第五十八話「地力が違うんだよっ!」
第五十八話「地力が違うんだよっ!」
――さて、どうしたものか……
ここまで周到に用意してこの顛末。
「うぐぐ……このっ……」
俺の目前に蹲る怪我人は勇者レオス・ハルバその人だ。
「…………」
あれほどの反撃を無防備に受けて生きている”人外”だ。
――本気で頑丈だなぁ、勇者って……
「とはいえ……」
俺は右手の小指と親指以外の指を丸めて小さい筒を作り、それを口元に宛がって――
「麻痺の隠密吹矢!」
シュッ!
それを柱の陰に隠れている”男”目掛けてひと吹きするっ!
「ぎゃっ!」
途端にドサリと音を立てて地面に倒れる”男”は……勇者が連れて来た”神導師”だ。
「うっ……ががっ……」
男は地ベタに転がったまま、口端から泡を吹いて痙攣していた。
「治癒呪文か?間一髪だったなぁ……」
男が倒れる直前に、手の中で薄い青色の光りが小さく弾け散ったのを俺は見逃さ無かったのだ。
勇者レオス・ハルバに向けて回復魔法を施そうとした神導師の男を、俺は紙一重のタイミングで攻撃し、相手は麻痺して倒れた。
「う……がが……」
暗殺者系スキル”麻痺の隠密吹矢”は射程距離数メートルの麻痺攻撃だ。
対象者は意識はあっても、当分身体は動かないだろう。
「く……そ……役立たずめ……」
「おいおい、助けようとしてくれた相手にかける台詞じゃないなぁ」
俺は再び目前の重傷勇者に視線を戻していた。
――まぁ……とはいえ、”治癒呪文”程度では直ぐにどうこうなる傷でもないけどな
この世界での”治癒呪文”は、あくまでも傷の基本的治療に対応するもので、それ以上でもそれ以下でもない。
もちろん習得した治癒呪文レベルにもよるが、回復術士として上級の部類でも”こんな大怪我”の完治には数日はかかるだろう。
だから俺としては……
どちらかというと治癒呪文により、痛みがマシになるという……そっちの方が気がかりだったのだ。
「ぐ……くそぉぉっ!!」
やられ馴れていない勇者には、肉体の痛みという現象は想像以上に効果的だった。
”大ダメージを受けた”とはいえ、未だ立つことも出来ないのがその証拠だ。
「…………」
蹲ったままのレオス・ハルバを見下ろしながら、俺は背中に背負った二本の短剣のうち、先程までお留守だった……ついさっき鞘に戻ったばかりである”黒い方”の柄を握る。
チッ……キン!
――さて、勇者は瀕死な上に、俺の偽スキルである”対能力呪詛返し”を警戒して迂闊に大技も出せない様子……
「どう見ても”今”しかないよなぁ?」
”第一段階”では勇者レオス・ハルバを仕留めきれなかった俺は、あまり望む流れでは無いが、直接攻撃に移ることにする。
――ヒュオンッ!
抜き放ったソードブレイカーを這い蹲る勇者の頭目掛けて振り下ろす!
「くぅぅっ!勇者殺しぃぃーー!!」
ガキィィーーン!
目前で激しく火花が散り、俺の一太刀は勇者が握る剣によって寸前で受け止められていた。
ギギギ……
押し込む俺!
ギ……ギギ……
押し返す勇者!
「な、舐めるなよ!三下ぁぁーーっ!!」
ガギィィィィィーーン!!
途端に勇者レオス・ハルバの握る刀身にパッ!パッ!と光りが瞬く……
「お、俺の聖剣”超新星剣”はなぁっ!!ちょ……超高密度の……膨大な質量を発生させ……」
ギギギ……
自身の頭にねじ込まれようとする刃を押し返しつつ、レオス・ハルバは俺を睨んで能書きを並べる。
「け、剣先で触れた……全ての存在……存在をなぁ!……ぐぐ……武器ランク……の伝説級武具……なんだよぉっ!」
「…………」
――要約
自らの刀身を媒介に、限定的な固有結界を生成、
超高密度による質量破壊を起こし……
”重力崩壊”を自在に操る伝説級の聖剣……
――いや、メッチャ反則な剣だろ!?それ!!
俺は刃の押し合いを持続しながらも、直ぐ目の前でチカチカと明滅する刀身を見ていた。
――てことは……この点滅って、武器スキル発動への秒読み!?
