忘れていたこと
「………きろ……。……い…………、起きろ。死んでいないだろう?」
聞き覚えのある誰かの声に目を覚ますと、俺は城の中のような場所で寝ていた。
体を起こして周りを見ると長い階段の上で背もたれがやけに長い椅子に座っている黒い鎧を着た女が座っていた。
「ジェーン?………いや、違うな。誰だ?」
「ふむ、唯一無二である我が友と同じ姿ではあるが、すぐに別人と気が付くとはな………ふふ」
女は立ち上がるとゆっくりと階段を下りてきた。
女が歩く度に鎧が音を鳴らし、静かな空間に響き渡る。
その姿に俺はとてつもない威圧感を感じていた。
ただ黒い鎧を着た女が階段をゆっくりと下りてきているだけだと言うのに。
「無駄に長い階段だな。下りるのが大変じゃないか?」
威圧感で気がおかしくならないようにと適当に思ったことを口に出す。
こうでもしないと押し潰されてしまいそうな気がする。
女の姿を見ていて気が付いたが、確かに顔や体はジェーンと同じようだが、髪と瞳の色が違い、ジェーンとは少し違うところがあった。
「私は魔王だ。魔物達を従える魔物達の王、ならば王らしい場所に衣装が必要だ。今となっては必要のないことのようだが」
「魔王?………どうも強い威圧感を感じると思った」
「あぁ、そうだろう。私は原初の魔王ウロヴォロス、数多くいる出来損ないで、紛い物の魔王とは次元が違う」
ウロヴォロスは階段を下りきり、俺の目の前に立った。
おかしい、まだそこまで下りていなかったはずだというのに既にここまで下りてきた。
こいつは時間でも操れるのか。
「その通り、私は時間を操ることもできる。そして、ジョンが何を考えているのかも全てお見通しだ。私の前では全ての行いが無となる。隠すことはできない、逃げることも。私の前でできることはただ跪き、頭を垂れることだけだ」
「なるほど、なんでもありか……」
こいつはとんでもない化け物だ。
しかし、逃げることもできないなら死ぬしかないと思うが、そもそも俺は死んでいるはずなのにもう一度死ぬのだろうか、と疑問が浮かんだ。
「いや、お前は死んでいない。お前は何か忘れていないか?」
「忘れていること?……………思い出した。生命の泉……だったか?その水のせいで不老不死になっているんだったな……」
「そうだ。きっと、向こうでナタリアから話を聞いた友は、腹を抱えていることだろうな」
「……………確かに、傑作だろうな……。最期にと思って言ったことだったが、言って後悔した」
不老不死という実感がなかったせいもあるが、なによりマーカスのことで衝撃を受けていた為、そんなことを思い出すことも考えられなかった。
あの時、確かに俺はマーカスに刺された。
どうして俺のことをそこまでして殺したかったのかは知らないが、あんな無表情で笑顔じゃないマーカスを見たのは初めてな気がする。
「友はお前のために準備を進めていたぞ。何かは聞くな」
「そうか、じゃあ別のことを聞きたいんだが、ここはどこだ?」
「ここか。ここは城の中のように見えるだろうが、ここは我が魔力で作られている空間。友はドミナントテリトリーと名付けていた」
「支配領域か……。だから俺が考えていること、時間を操ることができている……と?」
ここがウロヴォロスの作り出した空間で、ウロヴォロスが好き勝手にできるというのなら、時間を操ることも相手の考えていることがわかるのも納得がいく。
「ほぉ……、流石だ。名前だけでそこまでこの空間のことを理解するとはな」
「名前も意味がないわけじゃない、ということだ」
「ただの飾りの時もあるが、意味がある時もある。そう言った方が良いんじゃないか?」
「言い方はなんでもいい」
「ふっ、そうかもな」
ウロヴォロスは腕を組んで薄暗くて見えない天井を見上げ、目を閉じるとため息をして顔を下へ向けた。
