第三十五話「敵かな?味方かな?」前編(改訂版)
第三十五話「敵かな?味方かな?」前編
カラドボルグ城塞都市を突然襲った”謎の怪物”により、中枢の宮殿が崩壊した事件……
実際はツェツィーリエの魔竜化による暴走だが、俺達はこの出来事を竜王国上層部に一先ずそう報告する事にした。
この判断はツェツィーリエを庇うという面が無いでも無いが、実際に裏で蠢く輩の様子を見る、牽制のためでもあると俺はマリアベルを説得したのだ。
「はじめくんがそう言うなら……」
虚偽の報告を提案した俺に蒼き竜の美姫は意外と素直だった。
「創さま……」
ツェツィーリエの潤んだ熱い視線を感じつつも、俺は話を進める事とする。
――とはいえ、
”ニヴルヘイルダム竜王国”その本国と未だ真面な連絡が取れない現状においては、それさえ微妙だが……
あれから、何度も送った伝令兵も梨の礫。
このカラドボルグ城塞都市周辺は何故か陸の孤島状態だった。
――
「ねぇ、はじめくん。この彫像っていつ買ったの?」
マリアベル・バラーシュ=アラベスカが、俺が座ろうとした席の直ぐ後ろに置かれた彫像を見て聞いてくる。
「あ、ああ、この謁見の間って唯でさえ他の城に比べて狭くて安っぽい上に殺風景だろ?だからちょっと前になぁ……」
俺は一瞬だけ”ドキッ”としながらも誤魔化していた。
「ふぅーん、そうなんだぁ」
基本、お嬢様で良いとこ育ちのマリアベルは素直で騙しやす……いや、良い娘だ!
「……」
歳の頃なら二十歳前後の”うら若き乙女”を形作った像は、表情が乏しいのが玉に瑕だが中々の美女ではある。
「ほほぅ”格闘士像”か。美女の猛き闘士像とは珍しいが……中々に趣味が良いな、斎木」
ファブニールが感心した様子でマジマジと像を眺める。
「……」
長い髪を三つ編みにしてクルクルと輪っかに後頭部で纏めた髪型と、見目麗しき顔立ちながら表情乏しい少女像は……
胸と腰に軽装鎧を装備した、身体のラインが解るピッタリとした服装で、両腕には肘から拳までを覆う”拳防具”、両足には膝から臑を守る鉄甲の臑当を装備した立像だ。
因みに”格闘士”とは、素手で闘う戦士系職業である。
「美女……ねぇ?私には、少しばかり魅力に欠けると感じますわ。このような”ささやか”な胸は、創さまのご趣味ではないですわよ」
男二人が色目を使っているのが気にくわないのだろうか、ツェツィーリエが横合いから胸当ての鎧に覆われた、少しばかり隆起した胸の部分を見て言う。
――おいおい……
俺は内心ヒヤヒヤだった。
「いやいや、彼女は”格闘士”だからな。こういうスレンダーな体型がまた魅力という……」
そして慌て気味にフォローを入れるが……
「あら、そうでしょうか?殿方はやはり女性の柔らかな曲線美にこそ酔いしれるのでは無くて?ねぇ、お従姉様」
焦って言う俺を見てツェツィーリエは悪戯っぽく微笑うと、その俺の視界に自慢の巨乳をこれ見よがしに突き出す仕草を見せ、それからマリアベルの方を顧みていた。
「いやいやっ!俺は別にそういう所ばっか見てる訳じゃ……」
俺の像に対するフォローを台無しにするツェツィーリエはそれどころか俺の反応を楽しみ、マリアベルを挑発する。
「だよなぁ?な、マリアベル」
今度は俺自身に対して助け船をくれと、俺もマリアベルを見るが……
「…………そうね、はじめくんは普段から”おっぱい””おっぱい”ってうるさいし」
――おおぉぉいっ!
俺は心中で思いっきりツッコんだ!
