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第四十三話「鉄砂の公王」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第四十三話「鉄砂の公王」


 「放てーーっ!!」


 シュバッ!シュバッ!シュバッ!シュバッ!シュバッ!


 俺達の頭上を陰らせるほどの弓矢が飛来する!


 ――うわぁぁ!だから挑発するなとっ!


 俺は頭を抱えてうずくま……いや、隣のマリアベルに覆い被さった。


 「きゃっ!」


 突然跳びかかった俺に押し潰される蒼き竜の美姫。


 「”蜷局巻く金剛大蛇(グロウツ・ラング)”」


 ズザザザァァーーーー!!


 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!


 「お、おおっ!!」


 俺はマリアベルを腹の下に組み敷いたままで上空を見上げ、驚きに声を上げていた。


 「(はじめ)さまも、おひとが悪いですわ。この程度、造作も無いでしょうに……」


 俺の隣に立つ黒髪で巻き髪の美少女、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ嬢は右手に持った鞭を捨て、その小さい手の平を前方、四十五度ほど上方に(かざ)して言う。


 「なっ!なんだとぉぉっ!!」


 「あ、あ……あれは……まさか、蛇……黒い蛇の……」


 俺達に弓を放った城壁上の兵士達は、誰もが驚愕に叫び、著しく取り乱していた。


 ゴゴゴゴゴッ……


 そしてツェツィーリエが(かざ)した手の平の直ぐ前には、グルグルと蚊取り線香のように渦を巻いた大蛇が浮かんで城壁の敵を睨んでいた。


 ――”あれ”が壁となって矢を弾いてくれたのか……これって防御魔法か?


 「”蜷局巻く金剛大蛇(グロウツ・ラング)”……古代王国の秘宝を守護するという金剛石の大蛇ですわ」


 俺の顔から察したのか、ツェツィーリエはニコリと微笑んで説明してくれる。


 俺は苦笑いしながら黒髪の蛇少女に頷き、そして再び城壁の上を見た。


 「な、蛇竜姫(ナーガ・ロード)っ!?あれはまさか、カラドボルグ城塞都市の暗黒蛇姫っ!!」


 「う、嘘だろっ!なんでそんな大物が直接っ!!」


 今になってツェツィーリエの素性に気づいたのか、フレスベンの城壁上は軽いパニック状態だった。


 ――こうなった以上……もうあれか、一発カマして新たな展開に委ねるか?


 フレストラント公国、首都フレスベンの城を護る魔導兵器、”鉄鉱石の巨人(アイアン・ゴーレム)”達。


 当初、俺はそれらを圧倒することで力を見せつけ、そしてその後は平和裏に交渉をと考えていたが……


 俺は真に不本意であったが、こうなっては真っ当な交渉は不可能と見切りをつけて、強引な(から)め手に出ることにする。


 「ツェツィーリエ、悪いが一発、強力なのをカマしてもらえるか?」


 「はいですわ!」


 即座に滅茶苦茶良い返事を返した蛇竜の少女は――


 「蛇竜王(ナーガ・ロード)(えにし)此所(ここ)に欲する!絶望(コキュートース)の闇底、苦悩(アケローン)の水底、死よりなお暗き地獄の奔流より来たれ……”嘆きの水蛇神(テュポーン)”っ!!」


 白くて小さい両手の(てのひら)を地面に向けて魔法を行使する!