「もう少しお前と話していたかったが、そろそろ時間のようだ。お前を向こうへ返す。起きた時、少し苦しく感じるかもしれないが、死にしない」
「なに?どういうことだ?」
ウロヴォロスが腕を組んで笑うと、目の前が突然暗くなり、俺は急に息ができない苦しみに襲われた。
目を開けて体を起こし、心臓を押さえて息をしようと必死に息を吸い込んだ。
息を勢いよく吸い込みすぎたことで咳き込んでしまい、息ができるようになったのはいいが、咳の方が余計に苦しく感じた。
「落ち着け、死にはしないと言っただろう?」
口を手で押さえて咳き込みながら右を見ると、フランシールが木でできた椅子に座っていた。
「フ、フラン…げほっ…げほっ……」
「大丈夫か?水でも飲め」
フランは水の入った透明なコップを俺に差し出した。
俺はコップを右手でゆっくりと受け取り、水を一気に飲み干した。
「はぁ………、ここまで苦しい思いをしたのはインフルエンザになった時以来だ……」
段々と落ち着いてきたところへ、部屋の扉が開いてジェーンが入ってきた。
「調子はどうだ?ジョン・ドゥ」
「あぁ、最高だ。今見えているのが全部幻だったらもっと最高なんだがな」
「ハハハ、そうかそうか。それはなによりだ。女の前で素敵な言葉を遺そうとしたのに、生きて帰ってきてしまうとは………フ、フフフ……」
「頼みがある。銃を貸してくれないか?今すぐに自分の頭を撃ち抜いて、あの世へ逝きたい」
口元を隠して笑いをこらえようとしているジェーンをみた俺はフランに頼むと、フランは少し笑うとSAAを腰のホルスターから取り出して俺の頭に狙いをつけた。
「ああ、喜んで。だが引き金を引くのは私だ。お前には引かせない、それじゃ面白くないからな」
「そうか、じゃあ頼む」
目を閉じてフランが引き金を引くのを待っていると、音でジェーンが近付いてくるのがわかった。
「おいおい、本当に死ぬつもりか?それは悲しいな。折角、再会できたというのに」
「死にたいんだ。死なせてくれ」
「そうか、じゃあ私が送ってやる。フラン、銃をしまっていいぞ」
ジェーンが銃を取り出す音が聞え、俺は目を閉じたまま引き金を引くのを待っていた。
しかし、ジェーンはなかなか引き金を引かない、目を開けてジェーンを見ると、ジェーンは銃をホルスターへ戻して、俺が寝ているベッドの右側に座った。
「フフ………全く、母さんらしいな」
「母さん………?」
「ああ、お母さんと呼んだ方が思い出しやすいか」
「……………本当に、俺は死んでいないのか?」
「死んでいないさ、これは幻じゃない。さっき言った再会は、また母さんに逢えたという意味だ」
ジェーンは俺の目を真っ直ぐ見て言ってきた。
嘘を言っているわけではないように見えるが、信じるのは難しかった。
今、俺の目の前でベッドに座っている女性が、あのジェシカだとは思うことができない。
「信じるも信じないも勝手だ。だが、現実から目を背け過ぎるのは良くない、現実から目を背けるのは、心に余裕を持ちたい時だけにしておいた方がいい」
「…………そうか、悪かった。確かに、ジェシカのことを知っているのは俺と親しかったマーカスとナタリアの2人だけだった。だが、ジェシカのことを知っていて、お母さんと呼ぶことを知っているのは、ジェシカと俺だけだ。随分と変わったな、ジェシカ」
「そう言う母さんも変わった。人は変わる生き物だから不思議でもないが、母さんが変わったのは不思議に感じる」
「………悪かった。守ってやれなくて」
「気にしなくていい、私が勝手な行動をしたからあんなことになったんだ。母さんの責任じゃない」
ジェシカはそう言うと、顔を窓の外へ向けた。
俺もつられるように窓の外を見ると、綺麗な満月が雲一つない夜空に輝いていた。




