第五十話「三血の炎焔」
第五十話「三血の炎焔」
ギギ……
ギギギ……
「ぬっ!ぬぅぅっ!」
ファブニールは剣先を突き出し、なんとか勇者の心臓に達しようと力を込めるが……
ギギギ……
「ぐぐぅっ!!」
四本の機械腕に押さえ込まれた竜剣士はそこから微動だにできない。
「ちっ、”剣の乙女の加護”かよ……そういえばあったよなぁ、ゲームにそんなの、すっかり忘れてたって……ヨッ!」
ギギギ……
「ぐはっ!」
途端に四本の機械腕に力が込められ、ファブニールの肉体は骨から軋む!
「”偽・百腕魔神”……この”成らざる箱庭の小盾”に俺が仕込んだ”絡繰り”の一つさ、どうだ”剣将”?肉弾戦を得意とする職業なんだろ?」
レオスは一転、愉しそうに、飛び込んできた獲物をいたぶる。
「ぐ、ぬぅぅ……」
竜人族、ファブニールの膂力をもってしても、その偽・百腕魔神という四本の機械腕はビクリともしない。
「まぁいいや、とりあえず死んどけよ、派手派手トカゲ野郎っ!!」
そして身動きが取れない黄金の竜剣士に、勇者レオス・ハルバは左手に握った剣を高々と掲げた。
「くっ!此所までか……無念だが…………」
ザシュ!
レオスの一撃を受け、ファブニールの肩から鮮血が噴水のように溢れ出た。
「ぐぅぅっ!ぬぅぅっ!」
「ひゃははっ!さっきまでの気障な言い回しはどうした?無様な悲鳴だなぁ」
レオスは一撃で片を付けるつもりは無いようだ。
「ははは、ジックリと切り刻んで…………っ!?」
勇者のいつも通り、相手を散々にいたぶり、弄ぼうとするが、レオスの顔が曇る。
「ぐぬぅぅっ!!」
「な、なんだ!?この派手トカゲ……こ、このっ!」
「ぐぬぬぬぬぅぅっ!!」
動けないファブニールの肩口に突き立てた剣を抜き、再び別の場所に突き刺して遊ぼうとした勇者は、その剣がピクリとも動かない事に気づく。
「お、おおっ!?」
「ぐぬぬぬぬぬうぅぅっ!!」
真っ赤な顔になり、鍛え込まれた筋肉を収縮させて己に突き立った異物を離さないファブニール!
「おま……マジかよ?こんなことして何の意味が……」
戸惑う勇者、レオス・ハルバを見上げ、血に塗れた黄金の色男はニヤリと端正な口元を震わせながらも上げていた。
「ぐっ……気障な台詞?其れを所望か人間!」
「こ、このっ!」
ファブニールはそのまま黄金の瞳を閉じ、そしてブツブツと何事かを独り呟き始める。
「斯くして彼の地は黄昏に染まり、終焉の火焔は善悪を超越し尽くを灰燼に帰する……」
「な?なんだ?」
「や、焼かれし大地は……ぐっ……は、同胞の魂を清浄へ……ぐぅぅっ!……と誘い……くっ……やがて其は……」
負傷を押して、鍛え上げられし三角筋と大胸筋を収縮させ、自らの肉体にて敵の刃を絡め取った状態を維持しつつ、黄金の竜剣士は、色男には似つかわしくない顰め面でブツブツと詠唱する。
「な、なにブツブツ言ってやがる!このトカゲ……」
ブシュゥッ!
「ぐはっ!」
堪りかねたレオスが目一杯力を込めて、取り込まれていた剣を引き抜き!
ファブニールは苦痛に顔を歪ませる!
「やっぱ死ねよっ!即死ね!このっ……」
穴の空いた肩口から再び鮮血が高々と舞い上がり、降り注ぐ自らの血飛沫に染まったファブニールの顔は……
「そ、其は……約束の地にて再び相見えんっ!」
――それでも笑っていた!
ブワッーー!
「な、なにっ!!」
黄金の竜剣士自身から突如燃えさかる炎が立ち上がり、それは瞬く間に密着した勇者を巻き込んで膨張する!
「フフ……フフフ!これぞ我が三血の誇り!黄金の火焔!存分に堪能するがいい、人間種よぉぉっ!!」
ゴォォォォォォーーーー!!
「うっ!うわぁぁっ!!」
レオスの希望通り?如何にもご大層で気障な台詞回しにて召喚されし炎。
ファブニールが放った渾身の炎。
至近距離で燃え上がる黄金の火焔に巻き込まれ、
勇者レオス・ハルバは諸共に焼かれた!!
「リ、リーダー!?」
「ぬうっ!……この炎……この凄まじい勢いは近づけぬ!」
二人の仲間はそこから巻き上がる熱風で目も開けられずに、ただ身を低く床に這い蹲るしかできない!
ゴォォォォォォーーーー!!
ゴォォォォォォーーーー!!