「だから、俺はそういう大きさとかはだなっ!!」
「まぁまぁ、斎木よ、別に君が変態的な”胸フェチ野郎”でも、それはそれで良いではないか。真の友人たる私は理解っているぞ、君が真に求めるのは、そういう紛い物ではなく男と男の熱い友情の、それこそ武人たる益荒男の熱いこの私の様な胸板……」
「えぇいっ!!ややこしい男は口を出すなっ!!」
何故か若干頬を赤らめて俺を見るファブニールに俺は怒鳴って……
「っ!」
いや、こんなどうでも良いことは捨て置いて、彫像の格闘士女を確認していた。
「…………」
――ふぅ……事なきを得たか……
変わらぬ状態の立像を見て、俺は密かに胸をなで下ろす。
「はじめくん?」
「創さま?」
「どうした?斎木」
そして、そんな挙動不審な俺を三人は不思議そうに見ていたのだった。
「いや……なんでもない。それよりもサッサと議題に入るぞ」
俺はあからさまな態度でそれらの視線を一蹴すると、三人を用意した席に促し、自分も腰を下ろす。
玉座は使用せず、その前の段下に用意された円卓、その奥側中央の位置に俺は座った。
「えっと、今回はマリアベルは向こう側に座ってくれ」
「え?」
「ツェツィーリエも向こう側だ」
「えぇー!ですわ」
いつも通り俺の左横に控えようとしたマリアベルに円卓の対面を指さし、当然の様にもう一方の隣に座ろうとするツェツィーリエにもその隣を指示する。
斯くして……
円卓の奥側中央に俺が座り、その反対側の半円にマリアベル、ツェツィーリエ、ファブニールが座った。
――やれやれだ……
俺から見て対面に座る形になった三人、その顔を順番に眺めてから俺は口を開く。
「実は急遽この場を設けたのも、ファブニールに王都バランシュに戻るのを待ってもらったのも理由があってだな……つまり、なんというか、今回の一連の出来事に少し思うところがあってだ」
ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンは、あのカラドボルグ宮殿の戦いの後、俺が目覚めた時に本人が言ったように、カラドボルグ城塞都市国境付近に展開していたというフレストラント公国軍を自身が率いる”黄金火焔竜騎兵団”で追い返した。
それはファブニールの独断で在り、俺の状況を慮ってのことだと言っていた。
つまり――
それはニヴルヘイルダム竜王国本国の指示では無く、ファブニールの独断行動。
その報告も含めて首都バランシュに帰還するというのを俺は引き留めたのだ。
――?
場の三人は、俺の言葉足らずの切り出しに不思議な顔を並べていた。
「つまり……だ、抑も俺のソードブレイカーがヒューダイン=デルモッドに渡ったのは偶然なのか?とか、偶然に勇者によって闇市に出品されたのを、あの呪術導士が手に入れたのか?とか」
俺の言葉に、マリアベルが”あっ”となにか気づいた表情をする。
「そ、そうね、”対刀剣破壊武器”は確かに異質な空気を纏っていたわ……それを闇市とはいえ、通常の市場で捌けるとは思えない」
――良いところに気づいたな、マリアベル
俺の”対刀剣破壊武器”は見た目は武器ランク5の短剣だ。
だがその実は……
実際、俺の”対刀剣破壊武器”の真の価値を知る者は……実は俺以外には一人だけだ。
だが、そんなことは別にしても武器が纏う”禍々しい気”は見る者が見れば解る。
マリアベルに最初に会った夜、彼女がその価値に疑問を抱き、
”まるで魔剣……いえ、伝説級か下手をすると神話級武具”
だと評したのは中々の目利きであったと言えるのだ。
だからどちらにしても、そんな曰くありげな代物を市場に流す”愚”を、勇者ほどの者がするわけが無い。
しかるべき価値が解る相手にトコトンまで高値で売り捌くのが常道だろう。
「”対刀剣破壊武器”は勇者が直接、ヒューダインに渡したと考えた方がしっくりくる」
俺の考えを三人は黙って聞いていた。
「”勇者”は私の……私にも事前に接触して来ました……わ」
そして、今度はツェツィーリエが……
言いにくそうに言葉を発した。
「そうだな……勇者は、上位の魔物さえも支配することが出来るという希少魔法具”第四主天使の拘束具”をツェツィーリエに与え、そして弱みにつけ込み唆し、ヒューダイン=デルモッドの後方支援をさせた」
「……」
普段の傲慢な態度とは違い、負の感情で暗くなる蛇竜姫の瞳。
「誰にだって弱みや負い目はある、そこを突かれれば無理も無い。大体悪いのは全部あの”勇者”だ……おっと!あのエロジジイだけは別に同情に値しないけどな」
そんなツェツィーリエに俺はそう声をかける。
「創さま……」
ツェツィーリエは伏せていた瞳を上げ、ポッと頬を染めた。
「つまり、斎木の考えでは、全ての陰謀の裏には”勇者”の姿が在ると?」
「……」
ファブニールの言に俺は即応しない。
ファブニールには大凡の事情は話しているが、ツェツィーリエの魔竜化による暴走は省いた。
それはツェツィーリエの名誉の為であるし、またそのツェツィーリエも含めて俺の固有スキルや本当の実力などを現時点で知るのはこの面子ではマリアベルだけだ。
「……」
――勇者は”勇者殺し”の俺を討つためにこんなことを画策した?
――そうとするなら、”斎木 創”が”勇者殺し”だと何時気づいたんだ?
少なくとも初対面の時は……俺が”パンいち”で磔状態の時は気づいてなかった。
――なら俺の情報はどこから?
実は俺は、現時点でその答えらしきものを持ってはいる。
――が……
「まぁな……で、これらは個別の出来事では無くて、画策した輩とその相手に逐一情報を流している者がな……えっとつまり……」
俺は現時点でその詳細までは詳らかにはせず、あやふやに説明を続ける。
「ほぅ……つまり、我らの陣営に”勇者”の内通者がいると?」
ファブニールはズバリ本質を突いてくるが……
正直なところ、それは正解ではない。
”勇者”の内通者……という意味なら。
第三十五話「敵かな?味方かな?」前編 END