろにいる彼女は……」
「あっ、王様、おはようございます」
「ああ、おはよう。ソフィ・ヴェルシアで合っているかな?」
「はい、覚えていてくださったのですね」
「ああ、勿論だ。私は毎日、住民の名簿に目を通しているからな」
「あら、国を建てた時からずっと名簿に目を通しているのかしら?相変わらずね」
「ははは、目を通す時間が長くなるほど嬉しくてな。ついつい暇な時にも見てしまうこともある。……だが、自分で直した名簿を見たら目を通す時間が短くなっていたよ」
フレデリカの顔が笑顔ではなくなり、悲しそうな顔になり、周りの兵士や使用人達もうなだれていた。
「直した?貴女、まさか他の奴に国の管理を任せたの?」
フランシールの表情が笑顔ではなくなり、目を開いた。
フランシールの目は紫色で光を放っていた。
「すまないフラン、お前があれほど忠告をしてくれたのに私は……」
「黙りなさい」
「私は……国王として……」
「黙れ、それ以上口を開けば首を刎ねるぞ」
フランシールが身につけていたベールが外れてベールは地面へと落ち、ベールで隠されていた髪が外へ出てきた。
外へ出てきた髪は白く、美しいと思うほど輝いていた。
「……ああ、構わない」
そう言った瞬間、フランシールは持っていた剣を振った。
しかし、剣はフレデリカの首を刎ねることはなく、寸前で止まった。
「……何故、刎ねない」
「……今、貴女の首を刎ねたらこの国はどうなるのかしら?」
「……崩壊するだろうな」
「わかっているなら簡単に言うな、大馬鹿者めがっ!」
そう言うとフランシールの手から剣は消え、そして左手で拳を作ってフレデリカの顔面を殴った。
「ぐっ…!!」
フレデリカは勢いよく右の壁へ飛んで行き、壁に窪みができた。
「痛たた……全く、全然衰えていないな化け物め」
殴られた頬を撫でながらフレデリカは背中を壁につけるとそう言った。
「そう言う貴女はかなり衰えているじゃない、訓練が必要ね」
「ふふ、そうだな。またあの時のように訓練してもらうことにしよう」
「はぁ……貴女のせいで昔の私に戻るところだったわ」
「ああ、多少口調は戻っていたがな」
「うるさいわね」
フランシールはフレデリカに歩いて近付くと手を差し出し、フレデリカはその手を握って立ち上がった。
手を握り合っている二人は再び笑顔に戻っていた。