第四十二話「誰彼構わず喧嘩売ってんじゃねぇ!」(改訂版)
第四十二話「誰彼構わず喧嘩売ってんじゃねぇ!」
ゴゴォォーー!
ズシーーン!!
重量級に相応しい地響きと砂煙を上げて、その”巨人群”は鉄腕を振り回す。
「マリアベル、足止めだ!」
俺は叫ぶと、直ぐ頭の上を通り抜けて行く巨石の塊をしゃがんで躱し、そして勢いを殺さぬままに巨石の本体である巨人へと間を詰めていた。
「うん!……”氷の足枷”をお願い、クルムヒルト!」
「ククゥ……クルッ……」
蒼い髪の少女が差し出した白い手の平の上で、真っ白な雪の塊が震えて鳴いた。
――ピキィィーーン!
「グォォッ!?」
足元の俺を踏み潰そうと、馬鹿でかい片足を振り上げる寸前だった巨人は――
両足の底がまるで地に根が生えたかの様に微動だに出来なくなっていた。
「そらっ!トドメだ、鈍重な石塊っ!!」
俺は跳び上がり……
五、六メートルはある石巨人の、無防備に晒された胸板に狙いを定めて愛用の短剣を振り降ろす!
――標的は石の巨人……正確には”鉄鉱石の巨人”と呼ばれる魔導巨人兵器
”巨人兵器”の種類は”木”や”土””石”……それに”生態片合成”など、多岐にわたるが、この”鉄鉱石の巨人”はその中でも最強だ。
素材が鉄鉱石であっても、実際は魔術的に補完され、練成された鋼鉄と化した肉体とそれに見合った剛力を併せ持つ。
その辺の冒険者や兵士では束になっても適わない部類の敵だろう。
――が!
「電撃伝導突き!」
ズドォォ!!
バリッバリバリバリィィッ!!
俺が突き刺した箇所から一気に、明滅する光と熱が広がって、それは瞬く間に対象者の全身を走り抜ける!
言わずと知れた俺の必殺技だ。
刃から大電流が流れ、それは対象の身体を伝って全身に行き渡る。
範囲魔法の雷撃と同じ効果を持ちながらも、一箇所にその魔力を集中させる電光の刃。
今回の標的は此奴、つまり”鉄鉱石の巨人”の胎中にある”魔導器核”だ。
魔導により生み出された無機物兵器は、その体内に必ず根源たる”魔導器核”が存在する。
だから、その”魔導器核”を破壊できさえすれば、勝敗は自ずと決するのだ!
バリッバリバリバリィィッ!!
「ウゴォォォォォォッ!!」
鉄鉱石の巨人はまるで生身と見紛う派手な痙攣を見せてから……
ガラガラガシャァァーーン!!
瓦礫と化してその場に崩れ落ちたのだった。
「……はは、鉄屑だけに電気がよく通るなぁ」
マリアベルの……
というか、彼女の使い魔たる”クルムヒルト”の魔法と、俺の技の連携で俺達は鉄鉱石の巨人に完勝した。
――しかし……月の恩恵を得ていないマリアベルよりも、よっぽど使えるんじゃないか?“クルムヒルト”
マリアベルの使い魔であるクルムヒルトは、”雪兎”という種類のモンスターだ。
個体レベルは3で、冷却系魔法レベル2程度の魔法しか使えないと聞いていたが……
なかなかどうして、魔法の威力事態は低いが使い勝手は良い。
ほんの数秒の足止め魔法とはいえ、今回の敵のように物理攻撃専門の手合いには、在ると無いのでは労力が段違いだ。
――魔法が全く使えないマリアベルよりもよっぽど頼りにな……
「はじめくん!」
「っ!?は、はい!!いえ、何でも無いですっ!!」
不埒な事を考えていた俺は、思わず声をうわずらせていた。
「?」
そんな俺を不思議そうな顔で見る蒼石青藍の瞳。
「……」
目の覚めるような蒼い髪、華奢な腰まで流れる清流のような蒼い髪と薄氷のように白く透き通った肌。
瑞々しい桜色の唇の上方には蒼石青藍の二つの宝石が輝く。
誰もが視線を留める希有な美少女……
マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢は、ニヴルヘイルダム竜王国の支配者、閻竜王の第一王女にして俺の婚約者だった。
「とはいえ……マリアベルは全く認めてないがなぁ……」
俺は若干、悲しくなってきたのだった。
「はじめくん?だから、どうした……のっ!?」
ドガァガァァァーーッッ!!
「グゴァァーー!!」
ズガガァァーーッッ!!
