第六十五話「底辺の日常茶飯事」
第六十五話「底辺の日常茶飯事」
――”成らざる箱庭の小盾”……別名”愚者の禁箱”とはよく言ったものだ
勇者レオス・ハルバの”腕装備型円形小盾”は、その真なる能力を解放したが最後、ほぼ無尽蔵に怪物共が生成されるというなんとも”はた迷惑”な伝説級武具だった。
――”はた迷惑”の総本山たる”勇者”が所持するには、ある意味お似合いとも言える呪われた武具だが……
ガキィィーン!
「ちっ!くそぉぉっ!」
早々に我が”4LDK城”から逃げ去ろうとする勇者の行く手を、先回りした俺の短剣が阻む!
「…………」
一撃で敵を消滅させる程の威力を持つ勇者の超必殺剣、”天地開闢之剣”
四本の機械腕”を遠隔操作し自動追尾で敵を殲滅する”偽・百腕魔神”
――そして……
俺は憎々しげな視線で俺を睨みつけるレオス・ハルバの左手に握られた剣を見る。
――剣で在りながら鞭の如き刃に姿を変え、中距離を制する”蛇連剣”
「ほんと……”榛葉 零王主”って近接戦闘が嫌いなぁ?」
呆れながらつい放った俺の言葉に、勇者レオス・ハルバの眉間がピクリと反応して引き攣った。
――いや、榛葉 零王主に限った事じゃ無いか……
そういえば、俺が屠ってきた三人の勇者達も例に漏れずこんな感じだった。
――脅威的な基本能力に恵まれていても、
――桁外れの高レベル到達者であっても、
あの”女神擬き”に信じられない程の”反則スキル”の数々を与えられ、剰え”伝説級と云われる武具を多数所有していてさえも……
――奴等は直接的な攻防を極端に嫌う!
何故か?
いやいや、それは簡単な話だ。
苦戦をしたことが無いからこそ、勇者共は徹底的にリスクを嫌うのだ。
僅かの可能性、なにかの間違いからの”死”を恐れるのだ。
「…………」
――死を恐れるのは生物として当然の事、正統な理由であるだろう
「勇者レオス・ハルバ……いや、榛葉 零王主。お前はこの異世界をどう思う?」
「っ……」
俺の問いかけに目前の男は答えない。
凶悪な形相で、両手に短剣を握って行く手を阻む俺を睨みつけるばかりだ。
――死を恐れるのは生物として当然の事、正統な理由だ
――だが、それは……
「お前、その盾から”女の人”を出した時、言ったよな?……これは”肉の盾”だって」
「…………」
「”成らざる箱庭の小盾”に仕込んだ”絡繰り”の一つで、取り込んだ人間を埋め込んだ肉の盾……防御力はイマイチだが人間相手には結構精神的効果があるって、笑ってたよな?」
「…………」
依然黙ったままの相手に構わず続ける俺の言葉を受け、目前の男の口端がゆっくりと歪に捻り上がった。
「はは……それがどうした?いまさら綺麗事で偉そうに説教で……」
「お前は何者だ?榛葉 零王主!!」
「っ!!」
問いかけておいて怒声にて返答を遮る理不尽な俺に、勇者レオス・ハルバは言葉を呑み込んでから改めて俺を睨む。
「確かに俺も今まで数々の殺しを経験してきた……生きるために、そういう理由で殺してきた、三百年だ…………」
「さんびゃ……く!?」
斎木 創の事情をそこまで識らない勇者レオス・ハルバは、一瞬だけ驚きの表情を見せたが、その後は今まで通り俺を睨み続ける。
「まったく、あの”女神擬き”の勝手な理由でこんな世界に飛ばされて、俺も勇者もいい迷惑だよな?」
「…………」
「けどな……”被害者”はいつまでも”被害者”ってワケでもないんだよ!」
「…………なにを……言ってんだよ……”勇者殺し”?」
目前の男はまだ俺の言いたい事が理解できないようだ。
――それもそうだろうな……だからこそ”勇者”なんてモノに成り下がったんだ
