静かな森の中で
目が覚めるとまだ夜が明ける前だった。
(久しぶりに長く寝た気がするな)
この世界に来てから段々と睡眠時間が長くなっているような気がする、もう警察や探偵などといった奴らから逃げることがなくなったからだろうか。
そんなことを考えていると外から足音が聞こえてきた。
崩れた壁から外を覗いてみると小さな影が3つ走って行くのが見えた。
(子供?また抜け出したのか)
俺はすぐに拳銃を手に階段を降りて子供達の後を追った。
追っていると段々と追い付き、森の中に入って行くとどうやらあの宿にいた女性も追いかけていることに気がついたが、様子がおかしかった。
「どうして逃げるの!?私が可愛がってあげるって言ってるのにどうして信じてくれないの!?」
夜明け前の薄暗い静かな森の中に怒号が響き渡る。
「あんな奴らなんかより私の方が貴方達を幸せにしてあげられるのよ!貴方の身体の隅から隅まで私が愛して可愛がってあげるわ!」
女をよく見ると息を荒げているが疲れからではなく、顔が赤くなっていることや一定のペースで走っているところを見ると興奮からくるものだろう。
子供達も必死に逃げているがあと少しで捕まりそうになっていた。
「うふふ、捕まえー」
「そこまでだ」
一番後ろを走っていた女の子に手が届きそうになったところを後ろから女の肩を掴んで女の動きを止め、銃を後頭部に突き付けると女は一瞬だけ動きが止まったが女が再び動いたのを見た俺は迷わず引き金を引いた。
しかし銃弾は女に当たることはなく、俺の手から銃は弾き飛ばされてしまい、女の右手にはアルを脅していた時にも持っていた包丁を持っていたのを見た俺は女と距離を離してナイフをポケットから取り出した。
「早く!逃げよう!」
「で、でもあのお兄さんはどうするの?」
子供達は俺の心配をして足を止めたが、俺が居なくなれば子供達はすぐに追いつかれてしまうだろう。
「俺のことはいい、早く逃げろ」
「で、でも」
「ほら、早く!」
「ま、待って!それだとお兄さんが!」
「気にしなくていい、早く行け」
女の子は迷っていたが女が振り返りそうになったのを見ると他の子供達と一緒に走り出した。
子供達は森の奥へと走って行ったのを見た俺は女が追いかけられないように女が後ろを向こうとしたら女に向かってナイフを振り、後を追わせないようにした。
「邪魔よ、貴方。私は今忙しいの」
「そうか、だが黙って見ているつもりはない」
「貴方も私の邪魔をするの?なら……死ね」
女はあの時のように脅すのではなく、殺す気で包丁を持ってこっちに向かって来た。
こっちに向かってくる女の速さは人間とは思えなかったが魔王軍の幹部と比べれば遅い、しかしこっちは魔法も使えない人間、油断すればすぐに殺されてしまうだろう。
俺は集中して女の動きをよく見ながら攻撃できる隙をうかがったが、女が声を上げてする攻撃はとても荒く隙だらけだったが、恐らく魔法か何かで素早さを上げているのかその隙に入り込む事ができずに俺は避けるだけしかできずにいた。
「どうしたのぉ!?何もしてこないのかしらぁ!?アハハハハッ!!」
確かにさっきまでは簡単に殺せるかと思っていたがそんな事はなく、俺はこの世界の人間を舐めていたと感じた。
「貴方に付き合ってる暇なんてないのよ!私はあの子達を切り刻んでたっぷり愛情を注がないといけないの!だから…さっさと死になさいよぉぉ!!」
「そんなことをして何が楽しい?」
俺は女の攻撃を避けながら女にそう言うと女は一旦攻撃をやめて答え始めた。
「何がって子供を殺したって親はその時に涙を流して、守れなかった自分を悔やんで、御葬式をしたらそれで終わりなのよ?私が愛情込めて殺してあげた方が私が死ぬまで殺された子は私に愛され続けるの、その方が幸せじゃないかしら?」
「正気じゃないな。お前は狂ってる」
「ふ、ふふ、アハハハハハハッ!」
「何がおかしい?」
「ふふ、ごめなさいね。じゃあ…親が愛情込めて殴るのと私がそれ以上に愛情を込めて殺すのと貴方ならどっちが幸せだと思うかしら?」
「いくら愛情が込まれていても殺されるのは理解ができない」
「あら、簡単よ?子供は親に殴られると段々心を閉ざして家族も友達も周りの人間も信用できなくなるの、そしてその子の心は一生孤独のまま死んでしまう。だからそんな死に方をするよりいっそのこと愛情たっぷり込めて殺された方が幸せじゃないかしら?」
「俺はそうは思わない、生きていれば楽しいことはあるはずだ。たとえ一生孤独だったとしても」
「……貴方の言うことは確実じゃない、それにその楽しいことの前にどれだけの辛いことがあるかもわからない。だから殺された方が幸せなのよきっと」
(上手く時間を稼いだと思うが子供達は逃げ切れたか…?)
この女を足止めしてから逃げるには十分距離を離せるほどの時間を稼いだはずだが、まだ子供の足ではどのくらい遠くまで行ったかわからない。
「そろそろ貴方を殺さないと子供達を見失ってしまうからお話はここまで」
女が再び攻撃をしようとしていた時だった。
女の後ろに身長2メートル近くの不気味な白い仮面を付けた女が突然現れた。
「あ、貴女はー」
女が何かを言おうとしたが首を掴まれて持ち上げられたため、言葉は途中で途切れた。
女は必死にもがいているが包丁を持っている手はもう片方の手で掴まれて女は抵抗らしい抵抗もできずにそのまま首を折られて動かなくなった。
(片手で首を折った?魔法を使うとあそこまで力が上げられるのか?)
大女は首を折った女を放すとこちらに近づいてきた。
殺す気は無いようだがその見た目に思わず足が後ろに出てしまいそうになる。
「お前が子供達が言っていた男か」
「子供達……助けを呼べばいいとは言ったがまさか…」
「ああ、子供達に頼まれてお前を助けに来た」
「そうか、すまない助かった」
「……転移者か、よく生きていたな」
女は俺の服装を見て俺が転移者であることを見抜いたようだ。
「ああ、そうだな。自分でもそう思う」
「さて、私のやることは終わった。帰らせてもらう」
「子供達はどうしたんだ?」
「私の家にいる、余計な心配はしなくていい」
そう言って大女はまた突然姿を消し、薄暗かった森はいつのまにか明るくなっていた。
俺は弾き飛ばされた銃を回収して、首を折られて動かなくなった女の死体を漁った。
女の服のポケットには恐らく子供の髪の毛の束や足か手かわからないが指、歯などが出てきた。
(何か金になるものは無いのか?)
隅々まで調べるが恐らく持ち物に金になるようなものは無く、宿に置いてあるのだろうと考えた俺は女が身につけている物全てを取り、取ったものを持って宿へと戻ることにした。
魔法が使える相手には圧倒的に不利のジョン、今のところは誰かに力を借りないと狂った人ですら殺せません。