「グォォーーン!!」
――っ!?
その場に巻き起こる轟音と衝撃!
……そして重く響くうめき声。
俺は我に返り、傍らの蒼き竜の美姫は振り向いて其方を見ていた。
「…………あの娘、加減が出来ないのかしら」
「うおっ!!巨人が砕け飛んだぞっ!?」
同じ光景を目の当たりにしても、嬉々とする俺と、若干の苛立ちを見せるマリアベルの反応は対照的だ。
ババババンッ!!
ババババンッ!!
「グゥオォーー!」
ババババンッ!!
ババババンッ!!
「ガァァーー!!」
二本の”のたうつ蛇”が、二体の巨人を何度も殴打し、見る見る無骨な鋼鉄製の外装を削り取ってゆく。
「お、おぉぉっ!!」
鉄鉱石の巨人が誇る堅い表面を、まるでバターナイフの如き滑らかさで次々と剥ぎ取ってゆく黒き”双蛇”!!
そうそう、今更だし最初にも言ったが……
”俺達”の相手は”巨人”では無く”巨人群”
つまりは複数であって、此所で俺達を襲ってきたのは計四体の鉄鉱石の巨人だった。
「ゴォォォッ!!」
「グホォォッ!!」
ボロボロに成り果てた鉄鉱石の巨人達が、巨体を揺すって襲い掛かる。
迎え撃つは、長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳が美しい小柄な少女。
”少女”が手にした左右二本の鞭は、それぞれが先へ行くほど裂けて幾つにも別れた形状で、その尖端は菱形の金属で補強されている。
「それっ!それっ!それ、ですわ!」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
「グフォッ!ガゴォ!ガガッ……」
「うふふ、あはは、おほほほぉー!」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
「ググッ!ゴグゥ!ググッ……」
何十連打もの黒くうねった斬撃が、二体の鉄鉱石の巨人を執拗に襲い続ける。
――二本の”蛇連鞭”……さながら二頭の八岐大蛇だな
やがて、餌食となった巨人達は、奇しくもシンクロナイズドスイミング競技を披露するかの同調率で同時に後方へと傾いて……
「仕上げですわよっ!」
ズババァァーーンッ!!
ズババァァーーンッ!!
トドメとばかりに放たれた双鞭の最終撃が、標的である二体の、無惨に削れた表面から露出した”魔導器核”を、容易く粉砕していた。
ガラガラガラ……
命を持たぬ”巨人兵器”達は、それ故に断末魔の声を上げることも無く、瓦礫と化して派手に崩れ落ち――
ドシャァァーーッ!!
「うっ……っ……」
それを見守っていた、俺とマリアベルの所まで濛々と砂誇りが達していた。
「創さまぁー!!此方も片づきましたわよぉぉ!!」
瓦礫の向こう側から、頭上で大きく手を振るのは……
見るからに高級なドレスに身を包んだ小ぶりな少女。
長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳が美しい少女。
その少女は……
ニヴルヘイルダム竜王国の支配者、閻竜王の弟で竜王国の第二権力者のブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵令嬢、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカであった。
「音速を超える鉄鞭の乱打斬撃……上位職業である”魔導戦士”が装備する鞭スキル攻撃”竜尾波撃”だったか……相変わらずなんて強力なスキルだ」
視界の先で千切れるほどブンブンと手を振る黒髪の少女は、まったく涼しい顔のまま、凡そ戦場に似つかわしくない豪華なドレスを微塵も汚すことも無く、そこから俺に笑いかけていた。
「創さまぁー!従姉さまより私の方がずぅぅっとお役に立ちますよねぇぇ!」
少女は無邪気にそう聞きながらドレスの裾を摘まんで上げ、駆け寄って来る。
「なっ!?ちょ、ちょっと、誰が誰よりどうですって!」
俺の隣で、蒼き竜の美姫が所持する蒼石青藍の瞳が、少女の言葉に反応して光る。
「蛇竜姫が、氷雪竜姫より、で・す・わ」
既に俺の真ん前、同時にマリアベルの真ん前まで辿り着いた、黒髪少女の黒瑪瑙に輝く邪眼がそこで挑戦的な光りを反射して応えていた。
「ツェツィーリエ!貴女っ!!」
「あら、私は事実を申し上げただけ……」
ズズゥゥーーン!!
「ゴォォォッ!!」
――っ!?しまった!!まだ……
そう、最初に言った。
”俺達”の相手は”巨人”では無く”巨人群”
此所で俺達を襲ってきたのは計四体の鉄鉱石の巨人だった。
四ひく三は一……簡単すぎる算数だ。
ズシーーン!!
