第五十七話「成り損ないの意地(プライド)」
第五十七話「成り損ないの意地」
――あぁーー
――天井が――蒼い
「…………」
俺は立ち上がり、天を仰いでフッと笑う。
「うっ……ぐぐ……」
我が4LDK城の玉座の間と空を遮っていた天井と屋根は綺麗さっぱり消失し、室内からでも抜けるような青空が見渡せる。
それでいて――
他の各部屋へと仕切る壁や部屋内は被害が殆ど無い。
「ぐ……くぅぅ……くそっ!」
まぁ、それもそのはず……
攻撃の余った衝撃は全て上方へと逃したからだ。
「くそっ!くそっ!くそぉぉっ!!」
――おっと、そろそろ……遠路遙々の客人を放置しておくのも申し訳ないか?
玉座から立ち上がって空を仰ぎ見ていた斎木 創は、ゆっくりと視線を落とした。
「くそっ!くそぉぉっ!!な、なんで……こうな……るんだ……くぅぅ……」
俺の目の前……といっても、十メートルほど先だが、そこには膝を屈して苦しそうに唸る黒髪の若い男がいる。
「ぐっ……うぅ……」
全身ボロボロで、結構な傷を負って俺を睨むその男は……榛葉 零王主だ。
「やっぱすごいなぁ……あれほどの反撃を無防備に受けて生きている、ホントに人間かよ?」
俺は心底呆れながらも、一段高い玉座からゆっくりと降りる。
「お、お前……なにを……した!?」
未だ床に膝を着いたままの勇者レオス・ハルバは、俺を睨み殺す如き表情だ。
「なに?……スキルだよ、”対能力呪詛返し”」
「っ!?」
勇者は俺の解答に、傷だらけの顔を引き攣らせる。
――だろうなぁ
散々”胡散臭い”と相手にしていなかった黒いマントを頭からスッポリ被った見るからに怪しい謎の人物、その男の言葉が只今自身の身を以て証明されたのだから。
「…………」
傷だらけで愕然とする榛葉 零王主に、一歩、また一歩と近づきながら俺は考える。
――”対能力呪詛返し”
相手の必殺である能力攻撃を無効化し、その威力に応じた攻撃魔法と呪詛にて返すという恐るべき無双防御スキル。
「…………」
恐ろしい……存在すれば、とんでもなく強力無比なスキルだ!!
「…………」
そう、存在すれば……
――つまり、嘘なんだけど
大体……そんな都合の良いスキル持ちなら、俺の異世界人生はこんなに苦難の連続では無かったろう。
そんな便利スキルがあれば、異世界勇者の成り損ない、斎木 創も立派な勇者と言えるのだ。
「…………」
――買い被ってもらっては困る!斎木 創は”成り損ない”なんだよっ!
……ゴホンッ!……えっと、では?
俺はどうやってこの状況を作ったのか?
それは――
――
―
キュィィィィーーーーーン!
勇者の剣に尋常ならざる輝きが宿りそれは十メートル先の標的、つまり斎木 創に向けて放たれるっ!!
「絶剣、天地開闢之剣ォォッ!!」
「応よっ!タナボタ・猫騙し!」
恐らく超超超……弩級の破壊スキル!!
推定レベルが不明過ぎる超絶剣スキル!文字通りの必殺剣!!
対して……
その辟易するほどの光りに便乗して、輝度を上乗せした我が”目眩まし”スキル!
盗賊系職業スキルの”とんずら”技、因みにスキルレベルは3だ。
ズゴォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!
超超超……強力な光りの暴力が辺りを”白”で侵蝕し!
パシュッ!
「ちっ!」
それに便乗して放った超ショボイ俺のスキルが、勇者の目を眩ませる!
ズゴォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!
どちらにしても、比べることさえ馬鹿らしい技の応酬で……
「…………」
――うひゃぁ、なんて常識外れの威力だ……死んだなぁ、これは……
ドゴォォォォォォォォォォーーーーーーンンッッ!!
俺の目前で圧倒的白い暴力は炸裂した!!
――
――そう、俺の”目前”……
バチバチィィィィィィーーーー!!
