第三十二話「荊牢獄破壊(ジェイル・ブレイク)」後編(改訂版)
第三十二話「荊牢獄破壊」後編
「……」
――スキルはもう……あと一回だけ
しかし”それ”は最後の”一撃”専用で、今使うわけには行かない。
それを考慮せず、仮に今一度”閃光突き”でなんとか懐に入れたとしても……
”決め手”が無ければどうしようも無い。
残り……
スキル一回、大魔法一回、小魔法一回……
俺に無駄打ちする余裕など微塵も無い。
「……」
――つまり、俺にはもうこの距離を詰める方法が……無い
「グギァァァァーーーー!!」
「はじめくんっ!」
「主ぃぃ!」
為す術無く立ち尽くす俺に、勝ち誇ったような雄叫びを上げた凶悪極まりない暗黒蛇竜は、顎を大きく裂いて照準を合わせてくる。
言わずもがな、再び”竜の咆哮弾”の準備だ。
「で、この距離だと今度は回避も無理ってか?」
俺は自嘲的に口元を歪めてから、ズル剥けの痛々しい左手を前面に翳した。
「うっ……はじめ……くん」
「む、無理でガスよぉぉ奥様、もうそのお身体ではぁ……」
化狸は戦力外、蒼き竜の美姫は稼働限界。
そして死刑台の斎木 創は……
右手に握っていた”聖者の刻印刀”は派手に転がった時にどっかへ落とした。
そして――
傷だらけの……いや、抑もか弱い人間種ごとき片手を、今更この大怪物に向けたからといって何になる?
「うぅ……」
「もう終わりでガス……」
時間切れの蒼き竜の美少女が汗塗れでその場にへたり込み、化狸が諦めた声をあげていた。
「グルゥゥゥゥ……」
ゆっくりと、ゆっくりと……絶対的捕食者の本能だろうか?
まるで愉しむかの如き動作で裂けた赤き亀裂を俺に向ける蛇竜。
「…………」
片手であの最強攻撃を防ぐ?
――ないない!
有り得ない。人間如き片手、傷ついた、しかも素手の……
「…………絶対絶命」
「グゥゥゥ……」
赤く裂けた奥底から、徐々に煮えたぎる火焔球が迫り上がって……
――そう、絶体絶命……
「……なワケないだろぉがっ!!百子ぉぉ!!」
――っ!!
俺は叫んでいた。
死へ向かう断末魔では無く、それは生へ続く叫び声。
シュオォーーーーン!
突如発生した黒き霧が、死の破壊光線を発射寸前だった暗黒蛇竜の全身に纏わり付いて、そして……
――その巨体を本当の暗黒、闇の中に覆い隠すっ!!
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
一転、何事かと悲鳴を上げる蛇の大怪物。
「なっ!?はじめ……くん?」
「あ、あれはぁぁっ!!あ、あの”呪いっ娘”でガスかぁっ!?」
へたり込んだ美少女は顔を上げ、化狸は間抜けに声を上げていた。
――ご名答だ……バカ狸!
素手……
今更この大怪物相手に人間種ごとき片手を向けたからといって何になる?ってな……
大体なんで素手だったのか。
俺は元々二本の短剣を装備していた。
んで、戦いの途中で二本とも捨ててしまって……
再び手にした一本で奮戦したが呑み込まれるときに”それ”をまたも捨てた。
で、その後、”聖者の刻印刀”は復活時に神係的スカイダイブにて拾ったが……
「……」
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
――じゃあその前に捨てた一本……それはどんな短剣だ?
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
突如発生した黒き霧に全身を覆われ、叫び狂う暗黒蛇姫の姿!
――そう、それは呪いの集合体、魔導兵器”ツインテールの呪い娘”……
「俺が二刀流なの忘れたのかよ?……”刀剣破壊武器”持ってないのに気づけよ、お転婆蛇竜姫!」
俺は翳した左手を苦しむ蛇竜に向けたまま、
今度はその痛々しい左手を”してやったり”とばかりにグッと握りしめて、
そして、次手へと――
影のツインテール娘に指示を出す!
「散々待たせやがって、死ぬかと思ったじゃないかよ!……てか、準備は整ったんだろうなぁ百子っ!」
シュオォーーン!
シュオォーーン!