重量級に相応しい地響きと砂煙を上げて、その巨人は俺達が屯する場所へと鉄腕を振り降ろすっ!!
「くっ!……クルムヒルト!”氷の足枷”を……」
「ふっ……”蛇神眼”」
――ピシィィーーン!
「グォォッ!?」
俺達を叩き潰そうと、馬鹿でかい拳を振り降ろす寸前だった巨人は――
空間に張り付いたように……微動だに出来なくなっていた。
蛇神眼……蛇竜系の上級種族のみが所持するという固有スキルで対象者と視線を交わす事により発動する超強力な”動作阻害系スキル”だ。
「グッ……グガガ……」
「……」
五メートルを超す鉄鉱石の巨人が、百五十センチ台の少女に人睨みで威嚇される。
――蛇に睨まれた蛙だな……
「それっ!それっ!それ、ですわ!」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
「グフォッ!ガゴォ!ガガッ……」
そして、身動きの取れない巨体は、先程の同士達同様に……
鋼鉄を誇る装甲が、嘲るように嗤う少女の鞭にて、見る間に削ぎ落とされていった。
「……」
――改めて思い知る
呆れるほどの強者である蛇竜姫を眺めていた俺に、そのドレスの少女が微笑んだ。
「さぁ、創さま、トドメを!」
黒髪の蛇竜姫は、一番美味しいところを当然の様に俺に差し出す。
「……」
黒瑪瑙の双瞳と視線を交わし、頷いた俺はボロボロになった鉄鉱石の巨人に跳びかかった。
「電撃伝導突き!」
バリッバリバリバリィィッ!!
「ウゴォォォォォォッ!!」
ガラガラガシャァァーー!!
電光の刃が”鉄鉱石の巨人”の剥き出しの”魔導器核”を破壊し、巨人は倒れた。
「ほぅら、私の方が創さまのお役に立つ女ですわ」
蛇竜姫、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ嬢は、長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳を愉悦に光らせて、美しいレースで飾られたドレスの胸元が今にもはち切れそうなほどに頗る発育の良い胸を張った。
「こっ……このっ!それは、ツェツィーリエが割り込んで……」
華奢な腰まで流れる清流のような蒼い髪と薄氷のように白く透き通った肌、瑞々しい桜色の唇の上方に蒼石青藍の二つの宝石を連想させる希有な美少女。
マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢がそれに抗議の声を上げてツェツィーリエに詰め寄って……
「おいおい、従姉妹ら、そんなことしてる場合かよぉ……ここが何処でどんな状況か理解って……」
ザシッ!
「おっ!?」
堪りかねた俺が二人の仲裁に入ろうとした時だ……
ザシッ!ザシッ!ザシッ!
「わっ!?わっ!わわっ!!」
俺達の足元に数本の弓矢が飛来し、突き立ったのだ!
「貴様等!此所をフレストラント公国、王都“フレスベン”……伝説の六大騎士が一人、テオ=モンドリアを祖とする第十六代公王、カウル・フレスベ=モンドリア様の居城と知っての狼藉かぁぁっ!!」
高々と聳え立つ城壁の上から怒鳴りつける老騎士。
バッ!バッ!バッ!バッ!……
その後ろに並んだ弓兵達が此方に向けて狙撃の構えを一斉に取る。
「…………」
俺はそれを地上から見上げてからクルリと後ろを振り返り、対峙する二人の美少女に言った。
「な?、な?、それどころじゃないだろ?」
「……」
「……」
俺の言葉と足元に突き刺さった矢、高い城壁に整列した狙撃兵達……
流石にこの状況を察したであろう二人の竜姫は、蒼石青藍と黒瑪瑙の魔眼を俺と交わして、了承したとばかりにニッコリと微笑んだ。
――ほっ……これでやっと真面な交渉が……
「下郎がっ!人間風情が竜の王族たる私を見下ろすなど……バラバラに刻んで、合成魔獣の飼料にしてやりますわっ!!」
「邪魔しないでよ、人間達っ!”氷棺宮”に閉じ込めて黙らせるわよっ!!」
――って!全然理解してねぇぇっ!!
ざわざわっ……
兵士達は一瞬ざわめき、
スチャ!スチャ!スチャ!
そして改めて敵と認識した俺達に弓を構え直す。
「う、うう……だ・か・らぁぁーー!!お嬢様方っ!お前ら誰彼構わず喧嘩売ってんじゃねぇぇっ!!」
第四十二話「誰彼構わず喧嘩売ってんじゃねぇ!」END