俺の目前にて鎬を削る白と黄金の光り!
ガガガガガガッ!!
圧倒的な白い光りの暴力に消し炭にされるはずだった俺の前二メートルほどに、黄金色の光りの壁が出現……
いや、元々其所にあった見えない壁が充分に防御癖の役割を果たす!
ガガガガガガガガガガッ!!
……ガガッ!
ドォォォォォォーーーーンッ!!!
だがそれも一時、黄金光の壁は霧散し、今度こそ勇者の放った白き暴力が俺へと……
バチバチィィィィィィーーーー!!
――届かない!
ガガガガガガッ!!
直ぐさま新しい壁が再び攻撃を阻む!
ガガガガガガガガガガッ!!
今度は目前一メートルほどで勇者の攻撃を阻む”それ”は、黒い光薄布の壁だ!
――スッ
「はじめッチ、首もっとスッ込めて……備えて?」
白い攻撃と黒き光薄布が先程と同じく鎬を削る状況で突然俺の前に割って入った女は、背後で座ったままの俺には視線を向けずにそう言って両手を広げた。
ほんの少し前まで玉座の隣に設置されていた石像……
「……」
石像に見えた女が生身化して俺を庇うように立つ!
――言わずと知れた、魔神娘、希鋼鉄闘姫だ
最硬鉄壁の魔神王、”鋼鉄喰らいの魔神王”の眷属にして現在は俺の最強の盾、レアスティアナ!
「任せたティナティナ!……けど無理するなよ」
「わかった……」
彼女は俺の言葉に簡潔に返すと両手を大きく大の字に開いたまま、肩幅に構えた両足に力を込めて踏ん張る用意をする。
ガガガガガガッ!!
バシュゥゥッ!!
俺達が交わした会話の直後、黒い光薄布も突破され、勇者の白き暴力は今度は……
――スゥ……
紅い唇が微妙に開き、刹那の深呼吸後、
「最終究極形態!!”金剛戦士・武威”!!」
ギュオォォォォーーーーンッ!!
希鋼鉄闘姫の全身は重厚な光沢を纏いし超硬金属へと変化を遂げる!
ドッーーガガガガガガガガガガッ!!
そして、その身でなおも迫る白い光りを小細工無しに受け止めたっ!!
ガガガガガガガガガガッ!!
ガガガガガガガガガガッ!!
「……」
――ど、どうだ!?防げるかっ!?
ガガガガガガガガガガッ…………
この一瞬、この瞬間、それは”対勇者戦”……最初の関門だっ!!
初戦で思わぬ傷を負わされれば、榛葉 零王主は以降、無駄なスキル消費と魔力消費を抑える為に自身は戦いに積極的には参加しないだろうと予測した俺は、その為にファブニールには相当な無理を頼んだ。
それは今までレアスティアナから仕入れていた勇者の情報と、過去に戦った勇者達が皆そうだったから……
――禄に苦戦さえしたことの無い奴等は異常なほどに危険を嫌う
勿論そうする事で勇者は唯独りで最終決戦の地に辿り着く可能性が高くなるが……
それでも奴等はそれを選択するだろう。
それは強すぎるが故に、反則過ぎる強さ故に自身以外を戦力とさえ認めていないからだ。
自分独り居ればどんな相手にも間違い無く勝てる!
だが、流石の勇者も”魔力量”や”スキル量”が無くなれば心許ない。
ずば抜けているとはいえ、基本性能だけでは流石に魔王級の相手は出来ないからだ。
ガガガガガガガガガガッ!!
――つまり、勇者共は仲間の価値を、自らの魔力ポイントやスキルポイント以下に見ているのだ!
「…………」
そして……
道中、俺が用意した様々な小細工にすっかり食傷気味の勇者は、正体不明の俺を最大限に警戒するようになり、結果、早々に不安要素を取り除くため、初っ端から”最強の一撃”で終わらせようとするはずだ。
――それは斎木 創にとって最大の窮地であるが……
――同時に最高の好機でもあるっ!!
俺は本当の小細工を、この玉座の間にこそ用意していたのだ!
ガガガガガガガガガガッ!!
