第三十四話「愛情と友情?」前編(改訂版)
第三十四話「愛情と友情?」前編
――転移後の斎木 創の人生はゴミ溜めの屑以下だった
”異世界”転移直後に勇者に刺され死亡。
その後も約束されたはずの輝かしい将来も、反則級の能力も与えられなかったのは勿論、この世界の言語に適応さえ出来ない始末。
何故か生き返ったその後も……
実力無し、金無し、生活能力の殆どが無し!
そこが何処かさえ分からない外国にポツンと独り放り出されたよりも質が悪い。
この世界で生きていくのさえままならない状況で、挙げ句、奴隷として売り飛ばされた。
と、まぁ色々と愚痴を垂れてみたが……
――いや、この際そんなことはどうでもいい
「……」
そう、その後の人生に味わう地獄に比べれば”どうでも良い”事だった。
――だが転機は突然訪れた
極悪奴隷商人から助け出してくれた、”ある冒険者達”との出会い。
その後の俺の人生は、彼らに恩を返そうとした冒険者の真似事から始まった。
――
この後、
俺は三百と二十五年の異世界人生で、三度の冒険者仲間と知り合い旅をするが……
――全滅が二回
――依頼途中で冒険者仲間に大打撃を受け、それが原因での仲違いで解散が一回……
「…………」
要は、俺以外の仲間の殆どは非業の最期を遂げ、それ以外の数少ない生き残りの仲間とも後味の悪い別れを経験した。
――何が原因か?
それは……
――”くそっ駄目だ!もう……”
――”いやだ!こんな終わりかた!いやだぁぁ!”
――”お前は死なないからそう言えんだよ!だからそんな……”
――”う、裏切り者!最低……このバケモノ!!”
――”お前はな……俺達とは違う、特別なんだろう?”
――
―
「…………」
だいたい……俺が原因だろう……
俺は三百と二十五年の異世界人生で、三度の冒険者仲間と知り合い旅を経験したが、
――そのどれもで誰も救えず
――その誰とも死を分かち合えず
そして……
――遂に”誰にも”許されなかった
「っ!」
モヤモヤと心に充満するドス黒い感情が、ズシリと鉛の様な塊になって俺の心と思考を奈落へと引きずり落としてゆく……
ずっとだ繰り返しだ――
何年経とうと、どれだけ新たな経験を経ようと……
それが必要で過去を思い出したとき、
油断して”ふと”過去を顧みてしまったとき、
死んだ魚の体の様に、俺の感情は”鉛の海底”へと腐って沈む。
――どこまでも
――どこまでも
このドス黒い感情を、俺は”ずっと”上書きする事は出来ない。
「……俺は……おれ…」
――!
”ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい”
――しかし最近の俺は……別に思い出す事がある
”あなたの事……少しも理解しないで……非道いことばかり言って……こんな目に……ごめ……”
それは、美しく輝く蒼い瞳と透き通る白い頬を涙に塗れさせ、謝罪さえ完全な言葉に出来ないくらいに”しゃくりあげる”ばかりの一人の少女の姿だ。
「マリアベル……そう、呼んでいいか?」
俺はその蒼き髪と瞳の少女に問うた。
死人同然の、見るに堪えない状態だが、それでも出来るだけ笑って……
無理にでも笑おうとして……
だが、瀕死で引き攣る俺の歪な笑顔擬きは、どう頑張っても不細工に顔が歪むだけ……
「…………」
過去も現在も、変わらず駄目男な斎木 創は……笑顔ひとつ作れやしない。
これから迎えるだろう死なんかよりも、心底落ち込み、心底ヘコむ……
”う、うん……”
だが、それでも彼女は……
蒼き髪と瞳の少女は、涙で濡れた顔のままで……優しく頷いてくれた。
「……」
彼女はそんな俺の落第点の笑顔にも泣きながら応えてくれた。
「……」
――俺は……そう、俺は出会った
この三百年以上の地獄で俺が唯一救えたと思えた少女は……
違う、
俺が救えたのでは無く、俺に救われてくれた、俺が救われた……そんな存在で、
――そうだ……だから俺は……
「マリアベル……」
事切れる間際、そう少女の名を呼んだ俺は……
「……」
多分、今度はちゃんと笑えたのだった。
――
―
―さま……
――創さま……
「……う……んん……」
――創さま、大丈夫で……
――!?
