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Unlucky  作者: 碧眼の黒猫
第四章 忘れ去られた修道女
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夢はいつか覚めるもの

「なぁ、ジャック」


「なんだ?」


「お前いつまで俺のパーカー着てるんだ?服変える気ないのか?」


「そうだな、だがこれが一番落ち着く」


 服について会話している相手は俺を育ててくれた育ての親だ。

 名前はマーカス、マーカスは女好きでタバコをよく吸っていた。

 酒に関しては仲間と一緒に飲む時は飲んでいたが、それ以外で飲んでいたところは見たことは俺はなかった。


「そろそろオシャレでもしたらどうなんだ?せっかくいい顔してんのに勿体ないぞ?」


「どの服が良いかなんて俺にはわからない、だから落ち着く服を着てるんだ」


「なら俺が選んでやるよ。どうだ?」


 マーカスの提案に俺が悩んでいると答えを言う前にマーカスは俺の肩に手を回して引っ張った。


「悩んでないでさっさと行こうぜ?」


「おい、俺はまだ……」


「お前の答えなんか待ってらんないな、さっさと来い!」


 マーカスは時々強引な時があった。

 服の話になった時もそうだが、みんなで楽しむパーティの時も端っこで一人でいた俺を引っ張って仲間の集まりの中へ連れて行ってくれた。

 そのおかげで仲間も増えた。


「どうだ?似合ってないか?」


「俺は似合ってると思うぞ。なぁ!リゼ」


「はぁ……似合ってるんじゃない?」


「おいおい、なんだその冷たい態度は?嫉妬でもしてるのか?」


「何に嫉妬するのよ……」


 リゼと呼ばれた女性はリーゼロッテ、服などを盗んだら彼女に渡すことで何処かで金にして来てくれる。

 その金でリゼは街へ出て食事や服などを買って来てくれるが、服についてはほとんど俺や仲間達が盗んできた中から気に入った服を選んで売らずに残しているため、実際は食事代にしか金は使っていないだろう。


