第六十話「機械よりも機械らしく……」
第六十話「機械よりも機械らしく……」
「う、うわぁぁーー!!マリアベルーー!!」
ガチャァァンッ!!
「……っ!?」
機械の腕先で冷たい光を放つ刃が、彼女の胸当ての鎧……
その留め金部分を弾き飛ばし、鎧は床に落下した。
「あ……う……あれ?」
麗しの蒼き竜の美姫は一度は死を覚悟したのだろう、戸惑った蒼石青藍の瞳をパチクリと瞬かせていた。
「…………」
その仕草が場違いにも妙に可愛らしい。
間一髪、”偽・百腕魔神”は、マリアベルの”胸当て”のみを破壊していたのだ。
「……マリ……アベル……」
良かった、本当に……命拾いした。
俺は自分が死ぬなんかよりよっぽど生きた心地がしていなかった。
「……」
――しかし……手加減した?なぜだ
「はは……ははは……」
戸惑ったままの瞳の美姫と、取り乱した末に安堵にへたり込みそうになるのを必死で堪えて短剣を構える俺を眺めて笑う勇者レオス・ハルバ。
「はははっ!あーーははははっ!!」
「…………」
「こ、この!外道勇者!!どういうつもりよ…………へっ!?」
機械腕のひとつに捕らえられた自分を置いて馬鹿笑いを始めるレオス・ハルバに、マリアベルが堪らず抗議の声を上げようとした瞬間だった――
――がしぃっ!
鎧を無くしたマリアベルの胸を……
高価そうな蒼いゴシック調のドレス生地を膨らませる彼女の軟らかそうな双房を……
――ぐにっ!ぐにっ!
鎧を失い、衣服の上からもその形が十二分に堪能できるようになった隆起を……
「い……いやっ!いやぁぁっ!!」
何の配慮も、遠慮の欠片も無く、揉みしだいていたのだ!
「結構あるなぁ……イイ感触だ」
「やめっ!……いやぁ!」
見る間に少女の整った顔が朱に染まり、逃れようと必死に身を捩るが、一本の機械腕と勇者自身の右手に押さえ込まれた身体はどうすることも出来ない。
「お、おま……なに勝手に俺のマリアベルのオッパイにさわってんだっ!」
ショックに放心状態だった俺がそう叫んだときにはもう遅かった。
――ズッ……ズズズズ…………
「いや……や…………ぁ?……え……んんっっ!!」
マリアベルの胸を鷲掴んだレオス・ハルバの左手から、怪しい音と例の禍々しい赤い光りの筋が何本も出現していたのだ!
――ズズズズ……
赤い光りの管はドクドクと生物の血管の様に脈打って、必死の抵抗で捩った少女の身体に巻き付き、次々と”生命力”を勇者の手の平に供給する。
――ズズズズ……ズゾゾゾォォーー!!
「や、やぁぁぁぁぁぁっーーーー!!」
堪らずに悲鳴を上げるマリアベル。
「や、やめろっ!榛葉 零王主ぅっー!!」
――ズゾゾゾォォーー!
「ぁ……あぁ……は……じめ……く……ん……」
見る見ると光りを失って行く蒼石青藍の瞳を俺に向ける少女……
「マリアベルっ!!」
――あの神導師の男の末路……
俺達の目の前でガリガリでカラカラのミイラという干物に成り果て絶命した神導師の男。
――ズゾゾゾォォーー!
「ぁぁ…………かはっ……はじ………め………」
――”生贄式回復術”
本来なら”悪魔人族”の一部が所持すると言われる呪われし固有スキルは他人に触れることにより、その生命力を吸引して自身のものとする……
「あのカスじゃちっとも回復の足しにならなかったからなぁ、竜人族の娘なら多少は回復の役に立つだろう?はははっ!さわり心地良いし、吸い取った後生きてたら俺の女にしてやっても……」
「おおおおおおっ!!」
「っ!?」
「おおおおおおっ!!ざっけんじゃねぇっ!!」
俺は突っ込んでいた!!
後も先も考えずに……
「おおおおおおっ!!」
――俺は”もう失うわけにはいかない”からだっ!
ガキィィン!
ガキィィン!
ズバァァッ!
待機していた三本の機械腕が次々と俺を襲うっ!
が……関係無いっ!
「……ぁ……や…………かはっ……」
――っ!!