 ――ズッ……


 ――ズズズッ……


 瞬く間に砂の大地が直径数メートルの円に黒く染まり、陥没し闇となって、そこから黒い塊が現れる。


 「グゥゥ……ルルル」


 果たして――

 奈落から顕現したのは実体の無い黒い闇の大蛇の頭。


 「お、おおおっ!」


 これは暗黒系の攻撃魔法だ。


 ちょっとシャレにならない魔力の強大さにより攻撃魔力がそのまま、地獄に住むと伝わる”嘆きの水蛇神(テュポーン)”という魔蛇の形に成った……


 「ひぃぃっ!!」


 「ば、化け物っ!!」


 「だ、だから!蛇竜姫(ナーガ・ロード)なんて相手にするからっ!!」


 城壁上の弓兵達は大パニックだ。


 ――ズズズズゥゥ……


 と言っている間にも闇の大蛇は穴から這い出て、十メートル以上はありそうな体長の八割ほどを白日に晒していた。


 「(わたくし)(はじめ)さまに弓矢を向けるなど言語道断!天に唾する愚かな低能共、死を以て咎を相殺するとよいですわっ!!」


 長いクセのある黒い巻き髪がふわりと揺れ、愉悦に光る黒瑪瑙(ブラックオニキス)双瞳(ひとみ)が細められた。


 「鏖殺(みなごろし)ですわっ!!」


 「グォォォォォーーーーンン!!」


 即席の深淵から姿を現した魔力の大蛇は、そのまま伸び上がり空を舞って一直線に城壁へと突入してゆく!!


 「ひぃぃやぁぁっっ!!」


 「死にたくないぃぃっ!!」


 最早戦意の欠片も無く、手に持った弓矢を放り投げて(うずくま)るフレスベン兵士達。


 ――哀れだな……格が違いすぎる


 俺は”ご愁傷様”と手を合わせ……


 ――ズッッ……


 ――ドォォォォーーーーン!!


 「なっ!?」


 ズザザザァァーーーーズドドドォォォォーーン!!


 その瞬間、その信じられない事象は起こった。


 「グゥゥ!グギャァァ!!」


 ズズズゥゥーーザシャァァァ!!


 今、正に城壁上の兵士達へと躍りかからんとしていた魔力の大蛇は、その寸前で大量の砂に遮られる!!


 「砂?砂だとっ!!」


 それは大量の砂!


 突如現れた巨大な砂の滝!


 いや!砂のカーテンが”嘆きの水蛇神(テュポーン)”を遮って……


 ズドドドォォォォーー!!


 「グッ!グルゥゥゥゥ……」


 ドドドドドドドドドドドッ!!


 「ゥゥ…………」


 ドドドドドドドドドドドッ!!


 「……」


 ――いいや……遮るどころか……呑み込んだ


 ”嘆きの水蛇神(テュポーン)”と城壁の間に現れた大量の砂は、巨大な滝の如き濁流で大蛇を押し流し、埋もれさせて消滅させた。


 「マ、マジかよ!?……あれほどの魔力攻撃を無力化って……」


 「……」


 「……」


 砂の前で立ち尽くす俺と……俺の後ろで無言になる二人の竜姫。


 ズザザザァァーーーー


 ザザザザァーー


 暫くして、虚空に出現した大量の砂の滝は徐々に収束してゆき……


 シュゥゥ……


 視界も晴れた俺達の目には、無様に転がって震える城壁上のフレスベン兵士達の中に在って唯一人、仁王立つ偉丈夫の姿が入る。


 二メートル以上在るであろう身長に、盛り上がった広い肩幅。

 赤銅色の胸当てに、失われた左腕。

 対して、丸太の如き右腕には鋼鉄の鉄槌がしっかりと握り込まれている。


 モヒカン頭の下に眼下を睨み付ける眉無しで鬼の如き眼光を所持した屈強なる武人の風貌の男に……


 ――シュォォ……ゥゥゥン


 急激に収束して体積を無くし驚くほどコンパクトになった僅かな砂は、人の左腕を形作ってからその偉丈夫の失われた左腕の位置に落ち着いた。


 「……」


 ”謎の砂”は左腕を形作り、そして本当に人腕と見分けが付かないほどの精度で擬態した。


 ――なる……ほどね


 そして俺はその光景を前に納得する。


 砂の滝。


 砂の壁。


 いいや……


 鉄壁の”砂の盾”だ。


 「砂は無形にして、どのような衝撃にも破壊されること無く、凝縮すればその強度は金剛石をも凌ぐ……正しく”神器”だな、”鉄門の騎士”さん」


 俺はそう言うと、城壁上を睨む。


 「……小賢しいな小僧、蜥蜴(とかげ)の手先如きが、我と我が神器を語るか?」


 想像通りの野太い声……重厚で落ち着いた男の応答。


 「まぁなぁ……”勇者(チート)”以外で蛇竜姫(ツェツィーリエ)の攻撃にアッサリ対抗できる様な人物が人間種で居るのなら……そうだろうよ」


 俺は構わず続ける。


 「何用でノコノコと間抜け面を晒しに来た、蜥蜴(とかげ)王の雑駁(ざっぱ)よ」


 ――っ!!