「じゃあ、なんだ?」


「私が持っている服は全部、私のお気に入りなの!貴方達のために残してるんじゃないわ!」


「良いじゃないか、そもそもお前男物なんて着ないんだし、一つや二つ無くなっても死ぬことはないだろ?」


「私の心が死んじゃうわ!」


「おっとそりゃ悪かった。そこまで考えてなかった。じゃあ相談所に相談でもしたらどうだ?」


「偽善者どもの巣窟に行って何を相談するのよ!」


「酷えな、そんな言い方するなよ」


「うるさいわね!」


「うるさいのはリゼの方だ。少し落ち着いたらどうだ?」


「貴方は黙ってなさい!ジョン!」


 普段ならこんなにうるさくすることはないのだが、リゼは服のことになると人が変わったように怒り出す。

 仲間内では誰でも知っていることなんだが、マーカスは御構いなしでリゼのタンスやクローゼットから男物の服を見つけると俺に着せた。

 結局服は貰えずに俺達はリゼに追い出されたが。


「悪い、結局追い出されて服を選べなかったな」


「気にしなくていい、俺はマーカスから貰ったこの服が気に入っているからな」


「はは、そうか。じゃあ、俺はもう着なくなったから全部お前にやるよ」


「良いのか?」


「ああ、置いてあっても邪魔なだけだしな」


「そうか、なら今から運び入れるか」


「そうだな、さっさと終わらせちまえば後が楽だしな」


 その会話の後俺達は一緒に服をマーカスの部屋から俺の部屋へと移し、その後は一緒に食料と飲み物を盗りに行った。


 それがまだ仲間達がいた頃の記憶だ。

 俺が盗みの仕事を手伝う内に仲間は次第に減っていった。

 ただ仲が悪くなって仲間がいなくなるならまだ良かったが、ほとんどは死んだ。

 マーカスもナディアが居なくなった次の日に死んだ。


「…ハァ…ハァ…ぐっ…もういい、置いてけジャック」


「弱音を聞くつもりはない」


 足や体を撃たれてまともに動けないマーカスを俺は肩を貸してスラムの近くまで帰って来ていた。


 何故こんなことになったのかは数時間前にマーカスの集めた仲間と一緒に食糧を調達するためにスーパーで盗みをした。

 しかし、仲間の中に別のスラムの奴が居たことに俺達は気が付かなかった。

 俺達はそいつに誘われて人通りのない路地で俺達はそいつの仲間に囲まれた。


 奴らは俺達が集めた食料を全て欲しがった。

 マーカスはリーダーの奴に食料を渡したら俺達全員を逃してくれるように要求した。

 リーダーがそれを承諾するとマーカスは全ての食料を渡すように仲間達に言い、俺と仲間は大人しく食料を渡した。

 だが、奴らは袋の食料を確かめると俺達全員を殺そうとした。

 なんとか俺は無傷で逃げられたが仲間はマーカスを残して全員死んでしまった。


「もういい、離せ……!」


「あと少しだ!諦めるな!」


「もういいんだジャック、もういい……どうせ戻っても俺は助からない……」


「……くっ、だが……」


 俺にもそれはわかっていた。

 スラムに戻ったところで医者はいない、マーカスがここまで意識を持っているのも奇跡なくらいだろう。

 俺の腕を強引に退けると壁に背中をつけてポケットに手を入れた。


「……へ、へへ……ゴホッゴホッ…なぁ、ジャック」


 マーカスは咳をしながら震える手でタバコの箱を取り出した。


「………」


 俺は何も言わずに自分のポケットからライターを取り出し、マーカスが箱から取り出したタバコに火をつけた。


「……悪いな、逝っちまうまえに吸いたかったんだ」


「………マーカス」


「何、泣いてんだ?お前そんな奴だったけか?……はは」


 俺が一番信頼をしていた人間が、最も大切な人がすぐ目の前で死にそうになっていると言うのに俺は何もできずにただ右手にライターを持ったまま眺めていることしかできなかった。


「……ジャック、俺は死ぬが……俺はお前に生きて欲しいと思ってる。だから……自分で自分を殺すようなことは……するなよ?そんなことしやがったら、いくら俺でも許さねぇ……からな……」


 俺はマーカスの言葉を黙ったまま聞いていた。


「…ジャック、俺にとって……お前と一緒に……居た…時間は……幸せ……だっ……た」


 マーカスは手にお気に入りのタバコの箱を手に持ち、口には火のついたタバコを咥えたまま死んだ。


「…………マーカス、安らかに眠ってくれ」


 マーカスの遺体は俺とマーカスだけが知っている場所に盗んだ車で運び、穴を掘って穴の中へと埋めた。

 その場所は月がよく見え、よくマーカスと一緒に月を見て飲んだり食ったりしていた。


 マーカスを埋めた場所へは月に一回は必ず行っていたが指名手配をされてからは半年に一回行けるかどうかくらいだった。


「今日も月が綺麗だぜ、ジャック」


「そうだな、美しいな」


 まだマーカスが死ぬ前、俺はマーカスに誘われて月を見ながら仕事で得た食料と飲み物で二人きりで飲んだり食べたりしていた。


「ここでお前とずっとくだらないこと喋りながら飲んだり食ったりしていたいもんだなぁ」


「そうだな、できれば……これが続けば良いな……」


「へへへ……ジャック、お前最近変わったな」


「……そうか?」


「ああ、変わったと思うぜ。好きな女でもできたか?」


「……好きな女、そう言われたらナタリアが思い浮かんだな」


「おっ、ナタリアか?良い女だよなぁ、それにあいつお前のことが好きみたいだし取られないうちに貰っちまったらどうだ?」


「……そうだな、少し考えさせてくれ」


「そんなんじゃ逃げられちまうぞ。いいか、女をモノにするにはなぁ………」


 突然視界がぼやけていき、段々とマーカスの声も小さくなっていった。


「ん?……おい、ジャック?聞いてるのか?……ジャック!」


「ジョンさん?……ジョンさん!……朝ですよ!」


 目を覚ますとソフィが昨日とは違う服装でエプロンをつけて俺の肩を揺らしていた。

 さっきまで見ていた光景が夢ということは気付いてはいたがマーカスと一緒に月を見ていた時の記憶の途中で俺は夢から覚めた。


「やっと起きました。朝食できましたから食べませんか?」


「……ぅん?、あぁ……」


 周りを見渡すと教会の中だった。

 特に何事もなく、朝を迎えることができたようだ。


「ほら、早く立ってください」


 ソフィの言われた通り、椅子から立ち上がって銃を取ろうとしたが銃が置いてあった場所には何もなかった。


「あ、ごめんなさい。外に出ていたもの全部バックパック?の中に入れておきました」


「あぁ、それならいいんだ」


「さぁ早く行きましょう!フランさんが待ってますから」


「わかった」


 バックパックを持ってソフィと一緒に俺は教会を出た。

 外に出ると強い風が吹き、白い花びらが空高く舞い上がった。

 風が無くなると白い花びらはゆっくりと落ちてきた。

 落ちてきた花びらの一つを手を出して掌の上に乗せた。

 白い花びらはとても美しく、夜に見た花びらとはまた違う感じがするような気がした。

 花びらを眺めていると再び風が吹き、手の上の花びらは飛んで何処かへと飛んで行ってしまった。

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