第四十話「勇者”榛葉 零王主” 其の弐」(改訂版)
第四十話「勇者”榛葉 零王主” 其の弐」
シァシャァァァッーー!!
「う、うわぁぁぁっ!!」
僕はあろうことか敵に背を向けて走り出し、そしてスッ転んだ。
ワサワサ……
そして無様に藻掻く僕の背後から人よりも大きい蜘蛛が迫る!
「剣スキル、両断斬りィィ!!」
――ズバァァッ!
グシャァァッ!!
俯せに倒れた僕と跳びかからんとする蜘蛛の怪物との間に割り込んだ剣士が、それを一刀両断していた。
「情けないぞ、榛葉……弱いなら弱いなりに少しは根性を見せた方がいい」
そして振り向いた剣士はスッと僕に手を差し伸べる。
「あ……うん、ごめん……」
「ラグ、榛葉くんを貴方の基準で扱ったら駄目でしょう……怪我してない?」
助け起こされた僕と剣士の元へ”回復役”の女性が近寄り、心配そうに僕の状態を彼方此方調べる。
「う……ん、大丈夫……」
「そう?良かった、これなら治癒呪文は必要ないね」
そしてそう言って笑った。
この二人……
男の方の名は”ラグ=バッハルト”
職業は”勇剣士”……戦士系職業でも勇猛果敢な攻撃系スキルに特化した剣士系の一般的な職業だ。
女の方は”ヨセリ=ヨーゼ”
職業は”修道士”……魔法系職業の僧侶系統では回復一辺倒の職業だ。
僕がこの二人の冒険者と行動を共にしているのは……
「それもそうか、悪かったな榛葉。実戦経験少ないし、まだ十四歳だったっけ?」
「ええそうよ、榛葉くんは後方支援とか手に入れたアイテムの鑑定とかしてくれたら助かるわ、私達はそういうスキル心許ないから……ね、ウィズマイスターさんからもそういう風に紹介してもらった訳だし……」
「…………」
こう言う訳だった。
僕は、フェリシダーデ・カレド=ウィズマイスターの”交換条件”とやらで、彼女の旧知であるらしいこの冒険者達と即席チームを組まされていた。
「じゃあしょうが無いが……俺が十四の時は既に一端の冒険者でヨヨを守って冒険していたけどな、まぁ……榛葉はそれで充分だろう」
「…………」
――それで充分?……ならなんで”いちいち”自分の自慢話を付け足すんだよ
「そうだ、大蜘蛛からは”毒”のアイテムが入手できるんだろ?頼むぞ、榛葉」
「……あ、うん」
このラグという男には悪気は無いのだろう、きっと。
「そういえば、今日のヨヨの回復タイミングは少し早めだったな、もう少し様子を見ないと魔力が勿体ないだろ?」
「そうかな?」
この男、ラグ=バッハルトはヨセリ=ヨーゼを”ヨヨ”と愛称で呼ぶ。
何故ならこの二人は同じ村出身の所謂”幼馴染”で冒険者仲間で……付き合っているらしいから。
「ああ、榛葉の基準で使っているんだろうけど、”俺なら”あの程度で窮地に陥る事は無いし、全然問題無い」
「そうだね、ラグは頼りになるからね、解った」
「…………」
僕は大蜘蛛の死体を漁りながらも後方のバカップルの会話に聞き耳を立てる。
――”榛葉の基準”ってなんだよ……
――”いちいち”僕の名を出して比較対象にして、自分を誇る
ラグ=バッハルトは確かに悪意は無い、フェリシダーデに頼まれたと言っても、こうやって僕の面倒を見ている所を鑑みても、どちらかというと善人の部類だろう。
ただ、幼馴染みで恋人である女の前で少しばかり良い格好がしたいだけ。
それに僕の名を……無意識に利用しているだけだ。
――けど
苛々としながら僕は死体を漁っていた。
此奴等は弱者を気遣っているつもりだろうが……違う。
強い弱いっていう野蛮な理由で僕を見下しているだけだ。
――”正直……ウィズマイスターさんの紹介だからもうちょっと期待したんだが”
――”そうだね、でも今更断るのもね”
――”まあな、けどウィズマイスターさんには借りもあるしな、多少のお荷物でも……”
――“お荷物って、悪いよ。ラグから見たらそうかもだけど”
同行して一週間……
奴等の会話は時々僕の耳に入る。
僕が少し離れて作業してる間、仮眠を取っている間……
けど、それはもう態となんじゃ?と思えるほどに、聞かれないように気を遣っている割には雑で不用心だった。
「…………」
――他人を見下ろして自分達を一段上に過ごす人生はどんなだろう
僕は蜘蛛の死体を漁りながら思う。
こういう人間達は、見下して理不尽を押しつける奴等と大差ない。
される方にしたら……
――虐めるヤツと哀れむヤツは同じクソだ!