「榛葉 零王主。お前はこの世界の人間を、竜人を……生きる者達をどう思って生きてきた?」
「はぁ?バッカじゃ無いの?……此奴らは全部クソ雑魚だよ!わかるだろうが?ゲームの雑魚キャラ。モブでポップキャラで、NPCみたいなもんだよ、ははははっ!そんなのの命をどう思うって?ほんと、バッカじゃないの?斎木 創ちゃん、あはははっ!」
「…………」
――ほんと、そうだろうなぁ……
榛葉 零王主が”今更こんな”肉の盾”如きにビビったのかよ?”……そう言ったときから、それは解っていたことだ。
オンラインゲーム「闇の魔王達」をプレイし、クリアして……
この異世界に飛ばされた時から、奴はこの世界を仮想世界の延長だと思っている。
いや、”仮想世界”ではなく”現実”であると頭では理解していても、意識の奥底ではそうはいかない。
――なんの苦労もせずに反則級の能力を得て、やりたい放題してりゃな……
いきなりそういう立場を得たら異世界は勇者にとって仮想世界……
いや、自己満足を都合良く成立させてくれるだけの”願望世界”と勘違いしても無理も無い。
たとえば……
借り物の能力で”悪の限り”を尽くしたり、
いやさ、例え”反則級能力”を”正義のため”に使おうとしても……
”中身の無い人間”が”中身のある行動”を起こせるとは到底思えない。
課程を得ないで結果を得ることは、世界の法則に対する冒涜だ。
途中式の無い解は数学とは認められない。
結局のところ、”単純整数”は”無限実数”に及ばないのだ!
つまり……何が言いたいのかというと、
――働かざる者食うべからず!
独り良がりの反則野郎には”善”も”悪”も語る資格は無い!
なんの努力もしなかった人間が、努力する他人を見下す世界など俺は許容できないと言うことだ!
――勇者共は徹底的にリスクを嫌う
――僅かの可能性さえの”死”を恐れる
どの世界でも”死”は平等で、”死”は全てを無に帰す。
「…………」
だから死を恐れるのは生物として当然の事で、正統な理由であるだろう。
――正統な理由だ
だが!
――他者の命をゲームのNPCと割り切り軽んじる勇者達がっ!
――たかがゲームだと!
――この世界の住人は全て”たかが”ゲームキャラだと断言する勇者らがっ!
そんな反則者共に、望まずに送り込まれたこの異世界で自身の命だけはゲームとは違うと言える資格があるって言うのかっ!
「…………だから俺は……”それ”が正統な理由だとはとても思えない……思えないんだよ……」
――
―
「はぁ?なに意味不明な事をほざいてんだ?他人様に妙な質問しといてよぉっ!この半端の出来損ないがっ!!」
気がつくと……
つい思考して黙り込んでしまっていた俺に、勇者レオス・ハルバはブチ切れていた。
それはもう、怒り度MAX状態だ!
「…………」
――半端の……出来損ない……か
「おい!なんとか言え!この半端者っ!」
――ああ、そうだ……
すべからく訪れる死が……
平等であるはずの死が……
俺はそれさえも得られない”出来損ない”だから……
「…………」
「な……なんだよっ!」
黙って勇者の顔を見ていた俺を不気味に感じたのか、今度は焦り気味に怒鳴る。
「いや……悪かったな、変な事聞いて」
「う……」
そして素直に謝る俺。
「ちょっとな……確認してたんだ……ほんと、勇者の言う通り今更だよな?」
「……おまえ……なんなんだよ!いったい!!」
戸惑う勇者に俺は笑ってみせる。
――そうだな、毎度のこととは言え、今更だった……
とは言え……
俺は改めて周りの状況を確かめる。
「ギシャァァッ!」
「グギャギャッ!」
「ぎゃ!だ、あぁっー!だから!痛い!いたいでヤンスよほぉぉっ!!
