第三十六話「鋼鉄の乙女」(改訂版)
第三十六話「鋼鉄の乙女」
「うぉぉぉっ!!言わせねぇっ!言わせねぇよっ!っでヤンスゥゥッ!!」
――ブワァァ!!
化狸の小っこい全身は叫び声と共に炎に包まれる!
炎でグルグル巻きにされていた縄は焼け落ち、”化狸”改め”火狸”は――
「し、しまったでありますっ!!」
筆頭兵士長のトトル=ライヒテントリットが叫び、彼の部下である犬頭人達が慌てて押さえ込もうとするが、時既に遅し!
ボォォォォッーー!!
炎の塊となった狸は俺に向けて一直線に跳んでいた!
「はじめくんっ!!」
「創さまっ!!」
「ぬぅっ!!」
竜人の強者三人からは俺へと飛び込んで来る化狸は死角だ!
「ぬおぉぉぉぉっ!!でヤンスゥゥ!!」
「……」
――そう、”死角”……そこに座らせた
「ぬおぉぉぉぉぉーーーー!」
ガンッ!!
「うひゃっ!………………きゅう」
既の所で無様に打ち落とされた火狸は、床に転がって失神していた。
「”炎打流魔”か、芸が無いなお前は……」
俺は全く動じること無く座ったままで――
ガタッ!ガタッ!ガタッ!
席を蹴っ飛ばしかねない勢いで立つ三人!
「それは!!其奴はなんだ!?斎木っ!!」
ファブニールが腰の大剣に手をかけて俺に問う!
「ああ?そうだな、こいつは……」
ファブニール達三人の視線の先には――
「……」
先程まで俺の後ろに据え置かれていた”彫像の美女”が立っていた。
「はじめくん、正気なのっ!?”他の魔王の眷属”を招き入れるなんてっ!」
俺の応答を待てずにマリアベルが左手に魔槍を顕現させる。
勿論、標的は坐した俺の前に割り込んで立つ、数瞬前まで”格闘士像”だった美女だ。
「……」
――流石にマリアベル達ほどにもなると、気配でこの”娘”の素性がなんとなく解るのか……
「曲者めっ!このっ!!」
――とか言ってる場合じゃ無いな!
「いや、ちがうって!彼女は……」
ズバシィィィ!!
ツェツィーリエに至っては、既に手にした蛇連鞭で”彫像の美女”を殴打していた。
――おぉぉっい!!考えなしか竜人族っ!!
「……っ!」
いち早く攻撃を放った蛇竜姫の紅い唇が、恐らくその手応えで不満そうに歪み、それを受けた彫像の美女は……
「ええと……”宣戦布告”かな?」
彫像の時と変わらぬくらいの無表情で呟いた。
――化狸の不意打ちの一撃はこの彫像の美女によって打ち落とされたのだが……
瞬時に彫像から人になり、咄嗟に俺の前に割って入って、”硬化”した右腕で火狸を叩き落とした。
「あ、おい!待てって!話を……」
――つまり、元彫像の彼女は敵では無くて……
ギリリ……
彫像の美女、女格闘士の左腕に巻き付いた蛇竜姫の鞭。
生身化した女格闘士は鞭の一撃を左腕を顔の前に出して防御したが、撃ちつけられたツェツィーリエの鞭はそのままその腕に巻き付いていた。
「名乗れ、異端よっ!!」
「?」
大剣を抜刀したファブニールが吠え、少し前まで彫像だった女はそのままの体勢で小首をかしげる。
ギリ……ギリリ……
二人のやり取りを無視して、彫像女の左腕に巻き付いたままの蛇連鞭が軋む。
ギリリ……
「貴女、いったい何者ですの……」
ツェツィーリエを体現する黒瑪瑙の瞳が品定めするかのように光った。
岩をも砕く破壊力も、像をも絞め殺すその後の締め付けにも……
女格闘士の腕はビクともしない。
「なにもの?……名前?教えて欲しいんだ?」
小首をかしげたままの女格闘士の左腕の半ばまでは――
鞭を巻き付けた部分は変色し、それはまるで生物というより元の無機質な彫像……
いや、頑強なる硬度を誇る金属に変化している。
「いや、俺が紹介するから、取りあえず攻撃を止めろって……此奴はレア……」
俺はこれ以上話をややこしくするな、とばかりに割って入ろうとするが……
「私の”名前”はねぇ……そうだなぁ、えと」
――ばか、やめろ!俺が紹介するから!!
