第六十六話「願望世界(ゲーム)の勇者」
第六十六話「願望世界の勇者」
ザシュ!
「うぐっ!」
――上位職業、影の刃スキル……”死の回転木馬”
有効な間はお互い必中の物理攻撃しか出来なくなるスキルで、攻撃時の威力判定はランダムに生成され決定される……
ズバァッ!
「ぐわぁっ!」
つまり、このスキルが有効な間はお互いに五分、互角の条件で斬り結ぶ事になる。
ザシュゥゥ!
――まぁ……とどのつまりは単純な削り合い、泥仕合だ
「ぐはっ!」
勇者による強烈な下段突きが太ももを貫き、俺の片膝は地面に落ちる。
「はぁはぁはぁ……いい加減に降参しろよ半端者!……はぁはぁ……どう考えても……お、お前の勝ちは無いだろうがよっ!」
片膝を立てて見上げる相手は、威勢の良い台詞とは真逆に脂汗塗れだった。
「ぐぅ、痛ぅぅ……そ、そうかぁ?強ちそうでもない……ぞっ!」
バシュッ!
その体勢から斬り上げた我が右手の”聖者の刻印刀”が勇者の肩口を切り裂く!
「ぐ、ぐぎゃぁぁっ!!……こ、このっ!」
血飛沫と共に蹌踉めいて後方へと二、三歩下がる勇者レオス・ハルバ。
「くっ……む、無駄な抵抗だってのっ!……お、俺のHPはまだ……はぁはぁ……最初の四分の一近くあるんだ……はぁはぁ……解っているのかよっ!!」
「…………」
――そいつは素直に驚いた
マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢が伝家の宝刀である、氷結を完全に凌駕する分子レベルの沈黙、”凍てつく静寂なる世界”……
全ての生体活動を停止させる極大魔法を、冷気系防御を御座なりにした悲しいくらい無防備な状態で直撃を喰らっても、まだそんなに……
「た、足りない頭でも理解出来たならなぁっ!!」
ズバァッ!
「ぐっ!」
立ち上がった直後に勇者の反撃を腕に受け、俺はその場から一歩下がる。
「はぁはぁ……いい加減に観念して……はぁ……自殺でもしてろっ!」
「くっ……無茶苦茶言うなよ」
血が滲んだ腕をそのままに、俺は懲りずに短剣を構える。
――例えば……
PCオンラインゲーム「闇の魔王達」に”まんま”置き換えればこんな感じだろうか?
主人公、レオス・ハルバ(勇者)……上位職業”機工剣士”レベル”515”
更に伝説のアイテム”無限の泉”による不正強化で実際のHPは”10000”
――対して、
斎木 創(勇者の出来損ない)……上位職業”影の刃”レベル”36”
HPは“300”……と、まぁこの位の差(*数値は適当です)があるとしてだ。
この戦いで勇者は初期に俺の術中に嵌まり、マリアベルの極大魔法をモロに受けたから、HPは”2500”程には激減したはずだ。
そして更に俺の異質な固有スキル”状態強制初期化”で今現在ヤツは習得スキル無しのレベル”1”
上位職業とはいえ、”機工剣士”レベル”1”という完全なる”ど新人”に成り下がっている。
――伝説級アイテム”無限の泉”の不正強化でHPだけはそのままだろうが……
スキル”死の回転木馬”の影響下では、各々の攻撃力は低いレベルで均一化されるから攻撃で与えられるダメージはお互いに“10”程度だ。
”攻撃”をお互い必中でぶつけ合うわけだから……
斎木 創が死ぬまでには三十発、榛葉 零王主が死ぬまでには二百五十発の攻撃が必要ということになる。
「…………」
――つまり……ざっと、勇者を殺すまでに俺は九回も死ぬ計算になる
絶望的?馬鹿?
――いやいや……
ズシャァァッ!
「う、うぎゃぁぁぁぁーーーー!!」
俺の反撃は、構えをとった勇者の出した右足の甲に突き刺さり、途端に勇者レオス……榛葉 零王主は情けない泣き声を上げてひっくり返ったのだった。
「ぎゃぁぁっ!!いたいっ!痛い!!いたいよぉぉっーー!!」
そして俺の眼前にも拘わらず、負傷した足の甲を押さえて地ベタを転がり回る。
「く……はぁはぁ……痛いだろ?……足先は神経が集中しているからなぁ」
――俺には確信があった
「うっ!うう……くそ……くそぉぉっ!!」
涙目で恨めしそうに俺を見上げる勇者様。
――そう、俺は確信犯だ!
