第三十三話「斎木 創の考える上出来」前編(改訂版)
第三十三話「斎木 創の考える上出来」前編
マリアベルが”本当”の心を偽らなくてはならない状況だから……
「俺に考えがあるんだよ、俺に任せろ」
――だから
斎木 創はそんな大言壮語を吐いた。
――
―
「……」
俺は無言で右手を肩の高さに翳し――
シュォォォーーン
応じたツインテールの呪い娘は、黒い霧となって俺の差し出した掌に集約し収まる。
ジャキ!
黒い霧が形を成した”刀剣破壊武器”を携え、俺は……
目標である瀕死の蛇竜姫に狙いを定めて一歩を踏み出した。
「幕だ、お嬢ちゃん」
――今こそ、その言葉を証明しなければならない
「はじめ……くん」
約束の美姫、蒼き竜の少女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカが見守る中、
ダッ!
俺の後足は躊躇い無く大地を蹴り、数メートル先の黒い巻き髪少女へと突進を……
キィィーーーーーーン!!
即座に、禍々しくも怪しく光る黒瑪瑙の双瞳!
「っ!」
その瞬間、俺の身体は固ま……
――らないっ!!
短剣を握った俺の突進は止まらない!
「……」
――”蛇神眼”だろ?悪いが通じないんだよっ!
蛇神眼……
それは蛇竜系の上級種族のみが所持するという固有スキルで、対象者と視線を交わす事により発動する超強力な”動作阻害系スキル”だ。
ズザザァァーー!
そんな蛇竜姫のスキル攻撃に全く怯むこと無く踏み込んだ俺は――
「っ!?」
驚きを表現すように見開いた黒瑪瑙の双瞳で一歩下がる少女のつま先に、俺のつま先が向き合う位置まで詰め寄っていた!
「あ、主様ぁぁっ!!凄いでガスッ!あの蛇竜姫様の邪眼をっ!!」
化狸が俺を称える声に俺の口端は上がる。
「くっ!このっ!」
精神を操られたツェツィーリエは、瀕死でその余裕も無い様に見える身体を無理矢理に動かして、咄嗟に目前の俺を白い手で払おうとしていた。
パシッ!
それを逆に払い除ける俺。
短剣を持たない左手で白く細い手を払い除け、そのまま少女の剥き出しの肩を捕らえて引き寄せるっ!
「悪いな、来ると解っていれば俺にその邪眼は通じないっ!」
「っ!」
左手でしっかり少女の肩を固定して、俺は往生際悪く暴れる少女を押さえ込む。
「は、はじめくん……すごい」
「主様っ!!見直したでガスよぉ!普段は間抜け丸出しでもアッシは決めるときは決める男だと思っていたでガスよっ!」
「……」
――だ、誰が間抜けだ!?後で覚えてろよ獣がっ!
マリアベルと化狸の賛美を背中に受けつつ、俺は得意げに口を開いた。
「これは俺の得意技!不良に絡まれそうな時、事前に察知して目を逸らしつつ、けど、視界の端に相手の足元だけを捉えるのを忘れずに……”こっちに来んじゃないかなぁ””もし来たらダッシュで逃げよう”的な?……行動に移せる技だっ!」
――そうだ!俺は咄嗟に少女の”足元だけ”見て行動したからスキルが効かなかった!!
「……」
「……」
だが、俺の言葉以降、途端に賛美の声と視線は違うものに変わっていた。
冷たく、可哀想な者を見るような哀れみの瞳に……
――あれ?……あの?
「し、しかたないよ……そういう卑屈な生き方もある……わ」
「そ、そうでガス!主様はなにも悪く無いでガ……う、うう……」
「ひ、卑屈っていうなっ!!てか、おい!化狸!なに泣いてんだよっ!!同情か?同情なのかっ!?」
――何故だ?これは俺が生まれた世界の人生経験で得た技だぞっ!!
「こ、これはな……危険を事前に回避しつつも、あからさまに逃げない事で、”俺、別にビビってないしぃ”という自尊心を確保できるという優れた技なんだぞ!な?な?」
「うん……そうだね、うん、すごいよ、はじめくん、よくがんばったね」
「主様、良いんでガスよ……主様みたいなのでも胸を張って生きて良いんでガス……」
「ってぇっ!!なんか、すっごく気を遣われてませんかぁぁ?おれっ!?」
シャキン!
「おっ!?」
――シュオンッ!
「わっ!?」
バシィィ!
余所見した俺に蛇竜姫の手刀が振り上げられ、咄嗟に反応した俺は、それを手で辛うじて首元近くで抑えていた。
「う……ぐぐっ!」
ギラリと……首元、その寸前で光る刃!?
ツェツィーリエの白く小さい指先に何時の間にか伸びた爪が、鋭利な刃物そのものになっていたのだ。
――うおっ!危ねぇ……てか、そんな余裕無かったんだった
左手で恐ろしい蛇竜姫の手刀を抑えつつ、
俺は右手の短剣を振り上げ――
「わるいな、ツェツィーリエ……ちょっと痛いぞ!」
「っ!?」
そう、事前に謝ってから……
ザシュゥーー!!
「ぎゃっ!……はっ……う……」
振り下ろされた刀剣破壊武器は、蛇竜姫の心臓近く……
例の呪いの剣”荊姫の剣”が突き刺さっていた辺りに突き立った!
――
「っ!……」
蛇竜姫が悲鳴を上げて、氷雪竜姫が思わず蒼い瞳を逸らす。
グイッ……グッ……ググ……
「がっ……はぁ……うぁ……」
悲鳴を押し殺す蛇竜姫の体内に、
「……」
俺は少しずつ……
グッ……ググ……
少しずつ、慎重に切っ先を白い肉の中に沈める。
ググ……
「あ……う……」
――カッ!
