第六十一話「以心伝心」
第六十一話「以心伝心」
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――暗い……なにもみえない……
――何も存在しない虚無を”じわりじわり”と闇が満たす……
それは”何も存在しない”から”闇が存在する”に移行した証だろう。
――の……ほう……よ……
深い闇そのものに……最初に刺激をもたらしたのは振動。
「……」
――だら……おしまい……んと……バカけって……
「……」
闇の中で振動を受けとめる”何か”が反応し、そして”何か”はそれが存在だと認識する。
――しらない……せに!……は……くんの……ないくせに!……
「…………し」
存在を確認出来たらもう後一歩だ。
「…………よ……し……」
”無意識の楽園”から”自我の確立”へ――
――き……はじめは……
まだ精神の形を成さなかった闇に届いた振動は、音となって俺の感覚を呼び覚ます。
「”斎木 創”はねっ!勇者なんかよりずっと”マシ”な人間なのよっ!!」
生還した俺の耳に入った最初の言葉。
蒼い瞳と髪の美少女が叫んだ言葉は多分、俺を必死に弁護しているのだろう。
「バカけってい?巫山戯ないでっ!!斎木 創はああ見えても勇者よりはずっとマシなバカなの!」
――
「…………」
――多分……な
俺は……
ムクリ!
俺は泥の塊のような重荷を引き上げるように頭を起こす。
――身体の前面が冷たい……
どうやら俺は床にうつ伏せで突っ伏しているようだ。
「マシ?はっ!敵の武器と心中するような考え無しの雑魚のどこが?竜人族に肩入れする人類の裏切り者の最低野郎だろうが!」
「この外道っ!貴方に最低なんて言われる筋合いはないわ!」
「……」
そしてどうやら俺は、口論する二人の……
ペタリと床にへたり込んだままのマリアベルとその向かいに立って見下ろす勇者、榛葉 零王主の真後ろに転がっているみたいだった。
「五月蠅い女だな!大体なあっ!死んだら終わりだろうが!負け犬だ!!」
「…………」
――っ!?
俺をこき下ろす榛葉 零王主の背中の向こう、へたり込んだマリアベルの蒼石青藍の瞳が一瞬だけ床に突っ伏した俺と視線が絡まり、そして何かを確認する様な色を見せる。
「おい!聞いてるのかよ!!このトカゲ女っ!この勇者様と無様に死んだ勇者殺しを一緒にするんじゃねぇよっ!」
「っ!き、きいてるわよ!!この外道勇者っ!!」
バレないようにだろう……直ぐに蒼き竜の美姫が瞳は勇者に戻る。
「……」
――そうか!?俺が復活する間……
マリアベルは勇者の気を逸らしておいてくれたんだ!!
――確かに!
死んだはずの斎木 創が見る見る修復し、千切れた腕や頭さえ元に戻っていっては、気味悪がってもう一度トドメを刺される可能性は高い!
――ナ、ナイスフォローだ!ベルちゃん!
そう言う意味では、俺はホントに考え無しで死んだのだった。
「……」
そして、再び密かに向けられる蒼石青藍の瞳は”大丈夫?”と尋ねてくる。
「……う……ぐぐっ」
復活した四肢に力を込め……俺はもう立ち上がれると確信した。
「馬鹿かよ、こんな方法で例え”偽・百腕魔神”をなんとかしても、死んだら終わりだろうが!?あはははっ!犬死になんだよっ!」
ヘタる美少女を見下ろし馬鹿笑いする勇者の背後で、俺は落ちていた”聖者の刻印刀”を拾って――
ヒュオンッ!
ガキィィン!
「うっ!うわぁぁっ!!」
機械腕に弾かれる、俺の聖者の刻印刀による不意打ち!!
「ちっ!」
――やっぱり厄介だ……この自動機械腕
「なっ!?なななっ!!おま……」
慌てて振り返った勇者は、俺を見て瞳を丸く固まった。
「ははは……死んだらおわり……確かに」
俺は苦笑いしながら、そして再び”聖者の刻印刀”を構える。
「けど、斎木 創は終わらないんだよっ!!」
ガキィィン!
「くっ!?」
ギギィィン!!
二刀、三刀……残った一本きりの機械腕に尽く弾かれる俺の短剣!
