第六十八話「世界樹(ワールド・ツリー)」前編
第六十八話「世界樹」前編
「疑問にお答えしますが、私が転移前の斎木 創さんの素性を知る理由は簡単です」
赤い髪と瞳の魔女は少し口調が変わり、そして面食らったままの俺達にそう切り出した。
「私は……いえ、私達は数百億年も昔からこの世界を見守ってきた存在で……」
「数百億年!?貴女、なにを……っ!?」
突拍子も無い歴史にマリアベルが怪訝な顔をするが、俺はそれを右手で制して赤い魔女に問う。
「”達”……今、”私達”と言ったな?と言うことは……」
――このフェリシダーデという女は只者では無いと思っていたが、まさか……
「ふふっ」
俺の真剣な眼差しに魔女の赤い唇が緩む。
「お前……まさかもう一人の……ユグラシア世界の女神擬きか!?世界を創ったという世界樹なのかっ!?」
俺が転移させられたあの時、あの光りの塊、忌忌しい”女神擬き”は言っていた。
自分は世界を形作り管理維持している”超超超高位意識体”で、俺がクリアしたPCオンラインゲーム”闇の魔王達”の世界観はこの異世界を模して作られた物だと。
そして、ゲーム”闇の魔王達”は俺の元居た世界で異世界を救える素養を持った人間を選別するために、自分と同じ”超超超高位意識体”である異世界の神によって俺の居た世界に配布されていたのだと。
――だから、この異世界にもアレと同列の”女神擬き”が居ることは当然予測できた!
「そうですね……その問いには半分正解と答えておきましょう」
フェリシダーデ・カレド=ウィズマイスターを名乗る”フレストラント公国の貴族令嬢”……いや!”謎の赤い魔女”……いいや!!この異世界の”超超超高位意識体”、”世界樹”は、狼狽えながら迫る俺を見て余裕で微笑む。
――は、半分?どういうことだ!?
「斎木 創さんは、貴方の居た世界とこのユグラシアの造物主たる二人の世界樹がどういう条件で取引をしていたか聞いていますか?」
そして、態とだろうゆっくりとした口調で続けて聞いてくる。
「確か……俺達の世界の神を名乗る女神擬き、”世界樹”は……異世界の世界樹が選別した人間を異世界に送り込み、その見返りとして”なにか”を受け取っていると……」
そう、俺達を勇者として異世界に送り込む代価として取引しているみたいな話だったが、結局”それ”自体が”なに”かは教えてくれなかった。
――まぁ、あの時は……
――色々と”いっぱいいっぱい”だったからなぁ
「そう……そうなんですね……あの……あの女っ!く……やっぱりあの……クソビッチ!!どのツラでそんなクソふざけたことほざいてやがんのよっ!チッ!チッ!チッ!!」
「っ!?」
――うおっ!?な、何だって言うんだ!?
フェリシダーデは肩をふるふると震わせ、赤い唇の端はピクピクと痙攣していた。
零れた言葉はとても女神とは思えない汚い暴言の数々である。
「ちょっ……ちょっとはじめくん、貴方の友人のこの女、ちょっと……」
ドン引きのマリアベルが俺に耳打ちするように遠慮がちの声で聞いてくる。
「うっ……」
――いやいやマリアベルさんや、こんな”正体不明”で”お下品”な女神擬き達と俺は全然友人関係じゃないですよ!
キッパリとそう答えたいのは山々だが、不意に訪れた千載一遇のチャンス!
この状況では引き出せる情報は引き出したいと……
俺は咄嗟にマリアベルへの応えに窮していた。
「まぁ……良いでしょう。ええ良いとしておきましょう……ふふふ……」
――だ、大丈夫か?……この女
舌打ちで散々に怒濤のリズムを刻んでいた赤い女は、全然良いとしていない引き攣った笑みで俺に声を掛ける。
「それで斎木 創さん、私のことですがフレスベンの城でお会いする前に見覚えはなくて?」
「いえ全くっ!!友達では無いです!知りません!後生です、お断りを……」
「?」
――しまった!!
なんだか陰鬱な本性を垣間見せた女の、再びあからさまな猫かぶりに俺はつい本心を口にしてしまっていた。
「いや!違うんだ!!えっと……見栄えが良くても、なんて言うか……性格がアレだったり、何かと暴力をふるうような厄介な女達にこれ以上関わり合いになりたくないと!!……つい本音が……お……あれ?あれ?」
ガコッ!
「ぎゃふっ!!」
大事なところで嘘が吐けない正直者の後頭部は、魔槍の柄で割と容赦無く小突かれていた。
「は・じ・め・くぅーん?それは誰のこと言ってるのかしら?」
――くっ!!雪女や蛇女や鋼鉄女だよっ!!
