第五十一話「赫鋼の騎士」
第五十一話「赫鋼の騎士」
「う、うわぁぁっ!!またあの水をっ!!」
大鎚を構えた重撃戦士。巨漢で四角い顔で大雑把な造りの目鼻立ちであるオルテガ=ダングが及び腰になりながら叫んでいた。
打たれ、斬られて、傷ついた女の身体は全体的に赤い光を放つ!
「ぬぅ?……此奴もなのか?」
二本の曲刀を手にした勇剣士。浅黒い肌と痩せた身体で細く鋭い眼をしたズゥィアブン=ヤーヴが警戒して半歩距離を取った。
シュォォーーン!
そして見る間に赤い光りに包まれる女は……
長い髪を三つ編みにしてクルクルと輪っかに後頭部で纏めた髪型と、見目麗しき顔立ちながら表情乏しい二十歳前後の美女だった。
「サー・イキング様の”サイキックのおいしい水”……充填完了かな」
胸と腰に軽装鎧を装備した、身体のラインが解るピッタリとした服装で、両腕には肘から拳までを覆う”拳防具”、両足には膝から臑を守る鉄甲の臑当を装備した格闘士だ。
「超・悪魔人(紅玉)!戦闘開始かなっ!」
バチバチバチィィィィィ!!
かけ声と同時に掲げた女の両腕は肘から先が金属硬化”し、更には激しく火花を散らせる電気を帯びて……
ガコォォーーン!!
デモンストレーションにと、振り下ろされたその両腕の一撃は易く石床を破壊し、破壊面をドロドロに溶解していた。
「超・電気爆拳!!……かな」
赤い目を光らせて、両の”希鋼鉄手刀”を構えながら……
魔神”希鋼鉄闘姫”は無表情に二度目の戦闘開始を宣言していた。
「リ、リーダー!!頼むっ!早くっ!!」
オルテガが及び腰になりながら後方のレオスに縋るが、当の勇者レオス・ハルバは……
「毎度毎度……俺に頼ろうとするなよ、そいつは只の格闘士だろ?そんな素手の相手に重装備の重撃戦士がビビってどうすんだよ!?」
「いや!でもこれ、さっきの黄金の騎士みたく超強くなってるかもだし!?格闘士といっても上位職業の”打撃闘王”だしっ!!」
明らかに乗り気で無いレオスに対し、オルテガは前戦で懲りたのか、必死に懇願する!
基本的に、同じ”戦士系職業”同士の闘いでは格闘士は不利とされる。
素早さを主とする格闘スタイル故に殆ど防具を纏わず、攻撃力も武器を所持する戦士系と比べると見劣りすることが多いからだ。
戦士系職業において格闘士の役割は……
積極的に前に出て敵を狩る勇剣士や正騎士、仲間を守る壁役の重撃戦士と異なり、後方支援で攻撃してくる魔法系職業の魔導士や回復補助の僧侶系の”神導師などをその素早さと応用の利く多彩な攻撃で排除するのが役割で、真っ当に構えて殴り合うような一騎打ちでは他の重装備の戦士系職業に劣るのが通説だ。
「知るかよ、とにかく此所はお前等がなんとかしろよ、俺はその間に先に進むからな!」
レオスは全く取り合うこと無く、目前に立ちはだかった女格闘士をオルテガ達に押しつけて、その隙に先へと進もうとしていた。
「打撃闘王……上位職業とは確かに厄介ではあるが……」
――っ!