「うっ!おぉっ!奥様を守るのだっ!皆!おおぉぉっ!!」
「…………」
筆頭兵士長トトル=ライヒテントリット以下、犬頭人隊と化狸は奮戦……いや、体を張ってマリアベルを護っているが……
敵の個別能力が大したことが無いと言っても、あいつらにあの数は厳しいだろう。
――つまり、”時間稼ぎ”もそう長くはもたないってことだ。
そして……
「いい加減そこをどけよ!この出来損ない!!」
俺は再び目前の勇者レオス・ハルバを見る。
「…………」
この勇者に施した俺の固有スキル……
”状態強制初期化”は俺の血液を敵体内に注入することで敵は習得スキル無しのレベル1、完全なる”ど新人”に成り下がるが、その持続時間は”まちまち”だ。
注入した血液の量もさることながら、相手の体質にもよるのでイマイチ俺にも正確な有効時間が計りきれない。
――どの程度もつか?
どちらにしても、俺は早々にこの戦いを決着しないといけないわけだ。
レベル1……だが勇者の基礎体力、つまりゲームでいうところの”HP”を魔王に比肩するレベルに引き上げている幻のアイテム、”無限の泉”
攻撃力、回避力に勝る今の俺でも、このアイテムの影響下にある勇者のHPを短時間でゼロにするのは不可能に近い。
また、勇者もそれが充分に理解出来ているだろうから、胸に下げたアイテムは何があっても死守するだろう。
同じ理由で急所を狙う案もそうそう成立はしない。
現在、時間は圧倒的に勇者レオス・ハルバの味方なのだ。
「…………」
「バァカ!出来損ないが幾ら考えても答えは一つだろうがっ!!俺を逃がしてサッサとこのしょうもない戦いを終わりにしろよ!トカゲ女が死んでもいいのかぁ!?」
――そうだな、答えは……ひとつきりだ!
俺は自然と頷いてからボソリと呟く。
「”影の刃”スキル……”死の回転木馬”」
ブゥゥーーン!
俺の左手には”刀剣破壊武器”
ブゥゥーーン!
そして右手に在る”聖者の刻印刀”……
双方の刀身がジワリと赤黒く不気味な色を纏う。
ブゥゥーーン!
そして勇者レオス・ハルバの握る蛇連剣も同様に……
「わっ!?な?な?……さ、斎木 創!?……お前、なにを……わ、悪あがきをするなっ!!」
――悪あがき?
「いや、別に……これはこの不毛な戦いを決着する技だが?」
「なっ!?」
勇者レオス・ハルバ様は、俺がこれから押っ始める事が甚く不安であるらしい。
――やれやれ、これまでの行いからか、俺も随分と警戒されたものだ
「敵対象一体と自分の間に強制的に特殊な”決闘状態”を作り出すスキルだ……」
何も解らない相手に多少不公平かと、俺は簡単に説明する事にする。
「な?決闘!?はぁぁっ!!」
――上位職業、”影の刃”のスキル……”死の回転木馬”
このスキルが有効な間はお互い必中の物理攻撃しか出来なくなる。
そして、攻撃の威力判定はランダムに生成され決定される。
「闇の魔王達」では経験値や貨幣を多く持つが素早さが異常に高くて攻撃が当たりにくかったり、魔法が効かないという特殊な希少怪物に対するスキルだったが、同時に性質上、格下の相手としか成立しないスキルでもあった。
「つまり、このスキルが有効な間はお互いに五分、互角の条件で……まぁ、とどのつまりは単純な削り合い、泥仕合だ」
「な……な…………」
俺の言葉に勇者は暫くは言葉を無くしていたが……
「くっ!……くくくっ!あはははっ!」
そのまま高らかに笑い出した。
「しょ、正気かよ!このバカ……折角のチャンスを棒に振るなんて……はははっ!まぬけが……」
「…………」
――バカ、間抜け……
つまり、レベル1にされた勇者と戦うのに、上位職業である”影の刃”レベル36の俺が同等の条件で戦わなければならないという意味不明のスキルを使用した事への感想だろう。
「このクソバカ、あはは!”死の回転木馬”?あはははっ!なんだその”お馬鹿スキル”はっ!ははははっ!」
――おいおい、そこまで笑うか?この勇者は……
俺は赤黒く光る短剣を改めて構える。
「そうしないと逃げようとするだろ、勇者?時間が無いときにそんなコトされたら邪魔くさいからなぁ……」
――っ!