「魔神”希鋼鉄闘姫”……かなぁ」
――っ!?
「…………」
俺以外全員が……”魔神”の響きに一気に殺気を高め、俺は思いっきり頭を抱える。
「ええと、”鋼鉄喰らいの魔神王”の”眷属”?……”娘”かなぁ?」
――何処まで話をややこしくするんだよ、この鉄骨娘!
「ええと……皆さん!えっとですねぇ!話すと長くなるんだけど、この娘は……」
ギリリリッ!
「……」
俺の段取りを無視した自己紹介をした直後、今更ながらに左腕に巻き付いた鞭を見る魔神”希鋼鉄闘姫”。
キラリッ!
「……」
そして、距離を取って剣を突きつけるファブニールを今更に見る、魔神”希鋼鉄闘姫”。
「何が目的なのっ!」
「……」
更に、魔槍を構えて問い糾す氷雪竜姫を今更に見る、魔神”希鋼鉄闘姫”。
「…………」
そして最後に……よせば良いのに、今更に思考する魔神”希鋼鉄闘姫”。
――あ……嫌な予感
「ん……んんっ、”良い考え”っ!」
そして、古典的な表現ながら、女格闘士の頭上には電球がパッと灯った。
「うん、うん、敵なら排除するかな」
あくまで無表情に、女格闘士は左腕にツェツィーリエの鞭を巻き付かせたままで――
ダッ!
高く跳躍したっ!
「こ、このっ!」
弾むように跳び上がった希鋼鉄闘姫をマリアベルの魔槍が追って貫く……
ガキィィィーーン!
「なっ!?」
だが、それもツェツィーリエの鞭と同じ……
希鋼鉄闘姫の胴体に突き刺さるはずの魔槍の穂先は、金属色に変わった胴体部分に弾かれて方向を逸らせていた!
「”索敵”あーんどぉっ!!”破壊”っ!!」
ブォォン!
「きゃっ!」
そして上空から希鋼鉄闘姫は、マリアベル目がけて”希鋼鉄”に変色した手刀を叩き降ろす!
「ぬんっ!」
ガキィィィーーン!
しかし、これは間一髪でファブニールの大剣が受け止めた。
――おぉ!ファブニール、ナイスだ!!
「それっ、ですわっ!」
グイッ!
標的の左腕に巻き付いたままの鞭を手繰り寄せ、空中の敵を地面に叩き付けるツェツィーリエ!
ドガシャァァ!!
途端に失速、墜落した女格闘士は勢いよく石畳に激突し、そのまま床を破壊してめり込んでいた。
――なんて馬鹿力だ……蛇竜姫
「トドメだっ!!」
そして蹲る女格闘士に、今度はファブニールの大剣が振り下ろされる!
「だ、だから止めろって!!ファブニール!!」
ガキィィィーーン!!
