第六十二話「誰がために鐘は鳴る!」
第六十二話「誰がために鐘は鳴る!」
ギャリィィーーン!
「うぉっ!?この出来損ないめ、ち、躊躇無くっ!?」
シュバ!
「くそ、調子にっ!この雑魚っ!」
「…………」
――外した……
俺は勇者レオス・ハルバに突進して一振り!
初太刀を弾かれ、更に一振り!
今度は虚空を斬る俺の短剣……
――やはり俺には厄介極まる、勇者の基本性能……
強大な魔法やスキルを使えなくても、
支障のある大怪我を負っていても、
シュバ!
「……っ!」
尽くが空を斬る俺の短剣!
”魔王”や”魔神”レベルならともかく、俺のような”ちょっとだけ強い冒険者”レベルではどうにもならない。
「この小蝿がぁっ!」
ガキィィーーン!
――っ!
「ぐぅぅっ!」
勇者が手にした両刃剣の反撃を愛用の聖者の刻印刀で受けるが、勢いを殺せずに俺は後方へと吹っ飛んだ!
ズザザザザァァーーーー!!
堪えきれず転び、そのまま床との摩擦で砂煙を上げながら数メートルも滑る……
――だからこそ、斎木 創は……
自身が発生させた砂煙の中で、オレは擦って火傷した肩口を押さえることもせずにチラリと部屋の隅を一瞬だけ見る。
――上手く……やれよ……
砂埃塗れの俺は”部屋の隅っこ”にそう念じていた。
キンッ!
聖者の刻印刀を背面に背負った鞘に収める。
「百子っ!」
ダダッ!
そして、そう叫ぶと一気に走り出した。
「逃がすかよっ!?…………っ!?」
突然、勇者とは全く違う方向へと走り出した俺に、追い打ちをかけようとするレオスは何故か途中で躊躇をしていた。
「……………そう………そうか……なるほど……ふふ、ははっ!」
そして独り……
なにかを悟ったかのように頷いてから、口の端を上げていた。
――
そんな隙を、得られた時間を無駄にすること無く、俺は走る!
ダダダッ!
何処へ走る?
それは……
「おっと、させるかよ、バァカ!」
ブゥォォォ!
ブゥォォォ!
ブゥォォォ!
暫し独りで笑っていた勇者はゆっくりとした動作で腕を翳し、炎の魔法である煉獄の炎を連続で放った。
バシュゥッ!
バシュゥッ!
バシュゥッ!
――だが!
その尽くを阻むかのように、俺と勇者の間に発生した黒い霧が炎と衝突して魔法攻撃を相殺してゆく!
――百子……すまない……後で必ず”呪い”の補充してやるからな!
心の中で”影娘”に感謝しつつも俺は走り続ける!
――俺の目指す場所は一点……
――そう、それは!
「え?え?ちょっと……はじめ……くん?」
到達点には、なんとか上半身を起こしたものの未だ地面にペタリとお尻を着いたままの蒼き竜のお嬢様が驚きの表情で待っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
百子の力を借り、炎の攻撃を潜り抜け、全力疾走で辿り着いた俺は……
「だ、だいじょうぶ?……はじめく……きゃっ!!」
すぐ近くまで来た俺を見上げる美少女に、眼前で地面に膝を着いて向き合った俺は有無を言わさず、力一杯に抱きしめていた!
「ちょ、ちょっと!はじめくん!……こ、こんな、いきなり…………あぅ……ぅ……」
少女は白い頬を染めて少しだけ抵抗する仕草を見せるが、それも直ぐに止めて比較的従順に俺に身を任せる。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
未だ整わぬ息のまま、マリアベルの細い腰を大胆に抱き寄せた俺は、密着させた身体を少しだけ離した。
「はじめ……く」
そして、彼女の白い顎に指を沿わせ……
――っ!
クイっと……
彼女の呼びかけが完成するより早く、軽く曲げた人差し指に乗せた白き顎を上方に少しだけ角度をつけさせる様に押し上げた。
「ぁ……」
俺はそのまま、必然的に至近で絡み合う瞳を以て彼女に”それ”を促す。
「…………」
「…………」
暫しの沈黙、見つめ合う二人。
そして――
「…………」
蒼き竜の美姫は”それ”を受諾した証として、長い睫毛の帳を降ろして蒼石青藍の宝石を自ら遮った。
「マリアベル……」
「……はじめ……くん」
近づく顔と顔、真剣な俺の顔と白い肌をほんのり上気させたマリアベルの顔。
そして――
「じゃ、遠慮無く」
ズボォォッーー!!
「………………へっ!えっ!?」
俺は鎧の胸当てを無くして、無防備な少女の盛り上がった双丘へと、
その入口たる開いた襟元へと、右手を無遠慮に突っ込んでいたのだ!!