「この…………死に損ないがぁっ!」
シュォォーーン!
――っ!?
防戦一方だった勇者レオス・ハルバの左手は、例の右腕に装備した”腕装備型円形小盾”の裏側から新たな剣を引き出して握っていた。
――ちっ!どうなってんだ……あの円形小盾はっ!?
引き出された剣は……
刀身自身に水平な”への字”の溝が定規の目盛りのように一定間隔で幾つも入った両刃剣。
少し風変わりした剣だが、俺は過去に見たことがある。
この剣は確か……
ガキィィン!
ギャリィィーーン!
「くっ!!」
――と、今はそれどころじゃなかった!
シュバッ!
「くっ!」
ギギィィン!!
機械腕と自前の剣、勇者レオス・ハルバの攻撃が二倍になったことにより、俺は益々追い込まれて行く。
「くぅっ!!」
――やはり強い……
重傷を負っていても。
不意を突いても。
”勇者レオス・ハルバ”は”勇者殺し斎木 創”よりも……
ザシュ!
「ぐはっ!」
レオス・ハルバの剣が俺の頬を掠る!
「はじめくんっ!!」
叫ぶ竜姫、蹌踉めく俺。
――ずっと強いっ!!
「バカが……この程度が勇者殺しか?とんだハッタリ野郎……っ!?」
「い、忌まわしき力よ……呪われし人の浅知恵の結晶よ……」
へたり込んでいたマリアベルが、いつの間にかヨロヨロと立ち上がり、そして詠唱のような文言を呟く……
「何をする気だよ!この女ぁ……」
ガキィィン!!
「ちっ!」
再び彼女の方へ向き直る勇者に俺の短剣が襲いかかった!
が……無論“それ”も機械腕に弾かれる!
「余所見してんじゃねえよ!馬鹿勇者!!」
「このっ!」
苛立ちも露わに再び俺に振り返るレオス・ハルバ!
「……」
「……」
視界の正面に捉えた勇者の背後に!
一瞬だけ視界の隅に入る”蒼き竜姫”に!
斎木 創と蒼き竜の美姫の視線が絡む!
――
――ああ、それしかないな!
瞬時に、密かに、頷き合う二人。
「死に損ないが!何度でも殺してやるよっ!!」
ガキィィン!
ギギィィン!
「くぅ!……はっ!」
俺は勇者の剣、機械腕という怒濤の攻撃になんとか耐え凌ぐ!!
「至高なる者、”氷結の女王”が血族の名において……」
ギャリィィン!
「うぐぅっ!」
――そう、耐え忍ぶ……
「その災厄を解き放つ……」
シュォォォォーーーーン!
――っ!?
俺に畳みかける勇者の背後で燃え上がる轟炎!
「なっ!なんだぁ!?」
唯ならぬ事態に!
ブゥ……ブゥオォォォォーーーーーーンッ!!
「ぐっ……ぬぉっ!!」
背後で膨れ上がる信じられない熱風に!
振り返った勇者は――
レオス・ハルバの黒髪はドライヤーを浴びせかけられた様に反対側に靡き、毛先がチリチリと焦げ臭い匂いを発生させる!
「ぬぅ……う……」
息もままならない状況で、蒼き竜の美姫が魔槍の竜牙を連想させる穂先が激しく輝き……
――とんでもない熱風!
――とんでもない炎塊!
槍先を中心に沸き起こる熱風の圧力が……
ブシュルルゥゥゥゥッーーーー
部屋中を朱色に染める程の轟炎が一気に集約されて槍の穂先に収まってゆく……
「炎焔の災厄!焦土の凶槍!”太陽神の槍”!!」
そしてそれは炎の色を纏った刃……
マリアベルの魔槍は”火焔の魔槍”へと変貌を遂げ、そして竜姫はその災厄を手にクルリと回転した!
ズ……ギャギャギャギャギャーーーー
彼女を中心に描かれた炎の輪は、即座に反応した”百腕魔神”を模した機械腕と衝突し、
――バシュゥッ!!
見事に刈り取った!
ガラァガラァァーーン…………ボフッ!
無惨に飛び散った機械腕は、その破片さえもが消し炭になって消滅する。
「や、やった……最後の一本……」
思わず歓声を上げる俺だったが、
ズシャァァーー!!
