第五十五話「邪淫の報い」
第五十五話「邪淫の報い」
「彼の”勇者殺し”が備えし未知の能力は”対能力呪詛返し”……幾多の歴戦の勇者を屠りし女神への反逆者……心して行かれよ勇者どの」
黒いマントを頭からスッポリ被った見るからに怪しい謎の人物が告げる。
「…………」
勇者レオス・ハルバはジッと無言でその人物と対峙し……
「”対能力呪詛返し”とは、勇者どのの必殺の能力攻撃を無効化し、その威力に応じた”攻撃魔法と呪詛にて返すという恐るべき……」
――ズバァァァァッ!!
「っ!?」
ドサッ!
未だ言葉を言い終えぬ間に、勇者により真横に胴を切断され二つに別たれて地面に転がる謎の黒マント男!
「ちょっ!?良いんですか?ハルバ様……」
慌てる”神導師”の男を置き去りに勇者レオス・ハルバは先へと進む。
「あの……」
「”いちいち”となぁ、胡散臭いんだよっ!」
そう吐き捨てて、勇者レオス・ハルバは最後の部屋へと続く廊下へ――
「……」
4LDK城、終着点である”玉座の間”へと向けて進んでいった。
――
「…………」
未だ廊下に転がる、二つに別たれたマント男の死体。
「…………」
事切れて既に物言わぬ骸に成り果てたそれは……
ザッ!
「…………」
そこに新たな人物が姿を見せても無言で転がっていた。
「……いい加減に死んだふりは止めろよ、バカ狸」
ゴツン!
そして現れた男は転がった上半身の方を蹴る。
「痛いでヤンスよぉ……主ぃ!」
スッパリと二つに千切れた上半身、マントに覆われた遺体の中からゴソゴソと茶色い毛玉が姿を現した。
「まさかいきなり斬って捨てるなんて……あんまりな男でヤンスねぇ、あのハルバって男は……」
茶色い毛玉……化狸のブンブクはそう言いながら俺の元へとトコトコと歩いてきた。
「余裕がない証拠だ、良い傾向だな」
俺は我が不肖の”使い魔”にそう言うと後ろに転がるマント男だった下半身に振り返る。
「そっちも大丈夫か?ラプタ」
ズズズ……
俺の呼びかけに、半分の遺体になったマントの中から白い毛並みの犬頭人にしてはガタイが良い男が顔を出した。
どうやら身長を補う為に二人で一人の男を演じていたのが功を奏したらしい。
勇者の剣はマントの中で肩車していた二人の間に斬り込まれ、二人は上手く分離して回避できたようだ。
「問題ない……ラプタは本当にあった……」
「はいはい!用事も済んだことだし撤収するぞ!」
俺は例の台詞を言わせない様にサッサとその場を後にする。
「は、はい!でも……良いんでヤンスか?勇者、前回と同じで全然聞く耳もってませんでヤンしたが?」
その俺に慌ててついてくる二本足の獣はそう聞いてくるが、
「ああ、あれでいい……”充分”に効いてるはずだ」
俺はそう言うとその場を後にしたのだった。
――
―
「貴方……覚えてましてよ……ふふふ……ふふふふ」
恐ろしく揺らめき輝く黒瑪瑙の双瞳が、微動だに出来ない巨漢をゾッとする様な色で睨めつける。
「あ、あんた……カラドボルグの……蛇竜姫……な、なんで生きて!?」
四角い顔が見る間に鯱張った大男は、驚きのあまり声が掠れていた。
「…………我が愛する御方から頂いた小瓶は割れてしまったけれど、まぁ良いですわ。勇者も既にいない事ですし、態々見せる理由もないですわ」
床に散らばった例の小瓶の破片とドロリとした液体を一瞥して、ツェツィーリエは呟いた。
「そ・れ・よ・りぃ……ふふふ」
「ひっ!ひぃぃっ!!」
そして再び黒瑪瑙の視線を受けた男は情けない悲鳴をあげる。
「やはり覚えていますのね……いいえ、貴方如きゴミ虫が、高貴なる竜姫であるこのツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカの肌をその賤しい眼に刻んで忘れられるはずもない!」
動けぬ大男を見上げる黒瑪瑙の闇がドロリとうねり、白き肌に映える朱き唇は引き攣りながら捻上がる!
「ひっ!ひぃぃっ!!」
オルテガ=ダングは恐怖した。
美しき少女の貌が目前で憎しみに歪む様を目の当たりに、全身が縮むと錯覚するほどに緊張で収縮する!
「赦しません!ええ、赦すわけがありませんわっ!我が身は……この蛇竜姫の全ては創様の所有物……この身を盗み見、剰えその肌に触れた大罪!七度縊り殺しても全く及びませんわっ!!」
ズブッ!