マリアベルの健康的な白い肌が徐々に青白く血の気を失ってゆくのがわかる。
――俺の実力を探る為の安い挑発かも知れない?
――無駄に刃を合わせれば俺の実力が知れ、準備してきた何もかもが無駄に?
「知ったことかっ!!」
身体が勝手に動くんだよっ!
否!動かなきゃ俺は”斎木 創”が生涯赦せないだろう!!
ドスゥゥ!
「ぐはっ!!」
「あははっ!やっぱ”バカけってい”だぁっ!はははっ、間抜けぇっ!!」
タイミングを見て避けたつもりだったが、見事に微調整された”偽・百腕魔神”の機械腕が俺の左肩に突き刺さる!
「ぐぅぅ……!」
マリアベルを捕まえ、余裕の顔で勇者が響かせる嘲りの声が苦悶に顔を歪める俺の耳に垂れ流され……
ギギ……
もう一つの機械腕が肩を串刺されて動きを止めた俺に、即座に追い打ちの動きをみせた!
――ぐぅぅ……深い……
肩を貫通する刃、焼け付く痛みを左肩に受けて動けない斎木 創!
シャラァン!
続けて、俺の首を狩りに振り下げられる別の機械腕が機械の刃を前に俺は……
「ぐぅっ!」
――やってやるさっ!!
ガシッ!
突き刺された左手に力を込めて振り上げて、肩に突き刺さった機械腕に左腕を沿わせるようにして握っていた!
「っ!?ば、ばかっ!!止めろ!キャンセルだ!!」
――な、中々察しが良いな、榛葉 零王主……だが遅いっ!
ガキィィーーーーーーン!
俺の直ぐ顔の横で激しい火花が散り、鼓膜を痺れさせる金切音が響いた!!
ビシャッ!
そしてほぼ同時に、赤い液体が俺の左肩の直ぐ下から大量に噴射され、そこに有るべき腕は無くなった。
ドサッ!
ガララァァーーン!!
俺の左腕と機械腕の一本がスッパリ切断されて地面に落ちる。
「な、なにしてんだ!!おまえっ!!」
先程までの余裕はどこへやら、カッコ悪く怒鳴り散らす勇者。
――なにしてって?
「ぐ、うぅ……ふ、深くて抜くのが無理そうだからな……いっそのこと斬り落として貰ったんだよ!……はは……ぐぅ……ただし、俺の腕ごとだがなぁ!」
俺は激痛で脂汗塗れになった顔に、引き攣らせた笑みを浮かべて勇者を見る。
「こ、この……バカ、”敵の武器と心中する”なんて無茶な戦い方があるわけない……」
「……」
――ビビってる……
――ビビってるな……そりゃそうか、頭おかしいよな?
咄嗟に取った行動だが、意外と妙策かもしれない。
「ぐぅぅっ!」
大量の血液を現在進行形で失いつつある俺は、ふらつきながらもその場に踏みとどまる。
――”偽・百腕魔神”とやらは基本”自動操縦”だ
そして今まで洞察してきた結果、恐らくは四本の機械腕がそれぞれ独立して敵を排除する思考回路だろう。
だからさっきも、咄嗟に榛葉 零王主が止めても間に合わずに敵の破壊を優先した。
”人の革新”でも”宇宙出身者”でもない勇者レオス・ハルバは、複数武器の複雑な遠隔操作なんて離れ業は出来ない。
精々、マリアベルを捕らえている一本くらいしか直接は制御できないだろうから……
――特攻は妙策!有効な作戦である!
――お、俺の犠牲を計算に入れなければ……うぅ
「…………」
とにかく、あの厄介な機械腕は愛しのマリアベルを捕らえているのを含めて……
計算開始!!
――えーと……”4-1=3”で……三本だ!
――おおっ!コレって在り在りじゃん!!
俺は痛みで……頭が少々壊れかけてきていた。
「うらぁぁっ!!」
片手のイカレ野郎は、その右手に握った短剣をオーバーアクション気味に振り上げ……
「や、やめろ!この既知外っ!!」
――うるせー!!”勇者”にだけは言われたくないってのっ!!
「は……はじめ……ん……だめ……だめよ……」
――悪いな、マリアベル。いつも心配ばかりかけて……
ドスゥゥ!
