第六十四話「斎木 創の戦場」前編
第六十四話「斎木 創の戦場」前編
――てなわけで、”勇者”を狩って三百年とちょっと……
「なに余裕ぶっこいてんだよ、この出来損ない!」
「……」
”今回の”勇者、榛葉 零王主が苛立ちと供に俺に詰め寄ってくる。
――疲労は此方も同じ
――マリアベルはもう一歩も動けないだろう
そして復活した俺は健在だが奴とは元々地力が違いすぎる
この状況でもかなり厳しい……
「……」
――そう……”ついさっき”までは……な
俺は間を詰めてくる勇者に対し、二本の短剣をゆっくりと前面に構える。
「この……何度でもぶっ殺してやるよ、雑魚がっ!」
「…………」
――俺の異世界人生の大半は小細工ばかりだった
卑怯か?姑息か?それとも小賢しい?
――ああそれはどうも、お褒めに預かりまことに光栄です、だ!!
「死ねっ!」
ギャリリーーン!
射程圏内に入るや否や、例の”蛇連剣”を刀剣形態で振り上げる勇者レオス・ハルバ。
――あの時……
突然、勇者とは全く違う方向へと走り出した俺に、追い打ちをかけようとするレオスは何故か途中で躊躇をした。
”そう………そうか……なるほど……ふふ、ははっ!”
――そして独り……
そう呟いて、なにかを悟ったかのように頷いてから口の端を上げていた。
――それは何故か?
ガキィィーーン!
「なっ!?」
ドシャァァーー!
容赦無く振り下ろされる蛇連剣をいとも容易く弾き返し、その使い手を吹き飛ばす俺。
「な?な?……なんだよっ!これっ!!」
俺の前には無様に尻餅を着き、黒い瞳を見開く勇者様がいる。
「榛葉 零王主、女神の加護があるんだってな?その女神って、どんな声だ?神様だからさぞお美しいお声なんだろうなぁ?」
俺はまたも笑いながら……
いや、笑いを堪えきれない表情のまま……
勇者の剣を弾いた短剣、その切っ先で部屋の隅の方を指し示した。
ガコンッ!
それが合図とばかりに”隠し扉”が出現し、そこから二本足で立つ茶色い獣が現れる。
「ほほほほっ!女神様だなんて照れるでヤンス……ザマスわよぉ、おほほほっ!」
それは言うまでも無く俺の”使い魔”、火狢であるブンプクだ。
「なっ!?ななっ!!」
あんぐりと、今度は大口を開けて固まるレオスの間抜け面。
「ぷっ!くっ!……はははっ」
俺は笑いが止まらない。
こんなに上手くいくとは……
「お前が聞いた声……あの時、頭に響いた女神様とやらの天啓?はなぁ……くくく……この化狸の固有スキル、”念話”だよっ!ばぁぁか!」
閻竜王が俺の元へスパイとして、この火狢を送り込んだ理由。
それは主人と使い魔の”使い魔専用念話機能”を偽装できる固有スキル”念話”の所持者だからだ。
数メートルしか有効範囲の無い例の糸電話的な”使い魔専用念話機能”は使い魔契約の産物だが、それを固有スキルとして所持するこの化狸なら、有効範囲内なら誰が相手でも”念話”が可能なはず。
それが今回の作戦にピッタリだったわけだ。
「ぐぅぅっ!この……騙したのか!この……」
尻餅を着いたままで怒りに燃える勇者、その拳はプルプルと震えている。
「騙したぞぉ、それが?……てか、この場の”サーイキングの美味しい水”が特別製で、パワーアップするだけじゃ無くて傷も完全に癒やされる代物っていう都合の良い話を信じる”馬鹿勇者”がいただけの話だけどな」
「ぐぅぅっ!!」
――とはいえ……
此所に至るまで散々に用意はしてきた。
”絶対迷宮”前では怪しい黒マントの忠告を無視したらしいが、続いて玉座前で聞いた”対能力呪詛返し”の情報を無視した代償は身を以て味わい……つまり、ここに来て勇者の中で謎の黒マントの信憑性が増したわけだ。
そしてこの戦い……最中の頭に響く忠告。
斎木 創が狙っているだろう起死回生の切り札である”サーイキングの美味しい水”の奪取指示!
三度、それを無視するには信憑性が在りすぎ!他の道を選べるほど余裕は無さ過ぎたのだっ!!
「くそっ!くそっ!くそぉぉっ!!なんだよこれ!?あの不味い水はいったい何だったんだよっ!!」
――懸命なる者ならばもう察しがつくだろう
「アレはなぁ、俺の血液……つまり俺の固有スキル、”状態強制初期化”発動条件の一環で、榛葉 零王主は今現在、習得スキル無しのレベル1、完全なる”ど新人”になってるってことだ」
「なっ!?」
もうこれ以上無いくらいに間抜け面の勇者レオス・ハルバ。
無理も無い。
”状態強制初期化”……こんな巫山戯た固有スキルなんて初耳だろうし、なにより半端者、出来損ないと思っていた斎木 創にまたも一杯食わされるという屈辱を味わえばな。
「百子……」
シュォォーーン!
俺の左手に”刀剣破壊武器”が出現する。
ジャキ!