「この勇者!……ま、簡易重力破壊兵器って……さすが勇者様が持つに相応しい……ば、馬鹿げた剣だよっ!」
ギギ……
「軽口ほざいてんじゃねぇっ!勇者殺し!!吸い込まれて消えても”反撃”できるのかよ!くっははははぁっ!!」
ギギギ……
怪我人とは思えない力で明滅する刃を押し込んでくる勇者レオス・ハルバ。
――ちっ!やっぱり怪我してても俺なんかよりよっぽど強いな……
ドッ!
俺は押し込まれてその場に片膝を着く。
暫くの押し合いっこの結果、攻守は完全に逆転していた。
「さぁさぁっ!!チャージもそろそろ完了だ!俺の”超新星剣”と鍔迫り合いしたのが運の尽きだなぁっ勇者殺しっ!」
ギギギ……
「くっ!……」
俺はどんどん押し込まれ、合わさった刃越しに組み伏せられる寸前の状態だ。
――確かに……充填時間が必須で、しかも直接刀身に触れていないと発動しない魔法武具となると……こういう特殊な状況でないと使えないってか?
「”鍔迫り合い”になったのが勇者殺しの運の尽きだっ!死ねよっ!」
グォォォォォォーー!
明滅する刀身がたっぷりの闇に染まり、そして……
「……全く同感だ、ご馳走様でした!」
俺は押し込まれつつも握ったソードブレイカーの柄を手の中でグルリンと回転させ、鍔迫り合いの刃を短剣の背に変えた!
ガキン!――――パキンッ!
「なっ!?」
ソードブレイカーの峰……櫛状の凸凹した溝に捕らえられた勇者の”超新星剣”とやらはアッサリと真っ二つに折れる。
それこそ”薄焼き煎餅”の如き脆さで易々と砕けてしまった。
「なんだ!!それ!!なんだよぉぉっ!!」
その時のレオス・ハルバの間抜けな顔と言ったら……
「いやいや……これ、”刀剣破壊武器”だから?」
俺は平然と答え、そして――
「百子ぉっ!」
ブワッと、手にしていたソードブレイカーが黒き霧に姿を変え、そして茫然自失の勇者を覆い込む。
「うわっ!このっ!くそっ!」
キンッ!
そして俺は背負った短剣……もう一方の短剣、”聖者の刻印刀”を抜き放った!
――俺の”刀剣殺しの短剣”は硬いだけの代物だ!
付加されし神通力も特殊能力も何も無い。
――唯々……只管に強固に!硬く、堅く、固く、それだけに特化した魔神王の遺物!!
――”鋼鉄喰らいの魔神王”の純粋なる結晶!
――それは”勇者の剣”を破壊するためだけに創られた……”忌みられし魔具”
剣の破壊だけに特化しまくった産物だ!!
結論……
必殺技も特大魔法も迂闊に使えない勇者は、馴れない直接攻撃に打って出た。
充填時間が必須で、しかも直接刀身に触れていないと発動しない魔法武具を使うためだ。
だから――
ある程度の接触時間が必須で、しかも直接刀身に触れていないと利用できない”刀剣殺しの短剣”を使わせてくれた。
だからこその感想、”同感だ”
此方もこういう特殊な状況でないと使えないから。
だからこそのお礼、“ご馳走様でした”
結果は見ての通り、又のご来店をお待ちしておりますだ。
「な、なんなんだ!なんなんだ”斎木 創”はよぉぉっ!!」
折れた剣の柄を握ったまま信じられないと叫ぶ男に、俺は今度は”聖者の刻印刀”を突き出す!
ドシュッ!!
「ふ、ふざけるなっ!!そんな玩具で俺の聖剣が折れるわけが無い!!今度はどんなイカサマをしやがった!!」
――イカサマ?”反則登場人物”の最たる”異世界勇者様”がなにを喚いてんだか?
兎に角、必殺技も使えない、規格外武器も無くした、大怪我男の末路は……
グサァァッ!!
飛び散る鮮血!確かに肉を裂く手応え!?
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっーーーー!!」
俺は……
「痛い!痛い!痛いよおぉぉっ!!ああぁぁぁぁっ!!」
――っ!!
