第四十五話「信頼無き協定」前編
第四十五話「信頼無き協定」前編
「簡単な話だ」
俺は言ってのける。
「……」
「勝手放題、人助けの名の下にやりたい放題を通す”勇者”には公国も手を焼いているだろう?」
例え相手が大国の王の前でも全く怯むこと無く平然と言ってのける。
「……」
「だが、相手は勇者。民衆の支持を失いたくは無い公国としては迂闊に手は出せないし、個人とはいえ、あの反則級の強さだ。国軍で当たって万が一返り討ちに遭っては国家の威信も六大騎士の末裔たる誇りもあったもんじゃない」
「……」
俺の熱弁にも、玉座に腰掛けた厳つい風貌の公王は一言も応じない。
「え……と、聞いてますか?おーーい!」
「……」
――たく……このモヒカン公王、”岩みたいな厳つい顔”じゃなくて”岩石そのもの”なのかよっ!
流石に独り語りにも疲れた俺が、そうして次の手を思案していた時だった。
「民衆の支持だと?あの男が行いで我が耳に寄せられるのはそれに十倍する苦情だけだ」
短いモヒカン頭の下に眉無しで鬼の如き眼光を所持した屈強なる武人の風貌の男、カウル・フレスベ=モンドリア公王は漸く言葉を発する。
――けど、微塵も変わらぬ仏頂面だなぁ……
「そうなのか?だったら治安維持のために逮捕するなりしたら……」
「……」
そう言いかけた俺に、モンドリア公王は迫力の有り余った眼光で睨み付けてきた。
「なるほどね、無茶をしてても未だ”勇者”としての期待は充分民衆達から寄せられている……と、」
その仏頂面で俺は察した。
どんなに感じが悪くとも、直接被害に遭った人間以外は他人事だ。
そんな他人事の悪評なんかで、人類共通の脅威である”魔王”を討伐できうる”勇者”という名は揺るがない。
誰もが、勇者イコール”正義を成す者”、”弱者を救済する者”、という考えが心の底にまで染みこんでいるのだ。
「だったら俺に任せたらどうだ?俺は……」
「蜥蜴王にしっぽを振る人類の裏切り者に何を任せるというのか?片腹痛いわ!」
――っ!
その侮蔑の言葉に、俺の後ろに控えていた二人の竜姫から殺気が溢れ出る!
「マリアベル!ツェツィーリエ!」
「……」
「……」
前を向いたまま、玉座を見据えたままの俺の声に、後ろに控えた二人の竜姫は揃って直ぐさま片膝を着いて傅くと深く頭を垂れた。
「……ふん、良く躾けているな、”勇者殺し”よ」
その光景を眺めて――
玉座の偉丈夫は厳つい顔のまま、ジッと俺を見据えていた。
――ああ、これでいい
俺は予め、フレスベンの城内に入ったら二人にはこういう態度……つまり、俺に対して絶対服従、臣下の礼を取るように言い含めていた。
ツェツィーリエはともかく、マリアベルはかなり渋った。
だが、作戦のためだと強調することで渋々と受け入れたのだが……
――”エッチな命令には従わないから、っていうか殺すから!…………死ねば良いのに”
「…………」
いや、おかしいよね?
この”言い様”!!
作戦だっての!
俺がそんな”セクハラ上司”みたいな卑劣な人間かってのっ!
あと、最後の台詞は完全に”もらい事故”的な発言だしっ!!
――と、散々に自尊心を傷つけられた俺。
「…………」
俺の一声にて背後で傅く二人の竜の美姫を、密かに視線だけをやって盗み見て、
――超・超・大満足っ!!
特に普段から俺に何かと跳ねっかえるマリアベルを従わせるなんて!
――ムラムラと……なんか無性にムラムラと……これはイケナイ遊戯なのかっ!?
