第二十九話「召しませ?”斎木 創”」後編(改訂版)
第二十九話「召しませ?”斎木 創”」後編
「ばかぁぁっ……はじめくんの……なんで……」
多分、外界では結界に遮られたその向こうで、
へたり込んで恨めしそうに俺を見る少女の姿があるだろう。
――”多分”と言うのは、なんせ俺は上半身が蛇の口の中で外の状況が……
「……」
――いや、今はそんなことより……この先だ!
「ガァァァッ!!」
「くぅっ!!」
呑み込まれるか否か!?
ギリギリの攻防を続ける俺と暗黒蛇竜!
――せ、せっかく命を賭けるんだ!ここは目一杯”格好良い”台詞をマリアベルに……
俺は懸命に抗いながらも、そう決意していた。
こんな状況で何故って?
それは、考えてもみてほしい……
見事”蛇竜姫”を退け、マリアベルを助ける事が出来れば……
全てが上手く運べば……
我が麗しの”蒼き竜の美姫”、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢は、俺に惚れるかもしれない!?
――いや、惚れるだろう?
――惚れるしかないっ!
「…………」
――ほ、惚れると良いなぁ……
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
「う、うぉっ?」
蛇竜の口内へと誘われながらも、俺はそんな邪な事を考える。
――つ、つまりアレだ……
マリアベルの為にも彼女が想う従妹、ツェツィーリエをどうにかしてやりたい……
その気持ちは勿論本当だが、それでもこんな超特大の危険を負うのに、多少の利己的なご褒美が無くては……ねぇ?
で、これで俺に惚れたマリアベルと俺はこの先、”あんな事”とか”こんな事”とか、成人指定が付くようなムフフ展開が待っているかも……なぁ?
「…………む……ふふふ」
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
「わっ!わわわ……」
この非常事態に、そんな不埒で不謹慎な妄想で頭の中を一杯にする斎木 創という男は、大蛇の口内に再びお尻の辺りまで呑み込まれ……
「ぬぉぉぉっどっせぇぇーーいっ!!」
またもや元の”上半身だけお食事”状態に持ち返していた。
「はぁはぁ……」
やはり俺は……余所見する余裕など無かったのだった。
「ぐっ……ぐぐぐ……」
――と、兎にも角にも俺は……もう、もたない……
――幾許も時間が無い!
唯の人間種……それも右手がポッキリ折れて左手片手に握る刀剣破壊武器だけを頼りに踏ん張る男と全種族中最強と名高い竜人族の中でも傍系とはいえ、王族の血を引く蛇竜姫の魔竜化した姿という圧倒的能力値の違いに、もう猶予は無い!
てか、ここまで持たせた俺って凄い!!
――だ、だからここは、未だかつて無いほどに格好良く……決めるしかない!
麗しの我が婚約者?を惚れさせた後に来るだろう、斎木 創の明るい未来の為にっ!!
――すぅぅ……
「ま、マリアベル!俺に任せろ!!俺は!俺という男は……”マリアベル”のためならば……」
「…………」
文字通り身体を張ってお姫様を護る主人公!
目一杯に決め顔を作った俺の超格好良い台詞に乙女の心は……
「…………」
乙女の純真な心は……
「…………」
全くの無反応だった。
「いや……だから、お前のためなら俺は!この命を……」
「…………」
「えーと……お前様の為ならですね、聞いてます?あの……」
――あ、主ぃぃ!聞こえてないでガスよぉぉ!主様は蛇の口の中で、外にはモゴモゴと、なにやらくぐもった雑音が漏れるだけで……
俺の頭の中に化狸からの心話が響いた。
心話……それは”使い魔”と”主人”である俺の間で使用できる契約の産物。
――まぁ、半径数メートルじゃなきゃ使えない糸電話みたいなものだけどな……
「って、そんな事じゃなくてっ!!なんですとぉーー!?」
確かに化狸の言う通り、俺は半ば蛇の口の中……
つまり、厚手の布団にグルグル巻き状態でモゴモゴと判別不能の籠もった声が外に漏れるだけだと言う事だろう。
「…………」
――って、割にあわねぇぇっ!!
死にかけて……命懸けで……
手に入れた”格好良い言葉機会”、それを聞いてる相手が……
唯一の相手が……
美少女ヒロインでなくて僕の小汚い化狸……
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
凶悪な蛇竜の顎が俺を頭上からパックリと挟んだまま、今度こそ一気に呑み干そうと圧し下がって来る!
「うっ!!ぐおぉぉっ!!」
――ギリギリ……ギギッ……
そして、それを何とか手持ちの”刀剣破壊武器”で受け、最後の一線で持ち堪える俺!
……の瞳には光るモノがあった。
「はじめくん!なんで?……策があるって!……死なないって言ってたのに!!ば……ばかぁぁーー!!」
――くっ、くそぉぉっ!!
そして上半身が完全に蛇の口の中にある俺は、真っ黒な視界の中で理不尽に悶える。
俺は、俺の声が届かない美少女の罵倒を浴びているのだろう……多分……
「…………」
――俺は……
「ガギャァァァーーーーーーッッ!!」
仕上げとばかりに大口を締め上げ、豪快に呑み込みにかかる巨大な蛇竜。
――俺は……
大蛇の裂けた口が俺の全身をまさに呑み干そうとするその瞬間……
「ぬぅ、おぉぉぉぉぉっっ!!」
蛇の口中で――
最後の渾身の力で鋭利な竜牙を押し返して!
