第六十七話「赤き魔女の誘惑」
第六十七話「赤き魔女の誘惑」
「おおっ!化け物が!化け物共が消えたでヤンスよぉぉっ!!」
「はぁはぁ……これは?……四代目が勇者を!?」
騒がしかった向こう側から歓声が上がり、犬頭人達や化狸が満身創痍の体を跳ねさせ、小躍りして此方に駆け寄ってくる。
「…………」
――勇者ご自慢の伝説級武具・”成らざる箱庭の小盾”……別名”愚者の禁箱”
やっかいな盾ではあったが、どうやら持ち主である勇者が死んだ事により武具に備わった能力、”百鬼夜行”とやらは沈黙したようだ。
暗黒道を通り抜けて現れた小鬼に牙狼、毒蛇に人魂、玉座の間を埋め尽くすような狂える群れはもう跡形も無い。
そして――
「は、はじめくんっ!!やったの?本当に!……はじめくん……本当に……成し遂げたのね……ほんと……貴方ってひとは……ほんと……」
疲労しきった身体を引きずるように、”太陽神の槍”を杖代わりとしてヨロヨロと俺に近寄って来た蒼き髪と瞳の美少女を見てから、
「まぁ、なんとか……な」
俺は静かに頷いた。
「う……うぅ……うわぁぁんっ!!」
蒼石青藍の瞳から一気に涙が溢れ出し、マリアベルはそのまま俺に抱きついてくる。
――おおっ!なんてシチュエーションラッキー!!
普段なら人前で抱擁なんて絶対にしない”生粋のお嬢様”のマリアベルが……
――いや、人前で無くてもしないけど!!
「……」
――と、とにかく、そんな彼女がこんな大胆になるのも全てはシチュエーション!!
――そう!物語のラスト……大団円へと向かうクライマックスでの怒濤の感動が巻き起こす奇蹟に他ならないのだっ!!
「……グス……はじめくん!はじめくんっ!!」
ギュッと両端から首に触れるプニプニの白い二の腕。
「おおっ!そうです!私が”はじめくん”です!」
押しつけられた美乳の感触と甘い香りにクラクラした俺は、某テレビ番組の懐かしキャラ、”変な○ジさん”みたいな返事を返す。
「すごいよ……ほんとに……はじめくん、素敵」
「…………」
俺はちゃっかりと彼女の華奢な腰に左手を回して更に抱き寄せて密着し、その柔らかさと甘い香りを堪能しながらも以降の展開に想いをはせる。
――イケるっ!
――この状況ならっ!シチュエーションラッキーを手に入れた今の俺ならヤレるっ!
――俺は元来、”やれば出来る子”なんだよっ!!
”なにをヤレる”かって?
――愚問だっ!!!!
「俺はその為に閻竜王の依頼をっ!!いやさ!俺の三百年の苦労に苦労を重ねてきた人生はその為に!応とも!プニプニふわふわ美少女とムフフな感じになるためにあったのだぁっっ!!」
「いやいや違うでヤンスよ、この”ろくでなし主様”……」
握り拳をグッと天に突き上げた俺に、足元の茶色い毛玉がツッコミを入れる。
「だから主様、アンタ様の目的が全てピンク方面に染まっちまってるでヤンスよぉ」
「…………」
俺は無言で足下の使い魔を見下ろし――
「まったく、モテない男がたまたま!奇跡的に!間違いでモテたらすぐコレだから……ヤレヤレでヤンスゥっ!?」
そして右足を振り上げて、足の裏を間抜けな畜生の頭に押しつける!
「わわっ!やめっ!!」
「念話か?それでキサマは尊敬するべき偉大な主様のお考えをお読み取りになられ奉ったのか?」
グイグイと、俺の右足は化狸の頭を地面に向けて押し潰す。
「ちっ!違うでヤンス!いたっ!そ、そんなコトしなくても”セクハラご主人”の考えそうなことは……てか変!言葉使いが妙ちくりんでヤン……イタタッ!!ち、縮む!サイズが縮むでヤンスゥゥッ!!」
俺の足裏と地面に挟まれ、拉げながらも必死に言い訳する使い魔だが……
「…………まぁな、念話に読心の能力は無いしなぁ」
「ぐぅぅ!そうでヤンス!だ、だから止めて!止めて欲しいでヤンスゥー!!」
「そうだな」
俺はグイグイと使い魔の化狸を踏み潰していた足を一旦止め、そして一転、ニッコリと笑う。
「さすが、あ、主様……」
グシャッ!
