第六十四話「斎木 創の戦場」後編
第六十四話「斎木 創の戦場」後編
プウシュゥゥーー!プウシュゥゥーー!
勇者レオス・ハルバの”腕装備型円形小盾”から蒸気機関の如き暗雲が吹き出し、
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
そしてその闇の中から――
ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!
ザシッ!ザシッ!ザシッ…………
無数の怪物達が姿を現して行進する!!
「ギシャァァッ!」
「グオォォッ!」
「ガウッ!ガウッ!」
暗黒道を通り抜けた小鬼に牙狼、毒蛇に果ては人魂……
玉座の間を埋め尽くすような狂える群れは、人に仇成す闇の軍団だった。
――
「この”成らざる箱庭の小盾”はなぁっ!別名”愚者の禁箱”っていってなぁ!解放したが最後、ほぼ無尽蔵に怪物共が生成される。これは防具自身の能力だ、だから俺がレベル1でも使えるんだよっ!バァァーカ!間抜けの”勇者殺し”、”最後の切り札”ってのはこう使うんだよっ!」
「ちっ!」
ほざく”腐れ勇者”に俺は舌打ちする。
――確かに……
レベルが3以下程度の下級怪物、所謂”雑魚”ばかりだが、この数は多少厄介だ。
ザシッ!ザシッ!ザシッ……
「ギシャァァッ!」
「ガウッ!ガウッ!」
行進する狂った無数の怪物達!
――だが、所詮は只の時間稼ぎ、戦況を変えるほどの……おっ!おお!?
ザシッ!ザシッ!
「ギシャァァッ!」
ザシッ!ザシッ!
「グオォォッ!」
ザシッ!ザシッ!
「ガウッ!ガウッ!」
ザシッ!ザシッ…………
相変わらず、”成らざる箱庭の小盾”とやらが創りだした闇の混沌から溢れ出た魔物共は、涎を垂らし、奇声をばらまきながら行進を……
「くっ……あっ……あれ?”行進”……行進!?」
ザシッ!ザシッ……
「ギャギャッ!ガルルゥゥッ!」
――そう、脇目も振らずに一点を目指す!!
「って!?おいっ!!」
ザシッ!ザシッ!ザシッ!!
――それは俺の後方で……”へたり込んだ”ままの蒼き竜の美姫の……
ザシッ!ザシッ!ザシッ!!
「ギシャァァッ!」
「グギャッギャ!!」
疲労困憊、無抵抗なマリアベル・バラーシュ=アラベスカの元へと我先にと……
――襲い掛かってゆくっ!!
「あれ?あれれ!は、はじめくん!これ……これ、まずいかも?……かもっ!?」
氷雪竜姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカちゃんは現在、戦う事は勿論、立ち上がることも出来ないのだっ!!
「はははぁぁ!”勇者殺し”は何とかできてもなぁっ!後ろのトカゲ女はどうかなぁ?ひゃははっ!血に餓えた下等なバケモノ共に嬲り殺しにあう前に助けに行かなきゃなぁ?」
「ちっ!!」
――しまった!くそ……
勇者は完全に俺の虚を突いた。
最後の最後でこんな姑息な手を……
「じゃぁなぁ、勇者殺し!俺様はその隙に”戦略的撤退”をさせて貰うぜ!ははははっ!」
――”遁走”を”戦略的撤退”とは……
最後までプライドばかりが高い馬鹿勇者はそう言って、その場をサッサと去ろうとするが!!
「…………」
――くっ!……くふふ……
その時俺は心中で”最後の”抵抗を断ち切っていた。
――もう……使うしかないよなぁ……あはは……くそっ!
心中で思わず自虐的に笑ってしまうくらい選びたくなかった手段。
「……」
しかし、事態は急を要する!!
――すぅ……
俺は大きく息を吸い込んで……
覚悟を決めたっ!!
「たっすけてぇぇーー!!”|三百六十五日戦う犬頭人界の希望の星”っ!!」
――
―
暫しの静寂……
――くっ!うぅ……
いや、しらけた空気……
「おま……何言ってんだ?……はぁ?……勇者殺し?」
「…………」
――うぅ……”勇者”の視線が痛い
――だがっ!
ちゅどぉぉーーん!!
「ぎゃぎゃっ!!」
どどーーん!!
「うぎゃぎゃぎゃっ!」
今、正に襲い掛かられようとしていたマリアベル嬢の周辺で派手な破裂音が響き、そして魔物共が弾けたポップコーンの様に香ばしい匂いと共に飛び散っていた!!
「なっ!なんだよっ!いったい……」
目を剥く勇者レオス・ハルバ!
「…………」
思わず目を逸らす斎木 創
ちゅどどぉぉーーん!!
魔物達を蹴散らす爆煙の中から颯爽と現れた影は……
「天知る!地知る!人ぞ知る!勇者の悪事を知っている!お呼びとあらば即参上っ!」
スタン!
高らかな口上と供に現れたのは中々にデカい長毛犬……じゃなくて犬頭人!
「我こそはパニャン!パニャン=デコルテ!!礼儀を重んじ、規律を遵守する真面目男ですが酒宴の席では一転、豹変し無礼講となるため仲間内よりこう呼ばれております……”酒の上のパニャン”と!!」
タシッ!