「…………」
そうして、何時しか僕の死んだ蜘蛛を漁る手は震えていた。
――
―
○月○日……というか日付なんてどうでもいい。
ただ此奴等と過ごして、もう大分たった頃だ。
「わぁっ!!すごい綺麗!!これ……」
”修道士”の女、ヨセリ=ヨーゼは垂れ目を輝かせて俺の渡した宝石の指輪を眺める。
「うん、造ってみたよ、前にヨセリがしていた指輪に似せてみたんだけど?」
さりげなくそう言ってみたが、実は僕は知っていた。
その指輪は女の彼氏、ラグ=バッハルトが何年か前に贈った自作の指輪だと。
ラグ=バッハルトの実家は宝石細工の職人家系で、奴はそこの三男。
後は継げないため、村を出て冒険者になったが、ある程度の修行をしていたからそう言う技術があったらしい。
この話はラグ本人から僕が聞いた……というか、酒の席で無理矢理に聞かされた自慢話の一つだった。
”すごく喜んでた!”
”高価な物じゃ無いけど、まぁアイツにとっては何より大事な物だろうな”
上機嫌に自慢する男に僕は愛想笑いをするのに大変だった記憶しか無い。
それで僕は……
「僕は武器屋で刀鍛治をしてるけどアイテム製造や細工、一応貴金属も一通り技術があるんだ」
「……」
「それで、適当な材料が手に入ったんで造ってみたんだけど……」
「……」
嘘では無い。
秘密にしてはいるけど、僕の職業は機工剣士。
鍛冶系と剣士系の上位職業で、数多くの道具製造や改造を手がけて、自作でカスタマイズした機工剣士専用の武具を使い戦う戦士系職業だ。
故にこう言った細工もお手の物……得意分野だった。
「…………」
そして女は案の定、指輪に見とれてさっきから上の空。
僕の狙い通りで……
「あ、あの……これ……私に?」
怖ず怖ずと聞いてくるヨセリに僕は頷いて見せた。
「わぁぁっ!嬉しい!!ありがとう、榛葉くん!!」
「どういたしまして……それよりね、お願いがあるんだ」
「ん?……なに、なに?」
指輪を手に嬉々として興奮が冷めやらない女に僕は続ける。
「それは左手の薬指用に造ってあるから、前の指輪を外して着けて欲しいんだ」
「え!?」
案の定、女は困った顔をする。
「えっとね……そういう指輪なんで、それが駄目なら返して貰うしか……」
「…………う……ううん、あの……」
ヨセリという女はひとしきり悩んだ後。
「うん、わかったよ」
そう言って手に嵌めていた指輪を外して、僕の指輪に付け替えたのだった。
「うわぁぁーーこうして日に翳すと綺羅綺羅してすごく綺麗!!」
――ほぉらねぇ……女なんて、人なんてこんな程度だよ
思わず”間抜け男”の顔を思い浮かべた僕は笑いがこみ上げてくる。
「あ、そうだ……ひとつ聞いても良いかな?」
そして、ウットリとした瞳で僕の指輪を見るヨセリに僕は駄目を押した。
「……なに?」
「それと前のだけど、比べて……」
「そんなの比べものにならないよっ!ラグの指輪なんかより断然綺麗!!」
満面の笑みで即答する女。
「…………」
その時の僕は、本当に可笑しくて可笑しくて可笑しくて……
――
―
バキィィ!!
ドカァァ!
「も、もうやめてラグ!!」
僕はその”間抜け男”に散々に殴られて這い蹲っていた。
「がはっ!ぐはっ!……う、うぅ……」
顔を殴られた痛みに……腹を殴打された苦しさに……泣きながら転がっていた。
――あの指輪の一件から二日後の事だった。
「なんのつもりだ榛葉っ!!どういう意味で俺の指輪を……」
”狂乱の森”という場所で依頼を熟している最中に、ひょんな事からそれは発覚し、僕は地面に転がった。
「ち、違うの……ただ感謝の気持ちで貰っただけで、たまたま今日は着けていただけだから……」
一見、僕を庇うヨセリの言葉には自己弁護が”いっぱい”だ。
「う……うぅ……おぇっ!」
僕は言葉にならずに嘔吐する。
「なら、榛葉の事は……」
「なんとも思ってないよ、バカ!なんで今更疑うの!?」
「…………」
指輪一つでくだらない痴話げんかを繰り広げるバカップル。
そして男の出した結論は……
「分かった……けど、ケジメは必要だ。ヨヨがなんとも思って無くても身の程知らずの榛葉には一応制裁は与える。取りあえずあと五、六発はぶん殴るぞ」
「……うん、そうだね」
「……」
――ははは……二人して何かってに他人の災難決めてんの?
