第三十一話「太陽神の槍(ルー・ルイン)」(改訂版)
第三十一話「太陽神の槍」
ドガシャァァーーーーッ!!
「くっ!」
俺は泥だらけになって転がり、巨大な尾の一撃を躱して直ぐに立ち上がる!
――ちっ!中々しぶとい……
戦闘再開をしてから既に数撃、
目前の暗黒蛇竜に”聖者の刻印刀”を食らわせてやってはいるが……致命傷には程遠い。
というか、逆に先程のような一撃を此方が食らえば俺は一発で瀕死だろう。
「なんか理不尽だよなぁ?」
俺は短剣を片手に、空いた手の方で顔に付着した泥を拭いながら呟く。
――そう、忘れてはならない。レベル1でも竜は最強種!
生まれつき強者の頂点に君臨する竜人族が本来の姿だ。
多少、戦い易くなったからといって圧倒的強者には変わりが無いのだ。
ドカッ!
ドカッ!
ドガァァーー!!
連続で薙ぎ払われる蛇竜の尾撃を後方へ跳んで躱しつつ、俺は右手に構えた短剣を見る。
「……」
俺愛用の短剣、”聖者の刻印刀”……
これは”武器ランク7”に分類される、魔法付与のされた希少な刀剣だ。
そして”短剣”という武器種は最高ランク7までしか存在しない。
つまりコレは掘り出し物、滅多にお目にかかれない高級品である。
市場に出品されれば、この”聖者の刻印刀”は三千万ゼクルは下らない代物なのだ。
――三千万だぞ、三千万……ポ○シェやフェラー○が買える額だっての!
年中無休で金欠の俺が命には代えられないとその昔十年ローンで買った品だ。
「……うぅ、取り返せてホント良かった」
その点に関しては竜人族の情報網に感謝だし、売り払った勇者にはファックだ!
――
とはいえ……
目前の最強種に対しては文字通り果物ナイフ程度のダメージしか与えられていない。
”聖者の刻印刀”……つまり退魔の力が込められた武器であっても、相手のレベルが最低で魔法障壁も防御も耐久力さえ初期化された状況でさえも……
”竜”が相手ではこの攻撃が限界と言うことだ。
――恐るべき!”魔竜化”した蛇竜姫
「ギシャァァァァッッッッーーーー!」
――っ!
とか考えている間にも、災害レベルの蛇竜は大気を震え上がらせるほどの咆哮を放つ。
ザシュゥーー!
「っ!?」
俺に鎌首を向け牙を剥いた蛇竜の頭を横から割り込んだ”蒼き稲妻”が一閃した!
――トンッ
飛び込んできた勢いでは考えられないほど軽やかに、羽のように片足を着地した竜のお嬢様は、輝く清流の蒼い髪を煌めかせ振り返る。
「余所見しないで……次が来るわよっ!」
槍の先部分、刃の根元に顎を開いた竜が装飾された”魔槍”を手に、マリアベル・バラーシュ=アラベスカは俺と共に従妹である蛇竜に対峙する。
「だな……とはいえ」
俺は直ぐに彼女に応えて短剣を構えるが、やはりそれでも……
本来の能力を取り戻した状態の”蒼き竜の美姫”、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの一撃でさえ、目前の蛇竜には致命傷にならない事実。
高レベルでもマリアベルは上位職業では無い。
そのうえ魔力もスキルも使い果たした状態ではそれが限界だ。
「…………封印を解除するわ」
「え?」
俺の表情から状況を察したのだろうか?
既にマリアベルは魔槍の穂先をそっと掲げ、そこに空いた左手の掌を翳していた。
「ちょっ!ちょっと待て……封印って?」
――俺は初耳だ
「忌まわしき力よ、呪われし人の浅知恵の結晶よ……至高なる者、”氷結の女王”が血族の名においてその災厄を解き放つ……」
そして俺の動揺もお構いなしで、蒼き竜の美姫は瞳を閉じて詠唱する。
――至高なる者”氷結の女王”?
――忌まわしき力?災厄?
「炎焔の災厄!焦土の凶槍!”太陽神の槍”!!」
シュォォォォーーーーン!
――っ!?
目の前で、彼女の直ぐ手の中で、
竜牙を連想させる装飾の穂先が激しく輝き、そして……
そして……
ブゥ……ブゥオォォォォーーーーーーンッ!!
「ぐっ……ぬぉっ!!」
槍先を中心に沸き起こる熱風の圧力!
その熱風に息もままならぬ俺は、その場で顔を両腕で覆う。
――とんでもない熱風!
――とんでもない炎塊!
