第二十七話「竜と呪いと証明する男」前編(改訂版)
第二十七話「竜と呪いと証明する男」前編
全身を黒光りする鋼の鱗で纏い、禍々しい黒瑪瑙の邪眼を絶望の炎で焼く、暗黒き蛇竜は巨大な鎌首を擡げて俺を見下ろしていた。
「グゥルゥゥゥ……」
不気味に咽の奥を鳴らせ地獄へと誘う凶悪な顎をゆっくりと裂いてゆく……
「…………」
俺はそんな状況の中でも微動だにせずに蛇の顎を見上げ、上方へそっと差し出した右手人差し指の腹を上向きに”クイックイッ”と動かして挑発する。
「シャァァァァーー!!」
「そう凄むなよツェツィーリエ、ちゃんとお兄様が”お付き合い”してやるか……」
「ギシャァァァァッッッッーーーー!!」
――っ!!
俺の台詞が終わらぬ間に……
蛇竜姫の巨大な顎がクワァァッ!と裂け、地面に突っ立った俺の頭上に落ちて来る!
「は、はじめくんっ!!」
少し離れた後方からマリアベルの悲鳴に近い声が耳に届くが、俺は慌てる事無く、差し出していた指を中指と親指に変更して、それを擦り合わせてパチンッ!と弾いた。
「来い”化狸”!盟約に従い俺を護れ!」
ブオォォォッーー!
大きく裂けた顎を以て、俺を一息に呑み込もうと迫っていた蛇竜の眼前に突如発生した炎の塊!
それは黒き大蛇の鼻先を焦がす!
「グギャァァァーーーー!!」
俺に迫っていた”死”は大きく仰け反って元居た高度に舞い戻り、
――ズドォォーーン!
――ドドーーン!!
続いて……
周りを幾重にも取り巻いていた巨大な直径の胴体が激しくうねって大地を騒々しく叩いていた。
「主様!今のうちに逃げるでガスよ!」
俺の目の前に出現した炎の塊は徐々に形を成して、現在は完全な獣の姿となってそう告げてくる。
――逃げる?……ああ、確かに今の攻撃程度では蛇竜にダメージは無いだろう
俺の使い魔最大の攻撃、”炎打流魔”が不意打ちで顔面に直撃した訳だが……
抑も、最強種の中でも王の血を受け継ぐ”蛇竜姫”と、ただの野良怪物、”火狢”では格が違いすぎる。
種族差を抜きにして単純にレベル換算したとしても百近くの開きがあるだろうし、先ほどの攻撃も精々目眩ましがよいところだ。
「あ、主っ!早くするでガス!早く!」
「馬鹿狸、相手が例え竜だろうとな、戦い様は色々とあるんだよっ!見てろ、俺が今からそれを証明してやるっ!」
焦りまくって情けなく叫ぶ哀れな”化狸”に、俺はニッと不敵に笑ってみせていた。
「お、おぉーー!いつになくカッコイイ!カッコ良いでガスよぉぉ!主ぃぃ!」
「ガァァァァッッ!!」
「ふふん!」
ビリビリと空気を振動させる雄叫びで凄む相手、再び舞い降りてくる蟒蛇の頭を睨みつけた俺は、然も主人公らしく余裕で微笑っていたのだ!
――ドラゴン程の装甲……鱗には並大抵の武器は通らない!
――ドラゴン程の魔法障壁と抵抗には大概の攻撃魔法は通用しない!
だが……
「何者にもな、得手不得手があって弱点は必ず存在するんだよっ!」
――何故ドラゴンと対峙したことが無い俺が言い切れるってか?
それは……
それはな……
――それは”ゲームバランス”が悪くなるからだっ!!
「……」
いや……とにかくそういう訳で、ドラゴンに有効な攻撃手段の一例はだな……
――高度な”呪い”の付加された刀剣による攻撃!
例えば”竜殺しの黄金剣””竜頭砕き”などなど英雄譚に登場する神器。
大体の場合それは、超強力な竜殺しの呪いが付加された、武器ランク”9”や最高である”10”の”伝説級””神話級”と呼ばれる代物で、勇者や魔王が所持する程の聖剣や魔剣を指すのだが……
こと呪術的な凶悪さを内包する武器となれば、俺の”刀剣破壊武器”はそれらに匹敵するだろう。
短剣の中でも不人気武器といえる”刀剣破壊武器”だが、俺のは事情があって特別製……
普段はランク”5”の短剣でも、相手が魔王や勇者という”反則級”な相手となるとそれは大いなる力を発揮する!
「ガァァァァッッ!!」
――てなワケでっ!!
俺が心中で講釈をたれている間にも、ビリビリと空気を振動させる雄叫びを上げて再び迫り来る邪悪な顎!!
「カッコいい!カッコ良いでガスよぉぉ!主ぃぃ!」
「は、はじめくんっ!もしかして、貴方!?」
興奮した声を上げる化狸と、遙か背後でキラキラと瞳を煌めかせる美少女の期待を背に、
「ふふふ……」
俺は余裕の笑みを携えながら背に背負った刀剣破壊武器に手を……
スカッ!
「んっ?」
背負った刀剣破壊武器の柄に手を……
スカッスカッ……
「えと……」
何故か虚空を”ニギニギ”する俺?
「…………………………ぁ」
――お、思い出した……俺……
「グギャァァァーーーーーー!!」
――”短剣”をさっき二本とも落としちゃったよねぇぇっーーーー!!