さっきまで頭に描いていた大雑把すぎる計算はあくまで”ゲーム”での話だ。
ゲーム……仮想現実、造り物の世界。
俺をこの異世界に送り込む時、あの謎の光……”女神擬き”は言った。
オンラインPCゲーム”闇の魔王達”の世界観は、この異世界を模して作られたものであり、俺が居た元の世界から異世界を救える素養を持った人間を選別するために、異世界の神?によって配布されていたのだと。
つまりこの異世界を模した”ゲーム”をクリアした人間が”勇者”候補として選ばれた事になる。
だとしたら”異邦人”……つまり俺達”転移者”が授かった能力値は――
PCゲーム”闇の魔王達”をクリアした時の能力値に沿うように、この異世界では調整されているのではないか?
ここまで考えが纏まれば答えは見えてくる。
この異世界は俺達、異邦人が元の世界でプレイしたゲーム「闇の魔王達」に似ているだけ、全く別物の現実……
――ゲームでの人物能力値に無いモノは常人と変わらない!
「ぐっ……うぅ……」
俺の目前で勇者レオス・ハルバは立ち上がるにも四苦八苦していた。
ドサァァッ!
――あ……コケた
「ち、ちくしょぉぉぉーー!!痛いっ!いたいぃぃっ!!」
痛みに耐えきれず、立ち上がるにも一苦労の男はヤケクソに叫ぶ。
「痛覚はゲームじゃ再現されないからなぁ」
たとえ”必中”の攻撃であっても、繰り出せなければ意味が無い。
俺は転がったままの男目掛けて左手の刀剣破壊武器を振り上げ――
「ひぃっ!や、やめ……」
未だ地ベタに膝を着いたままのレオスは、手にした蛇連剣で必死に頭を庇おうとする。
ザシュ!
「うっ!うぎゃぁ!!」
ならばと……
俺はその剣を握った方とは別の手の甲、つまり必死に頭を庇う右手の甲へと、切っ先を軽めに突き立ててから――
ズブツ……ズズズズズッ
「ぎゃっ!ぎゃぁぁぁぁぁぁっーーーー!!」
態と貫通しないように軽めに突き立てた刃を、そのまま人差し指と中指の又まで引き裂いてやった。
「うぎゃぁ!ぐあぁぁぁっ!!あぎゃぁぁぁーーー!!」
火が付いたように叫び、血だらけの右手を押さえながら、またも転がり回る榛葉 零王主
「ああ、それと……掌とかも足先以上に神経の密集地帯なんだったよなぁ」
――俺は存分に勇者をいたぶっていた
「うっ、うう……この……このぉぉっ!」
凄んだところで”痛み”は簡単には克服できない。
何度も何度も、こんな泥臭い地獄を味わってきた斎木 創でさえ、常軌を逸する痛みには泣き叫ぶだろう。
「うぐぐぅ!このっ!このっ!ど畜生ぉぉっっ!!」
「…………」
――そして痛みは人間としての思考力を奪う
「HPが……なんだって?」
「う……うががぁっ……ぐぅぅ」
俺は真面に応答できないだろう相手に教えてやる。
「あのなぁ……ゲームじゃないんだから、斬られりゃ痛いし力も抜けるだろうよ」
「ぐっ!うぅぅ……」
勇者レオス・ハルバも序盤で俺の”対能力呪詛返し”を受けてそれには気づいたろう。
――いや、それよりもずっと前から……
だからこそ、”痛み”や”死”というリスクを嫌って、勇者共はああいう戦い方をするのだ。
――なまじ最強であるが故に
――最初から段違いの能力を所持するが故に
経験する事が殆ど無かったダメージを恐れるのだろう。
――だが……
「痛みとはなにもダメージに比例するだけじゃ無いぞ」
「う……うぅ」
態と含んだ言い方をする俺を見上げる榛葉 零王主は……
――なんて顔だ……仮にも”勇者”ともあろう者が!
勇者レオス・ハルバは、激痛と不安に涙を浮かべた情けない瞳で俺を見上げていた。
「ふぅ……つまりな、こんな感じで痛みを与えるのが目的の攻撃だって在るってことだよ!」
メリメリ……
――だが俺は容赦しない
反撃どころではない相手に、俺は短剣の切っ先を床に無様に手を着いた勇者の左親指先に差し込み――
パンッ!
――そして爪を剥ぎ取るっ!
「っっっ!?ああっ……ぐぁっ……っっっっっっ!!!!」
ガラァァン!
想像を絶する激痛と痺れに、レオスは真面な叫び声さえ出せず、左手に握っていた剣を落とした。
ドサァァッ!
そしてそのまま崩れ落ちた榛葉 零王主は、アルマジロの様に丸まった背を震わせながら途切れ途切れに声を絞り出す。
「この……で、できそこな……い……が……」
――
ドシャァァー!
「おれ……おれが……おま……な……かに……」
――
ドサリッ!