ゴソゴソ……
「ん……もうちょい……ここ……ここか?」
ゴソゴソ……
ぷにぷに……
――おおぅ柔らかい!弾力がありつつも指が溶け込むようなまろやかさ……
「あ、あの?は、はじめ……くん?……」
ぷにぷに……
ゴソゴソ……!
「お!お!?あった!そう……これ……これだっ!」
ぷにぷに……
「……な……な……ななななななななななななっっ!!」
呆気にとられ、暫く惚けた反応を見せていた少女は――
針の飛んだレコード、壊れたレコーダーの如くに、同じ音を繰り返して叫んでいた。
「ななっ!なにしてるのよぉぉーー!!」
パシィィーーーーン!
美姫による容赦の無い平手打ちが俺の頬に飛ぶ!
至近で!耳元で!大声で叫ぶ、蒼き竜の美姫の顔はもう夕日の如く真っ赤だった。
――怒り?羞恥?
そのどっちもだろうと、俺は頷いてから応えた。
「なにって、お胸を……!?」
バシュッ!
バシュゥッ!!
――っ!?
その瞬間!
俺達と勇者を隔てていた黒い霧……
百子が展開した呪い全てが勇者の魔法で弾き飛ばされ、遮蔽物の無くなった向こう側から、勇者レオス・ハルバが黒い瞳を爛爛と光らせて登場した。
「巫山戯るのも大概にしろよぉっ!勇者殺しぃ!」
怒りに燃える勇者レオス・ハルバの双眸。
「は、はじめくんっ!」
一転、一瞬で蒼白になった顔で俺を見る至近の美少女。
――だが俺は……
「別に巫山戯てなんていないぞ?俺は本来、俺の所有物である“乙女の膨らみ”を堪能しているだけだ」
モミモミ
「ちょっ、ちょっと!……だ……だめ……はじ…………ぁ……ぁぅ」
――おおおおっ!ものすごぉぉーーく”役得”だ!俺っ!!
「コイツ……本気かよ!?この”クズ勇者殺し”が……」
そしてその様子に呆れる勇者相手に、俺はマリアベルに引っ叩かれた赤いほっぺのまま立ち上がって、パンパンと両膝の埃を払う。
「俺はなぁーー!”直接”オッパイを揉んだぞぉっ!!”ちょ・く・せ・つ!”……だから俺の勝ち、圧勝だぁぁっ!」
――っ!
得意げに叫ぶ俺の足を背後から、床にヘタりこんだ美少女が真っ赤に染めた顔のまま器用に蹴飛ばそうとするが、俺はその蹴り足を”ぴょん”と軽快に躱して半歩先に着地する。
「う、嘘言わないでよ!ばかっ!服の中に突っ込んだだけで……し、下着の上からだもんっ!!」
そんな俺を恨めしそうな瞳で見上げ、涙目で訴えるマリアベル。
しかし……マリアベルにしては可愛らしい抗議だ。
てっきり”肘鉄”か”変形直拳”がお見舞いされると思っていた俺にとってこの反応は……
ああまで彼女の胸を遠慮無く揉んだ俺に対し、俺的には意外と抵抗が少ないという反応。
「…………」
「………………ばか」
俺と目が合い、頬を染めながら下を向く美少女。
「う……」
――この可愛らしすぎる反応は全くの予想外っ!
「………………じゃなかった、えっと……そうそう、勇者レオス・ハルバ!」
何故か状況の元凶たる俺自身が一番戸惑ってしまったが、俺は直ぐに状況を思い出す。
「巫山戯やがって……」
イライラ度MAXな”勇者様”
「はは……いや、てな感じで俺達はラブラブだから?勇者の入り込む余地など無いっ!」
「ら、ラブラブじゃなぁぁーーい!!この痴漢っ!!」
「…………」
態と”勇者の怒り”を煽る身の程知らずの俺は、背後からの罵声を無視しつつ、右手を高々と掲げた。
「そして、これが栄光の右腕!恥じらう乙女の膨らみに触れし……」
「ばかっ!ばかばかっ!」
背後にいる美少女の抗議を無視して、俺は右手を上げたまま続けた。
「栄光の右腕!恥じらう乙女の膨らみに触れし……つまりだ、”コレ”なぁぁーんだ!?」
俺の掲げた右手の先に握られた物は……
――怪しげな小瓶
なんだか”どんより”とした謎の液体が入った小瓶をこれ見よがしにひけらかす。
「あぅ!?……い、いつの間に?」
マリアベルが真っ赤に染めた顔のまま蒼石青藍の瞳を丸くする。
「…………」
勇者レオス・ハルバは怒りを燻らせた黒い瞳で黙って”それ”を睨む。
”それ”はマリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢が所持していた秘密兵器。
いや、他の三人と同様に俺が、サーイキングが授けた、アンラッキークローバーが一つ槍、白雪の騎士が所持する”サーイキングの美味しい水”だった!