二本の曲刀を手に勇剣士、浅黒い肌と痩せた身体で、細く鋭い眼をしたズゥィアブン=ヤーヴがオルテガ=ダングの前に出る。
「ヤ、ヤーヴさん!?」
「確かにあの黄金の騎士は圧倒的であったが、この敵……この赤い光を放つ格闘士…………」
――
「死の超能力者?えと……”キルキル団”が偉大なる総統のサー・イキング様のぉ?四魔騎士”が”唯一槍”だったかな……ええと、その、赫鋼の騎士かな?」
敵の名を度忘れし、言葉に詰まるヤーヴに対して、女格闘士は自分の名であるのに少し辿々しく答えた。
「そう、その”赫鋼の騎士”とやらが、あの“黄金の騎士”と同等とは限るまい」
ヤーヴはそれを受けて言葉を完結する。
「いや……けど、ヤーヴさん」
納得しないオルテガにヤーヴはスッと左手に持った曲刀で先に続くドアを指し示した。
「お前も行くがいい、ここは俺一人で十分だ」
ズゥィアブン=ヤーヴの言には一理あった。
ある意味で、団体戦の初見で強敵をぶつけるのは戦術のセオリーともいえる。
”先鋒、次鋒、中堅、副将、大将”からなる五対五の勝ち抜き戦などでは、先鋒が大将の次に強いという事例は多い。
勿論例外はあるものの、戦術的に考えると基本的にそう言う事が多いのだ。
実戦でも、敵の出端を挫き戦いの流れを掴むために充分にあり得る話だ。
「っ!?いや、でも……ヤーヴさん!?」
「それに相性というモノがある」
未だ納得がいかないオルテガに、ヤーヴは続ける。
「我が故国は異郷と呼ばれし暗黒の国、六大公国の中でも最も荒廃した国。希望を失った者達が集う終焉の国だ……」
双剣の使い手、ズゥィアブン=ヤーヴの故国は、古の六大騎士が一人、”終焉の騎士”イーフォ=ハーメルが建国した暗黒の国”ベルデレン公国”だった。
その国の治安は略無法地帯と呼べるほど劣悪で、権力や金の無い男は奴隷市場に労働力として売られ、女は娼婦として市場に並ぶ。
そして、臣民を護るべき国軍は私欲を満たすためだけに裏社会と結託していた。
「人権、人道主義などという代物は欠片も無い。盗賊や強盗が跋扈する故国にて、我が修めし剣は……対”外道”。速度重視で、回避と攻撃離脱を織り交ぜた攻防を主にする戦闘を得手とした相手を想定している」
つまり、ズゥィアブン=ヤーヴの剣技は、盗賊や格闘士に特化した剣技といえた。
「そしてこの双曲剣は、雷系の攻撃を無効にする魔法付与をされし絶縁強化硝子製の魔剣……二振りで一つの”双頭獣牙の曲刀”」
浅黒い肌で細い眼の男はそう言って両手に握った曲刀を構えた。
「ヤーヴさん……」
「盗賊や格闘士は速度重視のため、選択習得魔法は風系や雷系統に偏っている。ここまで条件が出揃えば俺の出番というしかあるまい?」
そして、ズゥィアブン=ヤーヴはそう締めくくってオルテガ=ダングを送り出し、独りその場に残ったのだ。
――
「もういいかな?戦闘、始めても?」
格闘士、”赫鋼の騎士”を名乗る女が待ちくたびれたというようにそう問いかける。
「…………ヤケに……スンナリと我が仲間を通したが?」
油断なく二本の曲刀を構えるヤーヴに女は無防備に立ったまま答える。
「べつに……問題無し、最初からそういう役目かな」
「…………役目」
「YES!一人狩るのが任務かな」
ダッ!
そう言うや否や、”赫鋼の騎士”……レアスティアナは勢いよく踏み切り、そして一気に間合いを詰める!!
「ふっ!」
対応するようにヤーヴが右手の曲刀で応戦するが……
「……っ!?」
それを軽く去なそうとしたレアスティアナは一瞬、その刀身を見失った!
ザシュ!
「っ!」
ダダンッ!
二の腕部分を薄く斬られ、女格闘士は後方へ一歩半ほど飛び退いた。
「…………なに……かな?」
僅かに切れた傷口から赤い血が流れ、レアスティアナは目前の双剣使いを無表情に見据える。
迎撃に振り上げられた曲刀……それが一瞬、レアスティアナの視界から完全に消えた。
攻防の速度を主とする格闘士にとって眼は命だ。
その眼を欺く剣技……
「…………」
レアスティアナは両腕を前に拳を上げ、再び攻撃の構えを取る。
「……」
そして再び――
ダッ!
シュォン!
迎撃の剣筋を読み取って紙一重で躱し、電撃の付加されたカウンターの突きを……
バチバチバチィィィィィ――――――シュゥゥゥ…………
「……っ!?」
だがその電撃は、触れても無いのに曲刀の至近で消失する!
グッ!――――ヒュゥヒュォン!