「グッ!ギャァッ!?」
――斎木 創を舐めんじゃねぇよぉぉっ!!
ガギャァン!
一瞬、ほんの一瞬だけ、尋常ならざる”漢”の叫びに開く竜の顎!!
「フッ!ふははーー!!」
そのまま”刀剣破壊武器”から手を離し――
ガシャン!
地面に滑り落ちる我が愛剣。
――そして……
そして、その空いた左手で内側から大蛇の顎の側面を掴んでから――
ガポォォッ!
――っ!?
案の定、俺の背後で……
数メートルの距離で、へたり込んでいた蒼き竜の美少女の姿。
涙に濡らせた美しき”蒼石青藍”の瞳を、まん丸く驚きに見開いた彼女は……
――ふっ予想通りの光景
――そして予定通り……
「あ、主ぃ!?」
「は、はじ……め……くん?」
――ふふふ……そうだ、”マリアベルのはじめくん”だ!
大蛇に絶賛!呑み込まれ中だったの俺は……
最後の力を振り絞り、奇跡を起こした俺の上半身は……
――そう……予定通り……
暗黒蛇竜の顎が一瞬緩んだ瞬間の好きを見逃さず、その刹那に目一杯横に上半身を傾けて強引にスライドさせ、蛇の口元、口の端から……
「フフフ……俺はやるときにはやる男」
勝ち誇った俺の顔。
そう、暗黒蛇竜の口の端から無理矢理に外界へと頭を出していたのだっ!!
「…………」
「…………」
呆気にとられる美少女と下僕。
腰の辺りまで相変わらず噛まれたままで、
ラジオ体操にある身体を横に傾ける体操みたいな格好で、
強引に蛇の口元から零れ出た俺の上半身は……
「……」
まるで大食い大会の出場者が無理矢理詰め込んだラーメンの”縮れ麺”を、口内で処理できずに口端から”にょろり”と零れ出させた姿に酷似していた。
「あ、主……そこまでして……そんな面白おかしい格好に身をやつそうとも、奥様に良いところを見せようと……」
「はじめ……くん?」
化狸は目頭を押さえながら言葉を詰まらせ、美少女は驚きの表情で俺を見ていた。
――ふん、些細なことだ
例え一時、俺が零れ出たラーメンの縮れ麺状態になっていたとしても……
――これから俺がこの美少女をメロメロにする決め台詞の前にはこの程度の屈辱的ポーズなど些細なことなのだよっ!!
「マリアベル……よく聞け!俺はこれから命を賭けてお前の……」
「はじめくん……」
距離を挟んで見つめ合う二人……
へたり込んだ美少女と、大蛇の口元から奇妙な体勢で零れる”縮れ麺男”。
「……」
「……」
たとえどんな状況でも、二人の熱い視線は絡み合い……
「俺はお前の……」
「はじめ……」
「お前の……の……の?……ノォォォッ!!」
「っ!?」
グギャ!バキャ!バキバキバキバキィィッッ!!
俺の肩口からパックリと挟み込んでいた蛇竜の上下顎に勢いよく、豪快に噛み砕かれる”縮れ麺”……いや俺っ!!
そりゃそうだ。
蛇竜の牙を辛うじて凌いでいた”刀剣破壊武器”を放しちゃぁ……そうなるよね?
「がひゃ!うぎゃっ!ってちょっと……俺は!ぐひゃ!俺はねぇぇ?がはぁぁっ!」
グギャ!バキャ!バキバキバキバキィィッ!……ムシャムシャ……
「……はじ……くんっ!?」
肩の骨、背骨……
その他大小幾つもの骨格が粉砕され、肉が裂け……
「グギァァァァァァッッーーーーーーーー!!」
それが激痛となって全身を駆け巡る中、俺はそのまま半分に千切れそうな身体ごと勝ち誇ったかのように高々と鎌首を擡げる蛇竜の頭と一緒に……
「うっ…………ひゃぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
――
―
見る間に地上数メートルにへと上がっていったのだった。
「ちょっ!!ちょっとだけ……もうちょっとだけ、お慈悲をぉぉっ!あの女が……マリアベルが俺にメロメロに……」
グギャ!バキャ!バキバキバキバキィィッッ!!
「がはぁぁっ!」
――
この身を襲う激痛より、喰われる恐怖より、
俺は、俺は……
「ベ、ベルちゃぁぁーーーーーん!!惚れた?……惚れ……ぎゃはぁっ!!」
命懸けの俺の算段……
後に待っているであろう”ムフフ展開”の種を巻き損ねた事に涙しながら……
グギャ!バキバキィィッッ!!
「うがはぁぁっ!!」
吐血と流血……そして、血の涙を流して……
俺は……上空へと消えたのだった。
「あぁ無情……でガス……アッシはある意味”斎木 創”を尊敬するでガスよ……」
そして地上には意味不明の熱い涙を流す一匹の”火狢”と……
「ばかばか、バカはじめぇぇっーーーー!」
持って行きようのない馬鹿馬鹿しい怒りを持て余す美少女の姿があった。
第二十九話「召しませ?”斎木 創”」後編 END