第四話「閻竜王の城」(改訂版)
第四話「閻竜王の城」
ユクラシア大陸を分割する大国、フレストラント公国。
大陸を治める人間種の主要国で、”唯一王国・六大公国”のひとつであるこのフレストラントを治めるモンドリア家は、英雄王に仕えし六大騎士が一人、テオ=モンドリアを祖としている。
伝説の六大騎士、テオ=モンドリアという人物は、守勢に尋常ならざる才覚を発揮し、粘り強さと頑強な守備陣で幾度となく英雄王を支えた随一の騎士であり、英雄王ベルハルト=リンデンにして”不破の盾”、”鉄門の騎士”といわしめた傑物であった。
その国祖、テオ=モンドリア公爵から数えること十六代……
当代フレストラント公王、カウル・フレスベ=モンドリアは、当面二つの強敵に頭を悩ませていた。
ひとつは隣国ガレイシャ率いる周辺小国群。
もうひとつは……
その小国群とフレストラント公国を横断するように存在する、人ならざる者の王国。
絶対不可侵、幾万の兵を持ってしても攻略不可能である絶対強者の王国。
――暗黒竜王が統べし竜人族の聖域……ニヴルヘイルダム竜王国であった
――
―
「……」
「……」
「……」
仰々しい造りの巨大な玉座が聳え立ち、そしてその段下に控えるのは、常識を越えた巨躯の戦士三人。
巨漢の身の丈程もある黒い大剣を背に担いだ黒鎧の、厳めしい表情をした隻眼のオッサン。
対照的に、煌めく白銀の十字刃を穂先に掲げた見事な槍を手に、同色の白銀鎧兜で姿を完全に覆い隠した槍戦士。
最後に、ボロボロの黒マントと黄金の鎧を纏い、血を連想させる”おどろおどろしく”赤く鈍く光る水晶を先に装飾した短杖を両手に携える竜骸骨の騎士。
暗黒大剣士に白銀の聖騎士、そして死神の魔導騎士……
正に三者三様……
常識を越えた存在であると一目で解る、とんでもない威圧感を纏った竜将軍達だ。
「…………」
圧倒されつつも、俺は更にキョロキョロと周りを見渡す。
当然、玉座近くの三人だけじゃ無い……
玉座前に引き出された俺と蒼き竜の美少女を挟む様に、両の壁際に例の竜戦士が纏う鎧を装備した兵士がズラリと各二十名ほど整列している。
それを眺めて見て考える。
どうやら一般の竜戦士の鎧は地味な灰色一色で、前の三人や、俺の隣にいるマリアベルが纏っている鎧は特別っぽい。
多分、身分により専用色やちょっとしたカスタマイズが出来るのだろう。
――”三倍速い人”も赤が好きだからなぁ……
「……この者が件の”勇者殺し”か?我が愛しき娘マリアベルよ」
――っ!?
重厚な声……迫力と威厳に満ちた声に、俺は下らない思考を止めて改めて正面を見た。
そうだ。
この竜人共の極めつけはこの人物。
俺の横に立った、蒼い竜の美少女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの父上様であり、この王国の絶対支配者である……
頭に天を突くような巨大な二本角を誇り、漆黒の闇と見紛うマントと鎧を纏った一際巨大な人物。
あの竜将軍達三人がまるで赤子に思えるほどの威圧感の塊。
長く蓄えられた顎髭と赤く光る眼光鋭い暗黒竜の王。
堂々たる玉座にドッシリと構えた最強種の頂点、”閻竜王”その人であった。
――ゴクリ……
俺は思わず咽を鳴らす。
――凄いなぁ……魔王級はやっぱり何時見ても格が違いやがる……
「はい、陛下……捜索に出てから四年、やっと見つけて捕獲致しました」
――!?おいおい……捕獲って……俺は鹿とか兎かよ……って、おぉっ!?
隣の美少女の言い様に、つい不満顔になる俺だが、玉座の閻竜王が娘の言葉に頷き、鋭い視線をこっちに向けたのだった。
ゾクリ……
――超怖えぇーー!!
「我が愛しき娘、マリアベルよ、だが、我にはその人間がとても我らの要求に適う者には見えぬが」
閻竜王が次に放った、俺を疑う言葉に……
蒼い竜の美少女は白い顎を小さく縦に振ってコクコクと頷いていた。
――おい……
――俺を連れてきたマリアベルがそういう態度取るか!?
事ここに至っても、彼女の中で俺の評価はイマイチどころでは無かった。
「貴様、人間種よ……紛い物であるならば、その四肢を引き裂いて”鷲頭獅子獣”の餌にしてくれるが如何にっ!?」
空気をビリビリと痺れさせる閻竜王の一喝!