「…………っ!」
やがて切っ先はコツンと何か固い異物に到達する。
「これ……だ、欠片」
俺はその感触に少しだけ安堵し
そして――
「……」
「……あ……あぁ……」
右手の刀剣破壊武器で少女の胸を抉り、左手で蛇竜姫が爪を抑える。
片手を繋いだ密着状態の串刺し姫と視線を絡める。
「……」
「く……ぁ……ぁぁ」
長いクセのある黒い巻き髪と、お揃いの黒瑪瑙の瞳……
闇に染まる暗黒蛇竜の邪眼は……
「……」
そんな状況でさえ、俺には美しいと感じられた。
――
「いまから……蛇竜姫を不当な支配から解放する」
「……っ!」
苦痛で揺れる間近の邪眼は一回り大きく見開かれ、
「は、はじめくん……」
後方からはマリアベルの声が聞こえた。
「少しばかり手荒いが……なに、そんなに分の悪い賭けじゃ無い、安心しろ」
――そう、”斎木 創”が過去に経験してきた無謀な戦い方に比べたら……な
「む……りですわ……ムリ……にんげ……ん……こ、殺しな……さい……」
「……」
しかし、俺の台詞を遮る様に、息も絶え絶えの蛇竜姫の言葉が漏れる。
――瀕死の……死の間際に自我が少しだけ戻っているのか?
俺は勇ましい言葉とは裏腹に、弱々しいことこの上ない少女の瞳を捉えたまま首を横に振る。
「無理じゃ無いぞ、お前の身体の中に在る”第四主天使の拘束具”……その欠片である
”鉄鎖枷”を全身から全て取り除く!そうすれば……」
「っ!?」
ツェツィーリエはどうしてその事を知っている?という顔を見せるが……
「こう言うのな、何度か経験あるんだよ。はは……それこそ”蛇の道は蛇”ってか?」
「っ!……にん……げん」
俺の軽口にツェツィーリエ姫の顔色はサッと変わり……
そして、少しして直ぐに元の絶望に戻った。
「だ……めですわ……それでも……それでも、わ、私は耐えられ……ない……現在の私のか……らだ……では……」
苦しさで……
痛みで……
死へ向かう恐怖で……
――そして
そんな中、終始に置いて敵であったはずの男が憎いはずの蛇竜姫に向けた……
――向けられた優しさに……
遂に耐えきれなくなった少女は、黒瑪瑙の瞳からぽろぽろと滴を溢れさせていた。
「ム……リなの……わたく……し……は……うっ……うぅ」
「……」
クソッたれ勇者によって植え付けられた二つの呪縛。
”荊姫の剣”で心臓を潰し続ける、常時瀕死という外道の所行。
――強制”魔竜化”
衰弱しきって抵抗力が大幅に下がった身体に無惨に打ち込まれた”第四主天使の拘束具”の欠片。
――”精神支配”
欠片は、咽……両腕、両足の付け根……子宮に心臓……
無数に巣くう”鉄鎖枷”による、命尽きる際まで戦えという精神支配の名を借りた拷問だ。
「…………」
――ああ……ほんとに、クソッタレ!本当に胸くそが悪くなる……
「はぁはぁ……に、にん……げ……ん……はぁ……だから……はぁはぁ……ころし……て……私をころ……」
しかし俺は……
「にん……げ……?」
そんな蛇竜姫に微笑んでいた。
「大丈夫だ。一度だけ……一度だけで決着を着けるから」
「…………」
俺の言葉に、蛇竜姫は震える黒い瞳を初めて真正面から合わせてくる。
――さて、
ツェツィーリエの体内に埋め込まれた”鉄鎖枷”は十箇所以上……
その全てを破壊していけば瀕死の彼女はダメージで確実に死ぬだろう。
辛うじて竜人族の蛇竜の驚異的な回復力が死へと向かう重傷を上回っている現状、これ以上のダメージは死へと直結する。
とは言え、このままの状態で回復すれば精神支配された蛇竜姫は再び俺達を襲い、精も根も尽き果てて打つ手無しの俺達は全滅するだろう。
それ故の……蛇竜姫の”命乞い”ならぬ”殺し乞い”。
それは俺達を気遣うと言うよりも、誇り高き竜人族の王族である、蛇竜姫の最後の誇りともいえる決意なのだろうが……
「…………」
――させるかよ、死を舐めるんじゃない蛇竜姫!
俺はそういうのが一番嫌いだ!
そして許せない。
蛇竜姫の命が理不尽に奪われるのも。
それにより氷雪竜姫が悲しむのも。
竜姫たちをこんなに弄ぶ……
巫山戯た勇者という存在をっ!!
「……にん……げ……」
「少しだけ違和感で嫌な感覚を味わうだろうが……そこは我慢してくれ」
考えの纏まった俺は行動に移る。
――俺が使用できるのは、大魔法一回と小魔法一回……それとスキル一回
俺は心中でもう一度確認してから――
「かはっ!……にん……げ……」
息も絶え絶え、現在は妙に殊勝で柄にも無い我が儘姫に、
「はぁい、お嬢ちゃん、チクリとしますよぉ」
もう一度、微笑んだのだった。
「にんげ………………………さいき……は……じめ……」
間際に少女の消え入るような呟きを聞いたような気がしたが……
今はそれより!
「ゆくぞぉぉ!」
ガッ!
彼女の体内……
そこに沈む剣先に感じる”鉄鎖枷”に向け、更に短剣を押し込んだのだった。
第三十三話「斎木 創の考える上出来」前編 END