「ぎゃぅっ!!」
「だれが”セクハラご主人”だって!?」
だが、それとこれとはまた別のお話。
散々モテないとかなんとか本当のこと(うぅ……)を何度も口にした化狸を、俺はしっかりと踏み潰したのだった。
「さらばブンプク……来春にはより力強く成って芽吹けよ」
俺の足下で力尽きた毛玉にそっと手を合わす俺。
「ふ、火狢に……そんな”植物的輪廻”は無いでヤンス…………ガクリ」
こうして雑事を済ませた俺は心置きなく、本作の正統派ヒロインであるところの美少女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ姫とイチャイチャ…………
――ガン!
「いってぇっ!?」
だが、そんな希望と欲望の詰まった我が後頭部を、硬い棒状の何かが容赦無くぶっ叩いてくる!
「こらぁっ!そんな巫山戯てる場合じゃないでしょ!?」
「うっ……」
そこには――
「…………」
いつの間にか俺の手をスルリと抜けた竜の美姫。
薄氷のように白く透き通った肌と瑞々しい桜色の唇と流れる清流の如き蒼い髪の美少女、蒼石青藍の二つの宝石がなんとも美しい俺の婚約者様が立っていたのだ。
「いや、けどこの化狸が……」
「はじめくんが”セクハラ魔”なのは世界中の常識でしょ、それよりも早く用件を済ませて!」
「…………」
愛用の魔槍を手に立つ、完全に感動モードから復帰したクールビューティー。
我が麗しの姫様の蒼石青藍の双瞳にはもう一滴の涙も無い。
――うぅ……切り替えがお早いことで……
「くっ、俺の不本意な悪評はいつ世界標準に……」
「は・や・く!」
「……………………はい」
”世界を股に掛けるセクハラ魔”は素直だった。
――いや、だって怖いから……
――
―
「…………異端に触れし宝珠よ、主亡き転移の宝珠よ、次なる担い手にその真実の姿を示せ」
俺は息絶えた榛葉 零王主に手の平を翳して詠唱する。
「…………」
犬頭族達はこの戦いの事後処理やファブニール、ツェツィーリエ姫を介抱するために玉座の間を後にした。
「…………」
よって今現在は、半壊したこの玉座の間にはオレとマリアベルとブンプクという、二人と一匹だけだ。
――ヴヴ……
「……あ」
――ヴヴゥゥーーーーン
「おおっ!勇者の体から光りの球が出てきたでヤンスゥッ!」
横たわった榛葉 零王主の遺体から小石ほどの大きさの宝珠が出現し、それは俺の目線の高度で浮遊する。
「はじめくん……」
なんだか少し不安な瞳で俺を見るマリアベル。
「ああ、榛葉 零王主の”転移の宝珠”だ」
俺は蒼い視線に短く答え、それを手に取った。
――転移の宝珠
勇者を倒すことにより手に入れられる超超激レア魔法宝珠だ。
以前にも触れたが、転移の宝珠は勇者の”存在の宝珠”が変化した物で、転移魔法の無いこの異世界で一瞬で場所移動するという”転移”の能力を秘めた一回こっきり、使い切りタイプの超超激レア宝珠だが……
俺の長年の調査では、複数集めて同時使用すると大幅に能力が向上して更に別物になる。
それは”競合向上”という効果で、個々が所持する能力がより高次元の存在へと変化してより大きな力を発する現象で……
つまり俺の予測では……
斎木 創が”元の世界”に帰還できる可能性が……
いや、あの”女神擬き”をもう一度呼び出せる可能性があるのだ!!
「はじめくん……」
傍らで俺を見守る蒼き竜の美姫は、白く美しい顔を強張らせる。
「……」
――そうだったな……そっちの問題もあった
「……まだ四つ目だ、俺が最初から持つ自分の”存在の宝珠”と合わせても五つ……今すぐじゃないから」
俺はこの勇者との決戦を前にして、マリアベルと話した内容を思い出し、そう答えて不器用に笑う。
――俺は「闇の魔王達」VERSION6をクリアしてこの異世界に飛ばされた
そして俺は三百年の間に三人、いや今回で四人の勇者を倒して同等の”転移の宝珠”を既に四個集めている。
で、俺が元々所持する自身の”存在の宝珠”をあわせて所持数は全部で五個。
――つまりあと一個で六個……VERSION6……つまりは……多分……
確実では無いが、長年の調査から恐らくあの”女神擬き”を呼び出せる算段がつくはずだ。
「…………」
――俺の本来の目的……元の世界への帰還
性悪女神に異世界でハズレ籤を掴まされた俺。
それ故に不幸の塊、絶望の損底、地道で地味な努力の結果、やっと這い上がって人並み以上に成れたと勘違いするも現実では”誰も救えず”、”自身も救われず”……
だからこの三百年とちょっとの間、俺は唯々帰りたかった。
この理不尽から逃げ出すことばかり考えていた。
それだけが斎木 創の目的だった。
「…………」
「…………はじめ……くん?」
蒼石青藍の双瞳と視線が絡む。
――ある程度は強くなった?…………ある程度ってどの程度だっ!?
