第五十三話「絶対迷宮(パーフェクト・ラビリンス)」
第五十三話「絶対迷宮」
斎木 創の居城、所謂4LDK城の玉座の間にて――
キィィィィィィーーーーン
玉座下の広間に大きく描かれた円形の魔法陣。
「…………」
青白い光を放つその中心の少女は、美しい蒼石青藍の双瞳を虚ろにそこに佇んでいた。
――マリアベル・バラーシュ=アラベスカ
蒼く輝く蒼石青藍の双瞳と華奢な腰にまで届く流れる清流のような蒼い光糸の輝く髪。
瑞々しい桜色の唇に薄氷の如く白く透き通った肌で、形のよい顎から首筋のラインは滑らか且つ流麗な曲線で、身に纏う可愛らしいゴシック調のドレスの胸元は精巧なレースで彩られ蒼き美姫の輝く白い肌を一層引き立たせる。
自身の魔力が放つ青白き光りに遮られた魔法陣の”水槽”の中で――
蒼き髪と瞳、白き肌と至高の曲線が奏でる高貴なる美少女の姿は、ボンヤリと神秘的に浮かび上がる。
キィィィィィィーーーーン
「…………」
俺は暫し……
玉座に腰掛けて、その芸術に見蕩れていたのだ。
コンコン
ノック音の後で、長い毛並みを幾つもの三つ編みに束ねたおしゃれな女犬頭人、アリエット=アーレが入室してくる。
「失礼致します。四代目様、そろそろファブニール様が戻られる頃ですわ」
玉座から魔法陣の中の美少女を鑑賞する俺の邪魔にならないよう、配慮したアリエットは、部屋の隅に傅いて報告した。
「……そうか、首尾は?」
「上々ですわ、ですが……ファブニール様は深手を負われた様ですので」
「深手?……大丈夫なのか」
「はい、命に別状がある訳では無いですわ、ですが」
「なるほど……交代は無理そうだな」
アリエットとの会話で俺は考える。
目前の魔法陣は――
この”4LDK城”を覆う結界を形成するためのモノだ。
”魔術遮断の杭”による大結界の種類のひとつ、”絶対迷宮”により、俺達の拠点は超強力な結界で外界と遮断され、尚且つ侵入者は順路を通ってこの玉座に辿り着かなくては成らない仕様になっている。
この大結界の破壊はたとえ勇者であろうと一筋縄ではいかないはずだ。
もし強引に破壊するとなると、かなりの魔力消費を余儀なくされるだろう。
序盤でそんなリスクを負うような真似をあの勇者がするわけが無いと俺は予測した。
大体、正面突破したところで大した部屋数が無い訳だし……
そして――
これほどの大結界を維持するには入念な下準備と同時に、此方もそれ相応の魔力供給が必要だ。
魔術遮断の杭の特性……というか弱点はその持続時間の短さであるし、今回の”絶対迷宮”自体が抑も膨大な魔力を必要とする。
それらを補うためにも膨大な魔力の逐次注入は必須で、だからこそ……
キィィィィィィーーーーン
「…………」
こうして結界を生成する魔術遮断の杭の十三本の杭に直結した魔法陣により魔力を補給し続けているのだ。
キィィィィィィーーーーン
つまり、青白い光を放つ魔法陣の中心に佇む、蒼石青藍の双瞳の美少女がこの”絶対迷宮”の動力源だ。
「……」
美しい蒼石青藍の双瞳を虚ろにそこに佇むマリアベル・バラーシュ=アラベスカは、ほぼ催眠状態で、それは強大な魔法を行使する時の”呪文詠唱時”に酷似している。
「ファブニールが戻ればマリアベルと交代して、俺達は勇者を待ち伏せる為の準備を済ませる予定だったが……仕方無い、レアスティアナが戻るまで待つか」
時間的な事などを考えると少しでも早く行動を起こしたい俺だが、そこは無理を言っても仕方が無い。
抑もこの魔法陣を支えるだけの魔力供給なんて、竜人族の頂点たるマリアベル達か、魔神のレアスティアナくらいしか無理なんだから。
「アリエット、ファブニールにはそのまま休んで傷の治療に専念しろと……」
「それは要らぬ気遣いだ、斎木」
――っ!?