――その火焔は黄金の火焔!
――三千世界を焼き尽くす、激しくも悲しい”黄昏の焔”
ゴォォォォォォーーーー!!
「ちっ!これくらい……俺は勇者だぞ!……炎に対する耐性も……魔法抵抗も完璧……この程度の炎でダメージなんて……くっ……うわっ!」
――
―
それから数分間……
黄金の火焔は燃え続け、やがてそれが自己消滅に至った後に……
「…………」
呆けた顔で立ち尽くす勇者、レオス・ハルバの姿のみが其所にあった。
――
「ハルバ、大丈夫か?」
「リ、リーダー!!」
炎がある間は何も出来なかった二人が駆け寄る。
「…………」
結果から言うと榛葉 零王主は健在だった。
「…………」
全身に軽い火傷を負ってはいるが、致命傷とは程遠い。
「…………」
それは治癒呪文で完治する程度の火傷だ。
「ハルバ?」
「リ、リーダー?」
呆けたまま立ち尽くす黒髪の男に、二人は顔を見合わせる。
「…………クソが」
「……」
「は?」
そして誰に言うでも無く、そう呟いたレオスは……
「ちっ!ちっ!この俺がっ!!この勇者様が雑魚相手にダメージだとっ!!」
レオス・ハルバは何度も何度も舌打ちし、そして……
ガシィ!
「ひ、ひぃぃ……」
最後に駆け寄ってきていた仲間……
そのひとりである神導師の男の胸ぐらを捻り上げた。
「サッサと治療しろよっ!このクズ!!お前みたいな雑魚を連れてきたのはこの為だろうがっ!」
「ひっ!は、はいっ!治癒呪文……」
青い顔で首を締め上げられながら、神導師はレオスに回復魔法を施した。
「…………しかし……あれが”三血の竜”による黄金の火焔か」
暫し、その様子を覗っていた腰に二本の曲刀を携えた勇剣士、ズゥィアブン=ヤーヴが呟く。
「三血?黄金?」
大鎚を肩に担いだ重撃戦士、オルテガ=ダングがそれに疑問を返した。
「三血の竜、つまり竜人族原初の三竜の血統だ」
「…………」
相変わらず不機嫌ながらも、レオスもヤーヴの話を聞いていた。
「黄金竜、または黄金火焔竜と呼ばれる竜族の焔は破壊再生の炎。世界を終焉に導き新たな世を想像する黄昏の火焔と聞くが……なるほどあの威力、侮れぬ」
ヤーヴの説明にオルテガは、成る程と大雑把な造りの顔を何度も大きく縦に振っていた。
「ふん……結局、トカゲ種族の”固有スキル”だろうが?魔法の炎じゃない特別な炎だから俺でも簡単に防げなかっただけだろ?」
だが、レオスはそれを雑に吐き捨てた。
「うむ……まぁな」
レオスの性格を知るヤーヴもそれ以上は言及しない。
「ちっ!次会ったら解体して卸売市場に売り飛ばしてやるよ!あのトカゲ」
現にこの勇者は、その火焔を受けてもこの程度のダメージなのだから。
――
そして障害の無くなった勇者一行は暫く辺りを調べたが……
「駄目だな、そこにある穴……多分、隠し通路から完全に逃げられた、後を追うことも不可能だ」
ヤーヴの指さす先には、地面に出現した縦穴、それは恐らく建物内へと続く秘密の通路……
だがそれは既に完全に破壊され崩された後だった。
「脱出用の隠し通路常備かよ、ちっ!最初に盗賊系を狙ったのもそういう理由か!?」
レオスは忌忌しげに吐き捨てる。
「この先も……こういう通路はあると考えるべきだが、此方は盗賊系の職業無しでは見つけるのは不可能に近いだろう」
そしてヤーヴの言葉にレオスはチッと舌打ちする。
「別に相手のやり方に乗らなくても、こんなボロ屋敷……壁を壊して行けばよくない?」
オルテガがその雑な風体らしい意見を述べるが、
「無理だな、あの結界がある。あれは建物全体に作用している様だ、つまりこう言った隠し通路を使わない限りは順路通り行くしかない」
再びそう答えるヤーヴにレオスはバンッと地面を蹴った。
「ちっ!ちっ!いちいち忌忌しいな!”勇者殺し”めっ!」
レオスはそれでも剣を腰に仕舞い、残った三人を率いて城内に向けて歩き出す。
「いくぞ!こんな掘っ立て小屋だ、馬鹿正直に進んだところで高々二、三部屋だろうが!」
「リ、リーダー!!ちょっ!待ってって!!」
「戦地で制御できぬ感情は自らを滅ぼすぞ、ハルバ……」
「は、はいっ!も、勿論、お供します!!」
――
こうしてレオス・ハルバ率いる勇者一行は面子を一人減らし、”4LDK城”へと足を踏み入れたのだった。
第五十話「三血の炎焔」END