俺は血の滴る聖者の刻印刀を握る手を思わず半ばで留めていた。
「嫌ぁぁっ!!いたい!痛いよぉぉ!!非道いィィ!な、なんで……こんな……非道いことするのよぉぉっ!!」
「……なん……なんだ……これ?」
俺は呆然と其所に立ち尽くす。
「いたいっ!いたいっ!いたいよぉぉっーー!!」
俺の聖者の刻印刀は中途半端な斬りつけで止まり、それを受けた”女”は泣き叫ぶ……
――シュィィーーン
「はぁはぁはぁ……」
全身傷だらけの勇者レオス・ハルバ。
奴の右腕に装着した”腕装備型円形小盾”の中心が青白く光っていた……
「いた……いたいよ……ひ、、人殺しぃぃっ!!」
それはまるで投影機が映画を映し出すように、勇者の直前に直径二メートルほどの淡い光りで出来た円形の盾を形勢していたのだ。
――シュィィーーン
薄く透き通ったサークル状の光りは実態を持った”盾”と言うよりも幻……
「あああっ!いたいよぉぉっーー!!」
そして、その中央に磔に?
いや……光りの盾に付随する浮き彫りの如く埋め込まれた全裸の見知らぬ女の姿。
その光景は、光りの干渉を利用して物体の像を再現する立体映像だ。
立体映像の盾……?
「は、榛葉……おまえ……」
俺は驚愕のあまり……思わず口調が、演じていた”総統サー・イキング”から素に戻ってしまっていた。
「い、”成らざる箱庭の小盾”に仕込んだ”絡繰り”の一つさ……取り込んだ人間を埋め込んだ肉の盾……はっ!……ぼ、防御力はイマイチだけどなぁ……人間相手には結構精神的効果があるんだよなぁ、ははっ!あはははぁぁ!!」
余裕という感情が復活した勇者の笑い声。
立体映像の如き円形の牢獄には……
「い、嫌だぁぁっ……助け……苦し……痛い……やだ!やだ!出してよぉぉっ!」
二メートルほどの円形の牢獄には……
「いたい……ひぐっ……動けない……の……ずっと……ずっと……」
――ひたすらに慟哭する女の姿
「いたい……のぉ……たすけ……」
腹部に中途半端な赤い穴を穿たれた女が、グチャグチャになった顔で俺に助けを求める。
「うっ……榛葉、お前は……」
俺は……のあまり……
そう、”怖気”のあまり、攻撃の手が完全に停止していた。
――気分が悪い……なんだこの……男のやりようは……
――人が人に……こんな事が出来るのか?
「ど、どうしたぁ勇者殺し!?……はぁはぁ……お前だって、この世界では色々と殺して来ただろうが?……はぁはぁ……今更こんな”肉の壁”如きにビビったのかよ?」
続く言葉を失う俺に、榛葉 零王主は先程までとは違って実にサッパリとした顔で笑う。
「くっ!」
――そうだ!勇者を殺れるのは今しか無いんだ!
俺は見知らぬ女の血の滴る”聖者の刻印刀”を再び振り上げるっ!
「ひぃぃっ!!やめてぇぇーー!!」
「っ!!くそっ!!」
牢獄の中で叫ぶ女に、俺は振り上げた刃を躊躇していた。
「はい、”バカ”けってぇぇーーい!!」
ザジュ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっーーーー!!」
光りの壁の向こうから、容赦無く突き出されたレオス・ハルバの折れた剣は、背中から盾に埋め込まれた女の腹を突き抜け、その切っ先は――
「ぐっ!!」
俺の左腕を掠る!
――ちっ!……諸共かよ
折れたとは言っても、剣は聖剣の力を失っただけ。
七割方残る鋭利な刀身は、人間の柔な肉体を傷つけるには充分だ。
「なかなか使えるだろう?俺が仕込んだ”絡繰り”……俺は優秀な”機工剣士”だからな」
そして自信を取り戻しつつある勇者レオス・ハルバは――
ガラガラァァーンッ!
もう用済みになったのだろう、折れた聖剣”超新星剣”を投げ捨てた。
「もう終わりだよ、このクソゲーもなっ!」
ギギ……
ギギギ……
立体映像の盾では無くて、実際に奴の右腕に装着した”腕装備型円形小盾”の裏側から伸び出る四本の関節部分が幾つもある機械腕……
ギギギギ!!
その先には、そのどれにも鋭い刃が光っていた。
「必殺技や大魔法、あと聖剣が無くってもなぁ、選ばれた勇者様とイカサマ野郎の勇者殺し如きとでは地力が違うんだよっ!ははっ!はっはっはぁーー!!因みにこれは”偽・百腕魔神”っていってな、これも”成らざる箱庭の小盾”に俺が仕込んだ”絡繰り”の一つさ」
第五十八話「地力が違うんだよっ!」END