「…………」
――そうだ、俺は予め予想できる敵の攻撃に対応するために……
ガガガガガガガガガガッ
――バシュウッ!!
勇者レオス・ハルバの渾身の一撃……その最後の残りカスが上方へと弾かれて飛んで行く。
「あぅ……リ、限界……」
見事それを退けたレアスティアナはその場で膝から崩れ落ちていた。
――待っていた!
俺は自然と玉座から立ち上がる。
俺はこの時を……
俺はこの時の為に……
この結果を引き出すために……
――自らが座する玉座を”結界の外”に設定したのだ!
実際俺が座していた玉座は実は”戦場の外側”
”魔術遮断の杭”による大結界は4LDK城の最奥の場所である玉座の間、もっと言えば玉座の間の更に奥、玉座付近は最初から結界の外側になっていたのだ。
勇者が”絶対迷宮”を抜けた時点で”魔術遮断の杭”の結界種類を魔術遮断結界、空間断層結界に切り替え、各々に必要である膨大な魔力供給を帰還したファブニールとツェツィーリエに任せた。
オベルアイゼル公国が誇る大天才、レクス・アイゼルスタイン=ダイクラフに”魔術遮断の杭”の整備、強化を依頼したのもこの時のためだ。
そして――
万が一にもそれに気づかせない為に、”仕掛け”に近づけさせないために……
あの”呼び鈴”の茶番はドア付近に勇者を留める為の小細工だ。
間の意味ありげな石像群は虚偽で、俺の隣の石像は俺を護る最後の”砦”
尽くを突破された時の保険、最硬鉄壁の魔神娘、希鋼鉄闘姫!
――
つまり、情けない話だが、この時点で未だに斎木 創は微塵も戦闘に参加していない。
――空気圧の微妙な玩具の鉄砲では、決して倒れない温泉射的店の特等品!
知らぬ間に誘導され、案の定俺を狙った勇者、レオス・ハルバの一撃は最も警戒された、何重にも要された壁の最も堅い部分を不用意に狙った非効率な一撃と化したのだ!
「……」
ここまでして、これほどまでに備えて……
俺は勇者の最強の一撃に挑んだ!
そして……
「はぁ……はぁはぁ……」
希鋼鉄闘姫の肩を大きく上下させた後ろ姿は聞くまでも無く、精も根も尽き果てた状態だ。
「よしっ!良くやってくれたティナティナ!!後方へ下がってくれ!」
俺は盾娘に礼を言ってから彼女に撤退を促し、
――全てオーケー!仕上げだっ!!
直ぐさまに俺は近くに居ない相手に向けて心の声で伝える。
――了解でヤンス、奥様!
玉座の後ろ、壁の隠し扉を隔てた所に控えているだろう化狸が中継し、その念を更に後方に控える氷雪竜姫に伝言した。
ピキィィーーーーーーーーーーン!
「っ!」
ほぼ同時に周辺の空気が鈍化したかの感覚に呑み込まれ、俺は自身の耳の端と指先にキーンと独特の痛みを感じる。
――
――――ピシリッ!
更に間を置かず、勇者の一撃で破壊された天井から覗き見える空が渇いた音を発して亀裂を走らせていた!
「……」
空間に!大気に!亀裂が走るという異様な光景。
その間も”ミシミシ”と軋んだ音が鳴り続け、虚空に直径数メートルはあろうかという円盤状に屈折する半透明の歪みが出現した。
――空間が凍結する程の法外な魔力……
極寒の地で大気中の水蒸気が凝華する事により出来る細氷……
だがこれは……そんなレベルじゃ無い。
科学的物理現象から逸脱した魔法でもこれほど桁外れの魔力はそうはない。
――”踊れ……踊れ……白き花の精霊達よ……”
悴んだ俺の耳に、歌うような美しい音色の詠唱が僅かに聞こえた気がした。
「…………」
俺は改めて正面を見る。
「このっ!なんだコレはっ!!ちっ!何も見えねぇっ!!」
其所には……
”必殺技”を出した直後の隙を狙った俺の目眩ましをモロに喰らった間抜けな勇者が黒い霧に包まれて藻掻く姿があった。
「ぐ、くそっ!呪い!?呪詛かっ!!効くかよっこんなものっ!!」
不意を突かれ、慌てながらも自身の能力に絶対の自信がある最強の男。
――そうだ、不意を突かれても呪詛だけならそれ用の魔法抵抗で抵抗できるよな?