頭をヘコまされたとはいえ、口が裂けてもそんな事が言えない俺は……
「…………ごめんなさい」
勿論、素直に謝る以外に選択肢は無い!
――ないのだ……うぅ……ぐすん
「ええと、斎木 創さん?」
「う……はい……全然覚えが……」
蒼き竜の美姫に小突かれ悄気る可哀想な俺に、再びフェリシダーデが問うてくるが……
何度聞かれても答えは同じだ。
――知らないものは知らない!
「本当に?」
「本当です!」
フェリシダーデの確認に即答する俺。
――だいたい、マリアベルの手前言いにくいが抑もこんな美女に会ったことがあるならば、俺のピンク色の脳細胞が決して忘れるはずが……
「…………」
「…………」
意味深に見詰めてくる?赤い魔女。
「……………………”わかりました同胞よ”」
――はっ?
――なに言ってんだ?誰が何時、誰の同胞になった?
「……清浄なる光翼」
――え……と……?
訳の分からんことを呟いた魔女は、続いて俺に手を翳し……
なんだか変な……魔法行使の時のようなジェスチャーをする。
――”わかりました同胞よ”?
――”清浄なる光翼”?
覚えがないとブンブン横に振っていた俺の頭は止まり、しきりにハテナを浮かべていた。
――え……と……こ、この言葉は……なんか……
――聞き覚えというか、すごく思い出したくないが忘れられない様な……違和感……が
「………………………………………………あっ!?」
そして俺は思い出した。
「ふふふ、やっと思い出してくれましたか?」
「う……あぅ……」
ニッコリ微笑む赤い魔女と、咄嗟にどんな顔をして良いか分からない俺。
「…………ふぅーん……やっぱ知り合いなんだぁ……」
そして、そんな俺達を怪訝そうなジト目顔で見るマリアベル嬢。
――いや、お嬢様、俺とこの魔女はそんな色気のある間柄では決して無いぞ……
「ふふ」
「……」
――とはいえ、成る程……
俺がこの……フェリシダーデと名乗る女に出会ったのは確かに三百年以上も前、回数にして今回で四回目になるのか?
俺はココに来てようやっと、この赤い髪と瞳の魔女との因縁に気づいたのだ。
二回目の再会は俺のボロ家で、俺とマリアベルが出会った夜だ。
勇者レオス・ハルバと共に押し込み強盗の如く強襲した勇者仲間の一人として。
直近、三回目の再会はフレストラント公王に交渉に行った時に”貴族令嬢”として。
フレストラント公国、フレスベン城で子爵令嬢フェリシダーデが俺達の前に現れた時、俺のボロ家を襲撃した勇者レオス・ハルバのメンバーの一人だったとすっかり忘れていた俺は、随分とマリアベルに呆れられたものだが……
――その時に感じた”違和感”
マリアベルが俺に指摘したのは勇者が我が家を襲撃した夜にこの赤い魔女が居たこと。
既に”一度”会っているでしょう!と言う指摘だが……
――なんだか違う?と……
ものすごく近いが違う違和感だと俺は感じていた。
あの時も、現在の様に赤い髪と瞳の神秘的な美女は微笑っていた。
「……」
――そして現在なら解る!あの時の違和感
――ものすごく近いが、違う違和感は……
あの時、斎木 創が、現在フェリシダーデと名乗る魔女に会うのは二度目では無かったと言うこと!!
答えが解ればなんてこと無い。
俺の自宅に踏み込んで夜盗紛いの行為を働いたあの”勇者一行”に居た女というのは実は俺にとっては二度目で、俺が最初にこの魔女に出会ったのはもっと遙か以前……
謂わば、フレストラント公国での”違和感”は二度目で無く三度目の……
実際は違和感の既視感とでも言うようなものだったからだ。
「”わかりました同胞よ”と”清浄なる光翼”か……嫌な響きだ」
斎木 創が最初にこの”赤い魔女”に出会った時、魔女は”フェリシダーデ・カレド=ウィズマイスター”では無かった。
「完全に思い出されましたか?人間にはちょっとばかり昔過ぎて記憶が曖昧なのも仕方が無いでしょうが……貴方の中に在る”違和感”の正体は解りましたよね?」
――くっ……名前どころか髪や瞳の色、声まで違いやがる……
フェリシダーデが先に放った二つの言葉を苦い顔で繰り返した俺、それを赤い髪と瞳の神秘的な美女はずっと満足したように微笑って見ていたのだ。
「まぁな、俺はお前ら”女神擬き”に甘やかされた”勇者共”とは違って、ちゃんと身を削ってお勉強したからなぁ」
「?……えと……はじめくん?」
俺はゆっくりと相手の表情を確認しながら、意味が解らないという顔のマリアベルを置いてきぼりに魔女とやり取りを続ける。
――鍵となったのは……発音だ
「”わかりました同胞よ”と”清浄なる光翼”……ただの受け答えの言葉と、神聖系統の魔法名称だが、俺には……ものすごぉぉーーっく!!不快で因縁のある言葉だよ!」
――そう、これは……
俺がこの異世界に飛ばされた時に聞いた理解不能な現地言語。
「あら、それはそれは……けれど私にも色々と事情があったのですよ」
「俺の人生最初に絶望を与えた魔女の言葉だ……おっと、あの当時は”似非聖女”だったか?」
不機嫌な俺の言葉を軽く流そうとする相手に、俺もお構いなしに続けた。
――”わかりました同胞よ”
発音は……
――”Sim.Um amigo”
俺を異世界に送り込んだ適当な”女神擬き”のせいで、謎の魔神と一緒に刺された俺をその魔神ごと消し去れと命令したバカ勇者に応えた女の言葉だ!