――続いてその地に降り立ったのは……
「私はマーニャ=ドルトイ。確実に仕事を熟し、先輩方からもお前なら安心して申し送りもできると評判の出来る後輩キャラ……人呼んで”担い手のマーニャ”!」
ザシッ!
――更には……
デブで小太りサングラスの中年犬頭人……
「ブゥダ=ノダック。特技は大食い。他人の飯まで食うがそのくせ絶対に分け与える事は無いことから仲間内から呼ばれた通り名が……”くれないの?ブゥダ”!」
ドンッ!
――いや……もういいから……
見るからにひ弱そうな見た目、男?女?解りづらい犬頭人。
「あの、あの……ナウシダ=ノイラートですです。病弱で風邪をよく引き、ダニもよく他人に伝染すという、通り名は……”風邪とダニのナウシダ”ですです」
トッ!
――いや、だからもう結構で……
長い毛並みを幾つもの三つ編みに束ねたおしゃれな女犬頭人。
「アリエット=アーレですわ。趣味は放浪で、各地の犬頭人族の知り合い宅に滞在するらしく、通り名は”借暮らしのアリエット”ですの、ご機嫌よう」
ドドンッ!
――いや…………
白い毛並みでこの中では一番ガタイが良い、寡黙そうな男犬頭人。
「ラプタ=テンコウ……ばるすっ!!」
――お前はやっぱり色々とアウトだぁっ!!
「トウッ!」
スタンッ!
そして最後にその場に降り立った英雄は!!
「どん尻に控かえしは!トナミ村常駐軍隊長兼任の犬頭人隊、筆頭兵士長トトル=ライヒテントリット!通称”トナミのトトル”!!」
「…………」
「…………」
勇者レオス・ハルバと俺は、唖然とその光景を眺めていた。
――駄目だ……俺が呼んでおいてなんだが……
やはり此奴等は生きた”著作権法違反、損害賠償物件”!!
「四代目、お任せ下さい!我ら七人揃えばそれは……」
全員集合!犬頭人達のリーダー、トトル=ライヒテントリットは俺を見てキメ顔を作る!
「いや、もう勘弁してくれ……さっさと役割を……」
ほんと、俺が呼んでおいて何だが俺はもうイチミリも関わりたく無かった。
「よぉし我らの出番だ!いくぞ、七人そろってっ!!」
――聞けよっ!!
俺の制止を全く意に介すること無く、ズビシィ!と七人の犬頭人がポーズを決める。
「我ら!”|三百六十五日戦う犬頭人界の希望の星”!!」
――ぐはぁぁっ!!
「…………」
「うう……なんか……すんません」
俺は口をあんぐり開けたまま固まった勇者に何故か謝っていた。
「少しばかり長ったらしいなら、略して”じぶり”とでも呼んで頂けたら幸いであります!」
「だからそれ!絶対略したら駄目なやつぅぅっーー!!」
俺はもう……ほんとに……なんでこの手札しか残っていないのか、自身の戦力を呪っていた。
「…………」
――もういい……もう……毒を食らわば皿までよっ!!
突如、思考の空白地帯と成り果てた現場で、だが、最終的に俺は割り切った!
えらい俺っ!
開き直れ!斎木 創っ!
「トトル!言うまでも無く、お前達の役割はなっ!」
――そうだ!3回目ともなると俺にも多少耐性がついているのだっ!
俺は麾下の兵士長に熱い視線と言葉を投げかけ!
「はっ!お任せを!!四代目、バケモノ共を蹴散らして必ず奥様を……」
筆頭兵士長トトル=ライヒテントリットは力強く頷く!
「いや……レベルの低い犬頭人隊等と化狸だとあの数は無理だから、マリアベルの代わりに囓られたり殴られたりして、精々”盾”として時間を稼いでくれ」
「え?……ええぇぇっ!?」
「な、アッシも!?な、なんでヤンスとぉぉっ!?」
颯爽と戦場に現れた筆頭兵士長トトル=ライヒテントリット以下六名の犬頭人隊と茶色い毛玉、火狢ブンプクは、同時に情けない声で叫んだのだった。
「よし!これで逃げ場は無いぞ、勇者レオス・ハルバ……いや、タナボタ転移勇者、榛葉 零王主!」
「くっ……このっ……勇者殺……出来損ないの勇者……さ、斎木 創ぇぇっ!!」
――ぎゃぁぁっーー!!ガジガジ、痛い!いたいでヤンスぅぅっ!!
「…………」
――ひぃゃぁっーー!!奥様を守っ!?ラプタ!ラプタァ!傷は浅いぞぉぉっ!!
「…………」
「おい……斎木 創……よ、良いのか?」
――あーれーー!噛んだら、私の自慢の耳を噛んだらだめですわ!ですわよぉっ!いやぁぁっ!
「おい……?」
――ぎゃぁぁぁぁぁぁっーーーー!!
俺の後ろには何も無い!無いんだから!
そんな事を繰り返し心で呟きながら、俺は若干引き気味の勇者に二本の短剣を向けて宣言していた!
「さぁ!もういい加減に決着を着けようぜ、榛葉 零王主!」
「う………おまえ…………………ある意味、鬼だな……」
第六十四話「斎木 創の戦場」後編 END