非情に怪しい雲行きにも、またもや美少女は他人事のようにコクコクと頷いていた。
「ちょっ!ちょっと待て、我が愛しき娘、マリアベルさん!?」
堪りかねて叫ぶ俺の声に、隣に立った美少女は蒼く輝く蒼石青藍の瞳を冷たく向ける。
「なに?」
「うっ……!」
そして、涼しい顔でしれっとそう応えるのだ。
――くっ、うぅ……絶対あの件を根に持ってるだろ?この娘……
ここに至るまでのマリアベルとの交渉で、俺は多少はしゃいで羽目を外し過ぎたのかも知れない。
自業自得といえばそれまでだが……
――いや、こんなメッチャ美少女前にしたら……ねぇ?
「いや、話が違うっていうかさ……商談に来たんだろうが、その……えっと、聞いてます?我が愛しき……」
「貴方にその呼び方をされる云われは無いわ、それより随分と余裕なのね」
蒼い竜の美姫は、可愛らしい口元の口角をそっと上げて、さも楽しそうに微笑む。
――な、なんて意地の悪い微笑だ!!
「フフ……」
「……」
――いや、なんていうか……コレはコレで……なかなか……
俺はやはり、あの時、”変態”への橋をチョッピリだけ渡ってしまったのかもしれない。
「斎木 創っ!!」
「うっ!?はいぃっ!!」
またもや自分を見て、口元を緩めた俺が気にくわなかったのか、美少女は一喝する。
「我が偉大なる父にして王に対する尊敬を以て、その緩い頭を真摯に下げ、貴方が嘘つきで無い根拠を説明しなさい!!それと私には土下座して床に接吻をしながら泣いて謝罪しなさいっ!!」
「なんでだっ!!てか、偉大なる王よりもお前に対しての方が俺の立場低くないかっ!?」
理不尽極まる美少女に思わずツッコむ俺だが、彼女は別段意に介さない様子で”フフン”と笑い、細身の割に中々ボリュームのありそうな膨らみの前で白い腕を組んで得意げだった。
「騒がしいぞ人間っ!!御前であるぞ!」
そんな俺を他方から一喝したのは、閻竜王の玉座下に控えた三将の一人、煌めく白銀の十字刃を穂先に掲げた見事な槍と、同色の白銀鎧兜で姿を完全に覆った槍戦士だった。
――おお?意外な事に女の声……美人の予感がする!
そして、怒鳴られたにも拘わらず俺の興味はそっち方面に向いていた。
蒼き竜の美姫の例もあるし……ゴツい鎧の中身は意外にも華奢な美少女なんだろうか?
ゴツンッ!
「痛てっ!」
直後、俺はその”事例”に横から臑を蹴り上げられていた。
「弱そうなくせに気だけは多いのね……最低!」
――なんだ!その冷たい視線は……ゾクゾクする、じゃなくて!!
「失礼だな、さっきから……俺は客だぞ、一応……」
「ベルさ……姫様も慎んで下さい!王の御前なのですから」
我慢の限界であった俺が文句を言うのを全く無視して、白銀の槍戦士がマリアベルを諭す。
「……わかったわ……ミラ」
そして意外と素直に受け入れる蒼い竜の美少女。
白銀の槍戦士がマリアベルを諭す声は優しく、マリアベルも穏やかで、共々俺に対して向ける口調とは大違いだ。
――っ!!
そんなやり取りを……
蒼い竜の美姫が俺に向ける事の無い穏やかな横顔に見蕩れていた俺は……
突如正面から向けられた”ゾクリ”とする圧力に咄嗟に腰を低く落として向き直る。
「…………」
――くっ!……
そこには、マジマジと俺を見定める赤い二つの眼光があった。
「……」
「……」
睨み合う……というか、一方的に閻竜王に見据えられる俺。
――さ、さすが閻竜王と呼ばれるだけはある……な
見据えられただけで皮膚がピリピリと刺激され、四肢の関節が油ぎれの機械の様に軋むようだ。
「ふぅむ、なるほど……矢張り大した力は所持していないようだが……なにやら異質な気配も読み取れる……これは……」
――おぉ!やっぱさすが閻竜王だ!
――”闇の魔王達”の魔王の一角!
とはいえ、俺が向こうでプレイしていたVersion6まででは攻略不可能だったが……
と、感心してばかりもいられない。
俺は実際、人間の中ではかなり自信がある方だ。
なんたって三百年もコツコツと地味な修行をしたのだ。
才能が無くったってそこそこになって当たり前。
――そこそこ……
――くぅぅ……三百年もコツコツやって、そこそこ……泣けてくる
いや、それは一先ず置いておいて……
大体、俺の血と涙の結晶、その実力を魔王やその幹部レベルの化物と比べられたらたまったもんじゃ無い!
ましてや超反則級の勇者なんぞと……
つまり、ここは相手が冷静な判断をする前に交渉して有利な条件で契約を纏めるっ!
――何故にそこまでして?
いくら”勇者殺し”の……
恐らく、この世界唯一の経験者である俺にしたって、命懸けになるような依頼をこうも受けたがるのか?
そんなのは簡単だ!!
そ・れ・は……
俺は現在、ほとんど無一文だからだ!!
