第二十九話「召しませ?”斎木 創”」前編(改訂版)
第二十九話「召しませ?”斎木 創”」前編
――了解しましたでガスが……本気でガスか?
多分呆れ顔であろう、心話で僕に返事した俺は、
その後に、スキル”氷棺宮”の解除準備をしていたマリアベルに合図した。
「やってくれ」
「う……ん」
未だ不承不承の瞳だが、それでもマリアベルはスッと両手をあげた。
「……」
――ここからだ……タイミングを間違えるな俺
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
出現した時と真逆だ。
分厚い氷の壁がフィルムを逆回ししたかのように地表に沈んで消えてゆく。
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
すっかり消え去った”氷壁”があった場所では、暗黒の猛り狂う蛇眼光と巨大で凶悪な蛇の顎が、その先の獲物を求めて奈落の入り口を開けていた!
「っ!」
ビリビリと……
周辺の大気が恐怖に振動する。
俺は”治癒呪文”で一応の応急処置をしたものの、折れたままの右腕をダラリと下げ、刀剣破壊武器を無事な左手で握って、其れに対峙しながらも未だ行動を開始しない相棒に意識を向けた!
「マリアベルっ!」
「……」
「早くしろっ!」
「……うっ」
――バシュッ!
せっつく俺の言葉に、躊躇していた少女だが……
一呼吸後れで、”氷雪竜のスキルとやら、”飛龍歩”?を使って其所から一瞬で離脱した。
――おぉ、中々に速いな……
蒼い髪が僅かに揺れたかと思うとそのまま同色の残像を残し、蒼き髪の美少女は既に百メートルほども先に到達していたのだ。
「化狸っ!」
そしてそれを見届けた俺は、予てからの目論見通りに、今度は物理的に視界に捉えた使い魔相手に命令を出す。
「し、知らないでガスよ……色々と……」
ザッ
……ドス!
ザッ
……ドス!
ザッ
……
ブツブツと文句を垂れながらも、化狸は俺の背後で小刻みに移動しては一定距離間隔に”鉄芯”の杭を打ち込んでいった。
「グウォォォォーーーー!!」
「っ!」
勿論、目前の蛇竜様はそんなこっちの事情など汲んでくれる訳もなく……
ゴゴーーー!!
俺の頭上で大きく開いた顎はそのままに、地上で”刀剣破壊武器”を構える俺へと向けて獰猛に裂けた口を降り注がせて来る!
「ギシャァァァァッッッッーーーー!」
頭部だけでも俺の全身より大きい大蛇の口が血を連想させる内部の赤を俺の視界一面に見せつける様にパックリと開き、そのまま勢いよく俺の居た場所に落下……
ズドドォォォォン!!
それは俺の両足が掴む大地の前後、地表の土塊ごと上から俺を挟み込む形で呑み込んだ!
――ガキィィーーン!!
「させるかよっ!」
全身の前後から、大蛇の上顎と下顎に押し潰されながらも……
蛇の口内で左手に握った”刀剣破壊武器”を用いて最後の一線をなんとか死守する!!
”蛇竜姫”の鋭く巨大な牙を内部から押さえて、完全に呑み込まれないように必死に抵抗する!!
「グゥオォォォォーーーーッッ!!」
「ぬうぅぅ……!」
――ギッ……ギギッ……
火事場の馬鹿力……とでもいうのか?
俺はそのまま、只の片手で蛇竜の脅威を上に押し返し続け……
――ギギ……ギッ……
「くっ……おぉぉっ!!」
一見、俺の上半身はパックリと蛇竜の口内……
だが、実際下半身は大地を踏みしめた状態でなんとか凌いでいる俺。
「はっ、はじめくんっ!!」
これは誰がどう見ても窮地!瀕死!
”巨大綴込器”に頭から挟まれ状態の間抜けな俺は、見た目ほど愉快な状況じゃ無い!
「グゥルルルゥゥゥ……!!」
そしてその”巨大綴込器”もとい、蛇竜姫様はお食事開始の頂きまーす状態!?