「なにっ!!」
「っ!?」
「うそっ!?」
ファブニールの剣による渾身の一撃は、破壊された石床の瓦礫の中に蹲って無防備な希鋼鉄闘姫の脳天にモロに入って……
そして――
――真っ二つに折れた。
「……」
「……」
「……」
防具も何も無い素の脳天に剣将”による大剣の真面な一撃。
通常なら頑強な鉄兜装備でも木っ端微塵で、中身は西瓜割りの惨劇だろう
だが、その女は……
「もう、痛いでしょう……えっと、ううんと、”敵三人”」
パラパラと……
頭部にかかった石畳の破片と砂埃を落として平然と立ち上がる希鋼鉄闘姫。
「じゃあ、もう一回!”索敵”あーんどぉ……”殲滅”っ!!」
先程より一層物騒な単語を口にして――
身体の所々を”金属硬化”させた女は、赤い目を光らせて両の”希鋼鉄手刀”を構えていた。
――
「面白く無いですわ……」
「魔神……め」
「くっ、月の巡りさえ……」
その常識外れの相手を納得いかない顔で睨む三人……
そして――
ダダッ!!
お互いが同時に向かい合って攻撃を……
「だぁ・かぁ・らぁーー!やめろって聞いてるかっ!ティナティナぁぁっ!!」
――っ!?
キュキュキュゥゥゥーーーー!!
光る希鋼鉄の手刀を前に突進していた女格闘士は、俺の呼び名に反応して途端に急ブレーキをかけたが止まり切れず……
ズシャァァァァーー!!
勢いのまま顔面からスッ転んだうえに、打ちつけた顔面で石畳を破壊しながら滑って爆進し、
「なっ!?」
ゴロゴロゴロゴローー!!
そして”消しゴム”の様に擦りつけた顔面を押さえて立ち上がったが勢いは殺せずに、
「え?え?」
ドスン……
最終的に壁に向かってボーリングのストライク宜しくぶち当たって停止した。
「な、なんだ!?」
独り勝手に走ってコケて大破する女を呆然と眺める三人の竜人達。
「ティ、ティナティナ……お前というヤツは……」
頑強で分厚い石壁には――
面白可笑しい何かの標識の人型な如き段差が刻まれ、その奥にピッタリ嵌まった部品という奇天烈な作品を創り上げていた。
「お前はどこの”爆発する芸術家”だ」
俺は相変わらず飽きない”魔神”だと、
壁のヘコみの奥に全く無傷で嵌まった女に歩み寄る。
「おい、斎木……」
「はじめくん、ちょっとあぶな……」
しかし、皆の心配は全く必要なくて、
女格闘士は敵対するどころかそのまま、めり込んだまま大人しく俺を見上げていた。
「はじめッチ!急に呼んだら危ないでしょ?」
そして、初めてニッコリと笑った。
「わ、笑えるの!?”殺人人形”」
驚くマリアベルと他の二人。
――危ないのはなぁ、短気な”竜人族達”と意味不明に危なっかしい”希鋼鉄闘姫”だ!
そして予定が狂った俺は、それも止む無しと……
頭をかきながら、今更ながら彫像の美女、この女格闘士を紹介することにする。
「オベルアイゼル公国からやって来た、魔神”希鋼鉄闘姫”ちゃんです。俺の”対勇者情報提供者”兼”協力者”やってもらってます……えっと、一日も早く竜人族達に溶け込めるように仲良くしてやってね」
「……」
「……」
「……」
成る丈、穏やかに、友好的に紹介したつもりだが……
三人はポカンとしていた。
「ほら、ティナティナも自己紹介を」
そして俺の指示に、ベコンッっと型抜きの玩具の如くに溝から出た希鋼鉄闘姫は、何事も無かったかのようにペコリと礼儀正しくお辞儀する。
「はじめッチの指示で”引っ越し”してきました希鋼鉄闘姫です。よろしくね!」
全く無傷であるが、しかし若干塵っぽくなった女格闘士は、悪びれずにニッコリと笑って無防備に頭を下げたのだった。
「……」
「……」
「……」
竜人三人の表情は更に困惑の表情に……
「あれ?えっと、どっか不味かったか?」
俺の視線に希鋼鉄闘姫は小首をかしげた。
「うぅんと、どうだろ?…………取りあえず”続く、かなぁ”?」
第三十六話「鋼鉄の乙女」END