 度重なる”蜥蜴(とかげ)”という閻竜王ダークドラゴン・ロード、いや竜人族に対する蔑称に、俺の後ろに控える二人の竜姫が乗り出そうとするのを俺は両手を張って抑える。


 ――気の短いお嬢様方だ……竜人族の王族は(ことごと)く交渉には向いてないのかよ?


 とはいえ、あっちはあっちでなんて高圧的で横柄な態度だよ、このモヒカンオヤジ。


 「そう結論を急ぐなって……俺達は戦争しに来たんじゃ無い」


 方針変更が功を奏したのだろうが……それでも中々に手強そうだと溜息をつきながら、俺は交渉なるものを継続する事に尽力していた。


 「蜥蜴(とかげ)の手先に落ちぶれた馬の骨と、我が話し合い?座興も大概にするんだな雑駁(ざっぱ)……我が誰か理解(わか)っているのか!」


 ――ほんと……なんて言い草だ


 俺はあくまでも見下す相手にニヤリと笑う。


 「……ぬぅ?」


 ――ははっ……生憎と慣れっこなんだ、蔑まれるのは


 そして俺は城壁上の……偉そうに仁王立つモヒカンオヤジを指さして言ったのだった。


「伝説の六大騎士、”鉄門の騎士”テオ=モンドリアを祖とするフレストラント公国、第十六代公王……カウル・フレスベ=モンドリア公!その人だろう!?」


 「…………」


 俺の指摘に、城壁上のモヒカン男は凄んだ眼光で俺を睨み付ける。


 ――(かつ)て、混乱のユクラシア大陸で初めて”秩序在る人の世”を創りし大英雄、人類史初の王、”英雄王”ベルハルト=リンデン


 その英雄王にして”不破の盾”、”鉄門の騎士”といわしめた傑物が、王に仕えし伝説の六大騎士がひとり、テオ=モンドリアだ。


 そのテオ=モンドリア公爵から数えること十六代……


 現在(いま)も、ユクラシア大陸を治める人間種の主要国であり、”唯一王国・六大公国”のひとつであるこのフレストラントを治めるモンドリア家当主、カウル・フレスベ=モンドリア。


 伝説の”英雄王”に仕えし”六大騎士”が所持したと謂われる六器の神器は伝説級、または神話級の武具だと伝えられ、ソレを現在も受け継ぐ各公国の末裔は人間種としては”勇者(チート)”共に伍する”実力者(バケモノ)”だという。


 「……ならば、どうする雑駁(ざっぱ)?この我と如何(いか)なるを以て交渉のテーブルに着くと?」


 カウル・フレスベ=モンドリアは相変わらず大上段に俺を見下して問う。


 ――はいはい……困難だねぇ


 全く……俺の人生は困難の連続だ。


 俺はつい、口から溜息を吐くが……

 しかし勿論、勝算無しで戦場に出るような事もしない。


 ――俺は”卑怯特権(チート)”無しの一般人(モブ)だからなぁ


 「はじめくん?」


 「(はじめ)さま?」


 黙り込んだままの俺に、二人の竜姫が心配そうな声をかけてきたが全く心配ない……


 ……かなぁ?どうだ?


 勝算は在るには在るが、イマイチ自信が無い。


 だがひとつだけ……


 ひとつだけ確かな事は……


 「”伝説の六大騎士”の末裔様と交渉するんだ、特別なエサ……いや、失礼、極上の手土産を持参()ってきてますよぉーー!!」


 ――俺の口元は、それでも密かに上がっていたのだった


 第四十三話「鉄砂の公王」END

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