劣情に翻弄される俺は……
まんま”セクハラ上司”だった。
――
「成る程な……一応話を聞いてやるだけの価値はあるか」
カウル・フレスベ=モンドリアは厳つい表情のままで独り納得し、ゴツい顎をクイと動かして俺に続けよと指示をしていた。
――ちっ!偉そうに……
だが、これで交渉の入り口には立てた。
カウル・フレスベ=モンドリア公王の中の”勇者殺し”斎木 創を、只の無所属で仕事を受ける”傭兵”紛いから”閻竜王”側の中でも確固たる地位を持つ実力者に変化させたことで、俺の扱いは竜王国の大使級に変わったのだ。
――本当のところは……”化狸”を送り込まれるほど信用されて無い存在だけどなぁ
「ゴホン!」
――気を取り直して、
「だから簡単な話だって言っただろ?俺は勇者を屠る。公国はそれまで俺達と竜王国に手を出さない。それで万事解決だ!」
俺は色々と小細工を弄して、やっとそういう本題に入れていたのだ。
「……で、その後は、天敵の無くなった蜥蜴王が公国に宣戦布告をすると言う訳か?」
疑り深い……
というか、まぁそう来るだろうさ。
「いや、閻竜王に戦争の意思はない。”フレストラント公国”が手を出してこなければ戦争なんてものは起きようがない」
「その戯れ事を信じろと?」
――ちっ!この、顔と同じでカチコチ石頭めっ!
俺は内心で舌打ちしながらも交渉を続けた。
「なら、俺が勇者を殺した後で戦争でもなんでもすればいい」
――ざわっ!
俺の言葉に周囲がざわめく!
「見たことか……馬脚、いや尻尾を出したな!」
坐した公王の盛り上がった広い肩に緊張が走り、俺達を両脇で挟んで立ち並ぶ兵士達が腰の剣に手をやった!
「俺は”したけりゃ”って言っただけだ、脳筋共め!あのなぁ……取りあえずお互いに邪魔な”勇者”を排除、それでその後は国家間の問題だ、俺には関係無い。けどな……」
俺は台詞と同時に、これも予測済みだとばかりに落ち着いた動作にて……
殺気立つフレストラント兵士団に”迎撃”しようとする後背の二姫を左手で制する。
「解っているのか?カウル・フレスベ=モンドリア!”勇者”は俺で無いと殺せないぞ?」
――っ!?
”ざわついて”いた場は……
静かに凍り付く。
「……」
雰囲気をガラリと変え、不敵に微笑う”勇者殺し”の言葉に誰もが動作を止める。
「…………ぬ、ぬぅ」
勿論、伝説の六大騎士が末裔のひとり、カウル・フレスベ=モンドリアも同列だ。
「ああ……素敵ですわ、創さま」
「…………」
俺の後ろで蛇竜姫はウットリと黒瑪瑙の瞳を細め、
氷雪竜姫は無言で氷の如き白い頬を僅かに染める。
フレストラント公国は……いや、ユクラシア大陸の王国と六つの公国は、千年以上の歴史の中で各地の魔王達と時に殺し合い、時に不可侵を結び、軍事と外交の全てを尽くしてある意味共存してきた。
それは望むと望まざるに拘わらずだ。
いづれ種族の覇権を賭けて最終決戦があるとしても、それは多分遠い先の話。
俺がフレストラント公国を見て得た結論は、それを覚悟しているとは言い難いという事。
つまり――
”勇者”なんて者が現れたから色気を出した。
しかしその”勇者”は……
なら、本来の姿……時間を巻き戻し、数年前の勇者がいない時までお互いの国家関係を戻せば良い。
――勇者、レオス=ハルバは元々居なかったのだ
そう、榛葉 零王主は異世界には存在しない。
それで、元通り。
フレストラント公国とニヴルヘイルダム竜王国の間に緊張と小競り合いはあっても、お互いを滅ぼすような大戦は起こりようがない。
斎木 創はそういう結論を提示して交渉を迫ったのだった。
――
それから交渉すること二時間ちょい。
満足いく譲歩を引き出した俺は、心中でそろそろフレストラント公国が首都”フレスベン”の城を後にしようと算段を始めたときだった。
「で、斎木 創とやら、帰りはどうするのだ」
「は?」
相変わらず仏頂面のモンドリア公王に問いかけられ俺はキッカリ二秒は固まった。
――どうする?
