第三十八話「帰還(ログアウト)の方法?」前編(改訂版)
第三十八話「帰還の方法?」前編
「……」
「……」
トナミの居城で、俺とマリアベルは隣り合わせで座っていた。
「……あの……私だけ残したって事は……やっぱり……アレだよね?」
怖ず怖ずと言葉を発する蒼き竜の美姫を眺めて、俺は相変わらず察しが良いな、と感心する。
因みに、現在この会議室兼用の謁見広間に居るのは俺とマリアベルの二人だけ、
他の者達には作戦準備のためだと早々に場を離れてもらった。
「はじめくん……あの希鋼鉄闘姫って女に守らせたのは火狢を生け捕るためよね?」
「…………」
「最初に私やツェツィーリエ達を意図的に対面に座らせた時から少し引っかかってたのよ……それは火狢が貴方に襲い掛かった場合の死角に置くためだったのね」
俺は暫くマリアベルの言うがままに任せていたが……
頃合いかとも思った。
マリアベルの心情を慮ると少しばかり言いにくいが、本格的に作戦を進める以上、そろそろ話さない訳にもいかない。
「鋭いなぁ、マリアベル。これも、今まで積み上げてきた俺達の愛情の賜だろうな、うん、うん!」
とはいえ、緊張気味のマリアベルを見ているとつい……
茶化して誤魔化す言葉が出てしまう。
「いいかげん巫山戯ないで、”竜人族”達だと咄嗟に仕留めてしまう可能性があるから、あの魔神を用意したのね!」
「……」
――本当に鋭い
確かに俺は火狢を問い詰めれば、ああいった行動に出る可能性もあるかもと、頭にはあった。
それは”鎌をかけて”俺の推測を確信に変えるためでもあったのだが……
強行に出た火狢には自分で対処しても良かったが、火狢が敵の間者であるなら本当の実力を隠しているだろうし、万が一があると困るので俺は保険をかけていたのだ。
で、その保険、希鋼鉄闘姫には、火狢を殺さず生け捕りにするように言い含めていた。
結果から言うと――
レベル1の火狢がレベル2であっただけ、とんだ取り越し苦労だった訳だ。
「はじめくん……あなたが答えないのなら私が言うわ、私達の内情を探っていたという敵、つまり、あの火狢の雇い主は……」
――だよなぁ、そりゃ解るよな……
俺だけじゃ無い、化狸が俺の元へ来た経緯とあの反応、俺が推測を披露しようとした途端、化狸はあの暴挙に出たのだから……
それはつまり、”依頼主”から万が一の場合も”その人物”だけにはバレてはならない!と強く念を押されていたのだろう。
「依頼主はお父……」
「”勇者”と”公国”と”魔王”。多種多様の種族や立場の者達が存在するこの世界では、基本的に全部が敵、信じる者は馬鹿を見るってなぁ?」
俺はマリアベルの声を遮っていた。
「……はじめ……くん?」
そして不満そうな蒼き双瞳で俺を見る美少女に、俺は首を横に振る。
「えと……だな、気にする必要は無いぞ、想定内だ。得体の知れない”勇者殺し”なんてのを警戒するのは理解出来る話だし」
「でも、これじゃ……その……お父様はもしかしたら”勇者”と……」
そうだ、火狢の雇い主は”閻竜王”だ。
マリアベル・バラーシュ=アラベスカの父君たるニヴルヘイルダム竜王国、国王!魔王である閻竜王そのひとだ。
「はじめ……くん」
蒼き瞳が悲しそうに伏せられる。
呪術導士、ヒューダイン=デルモッド探索の時、俺に”使い魔”の使役を勧めたのはマリアベルだった。
そして、そのマリアベルにそう仕向けたのは父の閻竜王だろう。
そう考えれば……
ここ数日間のニヴルヘイルダム竜王国、本国との音信不通で陸の孤島状態の俺達。
王国守備の要衝、カラドボルグ城塞都市が突然の”謎の怪物”による襲撃で崩壊したという大事件にも拘わらず、最前線の俺達に対して未だ真面な連絡が来ないという状況も、此方から何度も送った伝令兵が梨の礫である状況も……納得できる。
改めて考えてみれば、非常に簡単な図式だ。
「…………」
「だから気にするなって、」
沈む蒼き竜の美姫の表情に俺は笑ってみせる。
――マリアベルの言いたい事は……解る
魔王である閻竜王が裏で勇者と繋がっていれば、俺にとって蛇竜姫の時とは脅威レベルが段違いだ。
”勇者殺し”斎木 創に生き残る術は皆無だろう。
――”魔王に対抗できる勇者という存在は人々の希望ではあるが、国家となると必ずしもそうじゃ無い”
つい先程の会議で俺はそう言ったが、それは竜王軍側にも当てはまるのだ。
”公国”に”魔王”に”勇者”に”勇者殺し”……
強大な力は互いに脅威であり、如何なる時も心の底から馴れ合うことは難しい。
――両雄並び立たず!