ズブ、ズブゥゥ……
ツェツィーリエの叫びと同時にオルテガに纏わり付いた黒き蛇の影が泡立ち、全身の毛穴という毛穴から侵入を始める!
「ひっ!ひぃぃっ!や、やめ……ぐっ!わぁぁっ!!」
ガラッガラァァーーンッ!
影の蛇に絡め取られた状態からは解放された。
しかし自由になったはずの男は、掲げた両手から鉄槌を捨て、その場に膝から崩れ落ち、童子のように泣き叫ぶ。
ズブッ!ズブブッ!
全身に無理矢理に侵入してくる異物への嫌悪感!
そしてそれはそのまま血液に混ざり合い、男の全身に張り巡らされた毛細血管の末端にまで浸食する!
「ひっ……あて……ぐぅぅ……」
額を地面に擦りつけ、泣き続ける大の男の姿は懇願している様にも見えるが……
「存分に喰らうが良いですわ、我が眷属よ!」
ドタァァン!
「い、いやだぁぁっ!!」
主たる蛇竜姫の一言で、オルテガの中の蛇たちはより活発に蠢き、宿主たる男の四肢は大の字に開いて仰向けにひっくり返る!
そして――
グ……ググ……
そのまま大の字に、まるで四肢をそれぞれの方向へと引き裂かれているかのような格好で痙攣する大男の身体は……
ビシッ!ビシッ!ビシシッ!……
全身の血管という血管が立体的に浮き上がって、そして――
プッ!プッ!プッ!プッ!
ブシャァァッーー!!
同時に!勢いよく!鮮血を吹き出した!!
「がはっ!うぐぅぁぁぁぁぁっ!!」
その激痛に泡を吹いて転がり廻る大男!
「ひゃっ!ひぃぃっ!たす……いたい……ぐるじぃぃっ!!がぁぁっ!」
床を大量の朱に染め、流す涙さえも血の涙で、耳から鼻から……そして慟哭する大口からも大量の血を吐き出して藻掻き苦しむオルテガ=ダング!
――
その男はそのまま数分間も苦しみ続け、やがては……
「…………」
死んだ眼で床に転がっていた。
「他愛もないですわね。この程度の苦痛で屍と化す脆弱な精神……」
ツェツィーリエは、そんな血の”飾り付け”を満遍なく施された肉塊を見下ろしながら、スッと白い右手を挙げた。
ズ……ズズ……
途端に、石床に在った黒い影がスッと立体的に厚みを持って、、
――ズズズ……ズズゥゥ!
鎌首を擡げるように持ち上がって、それは人の体を成した。
「シャァァーー!」
誕生後直ちにツェツィーリエ姫に傅く長くて黒い影は、大きさこそ人の倍ほどもあるが姿形は人間の女性であり、その瞳には全くと言って良いほど生気が無い。
上半身は人間の女、下半身は蛇……
シャギン!
つまりは”蛇女”であるその者に、掲げたままの白い右手を振り下ろすツェツィーリエ。
いつの間にか爪が伸びた彼女の手刀は鋭利な刃物と化し、傅く蛇女の首を斬り落として、綺麗な切断面からドス黒い血を溢れさせる!
シュバッ!
続いてツェツィーリエは、今度はその手をそのまま振り上げ、彼女の更に伸びた爪は、離れた位置に転がっていた”血塗れ男”の首をもスッパリと切断した!
「…………」
男の頭が、自らの胴体から別離した事を理解させぬほどの切れ味。
”うぞうぞ”と斬られた首の切断面から黒い血が触手のように無数に伸びて、
ズズズ……ズズズ……と頭を引きずって這いずり回り、そして、頭を無くした蛇女の首へと辿り着く。
ズチャ……ズチャグチャ……
気味の悪い効果音を出しながら混ざり合い、融合する二つの生物。
「う……あ……あぁ…………」
惚けたままのオルテガ=ダングの頭は、生死不明のままで蛇のバケモノと合成されていいった。
「ふふふ、惰弱な人間種の身体のままでは存分に罰を与えられないもの……ふふふ」
白き肌に映える朱き唇の端を更に捻じ上げる少女の前で……
「う……も……もぅ……やめ……で……ぐ……れ」
涙を流して懇願する即席の蛇男。
「あらあら……まだまだ”蛇女”は腐るほど居ましてよ?さぁ、大罪の罰を続行しましょう!」
カラドボルグの蛇竜姫、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ嬢は、ゾッとする様な微笑みを男に向けて、
「あ……あ……あぁ……ひぃ……」
苦痛を受け続けるためだけに”人外の生きる屍”と化されたオルテガ=ダングが名残を残す唯一の顔面は……
――絶望に染まったのだった
第五十五話「邪淫の報い」 END