槍を振り回した蒼い影は、その勢いを残したまま弾かれた独楽の如き無様な体勢でその場に転倒したのだ。
「マリアベルっ!!」
「…………はぁ……はぁはぁ……」
俺の呼びかけにも応えられない蒼き竜の美姫は、床に倒れたままだが、その口元には薄らと力ない笑みがあった。
――マリアベル……ホントに本当に……助かった
今度こそ、完全に精も根も尽き果てた蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ。
魔術遮断の杭の防御結界の維持に、”凍てつく静寂なる世界”という強大な魔法の行使、そしてその疲れ切った身体をおしての俺への助太刀。
更に”生贄式回復術”で体力を奪われた状態での”太陽神の槍”の封印解除……
「ほんとに今日のマリアベルは無茶をするなぁ……」
「……はぁ……はぁ……」
床に突っ伏したままの蒼石青藍の瞳が、俺に向けて弱々しく細められて、そして小さく煌めいた気がした。
――斎木 創にだけは言われたくないわ
疲れ切って横たわる彼女の表情が悪戯っぽく笑った様に見えたのは……
多分俺の勘違いでは無いだろう。
「な……なんだよぉぉっ!!なんで俺の”偽・百腕魔神”がっ!!この勇者様が創り上げた絡繰りがトカゲ女如きのガラクタ槍で壊れるんだよっ!!くそっ!くそっ!クソゲーがっ!!」
ドカドカと地面を蹴り、勇者レオス・ハルバは文字通り地団駄を踏む。
「数千年前に最北の大地、氷の王国を統べる氷結の竜女王、”静寂の竜妃”討伐のために創造されし”炎の魔槍”……炎焔の災厄、焦土の凶槍、それが彼女の”太陽神の槍”という魔槍だ……ってか、お前の切り札は俺達二人の連携に、つまり……」
今こそ俺は高らかに言い放つ!
「謂わば”愛の力”によって敗れ去ったのだぁぁっ!!」
ズビシィィ!と指さす俺に――
「…………ちっ!……てめぇバッカじゃねぇの?」
怒りの矛先を地面から再び斎木 創に向けた勇者レオス・ハルバは心底馬鹿にした目で俺を見て、
「…………」
床に”おねんね”した”可愛い娘ちゃん”は他人を決め込んでいた。
「う……おおぉぉーーい!!流れ!?流れ読もうよ!皆大人なんだからっ!!」
俺は、孤独な涙を流して抗議する!
「ちっ……クソ小賢しい雑魚達だぜ、くそっ!」
勇者レオス・ハルバは左手に新たな剣、右手に例の腕装備型円形小盾を装備して、再び俺と対峙した。
――
厄介な”偽・百腕魔神”とやらは苦労の末に破壊した。
新たにあの盾から出した剣は、刀身自身に水平な”への字”の溝が定規の目盛りのように一定間隔で幾つも入った両刃剣。
少し風変わりした剣だが、俺は過去に見たことがある。
この剣、多少厄介な使い方をされるが、最初の”重力崩壊”を自在に操る伝説級の剣……簡易重力破壊兵器なんていう聖剣”超新星剣”のようなメッチャ反則な剣ではないだろう。
精々、武器ランク5程度の”只の逸品”だ。
そして勇者はさっきの”生贄式回復術”で多少回復したのかもしれないが……
――実際、怪我の具合と疲労はどんなだ!?
――
「はぁはぁ……」
だが、疲労は此方も同じ、マリアベルはもう一歩も動けないだろう
そして復活した俺は健在だが……
元々地力が違いすぎる。
「くっ……この……はぁはぁ……雑魚め……」
勇者、榛葉 零王主の”切り札”はまだあるのか?
「はぁはぁ……」
勇者殺し、斎木 創の”切り札”は、あと……
散々苦労して手に入れたこの状況で――
「今度こそぶち殺してやるよ、勇者殺しぃっ!」
困ったことに……
前々回も、
前回も実に代わり映えしない。
”勇者”に成り損なった男は”何時通り”に”余裕が微塵も無い”顔で笑う。
「さぁ、最終楽章へと……”人生”を進めようか」
第六十一話「以心伝心」END