皆がそれを良く理解しているのだ。
「取りあえず、閻竜王は勇者とは直接は接触していないだろうな。閻竜王が俺を調べていたのは俺が勇者を倒した後、その後の対応を決めるためだろうし……」
俺はマリアベルの懸念を払拭してやる。
――とはいえ、魔王は多分、頃合いを見て断片的な情報が勇者に渡るように流している
化狸を……或いはその間に他の者を挟んで、あくまで魔王からの情報だとは伏せて。
それは”勇者殺し”と”勇者”が否応なく争うように持って行くためだろう。
俺が勇者討伐を止められないように、トコトン殺し合う様に、先手を打っていたのだ。
「……」
だが、閻竜王としては”勇者殺し”が”勇者”に敗れてしまっては元も子もない。
流す情報の質と量、そこらへんはかなり気を遣っていたと言う事は想像に難くない。
問題は……
現時点で俺の情報を勇者がどこまで持っているのか?
化狸は俺に関してはマリアベルと同等の情報を握っている。
つまり、閻竜王は俺の”本当の実力”と”二つの特殊な固有スキル”を知っていると考えて間違いないだろう。
まさかそこまで勇者に伝わるような馬鹿な真似はしないはずだが……
竜王国に対する真の脅威。
その勇者の討伐に閻竜王は本気であると、俺はそれだけは本当に確信していた。
何故なら……魔王にとって勇者は天敵。
”勇者殺し”とは脅威レベルが違うのだ。
だから決して屠る順番を違える事は無いだろう。
「でも……それでも……お父様は、はじめくんを……」
蒼き竜の美姫は蒼石青藍の二つの宝石を潤ませて俺を見ていた。
――おぉ!?……そっちの心配もしてくれるのか!ベルちゃん!!
勇者を倒した後の斎木 創を用無しとして契約を反故にして処理……そんなこともあるかもと、竜王国のお姫様であるマリアベルが俺を心配してくれる。
「……」
俺は出会った頃と比べて格段に変わった彼女が向ける俺への対応に思わず頬が緩む。
「はじめくん!笑い事じゃ……」
「そっちもな、多分大丈夫だろう。支配者としての威厳もあるだろうし契約は簡単に反故には出来ない。それに仮に万が一があっても、俺はそういうのを三度も経験してきたからな、心配ない」
俺は大丈夫だと笑ってそう答える。
――しかし、”三度”も……か、自分で言っていて悲しくなるな
俺はそれが下手っぴだから、今まで碌な報酬にありつけなかった訳だし、今回は色々と最初からケチがつきっぱなしだし……
――とは思いながらも……
本気で表情を曇らせるマリアベルを前にしてはそう言うしかなかった。
「それでも……はじめくん……」
自身の父である閻竜王の行いに少なからずショックを受け、一緒に行動してきたからこそ、命懸けで働いてきた俺を心遣って落ち込む、蒼き竜の美少女。
俺はそんな純真な瞳で俺を見てくれる少女を前にしていると……
――まぁ……色々と話さなくては不誠実なのだろうと、そう思ってしまうのだ
「前に話した事があるけど、”勇者”を倒すと手に入れられる超超激希少アイテム、”転移の宝珠”なんだけどな、アレって実は元々は”存在の宝珠”が変化したものなんだよ」
「……え?」
突然、話題を変える俺に……というより、その突飛な内容に、蒼き竜のお姫様は潤んでいた蒼石青藍の宝石をまん丸く開いた。
――おおっ!非常に愛らしい
「と言っても、誰の物でも良いわけで無くて、勇者の……つまり”異邦人”の所持する”存在の宝珠”だけが所持者が倒される事により、超超激希少アイテム”転移の宝珠”に変化するみたいだ」
「でもそれって……転移の宝珠って……好きな場所に一瞬で移動できるっていう、一度使うと消えてしまうアイテムよね?」
マリアベルは、以前に俺が話した内容を俺に確認する。
――そうだ
念じたところへ瞬時に移動できるアイテムで、一回こっきりの消費型アイテム。
転移魔法の存在が無いこの世界で、それが実現する反則アイテムではあるが……
とんでもない能力を保持する人外の災厄、最強無敵の”勇者”討伐イベントで手に入る超超激希少アイテムとしては……
――超超難易度のクエスト攻略にしては内容がショボすぎるのだ!
――イベント報酬としてはバランスが悪すぎるのだ!
「……」
そういう疑問から、三百年以上かけてあまり芳しくない俺のゲーム脳が得た答え。
”転移の宝珠”を解析して得た、多分俺だけが持つ情報。
これこそが”この世界”の攻略の鍵なのだ!
第三十八話「帰還の方法?」前編 END