「……」
「あっ!創さま、目が覚めまして?」
「……」
俺はそろそろ見慣れてきた……
我が城の石で造られた天井を見ていた。
「……」
続いて、なんだか妙に温かいものに包まれた自身の右手を見る。
「あぁ創さま……良かった、良かったですわ!」
「……」
――俺は……呪術導士、ヒューダイン=デルモッドに燃やされ、呪いに冒され、そしてマリアベル・バラーシュ=アラベスカに死を求めた……はず?
ベッドに横になった俺を見下ろす黒瑪瑙の瞳を確認し、そして右手の温かい感触が彼女の体温だと気づく。
――ここは……!?
どう見てもフレストラント公国領土内の”魔神の背”山では無く、俺も瀕死では無い。
「…………」
「創さま?」
そして、俺の右手を握ったこの、黒髪巻き毛の生意気そうな顔立ちの美少女は……
どう見ても蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカでは無い。
「……………………ええと?」
只今、”斎木 創”は多少混乱している。
もう見慣れた天井と最近やっと馴染んできたベッド……
つまり此所は我が4LDK城。
そしてベッドに横たわった俺の枕元に座って優しく右手を握ってくれている美少女は……
長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳……
美少女だが意地悪そうな顔立ち……
それと……身長に釣り合わない、はち切れんばかりの胸!
――お、おお……そうだ、彼女はツェツィーリエ!
ニヴルヘイルダム竜王国の支配者である閻竜王の弟にして竜王国の第二権力者、ブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵令嬢、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ伯爵。
――ああ、そうそう、意地悪おチビ巨乳のツェツィ…………
「う、うわっ!!」
ドタンッ!
改めて俺は思い切り驚き、ベッドから落ちていた。
「だ、大丈夫ですか!?創さま!お怪我は!?」
「う……お、おぉぉ!」
俺は明らかに取り乱していた!
いや、するだろ?
その少女は……
見るからに高級なドレスに身を包んだ小ぶりな少女は……
ニヴルヘイルダム竜王国、レーヴァテイン伯爵のツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ!
カラドボルグ城塞都市の主で、要塞を守護する暗黒の蛇竜姫!
王女であるマリアベル・バラーシュ=アラベスカの従妹で、ひとつ年下の十六歳で……
ほんの少し前まで、そう、ほんの少し前に!
俺の記憶では……
俺を喰い散らかして、散々痛めつけて……
殺した相手だからっ!!
「……う、うぅ」
俺はなんとかベッドに這い上がり、そしてそのベッドの傍らに椅子を置いて座る黒髪巻き毛の美少女をマジマジと見る。
「ああ、創さま、このツェツィーリエが直ぐに誠心誠意看病を……」
ベッド上に戻った俺はまたも面食らっていた。
「……え……と?……ツェツィーリエ?」
徐々に記憶がハッキリしてきた俺は、カラドボルグ宮殿での一連の戦いは既に終わって、ツェツィーリエもまた、俺に敵意が無い事は理解してきたが……
「はい、ツェツィーリエです、創さま!お目覚めになられて本当に良かったですわ!」
「…………」
それは、彼女の蛇竜姫の俺に対する対応のこの……変わりようだった。
「創さま」
白い両の掌を少女の身長には不釣り合いな大きな胸の前に合わせて、輝く様な笑顔を俺に向ける件の蛇竜姫は……
「……」
こうして見ると、案外と可愛らしかった。
第三十四話「愛情と友情?」前編 END