――誰も救えない?自分も救われない?…………何様だよっ!!
――だから帰りたい?
適当な人付き合いさえも出来ないと殻に篭もって孤高を気取っていた俺は、元居た世界から弾かれて、そしてこの異世界でも……
「…………俺にだって救えた」
俺は自身で噛みしめる。
非力故に小賢しい策を弄し、凡庸故に地ベタを這いずり回って……
騙して、時には泣き落としたり、土下座したり……
正攻法なんて格好の良い戦いは凡人には出来ない。
だから、何度も死んで、何度も失敗して……
「けど、俺にも救えることが解った」
「はじめくん?」
ポツリポツリと意味不明の言葉を吐き出す俺を不思議そうに見る竜のお姫様。
――最初は生意気で心底俺を軽蔑してる、いけ好かない竜のお姫様だったけど……
「マリアベル」
「う……うん」
――けど、俺を頼ってきた!
理由はどうあれ、俺を頼ってきた少女を俺は救うことが出来た!
あの夕暮れの山で……彼女に殺させ、そして再び還ったとき、
その時の彼女の涙を見て……俺は……
――俺も救われた気がした
神擬きに”勇き者”にして貰うのではなく、自分自身で”勇気ある者”に成れた気がした!
だから、現在の斎木 創の目的は少し変わったのだ。
いや、帰還したいという考え自体は変わらないが、マリアベルと出会って勇者共との争いにも別の感情が……そう、今回ハッキリした。
――現在の斎木 創には”帰還”の前にやるべき事がある!!
マリアベル・バラーシュ=アラベスカの顔色が優れない理由を知る俺は、取りあえずはまだ五つ目……真の結末には、決断には……彼女との……
「と、とにかくまだ先だ!宝珠はまだ五つ、取らぬ狸の皮算用ってな、」
俺はブンブンと頭を振って気持ちを切り替える。
「た、たぬき!?皮ぁぁっ!?」
思わず口にした俺の言葉に、化狸であるブンプクは勘違いから震え上がり、
「いや、例えだって、そんなビビるなよ」
「…………クス」
そしてマリアベルの可愛らしい口元はやっと少し……綻んでいた。
「そう、兎にも角にも俺の目標達成はまだ先だ、取りあえず今回の閻竜王からの依頼は達成できたと……」
――こうして斎木 創の4回目の勇者討伐は終わりを迎えた
――そう、取りあえず今回の勇者討伐は終わっ……
「あら?これだけ揃えば出来るのではなくて?」
「いや、だから、まだ一個足りないから…………えっ?」
背後から突然かけられた言葉に俺は振り返る。
「で・す・か・ら……これだけ揃えば”異邦人”、斎木 創様のご帰還が適うやもしれませんよって、ことですが?」
そこには――
白い魔導着をアレンジした膝丈ワンピースの赤毛、赤瞳の女……
フレストラント公国、ウィズマイスター子爵家のフェリシダーデ・カレド=ウィズマイスターが立っていたのだ。
「おまっ!?いつの間に……」
彼女は……色々ややこしい事情から、トナミ村の在る場所に監視付で行動を制限していたはずの人物だった。
「ふふ、そろそろ終わっている頃かと思いまして……で、どう致します?」
作戦の性質上……いや、信頼するには何かと怪しいと踏んだ俺が、戦場からの避難という体で一応厳重に軟禁していたはずが”この状況”
「しれっと、なに流してんだ?お前なぁ、監視兵はいったいどうやって……」
「元の世界への帰還、したくないのですか?異邦人、いいえ”日本人”、斎木 創様」
「っ!?」
――この女……いったい!?
怪しい怪しいと思ってはいたが”この女”はどういった人物なんだと、驚きを最大限の警戒に変え、俺の視線に殺気が籠もる。
「ふふふ、問題ありませんわね?あるはずもないですわね?ならば、さぁ始めましょう!!闇の魔王達”VERSION.9の勇者を嬲り殺したVERSION.6の勇者、斎木 創様の凱旋式ですわ!!」
赤い髪と瞳を光らせた魔女、フェリシダーデ・カレド=ウィズマイスターはそう言って微笑ったのだった。
第六十七話「赤き魔女の誘惑」END