第五十九話「冷たい刃」
第五十九話「冷たい刃」
――”偽・百腕魔神”といったか?
本格的にそっちでの攻撃に切り替えたためか、勇者の”腕装備型円形小盾”からあの不愉快な立体映像の盾は消えていた。
ガキィィン!
目の前で火花が散る!
文字通り四方から襲い来る敵の攻撃を掻い潜って一撃をぶち込む為に一度回り込んではみたが……
機械腕のひとつに易々と進路は遮られ、逡巡した一瞬の隙に別の機械腕が俺を襲って、俺は咄嗟にそれを短剣で弾くのが精一杯だった。
「くっ!」
横へと飛び退く俺!
ザシュ!ザシュ!
さっきまで俺が居た床には、鋭い刃を尖端に装備した二本の機械腕が降り注ぐ。
――四本の機械腕……これがせめて三本、いや二本なら例えば……
ガキィィン!
ザクッ!
「ぐはっ!」
希望的観測に基づいた無駄な思考を巡せた愚か者は、続く連続攻撃の一つを太ももに受けて蹌踉めいた。
――く……掠っただけ
俺は蹌踉めきながらも後ろへと数度飛び退き、物理的距離を取る。
「なんだぁ?その程度かよ”勇者殺し”……」
攻撃は右腕に装着した”腕装備型円形小盾”から生える機械腕任せで、俺の奮戦を傍観するだけの勇者は呆れた様に言う。
ガキィィン!
「くぅっ!」
ドシュ!
「痛っ!!」
――”偽・百腕魔神”という絡繰り
”機工剣士”は鍛冶系と剣士系の上位職業で、数多くの道具製造や改造を手がけ、自作でカスタマイズした機工剣士専用の武具を使い戦う戦士系職業だ。
スキルでも無い、魔法でも無い、そういう厄介な攻撃を主とする職業が用意した絡繰りは……
「…………」
どうやら勇者レオス・ハルバは傍観するのみで、これら機械腕達を操っている形跡が無い。
視線さえも俺を追っていないし、何かに集中している様子も無い。
ガシィィン!
「くぅっ!!」
――つまり”コレ”は……
「自動追尾……か?」
必死に回避しつつの俺の呟きに、勇者レオス・ハルバはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
――やっぱりか……
改めて考えてみりゃ、そりゃそうだ。
一人の人間が複数の独立した武器を同時遠隔操作なんて……
そんなの”ニュー○イプ”でもなきゃ自在に操れるわけが無い。
ザシュ!
「ちぃぃっ!」
躱しきれない一撃が俺の肩口を掠る!
「”勇者殺し”?おまえ……?」
四本の自動追尾する機械腕を相手に窮地に陥る俺を、すっかり高みの見物モードであったハルバの黒い瞳に疑惑の色が浮かんでいた。
――ヤ、ヤバイな、このまま直接刃を合わせ続けるのは……
勇者に……レオス・ハルバに比べて俺が格段に格下なのがバレてしまう。
そうすれば今までのハッタリの数々も意味が無くなり、勇者の必殺技で”一発終幕”だ。
「まあいいか、で、そろそろ死ぬか?勇者殺し!!」
「くっ!」
ガキィィン!
ギィィン!
「くそっ!しかしこの腕は……」
俺は”偽・百腕魔神”とやらの連続攻撃の前に距離を取ることさえ出来ない状況に追い込まれつつあっ……
ギィィン!ガキィィン!
「はじめくんっ!!」
目前に迫った二本の機械腕が弾き返され、代わりに俺の前に割り込んだ蒼い影は……
既に割り込んだ身体に少し遅れる形でサラサラと流れ揺れる蒼く輝く光糸の束、
目の覚めるような蒼い髪は少女の細い腰辺りで反動によって揺り返す。
「はっ!やっ!」
ガキィィン!ギィィーン!
竜牙を連想させる装飾の穂先が金属の尽くを薙ぎ払う!
目の覚めるような蒼い髪、華奢な腰まで流れる清流のような蒼い髪の美姫……
「はじめくんっ!無事なの!?」
脅威に対峙したまま、振り返って俺を見る蒼石青藍の二つの宝石。
「あ、ああ……なんとか」
一先ず返事を返す俺に、薄氷の如く白く透き通った肌に映える瑞々しい桜色の唇が安堵によってゆっくりと緩んだ。
「ばか……心配ばかりさせて……」
最果ての永久凍土に君臨する至高なる魔王”氷結の女王”に仇なす焦土の凶槍、”太陽神の槍”を手に現れた少女の名は――
ニヴルヘイルダム竜王国、”閻竜王”が第一王女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカだ!