俺が結論を出し、女犬頭人のアリエット=アーレへと伝えようとした時だった、
「おまえ……大丈夫なのか?」
俺の前に姿を見せた黄金の竜剣士は……
「なに、問題あるまい……別に戦闘をするわけでは無いからな」
応急処置で巻いた首から肩まで覆う包帯に血を滲ませて、青白い顔でニヤリと、どう見ても無理矢理に笑っていた。
「いや、魔力供給って結構体力使うぞ?いやいや……無理だって」
「ふふん、その程度、この三血の……うぉっ」
「ほら、お前、フラフラと立ち眩みしてるだろうが!」
「い、いや……これは……そう、これは勝利のダンスだ!」
「…………」
――いやいや、苦しすぎるだろそれ!てか、なんで今頃勝利のダンスを!?
その姿を見て流石に俺はそう諭すが、黄金の剣士は頑として譲らない。
「とにかく、お前は治療してろ!直ぐにレアスティアナが戻ってくるから」
「ぬぅ……す、直ぐにか?」
ファブニールはフラつく足元を自身の両刃剣で支えつつ俺を睨む。
「ああ、そうだ。だから……」
「それなら、その間は私が繋ごう!直ぐになら問題あるまい」
「うっ!」
脂汗を浮かべた顔でニヤリと笑う黄金の竜剣士。
――くそ……ああ言えばこう言う、ちっ!この意地っ張りめ!
俺は仕方無く頷くと、スッと右手を魔法陣に翳す。
シュォォォォォーーーーン!
円を満たしていた青白い光りの壁が、ガスを弛めたコンロの火の様にスッと小さくなり、そしてその中から蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢がゆっくりと出てくる。
「…………もう……いいの?」
先程まで催眠状態であった少女は、少しだけ呆けた、寝起きのような辿々しい口調でそう確認しながら俺の傍まで歩いてきた。
「ああ、後はこの……ミイラ男の出来損ないが引き受ける」
「お、おい!斎木、その説明は……」
俺の言い方に黄金の気障男は納得いかないようだ。
「…………」
マリアベルも、寝起きのようなシャキッとしない蒼石青藍の瞳でファブニールを少しの間眺めていたが――
「ふっ、お気遣い無く姫!これしきの負傷、我が剣と忠誠の前には……」
「そう?じゃぁ、はじめくん行きましょうか」
実にアッサリと気障男の決め台詞を流してサッサと準備を始める。
「う……は……あう……」
”勇者”と死闘を演じ、その怪我をおしてまで駆けつけたファブニール。
目の前でガックリ項垂れて魔法陣の中央にトボトボと歩くファブニール。
「……」
――いや、なんというか……流石に可哀想になってきた
「おい、マリアベル……ちょっとくらい優しい言葉をかけてやった方が?」
俺はいたたまれなくなってそう情けをかける。
「そう?……まぁ、はじめくんがそう言うなら」
マリアベルは特に興味を引いたわけでも無いという顔で頷くと、スッと魔法陣の中の”ショボクレ色男”に、美しく輝く蒼石青藍の視線を送った。
「ファブニール、そうね……えっと」
「おおっ!姫!な、なんでしょう!!」
途端にシャキリ!と、ガタイの良い背筋を伸ばす黄金の色男。
――まぁな、このくらいの役得はあっても……
「四代目様、そろそろ結界を戻さないと、ですわ」
「おお、そうだな」
――確かに、あまり長い間結界を解除していては不味いな
シュォォォォォーーーーン!
俺はアリエット=アーレの指摘に従い、”魔術遮断の杭”による大結界、”絶対迷宮”を再始動させる。
「お……おぃ?……さ、さい……」
同時に黄金の気障男の声は魔法陣の光りの壁に遮られ消えていった。
――あっ!しまった、つい……
「……」
「……」
残された俺とマリアベルは僅かの間、視線を交換したが……
「ま、まぁな、別に声をかけて貰ったからって怪我が治る訳じゃあるまいし……」
「……そうね、”そんな事”よりもはじめくん、早く行きましょう」
黄金の光を放つ魔法陣は、すっかり動力源を”蒼き竜の美姫”から”黄金の竜剣士”に変更を済ませていた。
「じゃ、暫く席を外すから後は頼んだぞ、アリエット」
青白き光りから現在は黄金光の大結界となった”絶対迷宮”を尻目に、俺達は実に未練無く”玉座の間”を後にする。
「はい畏まりました、全てつつがなく……ですわ」
そして、俺の言葉に長い毛並みを幾つもの三つ編みに束ねたおしゃれな女犬頭人、アリエット=アーレもまた、何事も無かったかのように頭を下げて応えたのだった。
第五十三話「絶対迷宮」 END