「よく聞けよ勇者!”奥の手”ってのはなぁっ、最後の最後まで……」
ガキィィーーン!
「最後までって?……あれ?」
俺が台詞を言い終える前にそれは完結していた。
ヒューーーーーーーーーー
――――パシッ!
「…………」
先程まで確かに俺の手に在った”それ”は、宙を舞ってアッサリと勇者の手に渡る。
「あれ?あれ?」
得意げな台詞と供に掲げていた俺の手は虚しく空を掴み、その手に握られていた”それ”は勇者が放った剣?いや、射程的には鞭?に弾かれて宙を舞い、そして勇者の手元に渡ったのだ。
ジャラジャラジャラ……
なにやら謎の”金属片”達が、勇者が握った剣の方へと舞い戻り……
シャキ!シャキィィン!!
それらは剣の柄の上、つまり刀身の部分で連結して元の両刃剣に姿を復元する。
「う……あ……なに?それ?」
驚く俺に勇者の口元はゆっくりと緩む。
――それは何かと尋ねたら……
中央にワイヤーロープを通した刃の一部達。
勇者が握る両刃剣の刀身が八分割されて鞭のように撓り、俺と勇者の距離を何するものぞと風を引き裂いた。
定規の目盛りのように刀身に水平に入った溝から幾つもの刀片に分割されて、それらを数珠状に繋ぐワイヤーロープによって鞭のように撓った特殊剣は……
――所謂……”蛇連剣”、”蛇腹剣”と呼ばれる異端の両刃剣だ!
剣の破壊力と鞭の柔軟性、そして多様に変化する射程……
”蛇連剣”は剣で在りながらも中距離を制する刀剣なのだ。
「”勇者殺し”如きの考えることなんてなぁ、予測済みだって、あははっ!」
勇者レオス・ハルバは、間抜け面のまま右手を掲げた俺を嘲笑い、”まんま”と手に入れた”モノ”を俺に翳す。
「”奥の手”がなんだって?そんなのは予測済みだよ、ばぁーーか!!ここまでの流れで充分予測出来るんだってよぉ!!この”バカの一つ覚え”がっ!!」
「…………うっ!」
――絶体絶命だ!
最後の切り札……”奥の手”がアッサリと敵の手中に……
「まさか勇者……それを!?」
「ふん」
キュポン!
――ゴクリ、ゴクリ……
困惑する俺の視線を余所に”怪しげな小瓶”の栓を開け、喉仏を忙しく動かしてそれを一気に飲み干す勇者!
「…………」
「ぷはっぁぁ!!不味い、なんだこれ?……ははは、だがこれでパワーアップするのは俺だ!この勇者レオス・ハルバ様だ!」
此所に至るまで散々に苦労させられてきた”サーイキングの美味しい水”をまんまと奪って、剰え自身のモノとした事に大変御満悦の勇者様。
「知っているぞ!勇者殺しぃ……この巫山戯た水は、前の奴等が持っていたモノより更に特別製、パワーアップするだけじゃ無くて傷も完全に癒やされる代物なんだってなぁ?はははっ!半端者の異邦人と違ってなぁ、俺には女神の加護があるんだよ、残念だったなぁぁっ!」
「…………残念だ」
俺はボソリと零す。
「ははははっ!そうだろ?はははっ!」
――ホント、残念だ
「……………………く……くく……くっくっ……くふふふ」
俺は――
「なんだぁ?あまりの窮地で頭がおかしくなったか?……勇者殺し」
そう……勇者殺し……
斎木 創は笑っていたのだ。
だって……
「いや、ホントに残念で絶望的だよ……」
「??」
流石に俺の異変に気づいた勇者……女神の加護とやらに導かれた?榛葉 零王主。
「おま……なに笑ってやがんだ?……なんで勇者様を嗤ってやがるんだよっ!!」
「くくく……ははっ」
疲労は此方も同じ。
マリアベルはもう一歩も動けないだろう。
そして復活した俺は健在だが……
元々地力が違いすぎる、この状況でもかなり厳しい…………はずだった。
「や、やめろっ!わ、笑うな!わらうなぁぁっ!!」
「ははははっ!」
――そう……”ついさっき”までは……な
俺は勇者様のご希望通りに笑うのを止めると、ゆっくりと短剣を体の前に構えた。
「ホント残念だよ、”勇者レオス・ハルバ”がなっ!!」
第六十二話「誰がために鐘は鳴る!」END