「グゥオォォォォォォォーーーー!!」
より濃くなった呪いの霧が蟒蛇を覆い……
「ガッテン承知の介ですよぉぉ、ますたぁ!トゲトゲの呪いはぁ……もう、ばたんきゅぅぅ!でぇぇっす」
巨大な蛇竜を覆う黒い霧から馴染みの脱力系ツインテール娘の声が響いてきた。
俺は近くに、半径数メートル位の距離に”刀剣破壊武器”が存在すれば、俺は自らの意志で呼び寄せる事が出来る。
それは俺の”刀剣破壊武器”が呪いの集合体である魔導兵器、かなりの特異ではあるが一種の人造生物である”後野 百子”と融合したからだ。
なのに後半戦の俺は、それをしなかった。
――俺が何故にあんな無茶なスカイダイビング擬きに挑んだか……
死の間際にあんな無理をしてまでも、俺のもう一つの短剣、”聖者の刻印刀”を……
戦闘中に落としたその短剣を拾うため、場所を選んで落ちるためだ。
簡単に引き寄せられる”刀剣破壊武器”を使用せずに困難なスカイダイブ擬きに挑んでまで”聖者の刻印刀”を選択した……
全ては――
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
苦しげな蛇竜の咆哮が闇中で響く。
――
「あ、あっ!……蛇竜の体があんなに小さく……」
一部始終を目の当たりにする少女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢の指摘通り、暗黒蛇竜の巨体はそれを覆った黒い霧ごと急速に萎んでいった。
「…………」
――そう全ては……
「”荊姫の剣”の呪いは解除された」
視界を遮る暗黒の霧の中で必死に藻掻いているだろう蛇竜を眺めながら、俺は断言する。
「え?え?……だって……」
「な、なんでガスとぉぉっ!?」
一人と一匹は離れた位置でへたり込んだまま、瞳を丸くして呟いた俺を見ていた。
「ギャッ……グルゥゥゥゥ…………グゥ……」
その間にもドンドン小さく矮小化する絶対捕食者。
――
「”荊姫の剣”の呪いは傷つけた相手の魔力と生命力を奪って荊の呪いで宿主を死に至らしめる呪殺魔道具だ」
「か、解呪は無理だって言ってたでガスよ!?主様もその呪いっ娘も……」
化狸が美少女の疑問を代弁する形で主人に問うてくる。
「だから、”荊姫の剣”は奪った魔力でその呪いのレベルを決定する。つまり竜人族の中でも王族で最高レベルの”蛇竜姫”が対象なら、その呪いレベルも尋常で無いだろう。文字通り手も足も出ないってワケだったが……」
「っ!も、もしや……」
察しの良いマリアベルは気づいたようだ。
俺はフフンと口端を上げて頷いた。
「じゃあ対象者がレベル1ならどうだ?」
「はじめくん……」
「おおぅ!」
お嬢様は驚愕に染まった蒼石青藍の二つの宝石を俺に向け、一匹はようやくそれに気づく。
「俺の”状態強制初期化”で初期化した蛇竜姫なら、レベル1の呪いなら……呪いの権化たる影娘、”大呪殺”改め”後野 百子”には解呪なんて朝飯前だ!」
「はぁぁい!ご飯前ですよぉぉっ!腹ぺこっ娘ですよぉぉ」
シュオォーーン!
そして、それと同時に俺の眼前に、緊張感の無い黒い影娘、ツインテールの少女が姿を現していた。
「え……と、ますたぁ、なんとかかんとか?解いてぇ結んでぇひぃらいてぇ?ガメてやったですよぉ、えへんっ!」
「……」
――”結んで開いて”の下りは解呪の段取りなんだろう……多分
ぴょこぴょこと左右に二本、結わえた髪を揺らし……
右手に特徴的な緑色の剣を携えて。
俺の前に現れた、目鼻の無い黒い影娘は口元の穴を”にへらぁ”とだらしなく弛めていた。
「それが……”荊姫の剣”か」
俺は娘の携えたその”緑色の剣”を受け取り、そして……
ガランッガランッ!