――いや、帰るけど?色々と忙しいし……
「弁が立つ割には意外なところで鈍いな”勇者殺し”よ、”公国”としては来た時のように不法入国されては適わんのだ、一応、法というものが在る故な」
「あ……」
そりゃそうだ。
来た時は勿論、こういう場を設けるために奇襲紛いの方法を採ったけど、普通は国境を越えるときはそれなりの手順があるものだ。
往来の許可証とか、身元の確認とか……
当たり前のことであるが、色々と”異端”な経歴の俺は、今まで密入国の常習者だった。
「えと……つまり?」
俺は恐る恐る聞く。
「交渉が纏まった以上、手続きは此方で用意する。国境までは我が方の用意した馬車で送るが異論は在るまい?」
「……」
――なるほど、これ以上変な動きをさせないために、監視付きで竜王国まで護送するってか?
「在るまい!?」
ギラリと鋭い視線で脅迫的に再度問いかけるモヒカン男に俺は頷いた。
「わかった、だが、まだ全て用事が済んだわけじゃないんでなぁ……」
「用事……?」
鋭い眼が更にギラリと光る。
「俺とマリアベルはこのまま帰国するが、このツェツィーリエにはまだ仕事が残っていてな、ちょっと他国に寄り道してから帰国の予定だったんだ」
俺は別に隠すほどのことでもないので正直に話した。
「他国……それは?」
モンドリア公王が用心深いのは当然だろう。
殴り込みの如きで来国した俺達の経緯を考えれば、放置する方がどうかしている。
「オベルアイゼル公国だよ、そこの”レクス・アイゼルスタイン=ダイクラフ”って男の所へお使いを頼んであるんだ」
だから俺はこれに関しては素直に答えた。
一応、協定相手だから信頼とまでは行かなくても、必要以上に疑われていては今後やりにくい。
「オベルアイゼルのダイクラフ伯……あの天才にか?」
「そうだよ、ちょっと旧知でな、アイテムの修復を頼むだけだが問題あるか?」
――レクス・アイゼルスタイン=ダイクラフ
オベルアイゼル公国第二の都市、アイゼルスブルク領の領主で爵位は伯爵。
上位職業、”機工剣士”にして稀代の錬金術師、戦略家……
本人曰く”本業は学者”だそうだが、とにかく多彩な顔を持つ男だ。
世界が認識するレクス・アイゼルスタイン=ダイクラフという人物は、まぁ所謂天才である。それも”大”が三つ四つ付くほどの。
――
「いや……無い」
カウル・フレスベ=モンドリアは暫し考えた後にそう答えた。
――だろうさ、フレストラントとオベルアイゼルは別に険悪な関係じゃない、故にそこまで介入は出来ないだろう
この世界では、六代騎士の末裔である六人の公王が人間種では絶対的だとされるが、事、オベルアイゼル公国に至ってはそれは例外である。
オベルアイゼル公国のコルネリウス・ズウォーム=モーレン公王は、凡人並どころか無能者として知られている。
六代騎士の中でも大賢者と称えられし、”聡慧の騎士”マリウス=モーレンの子孫とはとても思えないくらいだ。
唯一王国と六大公国、そして魔王達……各国家がしのぎを削る世界で武力に乏しいオベルアイゼル公国が今も存在するのは全て、家臣であるレクス・アイゼルスタイン=ダイクラフ伯爵の手腕と言っても大袈裟では無い。
”不世出の天才”として他国にまで名を轟かす偉才。
実質的に国を切り盛りする二十三歳の青年は、ちょっとした現代の英雄でもあった。
数年前に唯一王国であるドレント王国内の内紛と、それから派生した北のアルダース公国との戦を上手く間に入って収めたという偉業が一番最近のものだったか?
なんせ、ちょっと馬鹿げたぐらいに常識外れの大天才、レクス・アイゼルスタイン=ダイクラフはそんな傑物で……
そして……
俺の最後の冒険仲間……その一人でもあった。
空中分解した仲間で唯一親交のある……
――親交?いや、そんなものは無い……か
唯の知り合い、抑も俺には合わせる顔が無いし、レクスがただ単に変わり者なだけだ。
「……」
俺は独り頭を振り、思い出したくも無い過去を振り払っていた。
「……だが、其方もオベルアイゼルとの国境までは我が兵士が護送するが?」
「ああ、勿論問題無い」
そうして俺は、少し重くなった頭と心で、フレストラント公王の条件にアッサリと頷いたのだった。
第四十五話「信頼無き協定」前編 END