「似非聖女とは心外ですね、当時の私はシャルロット・カルデナ、歴とした東方正教会の……」
そして実際に俺にトドメを刺した浄化魔法……
――”清浄なる光翼”
発音は……
――”Luz sagrada!!”
魔法名……固有名詞だからこっちは発音も同じだ。
「どちらも転移直後、言語を理解できなかった俺には意味不明の発音だったが、異世界の言語を学んだ現在の俺には完璧に理解できる!」
「…………」
俺はあのインチキ”女神擬き”の恩恵により、聞くのも話すのも自動翻訳されるお手軽な”勇者”共と違って”必死”に!”死ぬ”思いで!異世界の言語を学んだのだからっ!
俺は相手の弁明にイチミリも聞く耳を持たずに続けていた。
「ほんと、久しぶりだなぁ……そうそう”シャルロット”ちゃんだったっけ?」
その時、俺はどういう顔だったろうか?
「…………」
俺を最初に屠った相手への怒り?
それとも戸惑い?
「ふふ、取りあえずは思い出して頂き光栄です、斎木 創さん。この前とその前の再会を除けば”三百年と少し”ぶりですね」
「異世界駅前留学の賜だ。三百と二十五年ぶりくらいか?なぁ?」
結局――
色々複雑すぎて訳の分からない感情に突き動かされた俺は、何時も通り道化を纏い、戯けた様に笑って――
ジャキン!ジャキン!
そして両手の短剣には殺気が満々だった。
「は、はじめくん!…………っ!?」
俺の態度に、様子を見ていたマリアベルも魔女が敵だと判断して槍を構えようとするが……如何せん回復には程遠く、直ぐに蹌踉けて何も出来ない。
――
「…………折角、感動の再会ですのに随分と物騒ですのね?……ええと、確かに私は三百年前も現在も貴方の天敵、勇者の仲間ではありましたが、私自身は決して”貴方の敵方の人間”というワケでは……」
「やっと理解したよ、思い出して理解した」
俺は今更こんな胡散臭い女の言い分なんぞ聞く気は微塵も無い。
「…………」
――他人様の人生を弄ぶ、こんな”人外”の言葉など二度と……
「はじめくん……」
二本の短剣を油断なく構える俺と、余裕で微笑したままの赤い魔女。
二人の間に漂う張り詰めた空気に、禄に動けない蒼き竜の美姫はそれでもなんとか槍を構えて俺に寄り添って立つ。
「…………」
俺に言葉の尽くを塗りつぶされても、自信たっぷりのまま、赤く怪しく光る瞳。
「……」
「……」
自分の実力に絶対の自信があるのか、それとも死に損ないの俺達二人など相手ではないと思っているのか、或いはその両方だろうか……
だが、俺は俺達は!それでも引くわけには行かない!
「理解してるんだよ、そうだな……お前は敵方の”人間”なんて可愛い存在じゃ無い……お前は人智を超えたバケモノ、めがみもど……」
「言っておきますが、私、貴方の知る”女神擬き?”とやらと繋がってはないですよ?」
――なっ!?
俺は一瞬だけ呆気にとられるが……
「今更、苦しい言い逃れを……」
「はぁ、ですからねぇ、私は確かに”超超超高位意識体”……世界の始まりから存在する”双子の世界樹”と呼ばれるうちの一人ですが、貴方の遭遇したもう一人の世界樹とは協力関係でも仲間でも無いのよ、あああっ!!あんなクソビッチと仲間だなんて考えただけで吐き気がするわっ!!」
「っ????」
――う……どういうことだ?
