生きている実感とは
吊るされている人は全員同じように手と足を拘束されていて、手を拘束している手錠に似た拘束具の間を使って天井からぶら下がっているフックにかけられていた。
フックに吊るされている人達を見ているとその中に俺はソフィがいることに気付いた。
夜になっても帰ってこなかった理由はここで吊るされていたからだろう。
ソフィに近付き、首に手を当てる。
首は冷たくなっていたがまだ生きているらしく、脈があった。
俺はフックからソフィを下ろして肩に担いで階段を登ってブッチャーの元に向かった。
「あれ?その人、食べるの?」
「いや、違う」
俺は周りを見渡して椅子を探し、ブッチャーが立って調理をしている隣にあった背もたれが無い椅子を空いている手で持ち、部屋の壁に着けるようにして椅子を置き、ソフィをゆっくりと座らせた。
「じゃあ、どうして持ってきたの?」
「まだ生きているからだ。ここなら暖かい、そのうち意識が戻るはずだ」
「気が付いたら、どうするの?」
「何もしなくていい、彼女を怖がらせないようにしてくれ」
「うん、わかった」
「それと、これの鍵を知っているか?」
ソフィの手首を持って手錠を指で叩いて、ブッチャーに鍵を知っているか訊いた。
「それなら、お父さんが持ってるはず」
「そうか、わかった」
俺は調理部屋から解体部屋に行き、バラバラになった男の死体から鍵を探した。
男の死体からは見つからず、周りを探すと血だまりの中から鍵を見つけた。
その鍵を拾って調理部屋に行き、ソフィの手と足を拘束している拘束具を外した。
「お肉、焼けた、食べる?」
ブッチャーは焼いた肉を渡そうとしてきたがその肉は人間の肉だとわかっていたため、食べる気にはならなかった。
「いや、人間の肉を食べる気はない」
「そうなんだ……」
ブッチャーは少し落ち込んでいたが肉を食べているうちに落ち込んでいる様子もなくなった。
しばらくソフィの意識が戻るまでは店の肉をブッチャーに焼いてもらい、人間の肉ではない肉を食べながら待っていた。
「そのお肉、美味しい?」
「ああ、食べたいなら食べればいい」
「でもお父さんが……あ、そっか、死んじゃったんだった」
「あの男に何か言われていたのか?」
「うん、「俺の出す肉以外は食べるな」って言われてた」
「つまり、肉は人間の肉以外食べたことがないのか?」
「うん、いつも同じ味、毎日食べてたら、全然お腹いっぱいにならなくなった」
「それで、今回は我慢の限界で殺したのか」
「うん」
「……肉以外に米や野菜は食べていないのか?」
「ううん、時々だけど、お魚やお米も食べてたよ」
「……そうか」
ブッチャーは人間の肉だけを食べてまともな食事をあの男から取らされていないのかもしれないと思ったが、そんなことはなかったようだ。
ブッチャーが色々な肉を焼いて頬張っているとソフィの意識が戻った。
「………ぅ、ジョン……さん?」
「気が付いたか?ソフィ」
「……は、はい、ここは?」
「肉屋の調理部屋だ」
「起きた?お肉食べる?」
「……!?ど、どうしてその子が!?」
ブッチャーが焼いた肉を持って近付こうとするとソフィは驚いた表情になり、体を震わせていた。
「ブッチャー、今は近付くな。怖がらせるだけだ」
「えー、お友達になってくれるって、その人言ってたのに」
「そうなのか?」
ソフィに聞くと体を震わせながら首を縦に振った。
「何故友達になると?」
「その子は友達になったら助けてくれると言ったからです……私、あの時必死で……ジョンさんの言っていた通り手段を選ばずに逃げようとしました。でも、その子は店主さんの言うことを聞いていて、私は手と足の自由を奪われて、逃げることができなくて、もうどうしたらいいのかもわからなくなって……」
ソフィは段々と声を小さくしながら理由を話した。
「なるほど、それで逃げるために友達になると答えたのか」
「……はい、結局その子は店主さんに怒られて私を助けてくれませんでした」
「ごめんなさい、でも、お父さんはもういないから、安心していいよ」
「………本当、ですか?」
「ああ、こいつが殺した。丁度俺が来た時だ」
「そうですか……良かった」