相変わらずの美少女!
そう、滅茶苦茶美少女だ!
そして信じ難い事だが……心中で声を大に、敢て言おう!
――この地上に舞い降りた”蒼き天使”は俺の婚約者様であるとっ!!
「ヒュー!えらい美人だな、なるほど……この女があの蛇姫の言っていた……なら」
勇者レオス・ハルバは下品な視線で我が麗しの”氷雪の竜姫”を舐め回すように見ながら囃し立てそして……
ギギギギ……
ドスッ!
「ぎゃっ!!」
”偽・百腕魔神”の一本は近くで倒れていた男の腹を突き刺し、そして持ち上げる。
「貴方!な、なにを……」
蒼き竜の美姫はその事態を飲み込めない。
「…………」
いつの間にか……
戦っている間に勇者レオス・ハルバは位置を変え、麻痺した”神導師”の近くまで移動していたのだ。
――しかし……
「が……な……なぜ……ゆ、勇者さ……ま……」
――何故、味方を刺す?
勿論、一番事態を飲み込めないのは神導師の男だろう。
グィーーン
ガシャ!ガシャ!
機械腕はクレーンゲームの”景品”宜しく男を先に突き刺して保持したまま、勇者レオス・ハルバの元まで戻った。
「”治癒呪文”なんてカスの取得する雑魚魔法なんて無いけどな……」
勇者は勇者らしからぬ顔で嗤うとその手を……
「ひっ……ゆ、ゆうしゃ……ひ……たすけ……」
頭上に、まるで”百舌の早贄”の如き状態で突き刺さった男に左手を伸ばしていた。
ガシッ!
「ひ……」
邪悪な勇者に血の滴る腹を鷲掴みにされても、俺の”麻痺の隠密吹矢”で麻痺した男は抵抗も出来ずに為すがまま……
――ズッ……ズズズズ…………
「あ……がっ!……ひぃぃっ!」
怪しい音を発してレオスの左手から禍々しい赤い光りの筋が何本も出現し、串刺し男の全身に広がってグルグル廻り……
――ズズズズ……
赤い光りの管はドクドクと生物の血管の様に脈打って、次々と”なにか”を勇者の手の平に供給する。
――ズズズズ……ズゾゾゾォォーー!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっーーーー!!」
同時にみるみる痩せ細ってゆく男の体……
「な、なんなの!?……はじめくん?」
戸惑った蒼石青藍の瞳を俺に向ける少女に俺は……
「……」
――あの神導師の男を動けなくしたのは俺だ
――だが、その男が今恐怖しているのは仲間のはずの……
――人類の希望であるはずの……
「が…………かはっ……………………」
最後に小さく渇いた息を零して……
神導師だった男は絶命した。
「はじめ……くん」
その体はガリガリでカラカラの……
ミイラという干物に成り果てていた。
「”生贄式回復術”かよ……」
俺はここにきて漸く言葉を発する。
――”生贄式回復術”
本来なら”悪魔人族”の一部が所持すると言われる呪われし固有スキルである。
他人に触れることにより、その生命力を吸引して自身のものとする……
敵に使うのさえ悪役的なイメージが拭えない技なのに、況して仲間に使うなんて非人道的にもほどがある。
「そうだよ!このカスが”治癒呪文”ひとつまともに出来ないから、仕方無く俺が直々に回復の役に立ててやったんだ、けどなぁ……はぁ」
勇者レオス・ハルバはそう言うと溜息交じりに――
ブォン!――ドサァァ!!
機械腕で男の遺体を雑に投げ捨てた。
「こんな雑魚じゃ、ちっとも回復の足しにならないなぁ?」
「……」
「……」
俺もマリアベルも、”勇者”という肩書きの男が見せる傍若無人ぶりに眉を顰めていた。
「こんな……外道、見たこと無いわ」
蒼き竜の美姫の可愛らしい唇がわなわなと怒りに震えて零す。
「はぁ?何言ってんだよ、お前?……ははっ!外道?この勇者様がか?……ふぅん、なら次はお前だ!今回の目的は”勇者殺し狩り”だったけど、まぁいいや……はははっ!目的外の獲物だが、”雌竜狩り”だっ!!これがホントの外道狩り……いいや、釣り用語だったっけか?ははははっ!まぁいい、トットと捕獲して存分……」
「竜爪っ!!」
――っ!!
ドシュッ!
勇者が大笑いしながらまき散らしていた台詞が終わる前に、マリアベルは先手で電光石火の槍突きを疾走らせる!
――おおっ!速い……
流石は”月の恩恵”を得た本来の竜姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢!
俺が見てきた中でも最強クラスの突き……
――だが!