ブシュルルゥゥゥゥッーーーー
夜空の闇を朱色に染める程の轟炎が一気に集約されて槍の穂先に収まってゆく……
「……」
そしてそれは炎の色を纏った刃……
マリアベルの魔槍は”火焔の魔槍”へと変貌を遂げていたのだ。
「数千年前に最北の大地アルダース公国の更に北、氷の王国を統べる氷結の竜女王、”静寂の竜妃”討伐のために人の手により創造されし”炎の魔槍”……」
マリアベルが説明を始める。
「千人以上の上級魔導師と百人以上の稀代の鍛冶師達によって鍛えられ、数十年の歳月を費やして製作された忌忌しき炎焔の災厄、焦土の凶槍……それがこの”太陽神の槍”よ」
――千人以上の上級魔導師?百人以上の稀代の鍛冶師?……挙げ句は”太陽神の槍”だって!?
「おま……それって既にランク9以上の……」
武器ランク9や最高の10……
それはもう伝説級、神話級と呼ばれ、勇者や魔王が所持する程の聖剣や魔剣を指す。
その中には……
あくまで噂レベルだが……
”神殺し”とさえ云われる”神器”まであると、まことしやかに語られる。
ズドォォォーーン!!
「グシャァァーーーーッ!」
「とか言ってる間に斬りつけてるしぃっ!?」
蒼き竜のお嬢様は結構な”せっかちさん”だった。
ズシュゥッ!
「ギャァァァーー!」
ドスゥゥーー!
「グギャァァァッ!!」
大蛇のうねる尾を斬り払い、襲い来る鎌首を突き刺して退ける!
”氷月に寵愛されし蒼き竜の美姫”が振るう”焦土の凶槍”は、正しく暗黒蛇竜にとっては”炎焔の災厄”そのものであった。
――す、すげぇ……てか、封印解いた”太陽神の槍”なら魔竜化した蛇竜姫に対抗できたんじゃ……
氷雪竜姫の圧倒的な戦いぶりにチラリとそんな事を考える俺だが……
――いや、それは流石に無いか……
と考え直す。
ズシュゥッ!
「ギャァァァーー!」
「……」
とはいえ、これほどの魔力が付与された槍と本来の力のマリアベルなら、レベル1の蛇竜ならば絶命させることが出来るかもしれない。
ドゴォォォーーーン!
予定外の苦戦に苦しむ蛇竜が大きく胴体をくねらせ、頭を大鎚の様に勢いよく大地に振り下ろす!
「っ!」
ズシャァァ!!
それを間一髪で躱して、離れた位置に着地するマリアベル。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…………」
――!?
――なんだ……あの大量の汗?
俺の目には信じられないほどの汗にまみれたマリアベルの姿。
如何に激しい動きを見せていたといえど、白い肌を滝のように流れる大量の汗と途切れることの無い息の出し入れで激しく上下する華奢な肩……
彼女のトレードマークとも言える輝く蒼い長髪が、しっとり濡れて頬や項にベッタリと張り付いていた。
――おかしい?……おかしすぎる……この彼女の極度の疲労は……
「マリアベ……」
「はじめくん聞いてっ!」
「……」
俺が声をかけるのと同時に、少し距離を取って敵と対峙した竜姫は叫ぶ。
「私がこの忌まわしい槍を使うには制限……というか、代償が必要なの」
息を切らしながら彼女は俺に伝える。
「だい……しょう?」
「ええ、それは……っ!?」
ドガシャァァーー!
そんな疲労困憊の敵を見過ごす気など毛ほども無い蛇は、尾を振り回し少女を襲う!
「くっ……ひとつ……この槍の封印は”在る方”と私しか解けない!」
ザッ!
――今だっ!
ガキィィィーーン!
彼女が後方へ飛び退いて空いた場所に、入れ替わりに俺は飛び込んで蛇竜の追い打ちを短剣で弾く。
「あ、在る方とマリアベルしか?」
そして、その場で一瞬だけ退いた竜の少女に問いかける。
トン……
蛇竜の攻撃を躱したばかりの少女は、再び跳んで俺の傍に降り立つ。
「はぁはぁはぁ……」
「……」
俺は問い返しては見たが……実は”在る方”の正体は、あの詠唱で大体推測できていた。
――”至高なる者、”氷結の女王”が血族の名においてその災厄を解き放つ”
マリアベルが唱えた封印解除の文言だ。
つまり……
――至高なる者、”氷結の女王”
これは言わずもがな、その槍の討伐対象だった。
北の果てにある氷の竜王国、氷雪竜の女王、氷結の女王その人だ。
そして……
――”氷結の女王”が血族……
その氷雪竜の女王が血族、同じ氷雪竜のマリアベル。
マリアベル・バラーシュ=アラベスカは、暗黒竜と氷雪竜の間に生まれし竜人族の姫。
なら、彼女の母は……氷結の女王だ。
「はぁはぁ……ふたつ……忌まわしき槍を封印したのは氷結の女王……不敬にもその身を……僅かとはいえ焼く事が出来る忌まわしき槍は……はぁはぁ……本来の力を以て、氷雪の一族に仇成す……」
――そうか!