「逃げる?逃げるだとっ!この……この勇者、原罪の勇者、レオス・ハルバ様が紛いモノの出来損ない相手に逃げるだってぇぇぇっ!!」
ジャキィィン!
勇者レオス・ハルバも同様に赤黒い光を放つ蛇連剣を剣状態にして構えた。
――いや、お前さっきまで”戦略的撤退”って言ってなかったか?
「ほんと正気かよ!?同じ攻撃力で必中なら体力が多い方が勝つのに決まってるだろうが!」
「いや、攻撃の威力判定はランダムだ、渾身の一撃が当たるとそれなりに効くぞ?」
俺の返答にも勇者レオス・ハルバは馬鹿にした視線を向けたまま凄む。
「”無限の泉”……舐めてんのか?」
「…………」
レベルが初期化された勇者の基礎体力……
だが、それを魔王に比肩するレベルに強化するという幻のアイテム。
――確かに……榛葉 零王主が自信たっぷりなのは当然だろう
「このクソ野郎!余裕こいて血迷ってんじゃねぇよ、ばぁーーか!」
――しかし口が悪いな……榛葉 零王主
とはいえ、俺は万が一にも勇者レオス・ハルバを逃がすわけにはいかない。
後日再戦なんて、数々の小細工が露見した斎木 創が勝てる見込みはゼロだからだ。
そして……
「ギシャァァッ!」
「グギャギャッ!」
「ぎゃぎゃ!!ムリ!もうムリでヤンスぅぅっ!動物虐待は、反対ぃぃっ!!」
「うわぁっーー皆!しっかりするの!?……お、おあぁぁーー!!」
向こうも既に限界だし、俺の”状態強制初期化”の持続時間も詳細は不明で……
――結局、俺には短期決戦以外選択肢は無いのだ!
「いいだろう!やってやるよ、ほら、かかって来い!ほら!ほら!」
勇者レオス・ハルバはさも楽しげに蛇連剣を俺の眼前でフラフラさせて安い挑発をする。
「ほらほら、残念だったなぁ?もうちょっとのところで小細工が届かなかったなぁ?ほらほら……ははは……だからっていって、ほんと、正気かよ?このバカ、ばぁーーか!」
「…………」
――なんというか……安い挑発だが、それ故に超ムカつくな……
俺は両手の短剣を握る手に力を込め、そしてこう応えてやった。
――”正気か?”だって?
「ああ?至って俺は正気だ……」
弾丸一発で呆気なく死ねるロシアンルーレットと違って、全弾装填されたやる気満々の回転式拳銃で急所を外してどちらかが朽ち果てるまでブッ放し合う狂気……
そういう血塗れ、血反吐塗れの超格好悪い戦闘形式は、半端者で紛い物の斎木 創様が日常……日常茶飯事だ。
――今になって我が異世界人生を思い返したら、ほんと情けなくて泣きたくなってくるけどな、
「……華麗なる勝利しか知らない勇者様に、”救いようのない泥仕合”っていう底辺の愉しみ方をレクチャーしてやるよ!」
俺は目前の勇者に不敵に笑って、そう応えていたのだった。
第六十五話「底辺の日常茶飯事」END