右手には”聖者の刻印刀”。
俺は両手に短剣を握って目前の勇者に構えた。
「マリアベル、もうちょっとで終わりだ」
「うん……うん!はじめくんっ!」
そして俺の言葉に美少女は、俺の近くでへばったままの蒼き竜の美姫は、涙交じりで桜色の可愛らしい口元を綻ばせ、うんうんと何度も頷いていた。
「…………」
――さあ!
前に向き直って、低く低く腰を落とし、
――さあ!さあ!
体重を踵から爪先に移動して、
――さあ!さあ!さあ!
両手に握った刃を前に斎木 創は……
ドシュッ!!
一筋の黒い矢と成るっ!!
ギュオォォーー!!
踏切の砂埃を残し、刹那に間合いを喰らい尽くした黒き刃は――
「うっ!うわぁぁっ!!」
ガキィィーーン!!
火花が散り!直ぐ目前でひっくり返るレオス・ハルバ。
「っ!」
――ちっ!だが、流石だっ!
腐っても鯛……レベル1でも勇者。
俺の”閃光突き”……その名の通り一瞬で間合いを詰める最速の突きを辛うじて自らの剣で受けた男は派手にひっくり返りながらも片膝を着いて直ぐに立て直していた。
「このっ雑……!」
ガキィィーーン
「……魚って!!うわぁぁっ!!」
二撃目!
再び火花が散り!これも受け止められる!
――思ったよりも強いな……
俺は両手の短剣を巧みに操り、攻撃の手を緩めない。
ギギィィン!
ギャリィィーーン!
「う!うわっ!ちょっ!わわっ!!」
勇者レオス・ハルバは今までの余裕は何処へやら、俺の攻撃を受けるので手一杯!涙目になって必死そのものだ。
――だが決め手に欠くな……
刃を振るいながらも俺は思う。
ファブニールの時もそうだったが、この勇者も……
地力がズバ抜けた相手はレベルが低くても基礎能力だけでかなり強い。
とはいえ……
俺の職業は”盗賊””暗殺者””狩人”を極めることにより取得できる上位職業である”影の刃”レベル36。
普通なら、如何に”勇者”とはいえ、レベル”1”の相手に負けるなどあり得ない。
普通なら……
ギャリィーン!
「……」
勇者の基礎能力がバカ高いのもあるが、その装備も問題だ。
俺が葬ったあの伝説級の聖剣、”超新星剣”や、今も装備している”腕装備型円形小盾”、それら国宝級である装備武具の数々が奴の能力の底上げをしている。
――恐らくは……
俺は刃を振るいながら、必死で攻撃に耐える勇者の胸元をチラリと見る。
ギィィン!
「くっ!無駄だぞっ出来損ないっ!うわっ!……この……あれだ……わわっ!」
ガキィ!
そこにはキラリと光る怪しい首飾りがある。
――”無限の泉”……か
「俺には超超レアアイテム……ふ、”無限の泉”が……体力が大幅に増す……くっ!」
ドカァッ!
「ぐわっ!!」
ドシャァァーー!
俺の短剣を受けた勇者の無防備な腹を蹴り飛ばし、俺は一旦距離を置いた。
「”無限の泉”という首飾りは、装備時体力が大幅アップ、魔王に比肩するHPに強化されるという幻のアイテムだと噂だったが……実在するアイテムだったのか」
俺の知識は勿論、オンラインゲーム……「闇の魔王達」のものだ。
「ぺっ!ぺっ!……く……そうだよ!はははっ!この世界に降り立った勇者様への女神の贈り物だ!どんな状況だろうと主人公が負けるわけ無いんだよっ!」
「…………」
俺に蹴り倒され、埃まみれで勝ち誇るバカ勇者。
――あの女神擬きめ……俺以外にはヤケにサービスが良いじゃ無いかよ!
――なんか今更ながら腹が立ってきた。
「ははははっ!うはははっ!」
「…………」
だが正直、勝敗は変わらない。
幾ら体力があろうと、レベル1の相手が放つ攻撃が影の刃”レベル36の俺に真面に当たるはずが無いし、もし当たってもダメージは殆ど無いレベルだ。
「どうってことないぞ?榛葉 零王主くん。異常に丈夫なサンドバッグを壊れるまで叩き続けるだけだ」
多少時間がかかるだけ、反撃が怖くない相手は正に”袋叩き”そのものだ。
「それは……”これ”を見ても言えるのかよっ!」
「っ!」
「”百鬼夜行”ぉぉっ!!」
勇者レオス・ハルバはまたも”例の盾”を前面に出し、余裕の俺に向けて何やら叫び声を上げた!
プウシュゥゥーー!プウシュゥゥーー!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「なっ!?」
途端に奴の”腕装備型円形小盾”から蒸気機関の如き暗雲が吹き出し、そしてその闇の中から得体の知れない者共が姿を現す!!
ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!
ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!
ザシッ!ザシッ!ザシッ…………
其れは無数の怪物達!
其の正体は群れを成す魔獣の群れ!
「ギシャァァッ!」「グオォォッ!」「ガウッ!ガウッ!」
そして其れは人に仇成す闇の軍団。
小鬼に牙狼、毒蛇に果ては人魂まで……
暗黒道を通り抜け、玉座の間を埋め尽くすような狂える闇の軍団が出現する!!
「…………」
――おいおい、どこまでも非常識な”盾”だよ、ほんと……
第六十四話「斎木 創の戦場」前編 END