「魔法抵抗っ!魔法抵抗!ぉぉっ!!」
該当する種類の被弾抵抗能力値、魔法抵抗値を上げる魔法……
現在、勇者が必死になっているのは勿論”呪詛”に対してだ。
――流石、勇者。奴の魔法抵抗値と魔法抵抗なら……
「戻れ!百子ぉっ!!」
シュオォォーーン!
俺の声に勇者を覆っていた呪いの霧は即座に霧散する!
――”静寂の導き手となる氷雪の乙女よ、汝の盟約者として……”
俺の耳には、微かに続く美しき氷雪の乙女が奏でる旋律……
「お?お?」
最強様は解らないだろう。
”最強”イコール”無敵”じゃない。
「戦場で最も必要なのは”反則な能力値”でも”反則なスキル”でもないんだよっ!素人がっ!!」
――”我が命に応えよ!”凍てつく静寂なる世界”!!
俺の耳には、傍には居ない人物の……
氷雪竜姫の美しき詩の完結が確かに聞こえていた。
ピキィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
室内の温度が急激に下がり、氷結を完全に凌駕する分子レベルの沈黙が無防備な素人を覆う!
「”凍てつく静寂なる世界”……全ての生体活動を停止させる極大魔法……か」
勇者の攻撃に耐え、僅かに残った”魔術遮断の杭”による魔術遮断結界で凝縮された圧巻の大魔法は、幸いにも標的は勇者のみ、その威力は奴を中心に数メートル以内に何とか抑えられたようだ。
俺は安堵と供に呟いて被害者である勇者を見ていた。
放っておいても勇者なら大したダメージでも無い呪詛に”魔法抵抗”を全力で割り振ったレオス・ハルバは、現在”冷気系”の防御は悲しいくらいに無防備だ。
「うっ!?おぉぉぉぉっ!!」
マリアベルの究極魔法は魔王や魔神級の化物が扱う超弩級の広範囲破壊魔法だ。
如何な勇者とてこんな間抜けな状態では致命傷は免れない。
「う、うおぉぉぉっ!!」
シュォォォォォーーーーン!
やがて最強の勇者は氷の彫像と成り果て、そして……
パキィィーーン!
砕け散……おっ!?
「くそっ!くそっ!くそぉぉっ!!」
散らずにそこにヘタばっていた。
「くそっ!くそぉぉっ!!な、なんで……こうな……るんだ……くぅぅ……」
「…………」
俺は静かに天を仰ぐ。
ここまで周到に用意して……この顛末。
ファブニールとツェツィーリエによる”魔術遮断の杭”の防御壁。
レアスティアナの物理盾。
そして百子の呪いで意表を突いて、別室のマリアベルから天井の穴を使った究極魔法攻撃……
その代償は俺以外の戦力の疲弊による戦線離脱と”魔術遮断の杭”の損壊。
「…………」
実際、一番マシそうなマリアベルでもかなりの疲労だろうし、他の三人も戦闘が出来る状態では無いだろう。
そして頼みの綱の”魔術遮断の杭”も多分、十三本の杭のうち殆どが破壊されただろう。
――あれほどの反撃を無防備に受けて生きている、ホントに人間かよ?
俺は心底呆れながらも、一段高い玉座からゆっくりと降りる。
「お、お前……なにを……した!?」
未だ床に膝を着いたままの勇者レオス・ハルバは、俺を睨み殺す如き表情だ。
――ちっ、”勇者”めっ!
「なに?……スキルだよ、”対能力呪詛返し”」
俺は表面上は余裕を装ってそう答える。
「っ!?」
勇者は俺の解答に傷だらけの顔を引き攣らせたのだったが……
――さて……どうしたものか
それはそっくりそのまま、俺の心の表情でもあった。
第五十七話「成り損ないの意地」END