痛みと怒りに震える声と共に、何度も何度も立ち上がろうとする男は、その度に痛みに引き攣る筋肉が思うように操れず、コケては足掻き、コケては俺を睨み……
「あ……が……あがが…………」
そして最後には床に這い蹲ったままピクピクと痙攣する。
「…………」
――そう、俺は容赦しない
――何故なら俺が勇者共に勝つにはこの方法しか無いからだ
「勇者レオ……いや、榛葉 零王主。普通な、人間はHPの……体力の四分の三も失えば”そう”なるんだよ」
ゲームキャラはHPが”1”でも残っていれば回復アイテムを使ったり、逃げたり、攻撃さえ可能だが、現実はそうじゃ無い。
生身の人間の生命活動は”1”か”0”のデジタルでは無いのだ!
バランスを喪失してコケたまま地ベタで藻掻くネジ巻き式玩具の様な男を見下ろして、俺はそう教えてやる。
「……ぐ……ぅ……」
聞いているのか、いないのか。
勇者だった男はもう既に死んだも同然だ。
「そういう重傷ではな、余程強靱な精神力でも持たない限り立ち上がることも出来ない」
「……が……うぁ……」
「ゲームのようにHPがゼロにならなくても”死に体”なんだ。お前は異世界で長いこと勇者やってたからそういうことに鈍くなったのかもなぁ?」
「…………うぅ……ぅぅ」
「斎木 創の本当の”切り札”はな、取って置きの魔法とか超レアなスキルとかなんかじゃ無い……三百年間のこの……おまえら即席”勇者共”が言う、半端者の”クソゲー”みたいな経験なんだよ!」
「………………」
どうやら……もう反論する気力もないようだ。
「……」
それを見届けて、俺は”最後の”行動に出る。
スチャ!
右手の聖者の刻印刀を掲げ、この戦いに終止符を打つために。
「……」
――これは俺が元の世界へと帰還するための必要不可欠な茶番なのか?
「…………ぅ……」
全身満遍なく朱く染まったボロ雑巾の勇者を見下ろし俺は自身に問う。
――それとも……己が人生への、理不尽さへの反逆なのか??
「……ぁぁ……う……がが……」
神経伝達の実験で電流を流された哀れな蛙の様にビクビクと痙攣する榛葉 零王主。
――否、それではあまりにも……
過去の三度も……この”勇者殺しの時”、俺はいつも同じ事を思考する。
俺のこれから成す事。
殺し、殺人……同胞殺し。
迷うことは無い!相手は悪人、やりたい放題の輩だ。
いや、いいや!どう取り繕っても俺のする事が正当化されるわけじゃ無い!
――これは”愚行”だ!!
あの”女神擬き”にいいように弄ばれ、足掻くしかできない勇者共や俺に宿命付けられた”愚行”の輪廻。
――救いが皆無な斎木 創の置かれた状況……
「反発や復讐……ましてや“やっかみ”なんて動機だったなら……」
――今まで……
――今まではそうだった……けど……けれど、
「マリ……ア……ベル」
一度だけ、
俺は一度だけ、心中に溜まった毒を吐き捨てるように小さく呼吸した。
「そうだよ、それだと……誰も”救われ”なさ過ぎるんだ」
ヒュオン!
振り上げられた刀剣は閃いて――
「だから……俺は!!」
凶刃が躊躇なく、そのまま振り下ろされた!
「うっ!……や……だ……死……だくな……い……」
ドシュゥゥー!!
瀕死の口から絞り出た命乞いは、虚しくも僅かに空気を振動させるだけの波となって消え失せ、突き立った短剣の先からは――
「がはっ!……ぁぁ………ぁ………」
榛葉 零王主が心臓が発する最後の鼓動。
ビクン!と力強く跳ねた、丘に釣り上げられた大魚の如き確かな躍動が切っ先越しに伝わり、その後、急激に萎み行く心臓の感触を確かに感じ取りながら……
俺はその時、蒼き竜の少女の……
あの時、俺が初めて”救えた”少女の泣き顔を想い、ただそれだけを糧に成すべき事を全うしていた。
「…………」
――ただ望郷への……願望に染まった心で無く!
――境遇への妬み嫉みという、復讐に墜ちた心で無く!
――真実を……そこに辿り着くための……
これは過去までの、どの”勇者殺し”とも違うはずだっ!
「…………前へ……前へ進むための”愚行”でなくては”救い”がなさ過ぎるんだ」
――
血塗れた短剣は寸分の狂いも無く、無防備に伏した男の心臓を貫いた。
「……」
ビクン、ビクンと、心臓に遅れて跳ねる男の両手両足……
「こ……んな……ばしょ……で……や……だ……ふぇり……しだ……て……めが……たすけ……がみ……しだーで…………が…………なぜ……だ?……ふぇり……しだ……て……………………………………」
――
原罪の勇者、レオス・ハルバを名乗った異邦人……榛葉 零王主は異世界の地で散った。
「…………」
こうして俺にとっての四人目の勇者討伐は完了したのだ。
”勇者”は確実に、完全に、”勇者殺し”斎木 創の手によってこの瞬間に息絶えたのだった。
第六十六話「願望世界の勇者」END