氷結の女王討伐の為に創られた魔槍は氷属性の種族には天敵といえる存在!
なら、マリアベル・バラーシュ=アラベスカにとって”太陽神の槍”は自らの体力と生命力を削る諸刃の剣……いや、槍!
「マリアベルっ!お前その槍……使っちゃ駄目なんじゃ……!?」
苦しそうな少女を再確認し、俺は叫んでいた。
「…………みっつめ……はぁはぁ……それが答えなの……はぁ……この状態で……本来の私でも……はぁはぁ……数分間しか……だから……」
マリアベルは著しい疲労と苦しみで過呼吸になりながらも、俺を心配させまいと力なく笑い、そして決意を固めた瞳を向ける。
「……」
彼女の視線は眼前の暗黒蛇竜に……
それは恐らく一気に決着を着けるため、渾身の一撃を相手の急所に打ち込むため……
捨て身に近い特攻を覚悟した瞳だ。
「はぁはぁ……」
異常なほどの大量の汗……
彼女の白い肌は朱色に高揚し、全身を覆う水滴は、宛ら溶け行く氷像の様だった。
「……だから、はじめくん……もしもの時は……逃げて……」
「マリ……」
ダッ!
決意を込めた瞳!
彼女の蒼石青藍の双瞳!
蒼き髪と瞳の少女は俺の呼びかけを一瞬で置いてきぼりに、一陣の風となって前面に跳びこ――
バタンッ!
「きゃふっ!!」
――まずに……
地ベタに前のめりに倒れていた。
「…………」
「お前なぁ……俺に考えがあるって言っただろ?先走んなよ」
地面に俯せに、蛙のように潰れたお嬢様。
その原因は、俺が直前で彼女のスカートの裾を掴んだ為だ。
「…………」
「トドメは俺が刺す。お前はその間、牽制だけしてくれればいい」
そんな事を”しれっ”と無視して俺は続ける。
――ムクリ
「…………」
コケたとき、地面にしこたま鼻を打ちつけたのだろう……
赤くなった鼻を押さえながら身を起こし、恨めしそうに俺を見上げる少女。
「マリアベル、お前、牽制に動ける時間は残りどれくらいだ?」
「……」
俺は聞くが、蒼き竜の……鼻の頭が赤い美姫は、無言で俺を見上げたまま。
「聞いてるか?マリ……」
「…………コケたわ」
――?
俺はキョトンとする。
「だから……コケたのよ」
当然ながら俺も特等席で目にしていた事象を、態々と説明する少女。
「ああ、そうだな」
「……」
――なんなんだ?いったい……
少女は相変わらず鼻を押さえながら、今度はそっと立ち上がる。
「他に……なにか言うこと無いの?」
「チラリと見えた太ももが大変美味しそうでございました」
「っ!」
即座に少女の左腕が沈み……
――ア、アッパーカット!?
動物的本能で咄嗟に拳を仰け反り躱そうとする俺の顎に……
ガコォォッ!
「ぐはっ!」
下から上への”変形直拳”の拳が豪快にめり込んでいた。
――ス、スマッシュだ……と!?
俺は衝撃にフラついて被弾した顎を押さえながら二、三歩下がる。
「お、おま……なにすんだ!顎が……顎が……」
強烈だ!意識は保っているが、顎は痺れ、口内は自らが噛んで負った傷で血の味が充満している。
――マ、マジかよ……どこの世界に”ラドック”並の必殺拳を放つ美少女が……
「あご?顎がじゃないっ!!鼻よ!あなたは乙女の鼻をっ!」
「…………」
――うわぁぁ……
涙目で抗議してくる美少女は結構マジだった。
――てか、泣きたいのはこっちだって……
「うっ!」
と思ったが、俺は蒼き竜の美姫の……
いや、戦闘態勢で構える”一流拳闘士”の眼光に、俺は一言たりとも言い返せない。
「……」
「……」
「と、とにかく……いくぞ!牽制頼む……」
――ギロリ
「牽制……どうかお願いします、マリアベル様……ごめんなさい」
顎を押さえた俺は、多分泣いていた。
第三十一話「太陽神の槍」END