第四十四話「英雄と勇者」(改訂版)
第四十四話「英雄と勇者」
現在から千年以上昔の話だ。
混乱のユクラシア大陸で魔族に支配されていた人間を解放し、”魔神王”を討伐した英雄がいた。
それは、この世界の誰もが識る人物。
大陸に、歴史上初の”秩序在る人の世”を創りし大英雄の伝説だ。
英雄の名は、ベルハルト=リンデン。
神話級武具”統べし王剣”を手に大偉業を成し遂げたベルハルト=リンデンは、やがて大陸に人類初の国家”ドレント王国”を建国する。
後に英雄王は、共に偉業を成し遂げた戦友達に領地を分け与え、各々に治めさせて王国の補佐をさせた。
大陸中央東部に、”鉄門の騎士”テオ=モンドリアが治めし”フレストラント公国”
大陸中央西部に、”聡慧の騎士”マリウス=モーレンが治めし”オベルアイゼル公国”
大陸中央南部に、”湖月の騎士”ライニール=ラウテルが治めし”ナズルミュール公国”
大陸中央北部に、”激情の騎士”ヒルベルト=ファンフリートが治めし”アントウェルデン公国”
大陸最北の地に、”天梟の騎士”イーリス=レーデンが治めし”アルダース公国”
大陸南部の異郷に、”終焉の騎士”イーフォ=ハーメルが治めし”ベルデレン公国”
これが現在まで残る人の王国、”唯一王国六大公国”の基となったのは言うまでも無い。
ベルハルト=リンデンは正しく英雄と謂えるだろう。
人の身で在りながら”魔神王”という魔王級の災厄を打倒し、このユクラシア大陸に人の覇権を確立させた歴史上最も偉大な大英雄。
そして、その巨大すぎる功績、人智を超えた能力から……
「……」
俺はその英雄が”異邦人”であると睨んでいた。
俺がこの世界に転移してから三百年、俺のような異分子でない真っ当な”異邦人”……
つまり”転移者”は寿命だけは常人並のはずだ。
だから残念ながら俺はその大英雄と面識は無い。
しかし、他の“異邦人”……”勇者”共とは会ったことがある。
三人の勇者……
三百年で俺が仕留めた三人は、共にあのオンラインゲーム”闇の魔王達”の経験者で、件の光りに導かれた者達だった。
一人目は、”VERSION.5”、二人目が”7”、三人目は”8”……
俺は”VERSION.6”のクリア経験者だから、俺が出会ったのは先輩と後輩二人になる。
まぁ……な……何奴も此奴も非道い奴等ばかりだったが。
兎も角、俺が言いたいのはだ、
――”英雄”と”勇者”
コレの違いってなんだ?
って事だ。
ベルハルト=リンデンは大英雄として歴史に名を刻んだ。
だが残りの三人……
”VERSION.2”から”4”までの勇者はどうした?
この世界に一体、何人の勇者達が送り込まれたかは、この異世界の底辺で這いずり回る俺にはハッキリ把握できない。
だが、なら俺が始末した奴等以外はどうして歴史上に出てこない?
俺はそれが引っかかって仕方が無かった。
あれほどの”反則”的能力を所持していれば、善悪は兎も角だ……歴史に名を刻むなど造作も無いだろう?
だのに……
――と、自らの心中にて、疑問を投げかける振りをしてみたが……
実は俺はその答えを既に持っている。
それは現時点では推測に過ぎないが……
三百と二十五年の俺の人生で、それは徐々に確信に近づいたと言えるだろう。
とんでもない能力を保持する人外……”勇者””、”魔王”、”六大騎士”
さらにはその”勇者”を倒して手に入る、超超激希少アイテム……”転移の宝珠”
念じたところへ瞬時に移動できるアイテムで一回こっきりの消費型アイテム。
転移魔法の存在が無いこの世界で、それが実現する反則アイテムではあるが……
とはえいえ、”対勇者”のような超超難易度のクエスト攻略にしては内容がショボすぎる。
イベント報酬としてはバランスが悪すぎるのだ!
と、俺の脳が未だゲーム脳すぎるから、こう言う価値観なのかもしれないが……
兎に角、俺はそれがひっかかる。
つまり、三百年以上かけてあまり芳しくない頭の俺が考えた、”この世界”の攻略方法は……
「……」
―めくん……
「……」
――はじめくんっ!!