――いいやっ!
「ど、どっちだろうと同じだよ!お前は”異世界側の女神擬き”だろうが!テメェの都合で”闇の魔王達”質の悪いゲームばらまきやがってっ!!他人様の人生を弄ぶ人外の輩が、キッチリと落とし前を付けてもらうぞっ!!」
――そうだ、惑わされるなオレ……抑も”異世界側の女神擬き”が俺を飛ばした”元の世界の女神擬き”に依頼して俺達プレイヤーはこんな理不尽な負のクリア報酬を……
「…………」
だが、威勢の良い反論をしていても、俺の両手に握った短剣はピクリとも動かない。
「……はじめくん?」
隣で氷雪竜姫の蒼石青藍の瞳が、俺が直ぐにでも切るだろう戦闘の火蓋を待つが……
「…………」
俺は完全に躊躇していた。
――わ、わからん……どうするのが正解なのか……
「…………」
――よ、善く善く考えたら……勝てるのか?この消耗しきった体で?
「…………」
――いや、それを言うなら……”女神”……”神”なんていう人外と、この世界の創造主とも言える存在と真面に勝負とかできるのかさえ怪しい?
「…………ぅ」
ココに来て俺は、一時の感情に左右され無計画に戦いを挑もうとしたことに後悔し始めていた。
「はじめくん……ど、どうするの?」
消耗で膝がガクガクと覚束ないマリアベルが魔槍を構えた状態のまま俺に目配せする。
「さぁ、さぁ!!ご主人っ!!ヤルならっ!いやさ、殺るならっ!サッサとバラしてやるでヤンスよっ!!」
厄介な勇者は死んで、こっちは二人と一匹、相手は見た目は人間種の女一人……
自陣営が有利と踏んでシュッシュッと短いリーチの肉球パンチを繰り出しながら俺を呷る浅はかバカ狸。
――この畜生が……この女の正体をちゃんと知ったらきっと漏らして死んだふりするんだろうな……
…………チャキ!
短剣を握る手に再び力を注ぐ……
そんな事を考えながらも、俺は消極的に覚悟を固めていた。
千載一遇の大チャンスであるのも事実だ。
――ノコノコと人の世にしゃしゃり出てきた天上の神様をふん縛って、そしてこの茶番の真実と、それと俺の帰還の方法を得る大チャンスでも……
「やっぱり根本から間違っている様ね、斎木 創さん。はぁぁっ!!……だいたい私は”異世界側の女神擬き”では無いわ、そうね、貴方でも理解出来るよう表現すると、私は貴方の元居た世界……謂わば”地球側の女神擬き”よ」
「…………」
――しかし話すごとにドンドン口調が砕けてくるなぁ……この女は……
――って!
――そんな些末事じゃ無くてっ!
「な……な……」
この赤い魔女が”異世界側の女神擬き”じゃなくて”地球側の女神擬き”だと!?
「私と貴方は同胞、まぁねぇ……身分というか、品格というか、魂の質とでもいうか……それこそ価値が神と蚯蚓のウ○チくらい違うけど、確かに同郷よ」
「み……みず……」
――つ、つまり……
「それは、お、俺や他の者達をこの異世界に送り込んでいた黒幕は……」
俺は大いに混乱していた。
「そうよ、貴方達をこの野蛮で未開で低次元なクソッタレ世界に送り込んでいたのは”地球側の世界樹”の意志じゃ無い、もう一人の世界樹……あのクソッタレ女、欲望塗れの”異世界の世界樹”よ」
「…………」
ウンウンと頷きながら白い指先で俺を指し示す赤い魔女の眼前で間抜け面のまま固まった俺は……
「…………ってぇ!!逆かよっ!?」
そのまま間抜け面にお似合いな無様な悲鳴を上げる。
「は、はじめくん?あの……」
「俺、異世界方の女神擬きに騙されて拉致られて来てたのかよっ!?」
俺の反応に驚くマリアベルに説明する余裕も無く、俺は信じがたい真実の一端を知る!
「な、なんか分からないでヤスが……そうとう間抜けな事になってるみたいでヤンスねぇ」
バカ狸に”間抜け”呼ばわりされるのは非常に心外だが、ぐうの音も出ない。
――
――なんたる勘違い!!
――俺は今の今までずっと……
「まぁねぇ、思い込みっていう心理的失敗は誰しもあるものだわ……ぷっ!」
「…………」
――この人外……
「だ・か・ら、最初に”半分正解”って言ったでしょう?あはははっ!」
「た、他人事みたいに笑ってんじゃねぇぇっ!!」
第六十八話「世界樹」前編 END