第三十話「”斎木 創(バカなおとこ)”の戦い方」後編(改訂版)
第三十話「”斎木 創”の戦い方」後編
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――
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――は……くん
――は……め……くんっ!
「……」
聞こえる。
――はじめくんっ!
確かに聞こえる……
「はじめくんっ!起きてっ!はじめくんっ!!」
深い闇そのものとなった俺に……最初に刺激をもたらしたのはその振動。
「ばかっ!貴方は不死身なんでしょ!?起きて!おきてよぉぉっばかぁぁっ!!」
「…………」
まだ精神の形を成さなかった闇に届いた振動は、音となって俺の感覚を呼び覚ます。
語りかける女の涙声とドンドンと結界の壁を叩く?……騒音。
人が死すとき、最後まで生きているのは聴覚だという。
「はじめっ!おきてよぉぉっ!」
そして……
――ムクリ
俺は泥の塊のような重荷を引き上げるように、上半身を起こしていた。
「…………最初に復帰するのも聴覚なんだろうか?」
俺は他の誰にも解るはずの無い、なんとも間抜けな疑問と共に辺りを見回していたのだった。
「はっはじめくんっ!!」
「……」
伏したまま、上半身のみ、オットセイのような体勢で辺りを見回した俺の視界に飛び込んできたのは蒼い髪、碧い瞳の美少女。
蒼く輝く光の束がサラサラと流れる……目の覚めるような蒼い髪。
薄氷のように白く透き通った肌と瑞々しい桜色の唇と……
ぽろりぽろりと真珠の珠の涙を白い頬に零し続ける蒼石青藍の美しい瞳の少女。
「…………」
――美少女だな……
――それも、滅茶苦茶美少女だ
俺は呆けた頭でそんな事を考えながら暫くその見目麗しき美姫に見蕩れていた……
「ばかっ!はじめ!上よっ!うえぇぇっ!」
「……」
――う……え?……
「ギシャァァァァッッッッーーーー!」
そこで俺はハッキリと意識が戻った。
頭上から降り注ぐ黒い巨塊!
それは残忍な牙を幾重にも生やした恐ろしき大蛇の裂けた顎!
「うっ!?うぉぉぉぉっ!!」
俺は若干パニックだ!
――生き返って直ぐにコレって!!おいおい……
「あ、主ぃぃっ!」
茶色い毛玉が炎となり、叫んで、走って、転んで……
――や、役にたたねぇぇっ!
バシュッ!!
――っ!?
俺の背後で何かが弾け、そして……
「はじめくんっ!いまっ!今行くからっ!」
蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢の声が先程までと違いクリアに聞こえた。
――ちっ!固有結界の弾けた音か!?
つまり、”俺と蛇竜”とマリアベルを隔てていた”魔術遮断の杭”の制限時間だ!
――ここまで来て……まだ成果を、状況を確認していない状況では”マリアベル”を巻き込むわけには行かないっ!
俺は未だ大地にへたり込んだ体勢のままで、背後に置いた右手の先……指先で探る。
地表を覚束ない動きで探る指先……その先に……
「っ!」
コツンとなにか固いものが当る。
――よしっ!エライ俺っ!あの状況でよく……
「グォォォォォーーーーーー!!」
唸る暗黒の蛇竜っ!
「だ、だめ……間に合わな……」
魔槍を携え走る美少女の声が絶望に染まる。
「ガァァァッ!」
既に俺の鼻先数センチにまで迫った大蛇の顎は、視界いっぱいに真っ赤な口内を広げて、上下の牙で俺を再び捉え……
――チッ!”おかわり”ってか?蛇竜姫の食いしん坊さんめ!
ガキィィィーーン!!
「は、はじめくぅぅーーんっ!!」
閉じられた地獄の扉……しかし……
ザシュゥーー!!
そのキッチリと閉じられ、イチミリの隙間の無い蛇の口元から大量の鮮血が吹き出して――
「グギャァァァッ!!」
ブゥゥンッ!ブウゥゥン!――――ズズゥゥーーンッ!!
悲鳴を上げた蛇は、狂ったように血の雨を降らせながら頭を激しく左右に振り、そしてその頭を地面に叩き付けて倒れた。
「なっ!…………なに?……なにが……」
俺を助けるために魔槍を手に駆け寄って来た竜の美姫はその場で呆然と立ち尽くす。
――刃が通る!
――易く攻撃が通用するぞっ!!
俺は……斎木 創の右手には”刀剣破壊武器”とは違う方の愛用の短剣。
先程の戦闘中に捨てた”聖者の刻印刀”を握って構え、ニヤリと笑っていた。
俺は見事に其所に狙いをつけて墜ち、咄嗟に地表を探る手の先で”落とした短剣”を見つける事に成功していたのだ。
――で、できるじゃないか、俺ってスカイダイビングの才能あるかもな!!
「は、はじめくん……これはいったい……」
そんな俺に、蒼き美姫の蒼石青藍の宝石が注がれる。
「スキル”状態強制初期化”……いくら竜でも、レベル1なら無敵という訳じゃないだろ?」
「っ!?……は……じめくん……あなたは……貴方ってひとは…………ほんと……ほんとに”バカ”……ね……ふ……ふふふ」
蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカはその碧い瞳を驚きで丸く見開いた後、そんな失礼な事を言ってクスクスと笑い出す。
「バカ?……病み上がりの人間になんて情けの無い言葉だよ、お姫様」
病み上がり、やみあがり……
俺の場合は”病”で無く、一回死んじゃってるから寧ろ”黄泉あがり”か?
俺は下らぬ事を考えながら、構えた短剣をそのままに少女に笑い返していた。
――っ!?
ズシャァァ!!
「グギャァァァッ!!」
思わぬダメージを受け、地ベタでのたうっていた蛇が再び鎌首を擡げ、俺達を見下ろしてくる。
「はじめくん!」
「主っ!」
俺は一人と一匹に無言で頷き、短剣を構え立ち上がった。
――俺の固有スキルその弐、”状態強制初期化!”
自身の血を触媒として相手をレベル1、習得スキル無しの初期状態に戻してしまう恐ろしいスキル<かっこ>但し相手の体内に自身の血を与えないと発動しません<かっこ閉じ>の能力だ。
スキルの発動条件は俺の血を対象の体内に注入すること!
相手に注入した血の量によって効果時間は変化するが……
俺の下半身もの量を平らげた蛇竜にどれ程の持続時間があるのかは不明だ。
一度死んで生き返った俺は怪我も無くなり、魔力以外の体調と体力は万全の状態!
相手は最強種とはいえ、レベル1に成り下がってスキルも無くステータスも最低な蛇竜。
「……」
「はじめくん……」
俺は改めて、近くで俺を見る少女に言った。
「この先も……俺に考えがある、任せてくれ」
「……う……ん」
蒼き竜の美姫は、俺のために散々に流した涙を拭い、静かに頷く。
「……」
そして俺は再び短剣を構え直し、腰を落として目前で俺達を憎々しげに見下ろす”|LEVEL1の暗黒蛇竜”と対峙したのだった。
第三十話「”斎木 創”の戦い方」後編 END