「っ!?」
不意に耳に届いた声にハッとなる俺。
”俺達”の周りには多くの兵士達が……
室内の中頃に立った俺達三人を、左右の壁際に整列し帯剣した騎士達が挟んで備えていた。
兵士の並木道の中央を通して石畳の上に敷かれた赤絨毯上に立つ俺達三人。
「……」
それを正面の玉座から睨む壮年の偉丈夫。
二メートル以上在るであろう身長に盛り上がった広い肩幅。
赤銅色の胸当てに、失われた左腕……は、あの砂の魔法具で、現在は本物の左腕と遜色なく存在していた。
此所は――
この”短いモヒカン頭の下に眉無しで鬼の如き眼光を所持した屈強なる武人の風貌の男”が治めし、フレストラント公国が首都”フレスベン”の居城にある玉座の間……
堂々と座するモヒカンの偉丈夫は、勿論、伝説の六大騎士が末裔のひとりである、カウル・フレスベ=モンドリア公王である。
「……」
「……」
玉座のモヒカン公王とそこから数メートル離れた正面に居る俺は無言で睨み合う。
婚約者の声で、ちょっとした思考から戻ってきた俺は、ふんぞり返る偉そうな男とバッチリ目が合って、引き下がれなくなっていたのだ。
――うぅ……超怖えぇーー
「モ、モンドリア公王様と正面から目を合わせられるってどんな度胸だ……あの男」
「城前での戦い方といい……やはりただ者では……」
「……」
――お、おぉ!……ふふふ……よしよし、良い具合に俺の株が……
「ってか、あの二人、メッチャ可愛くない?」
――?
「おおっ!貴公もそう思っていたか!実は私も……」
「あぁ、あれが……あの御方が、密かに諸国で噂になっている竜王国の雪姫!!清らかなる蒼の姫、マリアベル様かぁ……」
「あ、暗黒蛇姫って恐れられるカラドボルグのツェツィーリエ姫って、あんなに可愛かったのかよぉぉっ!!」
「……」
若干いい気になっていた俺は……
「う、噂以上に綺麗だ……美しすぎる」
「くそぉぉっ!あの男邪魔だな、”姫達”が見えにくいだろ!どけよ!空気読めっ!」
「……………………ぐすん」
フレストラント騎士達の間で、謎の実力者という俺の話題はすっかり噂の美姫を邪魔する障害物に成り下がっていた。
「蜥蜴王の手下如きが、偉大なる”六大騎士”が建国せし我が国と、我になんの用が在る?事と次第によっては……」
「カラドボルグ城塞都市でその蜥蜴王如きの手下、ファブニールの”黄金火焔竜騎兵団”を見て逃げ出したそうだなぁ、偉大なる六大騎士の末裔王様は?」
――ざわっ!!
巨漢の公王が脅し文句を言い終わる前に、俺は大胆不敵な言葉を重ねた。
「……」
「……」
恐ろしい眼光で俺を睨む公王と、ニヤニヤと締まりの無い顔を返す俺。
――ざわっ!
――ざわわっ!!
勿論、周りのフレストラント騎士達は一様に焦って落ち着かない。
無礼な俺を叱咤するよりも先に、自分達の公王の機嫌の方が気になって縮み上がる騎士達を見ると、このモヒカン男がどれほどこの国で畏怖されているか解る。
「態々死にに来たのか?小物」
恐怖の権化は地の底から響く声の如く低く問う。
「いいや、助けに来てやったんだよ、六大騎士の末裔様を!」
俺は何食わぬ顔で即答する。
「……」
モンドリア公王は表情を変えぬまま、そっと筋骨隆々の右手を挙げた。
ジャギ!ジャギ!ジャギ!ジャギ!ジャギ!ジャギ!
途端にっ!
俺達三人を挟んで両の壁際に整列していた騎士達は一糸乱れぬ動作で一斉に抜刀した!
「はじめくんっ!」
「ふふふっ……下郎が」
その”示威行動”に誘発された、俺の後ろに控える二人の美少女が即座に反応する。
マリアベルが蒼石青藍の瞳に閃きを灯して、自身の後方へと伸ばした左手に魔槍を顕現させ、ツェツィーリエは両腕をはち切れんばかりの双房の前で組んだまま、紅い唇の端を愉悦しげに上げる。
極限まで切迫する場――
「……」
――戦力は三対七……ってとこか?
張り詰めた空気の中で俺は観察していた。
此所は言わずと知れたフレスベン城内。
フレストラント公国軍の真っ只中だ。
兵士は”玉座の間”に居る数だけでは無いし、それなりの手練れも揃っているだろう。
だが、蛇竜姫たるツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカの戦力は破格だ。
マリアベルは……例の如く現在は月の巡りで一般兵並だが……
それでも見た目ほどの……
絶望的である、”大国の城一つ分の戦力”対”三人”という程の兵力差は無いはず。
「創さま、いつでも鏖殺できますわよ?」
それを実感しているであろう、巻き毛で黒髪の美少女は俺の後ろから囁いてくる。
「ふん…………”黒剣”の娘如きが”跳ねっ返る”では無いか?」
しかし、その囁きをしっかりと捉えたモヒカン男は、厳めしい顔つきのままで低い言葉を発する。
「……」
名指しされ、そのまま”ひと睨み”された黒髪の少女は……
俺が知る彼女の性格では信じ難い事だが、そういう無礼な態度の相手に無言で、ただ黒瑪瑙の敵意を返すだけに留まっていた。
――なるほど……流石の暗黒蛇姫でも六代騎士の末裔は勝手が違うということか?