しかし、レオス・ハルバはそれさえも……
ガシッ!
超高速の穂先を紙一重で躱し、通り過ぎる槍を左手でガッシリと握りしめていたのだった。
――狙い自体は良かったが……
”あの夜”と同じ様に受け止められる!
「…………いや、同じじゃない」
傷ついた状態の勇者は、”あの時”と全く同じ対応は出来ていない。
指二本で軽々と摘まむというわけにもいかず、左腕全体を使ってしっかりとマリアベルの槍を掴んで、腰も深く落とし油断なく対処していた。
――勇者もそれほど余裕が無いのか?なら対抗策はあるか……
「あぶねーーなっ!この女ぁ!」
グイッ!
「きゃぅ!」
考える間もなく、掴んだ槍を起点に引き寄せられるマリアベルの華奢な身体!
「マ、マリアベルっ!!」
咄嗟に叫ぶ俺だが、その時には既に彼女は勇者の直ぐ目の前まで引き寄せられていた
「くっ!この……」
傷ついて本来の力が出せない勇者を相手に、”月の恩恵”で本来の力を取り戻しているマリアベルだが、いとも簡単に呼び込まれる様子は……
ヨロヨロと踏ん張れない様は……
「ばかっ!おまえ……まだ回復しきってないのに”玉座の間”へ来たのかよっ!!」
俺はその理由を察した。
――なんて無茶だ!
”魔術遮断の杭”による大結界、”絶対迷宮”の維持やマリアベル最大にして最強の極大破壊魔法、”凍てつく静寂なる世界”の行使……
立て続けにそんな無理をした状態で、碌な回復もせずに戦場に駆けつける愚かさ……
「は、はじめ……くん」
――いや……それも全て俺の……ため……か
俺は……
ガキィィン!ギギィィン!
「うわっ!」
立ち上がろうとした俺は、直ぐに二本の機械腕に薙ぎ払われて吹っ飛んだ!
「はじめくんっ!!」
――ちっ!他人の心配してんじゃねぇ!自分の方がよっぽど……
蒼石青藍の心配する瞳を確認し、俺は膝をついたままでも即座に短剣を構えていた。
「……」
――勇者は傷ついた体と傷の痛みで本来の力が出せない
――それでも俺との地力の差と、なによりあの4本の腕が……
「ん?……あ?、ああっ!!」
――っ!?
焦る気持ちを必死に抑え思考する俺の視界に、突然素っ頓狂な声を上げる勇者レオス・ハルバがいた。
「なーんかな、これって同じようなことがあったよなぁって思ってたら……おまえ、あの時の竜戦士?」
「……」
――ちぃぃっ!どうやら……
勇者も思い出してしまったようだ。
”始まりの夜”の……”勇者殺し”と”竜姫”と”勇者”が一堂に会したあの夜の事を!
――嫌な予感……くそ、あのイヤラシい笑みを見ているとそんな予感しかしない!
「ははは、こぉんな超美人なら、やっぱ剥いてストリップショーを堪能しとくんだったよなぁ?……ん、ああ!いや、今からでも遅くはないか?」
最悪だ!最悪の……
俺はなんとか動こうとするが、だが!
それもあの四本の機械腕を前にしては迂闊には……
「この……痴れ者っ!!」
イヤラシい視線と侮蔑の言葉にキレた蒼き竜の美姫が、強引に槍をねじ込もうとする!
――っ!!だめだマリアベル!!迂闊な動きはっ!!
「はぁっ!?気取ってんじゃねぇよ、この雌トカゲがっ!!」
ギギギ……
――駄目だっ!!
”偽・百腕魔神”から一本の機械腕が反応し、それは至近で暴れる標的にと……
「っ!は、はじ……」
ガキィィーーン!!
「っ!!」
無機質に反応した機械腕の先で銀色の鋭い金属片がキラリと閃き。
無慈悲に標的へと突き刺さる。
「…………ぁ」
なんとかしようと力を込めた俺の足は間に合わず……
俺の足は……徒足にもならなかった……俺の役立たずな足はその場で竦み……
「……めく……ん」
見開かれた彼女の蒼石青藍の二つの宝石が情けない俺を見ていた。
「う……う……うわぁぁぁぁっっ!!」
――俺はまた……
マリアベル・バラーシュ=アラベスカの胸を貫く、百腕の魔神名を冠する兵器の刃。
――俺はまた……大切なひとを……
「あああああああっっ!!」
――助けられなかった……のだ
喚いて立ち尽くすだけの無能を嘲笑うかの様に、”大切なひと”の胸で凶器の冷たい刃が光っていた。
第五十九話「冷たい刃」END