ソフィはその言葉を聞いて安心したのか涙を流していた。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。酷いですね私、人が殺されたのに良かったなんて……」
「そんなことは気にしなくていい、泣きたければ泣けばいい、そうすれば少しは落ち着くだろう」
「はい……ありがとう……ございます。ジョンさん」
「礼ならブッチャーに言うべきじゃないか?」
「ふふ……そうですね、ありがとうございます。ブッチャーさん」
「良いよ、それよりお肉、一緒に食べよう?」
「あ、あの……そのお肉は…」
「人間のお肉じゃないよ?」
「大丈夫だ。本当に人間の肉じゃない」
そう言うとソフィは少しためらったがブッチャーから焼いた肉を受け取った。
人間の肉を焼いた鉄板ではなく、綺麗な網を使わせたので大丈夫なはずだ。
ゆっくりと口に肉を運んで肉を食べるとまたソフィは泣き出してしまった。
「大丈夫?もしかして、美味しくなかった?」
「いいえ……とても……美味しくて……生きてる実感がして……涙が出ているだけですから……大丈夫です」
その後もブッチャーの焼いた肉を泣きながら食べていた。
今回のことはソフィの心に深く傷を付けただろう、その傷が癒されて涙を流している彼女の顔はとても嬉しそうに見えた。
(生きている実感か……俺は生きている実感を感じたことは今までないな、どんな気持ちなんだ?)
俺は生きている実感という気持ちに興味を持ったがそれは感じたことのある人間にしかわからない、いつか俺にもその実感を感じる時が来るかもしれない。
しばらくして俺達は店から出ることにし、必要なものを持って外に出た。
外は人が1人も歩いていなかった。
「お肉、まだあったのに……」
「あそこにあった大量の肉は持っていけない、美味い肉を持つだけで諦めろ」
「うん、わかった。諦める」
「これからどうするんですか?」
「俺は城に向かう、昨日はそこで集合するはずだったからな」
「お城に?」
「ああ、旅仲間の一人が用があると言っていたからな、城の門の前で会うことになっていた」
「そうなんですか……もう、行ってしまうんですね」
「ああ、これ以上迷惑をかける訳にもいかない」
「あの……ジョンさん」
「なんだ?」
「その……旅をしているんですよね?」
「ああ、今のところはな」
「でしたら、その……私も仲間に入れてもらえたりはできませんか?」
「……付いて来たいなら好きにするといい、別に止めたりはしない」
「……!わかりました。では、付いて行きます」
「そうか、必要なものがあるなら一旦家に戻ってもいいが?」
「あ、はい、お願いします」
「わかった」
俺達は一旦ソフィの家に戻り、ソフィが準備を終えるまで外で待っていた。
「ねぇねぇ、ジョンサン、ジョンサン」
「なんだ」
「わたしも付いて行きたい」
「そうか、別に構わない」
「うん、わかった」
しばらく待っているとソフィが準備を終えて家から出て来た。
「準備は終わったか?」
「はい!では、行きましょうか」
「ああ」
俺達は城へと向かった。
城の近くまで来ると見覚えのある馬車があり、
馬車に近付くとハルが馬車から降りてきた。
「遅い、何をしていた人間。それと貴様らはなんだ?」
「あ、あの、私はソフィと言います」
「わたし、ブッチャー」
「名前など聞いていない、まあいい、来たのならもう我がここに居ることもない」
「ナディア達はどこに?」
「ナディアは馬車で寝ている。あの転生者はこの国に協力することになって住むことになった。奴隷の奴らはこの国に住めるように手配し、腕のない女はナディアと一緒に馬車に乗って寝ている」
「そうか、わかった」
「せいぜい死ぬことがないようにな?人間」
「ああ」
そう答えるとハルは紫色の炎に包まれ消えた。
「い、今のは……」
「すごい……ボっていって消えちゃった」
ソフィとブッチャーが感心している間に俺は馬車に乗って中を見るとナディアとエルマが馬車の中で寝ていた。
俺は馬車から降りてソフィ達に声をかける。
「馬車に乗ってくれ、なるべく静かにな」
「わかりました」
「わかった」
ソフィ達が乗ってから最後に俺が馬車に乗り込み、馬車の扉を閉めた。
明日はナディアとお互いに何をしていたか説明をすることになるだろう、俺は席に座って目を閉じた。