幾ら欲しいからって彼氏の指輪外して他人のくれた指輪着ける尻軽バカ女と、善人ぶる割には意外と心の狭い自己高評価野郎がっ!
僕はそれが愉しくてて仕方無かった。
たとえ殴られても、蹴られても……こいつらの醜さを見られた事にただ……愉しくて……
「いくぞ、榛葉 零王主……これは虐めでは無い、制裁だ!お前を正して真人間として成長させる裁きの拳だ!」
そう言って、這い蹲る僕に容赦無く拳を振り上げる男を見上げて僕は吐き気がしていた。
――偽善者め……
「改心しろぉっ!」
「くっ!」
――
しかし、いつまでたっても拳は飛来せず、痛みも伝導しない。
「…………」
「…………」
その理由は……
ズシャァァァァーー!!
ズザザザァァーー!
猛烈な勢いで地面の草を掻き分けて進む謎の物体!?
ザザザァァーー!
ズザザザァーー!
それは複数で、縦に!横に!斜めに!!
雑草を割って縦横無尽に走り抜ける!!
「な、なんだ!?」
拳を振り上げたまま固まるラグ。
「きゃっ!きゃぁぁーーーー!!」
ドサッ!ズズズゥゥーーーー
そのうちの一つ、草中から擡げた緑で紐状の物質に足首を絡め取られた女が派手にスッ転び、悲鳴と共に地面を引きずられて緑の大元に手繰り寄せられて行った。
「ヨ、ヨヨーーッ!!」
「……」
――緑の異物の正体は”蔦”だ
植物の”蔦”……
しかしそれらは子供の腕ほどの太さで、動物のように自在に動き、そして……
「い、いやぁぁっ!!」
ズザザザァァーー!
足首を蔦に絡め取られ、そのまま本体の幹へ引きずり去られるヨセリ。
そして……そう、この異質な植物は捕食者だ!
「くそっ!待てよっ!」
土煙を上げて引きずられて行く女に慌てて追い縋ろうとする男……
バシィィッ
「うおっ!」
バンッ!
「くっ!」
だが、その男には別の”蔦の鞭”が四方八方から襲いかかる!
「…………」
そして更に興味深い事に僕は気がつく。
――これは……
「なにっ!」
「い、ひっ!!」
やがて、複数の蔦が生える大元……
緑の巨木が近くまで引きずり寄せられて雁字搦めになった女と、離れた位置で剣を抜いて蔦の攻撃に応戦する男の周りを囲むように数人の男女が立っていた。
「うぅ……」
「……あぁ」
「…………」
在る者は蒼白な顔で苦しそうに呻き、また在る者は体が半分腐った様な状態で涙を流して嗚咽する。
そして在る者は……骨と皮の様な体で、痴呆のように虚ろな瞳で涎を垂らす。
――
「お、お、なんだ……これは……」
「……」
「……」
数人の男女が共通点は、ホルマリン漬けされた標本のように異常に青白い肌と全身の至る所に突き刺さった細い緑の管。
小指ほどの細い緑の管が数十箇所から生え、各々のそれは緑の巨木に繋がっていた。
――分かりやすいなぁ……
これは、この男女数人は……目前の怪物に捕食された贄だ。
多分、あの蔦で捕らえた生物から栄養を補給する。
生きたまま体中に種子を植え付けて、それを本体と繋げて生きの良い良質な栄養を取得し続ける……
――昔、図鑑で見た”冬虫夏草”ってこんな感じだっけ?
「いやっ!いやっ!いやぁぁっ!!」
自分の末路を想像したのか、半狂乱になって叫ぶヨセリ。
「くそっ!くそっ!くそぉぉっ!!」
襲い来る蔦の洗礼に、思うように進めない使えないラグ。
僕はそういう状況を這い蹲ったまま眺めながら思いだしていた。
「ああ!!確か食人植物の”キュベイラ”だっ!初めて見る!
観察していた僕は思い出せそうで出せなかった怪物の名を思いだし、スッキリとした感情で叫んだのだった。
第四十話「勇者”榛葉 零王主” 其の弐」 END