――くそぅ!あの”勇者共”めぇぇっ!!
「斎木 創?」
黙り込んだままの俺に、マリアベルの怪訝そうな視線が向けられる。
――おぉ、不味い不味い……また思考があらぬ方向へ……
「えーーと、ゴホン!取りあえず前金で一億ゼクルだ!それで成功報酬は百億ゼクル……OK?」
俺は気を取り直して交渉を始めた。
勿論強気に出る事を忘れずに。
因みに、この世界の通貨”ゼクル”は”円”とほぼ同じレートである。
「……」
「……」
俺の言葉に静まりかえる王の間。
――くっ!どうだ?乗ってくるか?……それとも?
「ふむぅ、なかなかに法外であるな、斎木とやらよ」
閻竜王の赤い眼光がヌラリと光る。
「そうか?相手が相手だ。俺も命懸けだし、それなりに経費もかかる……第一、法外と言っても肝心の国が滅ぼされては元も子もないだろ?」
だが、俺は一歩も引かない。
正直、オシッコちびりそうなくらいビビってはいるが、それは?にも出さない。
どんな状況でも、持ってる手札が例えショボいとしても、弱みを見せた方が割を食う、交渉とはそう言うものだ。
俺は過去の三回の勇者殺しでは、諸々訳あって決して満足いく報酬を得ていない。
というか、大損ばっかりだった!
――今度こそ労働に見合う対価を得たい……そう、もう早朝から深夜までバイトはいやなんだよぉぉっ!!
エンゲル係数が異常に高い生活はもういやだ。
旨いものも食えず、女の子との出会いも無い……
――俺がモテないんじゃないぞっ!経済力が!そうだ!全て貧乏なのが……
「……」
――いやいや、思考が脱線してしまった……
つまり何が言いたいかというと、
「ねぇ、斎木……創さん?現在、ニヴルヘイルダム竜王国は財政難なの、できたらもう少しなんとか……その」
俺の隣に立つ蒼い竜の美少女がそう言って申し訳なさそうに俺の顔を覗ってくる。
先ほどまでの態度とは大違いだが……国の存亡、巨額の支出、それらを天秤にかけるほど、彼女のお国の内情は深刻でもあるのだろう。
「何度も言うが俺だって命を……」
――だが我が家の内情の方がずっと火の車だ!もうボゥボゥ燃えている!
「そうですよね、ごめんなさい。でも、あえてそこを……先ほどの無礼は謝罪しますから……」
蒼く輝く蒼石青藍の真摯な瞳……
「お……おぅ?」
瑞々しい桜色の唇からそういうしおらしい言葉が零れ、頭の角度を下げた事でサラサラと蒼い光糸が流れ落ちる。
「うっ!」
目の覚めるような蒼い髪。
華奢な腰にまで届く、流れる清流のような蒼い髪が輝いていた。
「うっ……く……」
――わ、わかってる……こう見えてこの少女は中々強かだ……
ふわり。
彼女が僅かに動いた空気から仄かに香るなんとも良い香り。
薄氷の如く白く透き通った肌と形のよい顎から首筋のラインは、その下の魅力的過ぎる二つの膨らみへ続く女性らしい滑らか且つ流麗な曲線……
ゴクリッ!
それは蒼き髪と瞳の美少女が奏でる至高の曲線であった。
「…………斎木さん?」
「…………」
彼女が身に纏う可愛らしいゴシック調のドレスの胸元は精巧なレースで彩られ、蒼き美姫の輝く白い肌を一層引き立たせる。
――意外と胸元が大胆に開いてる……よなぁ……
「……斎木 創さん?」
「……っ!?」
――いやいや……しっかりしろ!俺っ!
彼女は……マリアベル・バラーシュ=アラベスカは……
しっかりと自分の容姿を、その価値を知っている。
だからこそ、こうしてそれを武器に強かに俺をたらし込んで値切ろうと……
「あの……創さん……」
潤んだ瞳……
――くっ!俺は……金が……欲しい……こんな生活は……もう
「斎木 創さん」
――俺は……欲しい……んだ……
蒼き竜の美姫、とびきりの美少女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの蒼く美しい瞳が再び俺を覗き込んで煌めく。
――欲しい……そう、俺は……
「くっ!」
――だっ!駄目だ!これは悪魔の囁きだぁぁっ!
「……て……たい」
「?」
そこに来て、美姫の俺を見つめる蒼石青藍の二つの宝石が、俺の異変に気づく。
「お、俺はぁぁっ!!ベ、ベルちゃんで童貞を捨てたいぃぃっ!!」
「……」
「……」
静まりかえる王座の間。
――
―
――あっ!
俺が正気を取り戻したとき……
静まりかえった空間の奥、絶対支配者が座する玉座から、ギロリと殺気を帯びた閻竜王の赤い双眼がギラついて俺を見据えていたのだった。
――や……やっちまったぁぁーーーーっ!!
第四話「閻竜王の城」END