そうだ!余裕ぶっこいて……
――”なんだかなぁ……だいたい解っちまうんだよなぁ……おれ”
的な台詞でキメたつもりの馬鹿がっ!
「グアァァァァッッーー!」
巨大が顎が大きく開き、直ぐ目前に迫っていた……
――ごめんなさい!自分に酔ってた大馬鹿者は””斎木 創”ですぅぅーーーーっっ!!
「ヘビっ!ヘビこわいぃぃっーー!!」
迫る蛇竜の大口を前に俺は、ヘロヘロと腰砕けになっていた。
「あ、主……だ、ダサすぎでガスゥゥーー!!」
「バカ!バカバカバカ……バカはじめぇぇ!!」
愚か者を罵倒する身内の叫び声を聞きながら俺は……
「グアァァァァッッーー!」
「ひぃぃっっ!!」
目前の地獄へ、大蛇の口の中、暗闇へと呑まれて……
バシュゥゥゥゥッッ!!
バシュゥゥゥゥッッ!!
――なっ!?なんだ!
大きく裂けた大蛇の口内、闇へと誘われそうだった俺の周りに寸前で別の闇が発生し、それは幾重にも重なって俺に纏わり付いて数倍の大きさに保護膜を構築する!
ガシィィィィッ!!
――っ!!
そして……
結果、俺の代わりに幾つもの闇が蛇竜に呑み込まれて消えていった。
「…………え……と?」
愕然とする俺から霧散した闇は、
シュオォォーーン!
今度は俺の前に人型に成って現れる。
「ますたぁ、だいじょうぶでやがりマスかぁ?」
――黒い影の少女
「おぉ!ますたぁ、死んでぇ?生きてぇ?むむぅ……どっちでもよいですかぁ?」
――人を模した黒い影
頭の左右にぴょこぴょこと動く二本のツインテールを生やした、相変わらず素っ頓狂な少女の影が立っていた。
「いや……そこは生きている方で頼む」
俺は応えるとヨロヨロと立ち上がる。
――取りあえず、呪い娘、“後野 百子”のお陰で命拾いを……
「グオォォーーーー!!」
――!?
またしても俺は敵の雄叫びで緊急事態が去っていないことを再確認する!!
巨大な暗黒の蛇の鎌首から直ぐ下へ頭数個分……
「グルルルルゥゥ」
その部分の皮膚?いや鱗の直径が倍ほどに膨らんだかと思うと……
バシュッ!!
バシュッ!!
バシュッ!!
バシュッ!!
それは大きく派手に弾けたっ!
「なっ!?」
いや……弾けたのはその部分を覆っていた黒い鱗だっ!
蛇竜の鋼鉄の鱗がまるで鳳仙花の実の様に弾けて、
それは礫となって後方の少女の元に降り注ぐ! !
ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!
ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!
「マ、マリアベルっ!」
眼前の俺達で無く、少し離れた位置に佇む少女を狙った?攻撃!!
「くっ!うっ……きゃっ!」
蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカに向けて降り注いだ黒い鱗の散弾は、数十弾もあるうえに一つ一つが人の頭ほどもある凶器だ!
「ちょっ!このっ!」
右へ左へ、それを忙しく動いて躱し、なんとかやり過ごす少女の周りには……
ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!……
落下したばかりの”黒鱗”が墓標の様に突き刺さっていった。
――ヴゥ……ヴゥゥ……
――ヴゥゥゥガガ……
「な、なんだ?あの鱗、震えて……」
大地に突き立った”黒鱗”の表面は、まるで生物の皮膚の様に脈動し、
ボゥッ!ボゥッ!ボゥッ!ボゥッ!……
やがて大きく膨張したかと思うとそこから更に形を変え……
「お、おいおい……何がどうなって……おっ!おおっ!!」
地面に突き立った黒鱗の礫全てが、次々と異形へと変態を遂げていた!!
「ギシャァァッッーー!!」
「ギシャァァッッーー!!」
「ギシャァァッッーー!!」
「ギシャァァッッーー!!」
――それは下半身が蛇で上半身が人間の女性に酷似した生物……
大きさは人の倍程もあり、瞳には光が全くと言って良いほど無い。
――恐ろしい怪物だ
「くっ!あれは”蛇女”か!?それも……」
現れた大量の”蛇女”は、先ほどマリアベルが一蹴したもの達とは多少毛色が違う。
全身を覆う黒い鱗、鋭く巨大な鉤爪を擁した四本の腕……
――あれは……暗黒の蛇竜から生まれた”闇の蛇女”だ!
蛇女の上位種に該当する、前者と比べものにならない強力な個体だ。
「ギシャァァッッーー!!」
「ギシャァァッッーー!!」
「ギシャァァッッーー!!」
「ギシャァァッッーー!!」
「くっ!このっ!」
蒔かれた種が実りの季節を迎えて実を結んだ様に……
大豊作となってマリアベルの周りに出現した闇の蛇女の群集。
――これでは……
如何に月の恩恵を得た”蒼き竜の美姫”といえども、この状況で俺に援護射撃を期待するのは難しいだろう。
「グゥオォォォォォォォーーーーーー!!」
「あ、主様っ!!来るでガスよぉぉ!!」
だが、余所見をしている暇は無い!
”暗黒蛇竜”は常に眼前の斎木 創を喰らおうと粋がっているのだっ!
「ちぃぃっ!戦力差が明らかでも容赦無しかよっ!」
第二十七話「竜と呪いと証明する男」前編 END