今度は胸に突き刺さる機械腕……
「がはっ!!」
――けど……今はこれしか思いつかない!
ガラァァン!
右手に握った”聖者の刻印刀”を地面に捨てて、俺はその手で肺を貫いた機械の槍をしっかりと握った!
ギギギ…… ヒュォォン!
またも射程圏内で動きを止めた、的になった俺を……
見逃さずに襲う、もう一本の機械腕!!
――い、いい……ぞ……
「どっせっぇぇーーい……ぐっ!?ぐはぁぁっ!!」
向かい来る新たな刃に、掴んだ胸の機械腕ごと体を開いて向けた俺は……
気合いのための大声が徒になり損傷した肺を大きく破って血反吐を吐いていた!
シュバッ!!
「ぐっ……あぁぁぁっ!!」
そして、フラつく俺をその胸の機械腕ごと切り裂く機械腕!!
ドシャッ!!
ガラァァン!
肺に風穴を開けられた直後、腹をも斬り裂かれた俺はその場に膝を着き、また同時に破壊された機械腕も千切れて落ちる。
「ぜはっ……ぜはっ…………四本……三本……二本……あと二本……だ」
片腕を失い血塗れの千切れかけた胴の俺は、なんだか”番町皿屋敷”の様な台詞を吐いていた。
――い、痛くも苦しくも……ない……こんなのは……
「はじめ……くん、やめて!……もう、やだ……やめてよ……」
こうしている間にも……
徐々に衰弱してゆきながらも、俺の為に涙を流す彼女の心痛を思えば……
――ごめんマリアベル……俺、酷いことしてるよな……
出会ってから何度も何度も……俺は彼女に辛い思いばかりをさせて来たんだ。
「ぐ……は……」
だからこそ俺は未だ死ねない。
――あと……二本……せめてあと……一本は……
「な、なんなんだよ!?斎木創はよぉぉっーー!!」
ギギギ……
――っ!?
その時だった、
残った二本の機械腕のうち、榛葉 零王主が制御しているはずの一本が……
ギギギギギギ
マリアベルを捕らえているはずの機械腕が、目前の”死にかけ”に明らかに反応していたのだ。
――こ、これは……ぐぅぅ……ラ、ラッキ……はは
取り乱した勇者レオス・ハルバの心が!未知への恐怖が!
制御下にある機械腕に俺が脅威だと過剰に認識させ、主人の制御よりも主人の保身を最優先させたのだ。
ギギギ…………ドシュ!!
”死にかけ”を仕留めに来る機械腕!!
そして――
ヒュォォン!!
反対からは、残ったもう一方の機械腕がっ!!
「…………」
正直……残りの二本はどうするか、全然考えてなかった。
我ながら無策も良いところだ。
ここまで来ても、二本の内、一本を制御されていれば相打ちは適わないからだ。
「はは、俺……がはっ……ぐ……つ、ついてる……なぁ?」
俺は最後の力を振り絞り――
「だ……だめぇぇぇぇっっーー!!」
乙女の悲痛な声を意図的に意識から遠ざけて――
ザシュゥゥッ!!
首を薙ぐ一刀を右腕を犠牲にして、なんとか切断を免れるっ!!
「がっ!!ぐはっ!」
機械腕の刃は俺の右腕を完全に切断し、そのまま俺の首も半ばまで切り裂いて止まっていたのだ。
「……う……うぅ」
眼球の毛細血管が破裂した赤く狭い視界で……
意識が飛び飛びの……痛みに焼き切れる脳の霞む視界で……
――こ、ここだ……たいみんぐ……を……まちがえ……る……な
斎木 創は機械より機械らしく、唯その行動を完遂する!
ブゥォォーーン!
滅多斬り状態の死に損ないに容赦無く振るわれる最後の一撃は、
その一撃を俺は……
ギャリィィィィーーーーンッッ!!
自らの首筋にめりこんだ機械腕で受け止めたのだ!!
「…………」
――また、”後”で無茶してって……怒られるなぁ……
最後の瞬間はハッキリ確認出来なかった。
俺が最後に見て感じたのは、振り切られた刃と砕けた骨の音……
――そして金属を切断する音
”偽・百腕魔神”は残り一本になるまで自身を破壊したのだ。
ドサッ!
そう……転がり落ちる俺の首と一緒に。
第六十話「機械よりも機械らしく……」END