そんな”ご馳走な俺”を遠目から確認してだろうな、
マリアベルは悲鳴をあげたっぽい……
「……」
因みに”ぽい”っていう不確かな表現の理由は……
俺の腹部辺りから上は蛇の口の中な訳で真っ暗闇、周りの状況が俺には一切解らないからだ。
――ギギ……ギッ……
「くっ……おぉぉっ!!」
とはいえ、大きな音は僅かに届くし、ある程度想像は出来る。
俺は巨大な蟒蛇と喰われるか、喰われないか……
というギリギリの攻防の中でそんな事を考えていた。
「ぬっ、ぐぅ……おおぉっ!」
”刀剣破壊武器”で暗闇の中の竜牙を真上に押し返しつつ……
過大な負荷に左腕の二の腕がプルプルと痙攣する限界を感じながらも、俺は別の心配事に気が気でない。
――あのお嬢様……折角、一先ずの安全圏に避難できても俺の救出に舞い戻ろうとしてやがるだろうなぁ
そう、マリアベルはそういう娘だ。
「グゥルルルゥゥゥ……!!」
――っ!?
「ちっ!……このっ、このぉぉっ!」
――ギギッ……ギッ……
相も変わらず大蛇と格闘中の俺だったが、それでも僅かに押し返して……
そして直ぐ後ろに居るだろう二本足の獣に叫んだ。
「このっ!”ノロマだぬきっ!”早く済ましやがれっ!」
ザッ……
ドス!
直後!背後で今の今まで繰り返されていた”鉄芯”を地面に突き刺す音が途切れた……
「ノ、ノロマだぬきは酷いでガスよぉっ……今、”十三番本目”を刺し終えましたでガスゥゥ!!」
――ブゥゥーーン!
使えない”使い魔”の涙声と同時に、俺の背後から”何か”を遮断する起動音が響いていた。
バチィィッ!!
「きゃっ!?なっ!?なによっ……これ……はじめくんっ!はじめくぅぅーんっ!?」
間一髪!
直後に”それ”に阻まれる人物が若干一名。
――当たりだ
俺の予測通り、命知らずなお嬢様は……
態々と手遅れ男を救いに、舞い戻った。
そして間一髪……”それ”に当たって後方へ吹き飛んだぽい。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「な、なによっ!これ!?」
マリアベルはお姫様にはあるまじきお行儀の悪さで”それ”を両手でドンドンと叩いているようだが、残念ながら”それ”は全然そんな程度じゃビクともしない。
――”それ”
つまりは……
俺と彼女の間を隔てるのは”目に見えない壁”だ。
在る一定の領域のあらゆる活動を完全停止させることにより、それ以外の世界との差違を引き起こして遮断隔離する謂わば空間の断層……超強力な固有結界!
俺と彼女の間に突き立った十三本ある鉄芯による固有結界は、”魔術遮断の杭”のアレンジバージョンだ!
「バカッ!はじめっ!勝手男っ!痴漢!エロ魔人!死ねば良いの……し、死んじゃ……だめ……だけど……うう……ばかぁぁっ!」
「……」
――多分エライ言われようなんだろうが……
――それもこれもマリアベルを巻き込まないため
”魔術遮断の杭”による結界は超強力だが、事前準備が入念に必要な事と持続時間が短いのが玉に瑕で……今回は持っても数分だろう。
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
「っ!?……ぐっ!うぉぉ……」
そうだ……
本来俺は余所見する余裕など無いのだった。
暗黒蛇竜という桁外れ最上位の敵に喰われ中……
凶悪な上下の顎に挟まれた俺は、自力の差で徐々にズルズルと呑み込まれ……
既に上半身だけで無く、立ったままの状態でお尻の辺りまで呑み込まれていた。
「ぐぅぅっ!どっせぇぇーーいっ!!」
「ギシャァァァァッッッッーーーー!?」
――いや……まだなんとか……
俺は何度目かの火事場の馬鹿力で、元の”上半身だけお食事中”状態に持ち返していた!
第二十九話「召しませ?”斎木 創”」前編 END