ザシュ!
一足飛びに相手の懐に入った格闘士は、またも撃退されて後方へ下がる。
「…………」
一刀目は躱した。
しかしカウンターの突きは無効化される。
これが恐らく男の言った、”雷系の攻撃を無効にする”双頭獣牙の曲刀”の魔法付与結界だろう。
そして……
そして、続く二刀目は……
――真に”奇妙、奇異”な辺境の剣技
普通、剣による打突は、握った柄を起点に刀身が迫ってくるが、この男の繰り出した剣は真っ先に肘が前に出る。
折りたたんだ肘が肘打ちのように前に出て、その窮屈な姿勢から体全体を捻切るように押し出された刃が敵を切断する!
これは……
肘と体の影に完全に隠れる刀身!
腕の形に沿って曲がった刀のシルエットは完全に隠蔽され、
更に”絶縁強化硝子製”の刃は光りを透過させ、刹那に空間と同化する!
「……」
レアスティアナは蹴り出した直後に斬られた太ももをチラリと見た。
攻防の一瞬、完全に消失する刃!
それはこの男が言うところの……
――対”外道”の剣。
速度重視で回避と攻撃離脱を織り交ぜた攻防を主にする戦闘を得手とした相手を想定した盗賊や格闘士に特化した剣技。
つまり、ズゥィアブン=ヤーヴが修めしは、近接戦闘で躱すことが出来ぬ剣なのだ!
「…………」
斬られた二の腕と太ももに伝う赤い血。
相変わらず無表情な女は赤い瞳をそのまま正面の双剣使いに向ける。
対して――
「何度繰り返しても同じだ。我が剣を至近にて捉えることは不可能」
ヤーヴはそう宣言すると、再び迎撃の形で双剣を構える。
「……」
盾で受ける、剣で受ける……
――そういう防御方法を持たぬ格闘士には我が剣を防ぐ手立てはあるまい
ズゥィアブン=ヤーヴはそう確信していた。
ダダッ!
ヒュヒュォン!
「っ!」
ザシュ!ザシュ!
懲りずに特攻するレアスティアナの四肢は幾度も斬られ、攻撃の拳は、蹴りは、一度たりとも完了する事は適わない!
ダダンッ!
そして攻撃を放った腕、脚……そこに迎撃の刀傷を多数残し、レアスティアナはまたも後方へ跳んで距離を取る。
「…………雷撃」
バチィバチィ!バシュッ!
そして今度は魔法による遠距離攻撃に切り替えるが……
「笑止」
ヒュオン!
バチバチィィ――――――シュゥゥゥ……
軽く薙ぎ払われたヤーヴの”双頭獣牙の曲刀”が魔法付与結界に、それは呆気なく虚空で消える。
「もう諦めよ……貴様は人外とは言え女だ、降伏するならば命までは取らぬ」
一歩、二歩、用心を怠らずに近づくズゥィアブン=ヤーヴの言葉に……
「…………ふふ」
「?」
「ふふふ……あははは……」
赤い格闘士の女は笑っていた。
「き、さま……?」
「あはははは……あーおかしい……ふふ」
長い髪を三つ編みにしてクルクルと輪っかに後頭部で纏めた髪型と、見目麗しき顔立ちながら表情乏しい美女……だったはずの女の顔は表情豊かに口角を上げて男を嘲笑う。
「…………」
それはまるで、否、まんま、人が変わった様な違和感だ。
そして女は一頻り笑った後、スッと紅を引いた唇の端を上げて妖艶に微笑んだ。
「いい加減にしてくれるかしら?掠り傷でもあんまり傷つけられるとね……跡が残るかもしれないでしょう?」
感情豊かに変貌しただけでなく、言葉遣いさえ別人だ。
「貴様……いったい?」
胸と腰に軽装鎧を装備した、身体のラインが解るピッタリとした服装で……
「それだと……ね、創さんに抱いて貰うときに、女として恥をかくでしょう、ねぇ?」
魔神、希鋼鉄闘姫は、両手で自身を抱きしめるようなポーズで瞳を細めると頬を朱に染め、口端からチロリと出した赤い舌でそっと妖艶に紅を舐め取ったのだった。
第五十一話「赫鋼の騎士」END