一瞥だけして後方へ放り投げた。
――
「……で、後はとんだ”じゃじゃ馬娘”のツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ嬢をどうするかだが?」
「……」
俺の視線の先、同様に蒼く輝く瞳を向けた美少女は緊張気味で神妙な顔つきだった。
俺と蒼き竜の美姫が視線の先……
前方には肩を落として頭を垂れた、数瞬前まで其所に君臨していた蛇王の暴君では無い証拠として二本足で佇む……
「う……うぅ…………」
全裸で瀕死の”か弱き乙女”が独り。
「おぉーーい、生きてるか?」
絶望的脅威の暗黒蛇竜とは程遠い“なり”になった裸身の少女に声をかける。
「……はぁはぁ……う……うぅ……はぁ……」
白い裸身の小ぶりな少女。
打ち拉がれてさえ、長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳が美しい少女。
”荊姫の剣”の無限継続瀕死状態による”死の魔竜化”から逃れられた暗黒の蛇姫は、それでも精神は支配されたまま。
「……たい……い……たい……くるし……ころ……殺し……て」
重傷を負った身体、苦痛に美しい貌を歪めながらも、勝利者に裁断を仰ぐ。
「ツ、ツェツィーリエ……」
理不尽な状況から脱した従妹に待ち受ける、漸く受け入れられる真っ当な死を前に、マリアベルは瞳を伏せた。
「…………」
――ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ
見た目は実年齢よりも若干幼く、十三、四歳にも見える小ぶりな少女だが胸の発育は頗る良い。
そんな”小柄巨乳美少女”な白い肌を惜しげも無く晒して立つ竜人族の高貴な美少女は、震える声で”命乞い”ならぬ”殺し乞う”。
「っ……ぅ……はぁはぁ……ぅぅ……おね……が……うっ……」
華奢な肩をしきりに上下させ、大地に下ろした怯えた小動物のように震える二本の素足で、満身創痍どころでない黒髪美少女は……
”荊姫の剣”から解放され、常時瀕死で”死に続ける”事の無くなった少女は……
故に魔竜化する事も無く、放っておくとこの瀕死でもやがて回復するだろう少女は……
「ころ……して……」
未だ精神支配され、檻の中の哀れな少女は……殺し乞う。
「…………」
解呪したと言っても、勿論未だにこのおチビ巨乳姫様は精神支配されているだろう。
魔竜化しなくとも、レベル1でも……
上位職業、”魔導戦士”の強者だ。
俺達を殲滅するように精神支配された蛇竜姫。
当然ながら生かしておく理由は一つも無い。
瀕死のこの機会を逃したら相手がたとえレベル1だろうとも、
疲弊し魔力もスキルも尽きた俺達に万に一つも勝機は無いだろう。
「はじめ……くん」
マリアベルは俺の行動を非難する事はない。
従妹の死は覚悟の上だ。
魔竜化した先程までと比べれば、寧ろ真っ当な死を迎えられる事による安堵さえ……
「……」
ギュッと握られた蒼き竜の美姫の白い指先……
――……な訳あるかっ!
「やるぞ、マリアベル!」
「……」
俺の言葉に蒼き少女は小さく頷いて、そのまま地面に視線を張り付かせた。
蒼き竜の少女は多分勘違いしている。
「”第四主天使の拘束具”……”鉄鎖枷”……最悪の勇者にあの”荊姫の剣”……ネタは割れてるんだ、我が儘性悪娘を助けてから散々に問い糾す!いいな!」
「……えっ?」
ハッと上げられるマリアベルの美しく整った顔。
俺の発した言葉の真の意味を伝えられ、蒼き竜の美少女は……
蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの瞳は俺を見て固まっていた。
「言っただろ?俺のためにそんな役を演じなくてもいいんだってマリアベル……俺に考えがあるんだよ、大丈夫だ、俺に任せろってな」
――俺は身の程知らずな大言壮語の責任をとらなくてはならない
「は……じめ……くん」
俺の言葉に……蒼き竜のお姫様、彼女の瞳はジワリと滲んで見る見るうちに……
「泣くなよお姫様、俺はマリアベルが望む希望を必ず掴み取って渡してやる!俺はもう絶望とかには飽き飽きしてるんだよ!」
――なにより
言いながら俺の拳は硬く硬く、震えるほどに握られていた。
――そうだ、マリアベル……お前だ
「だからやるぞマリアベル、俺達が目指すのは端から大団円だ!」
――お前は俺がこの世界で唯一救えた”一欠片”なのだから
第三十二話「荊牢獄破壊」後編 END