俺としては、この面子なら大概の状況でも逃げるくらいはなんとか出来るだろうと踏んでいた。
――戦力比、三対七
逃げるだけなら充分だ。
だが……
――カウル・フレスベ=モンドリア……ね
俺は思考する。
伝説の六大騎士が末裔の能力はどの程度だろうかと。
俺の中では”勇者”は別格。
魔王や魔神が最強で、続いてその幹部クラスの化物達……
で、月の恩恵を得たマリアベルとツェツィーリエは幹部クラスの実力者だろう。
なら、”勇者”を除いた人間最強の”六大騎士”の末裔達は?
正直なところ現時点では正確な実力を量れていないが……
城外での、先程のツェツィーリエとの攻防を見ただけでも相当なモノだと推測は出来る。
武器ランク”9”以上の武具……
あの左腕は”伝説級武具”だろうから、それも加味すると……
「創さま……あの男は、曾て我が領土での戦で、父と戦ったと聞いてますわ」
「!?」
今度は俺にだけ聞こえるような小声で語りかけるツェツィーリエ。
――ツェツィーリエの父親……
ブレズベル・カッツェ=アラベスカ……閻竜王の弟で、ニヴルヘイルダム竜王国の第二権力者だ。
――あの、黒い大剣を担いだ黒騎士か
俺はマリアベルに連れられて、閻竜王に謁見した時の事を思い出す。
――どう見ても、アレってとんでもない化物だったよなぁ?
「フレストラント公王は、我が父、ブレズベルと死闘を演じて、父は片眼を、あの男は左腕を失ったのですわ」
「……」
――おいおい……あの化物、竜将軍と互角?勘弁してくれ……
どうやら人類最強(勇者を除く)の六人は伊達じゃ無いってか。
俺は少しばかり面食らいながらも、それはおくびにも出さずに目前の玉座に腰を降ろしたモヒカン公王を見ていた。
「どうした、相談は終わったのか?」
余裕綽々の見るからに脳筋公王は、そう言うと開戦だと言わんばかりに鋭い眼にギラついた光りを……
「交渉に来たって言ってんだろうが、六大騎士の末裔!」
俺はそれを阻む様に叫ぶ。
「……」
「はじめくん」
「創さま」
玉座のモヒカン公王は黙って俺を睨み、俺の後ろの娘達は俺の指示を待つ。
双方、どちらの陣営も臨戦態勢に変わりは無い。
「ふん、敵と交渉など……その意味も価値もあるとは思えん」
「……」
カウル・フレスベ=モンドリアは玉座に坐してはいるが、実は最初から少しばかり腰を浮かせている。
それは俺以外が気づいているかどうか疑問だが……
それでもその意味は至極明快。
何時如何なる時でも戦闘に突入でき、且つ最高の”実力”を発揮するためだ。
カウル・フレスベ=モンドリアは俺達を決して侮っていない。
いや、俺達と言うよりも”戦”を侮る事は無いのだろう。
それは”百戦錬磨”、死線を何度も超えた者だけが持ちうる矜恃。
正しくこの男は俺と同種の人間だ……
――死を恐れるが故に、死への恐怖を克服した男
「俺は必要に駆られてだが、あんたは武人ゆえか……」
俺はつい、そう呟いた後で、再び目前のモヒカン……カウル・フレスベ=モンドリアを見て改めて交渉を開始する。
「敵?敵とは脅威を与える存在だろう?なら”フレストラント公国”の敵は”ニヴルヘイルダム竜王国”じゃ無い」
俺の言葉に公王の無骨な造りの眉間に影が落ちる。
「ガレイシャ如き小国が我が敵になると言う……」
「ガレイシャなんて小国群を率いた相手でもない、それはもっと警戒すべき信用ならない相手で、決してアンタが心を許していない、巷では”人類の希望”とか呼ばれている男だよっ!」
俺は予想済みである相手の反論に無作法にかぶせてそれを打ち消し、そしてチラつかせた”一抹の興味”を以て一気に結論まで持って行く話術を試みる。
「…………貴様……何が言いたい?」
たっぷりと三秒程溜めた後、モンドリア公王は問うてきた。
――よぉぉしっ!ノッてきたっ!
俺は……
「はは……」
”鎌かけ”に手応えを感じて口元が緩む。
そして、サッと腕を前方に伸ばし、その手を公王に向けてピストルの形を作っていた
――この世界に”銃火器”は無いけどなぁ
「貴様?……なんの……」
「アンタの最大の懸念は”勇者”だっ!!人類共通の希望ってヤツで、”斎木 創”と”フレストラント公王”共通の敵だよっ!」
竜人族陣営である俺と人間種の代表格たる公王、その共通の敵が”人類の希望”たる勇者だと……
通常なら考えられない言葉を吐いて俺は、徒手の銃をバァーンと放ってみせたのだった。
第四十四話「英雄と勇者」END