第二十六話「荊姫(いばらひめ)の涙」後編(改訂版)
第二十六話「荊姫の涙」後編
「ぎゃぁぁっ!いやぁぁっ!ゆる……ゆるして!いたい!いたい!いたいぃぃっ!」
暗い地下の一室で……
冷たい外気に剥き出しの白い胸を晒して……
グググッ!!
「ははっ!どうだ?”荊姫の剣”を心臓に受けた感想は?」
黒髪の勇者は楽しそうに……本当に愉しそうに嗤って、少女の”心臓”に剣をねじ込んでいた。
「リ、リーダー、これは……」
先ほどまで欲望に塗れていた大男の視線は少女のあられもない姿から離れ、今は黒髪の勇者を驚いた表情で見ていた。
「ばぁか!これは”検証”だって言っただろ?蛇竜姫の心臓にこの呪いの剣、”荊姫の剣”をブッ刺して、暫くはずっと”生き死に”を味わわせ続けるんだよ!」
「生き……死に?」
グリグリ……
「がっ……はぁ!……くぅぅっ!……やめ……て……もぅ……」
そして、変わらず緑の刀身をねじ込みながら、黒髪の勇者は激痛に歪むツェツィーリエの黒瑪瑙を愉しそうに覗き込んだ。
「”荊姫の剣”の呪いはな、突き刺さった対象の生命力を奪うことにより”棘の蔓”を発生させ、それが絡み付いて締め上げる……つまり相手が生命力を完全に失うまで、死ぬまで痛め続ける訳だが、それが表面の傷口じゃなくて直接心臓ならどうだ?」
薄らと笑みを浮かべ、まるで未知を識る事に瞳を煌めかせる童子の様な反応を示す黒髪の勇者に、先程質問した大男、オルテガは背筋がゾッとする。
「竜人族様は”人間如き”と違って、とぉんでもなく生命力が強いって自慢してたなぁ?」
黒髪の勇者……自らを”原罪の勇者”レオス・ハルバと名乗った男は、いやらしい笑みを浮かべながら、血反吐を吐いて苦しむツェツィーリエの顔を覗き込んで嗤う。
「だぁーかぁーらぁっ!」
バッ!
レオスは態と空いた方の腕を乱暴に振り上げ――
「ひっ!」
「ぷっ!くっ……くっ、はははっ!」
ビクリと、掲げられた拳に過剰に反応して怯えるツェツィーリエをまた嘲笑う。
――そして
「ぁ……や……やめ……う……」
振り上げた拳を解いてゆっくりと降ろし、その手で少女の血に塗れた頬、鼻……そして唇へと指を這わせて行き、やがてそれを白い首筋に到達させる。
「ぁ……ぁぁ……」
華奢な白い首を正面から握られ、ツェツィーリエの顔が引き攣った。
「みーろよっ!オルテガぁ、この程度はす・ぐ・にぃ、回復するんだぜ!竜人族様ってやつはぁ……はははっ」
グリリッ!
「ぎゃぅ!カハッ……ゴホッ…ゴホッ……」
そして、ツェツィーリエの意識を首に集中させておいて、今度は何の前触れも無く、胸に突き立った剣を再び乱暴に捻り込む!
表面上は七割方回復していたかに見える少女の白い肌は一気に蒼白になり、磔にされた裸身はビクリッ!ビクリッ!と痙攣を繰り返していた。
「回復途中でなぁ……ははっ、半端に回復したら供給される生命力も増して、また呪いが発動する……なまじ半端な不死身スキル持ってるだけに、ずうぅぅと瀕死!ずぅぅっと地獄の苦痛の中で生き死にを!……いや、”死に生き”を続けるんだよ!はははっ!」
「ごほっ……ごふぅっ……はぁ……はぁ……ぐふぅっ!」
男が言うように、少し治まりをみせていた吐血が再開し、胸の傷口からはゴポポと血の泡があふれ出す。
「ゆる……ゆるし……がはっ……たすけ……ぐはっ……」
最早、ツェツィーリエからは貴族の傲慢さも、竜人族の誇りも消え失せていた。
ただ泣いて……自身をこんな目に、こんな辱めを与えた相手に、泣いて縋って命乞いをするだけ……
「……」
ジャラリ……
ツェツィーリエから一度離れた勇者は、いつの間にか手中に不気味に光る金属の塊を所持していた。
「ひっ!」
既に条件反射……
蛇竜姫は勇者の一挙手一投足に恐怖を植え付けられ、黒瑪瑙の瞳を大きく動揺させて怯える。
ジャラ……
勇者、レオス・ハルバが手に握る金属の鍵束は……
――それは幾つもの鉄製の鍵が知恵の輪のように絡み合った希少魔法具であった
上位の魔物さえも支配することが出来るという希少魔法具。
蛇竜姫が少し前にうち捨てた”第四主天使の拘束具”だ。
「たく……他人様からの預かり物を雑に扱いやがって、だから爬虫類は……」
勇者、レオス・ハルバは怪しく光る黒鉄の鍵束を、怯える少女に見せつけるように一つずつ外してゆく。
「ご、ごめんなさい!……ぐっ……はぁ……ごめ……がはっ!……ゆるし……」
本来なら自信と気品に溢れた光りを宿す黒瑪瑙に卑しい涙を溢れさせ、それを”ぽろぽろ”と零して懇願する蛇の少女に、黒髪の勇者はニヤリとこれまでで一番いやらしい笑みを浮かべていた。
「この蛇子にな……残った全ての”鉄鎖枷”を全身にブチ込む事で”卑しい奴隷”に貶めるぞ!」
そう言ってレオス・ハルバは、その光景を後方で呆然と眺めていた大男に人差し指をクイクイと曲げて見せ、再びツェツィーリエの近くに呼び寄せる。
「ぶ、ぶち込むって……いったい……」
流石について行けないのか、戸惑いがちに近寄るオルテガ。
「そうだなぁ、先ずは咽、次は両腕、両足の付け根……あとは子宮と心臓か?」
「っ!」
笑みを浮かべながら恐ろしい言葉を吐く男に、冒険仲間であるオルテガさえもが一瞬言葉を失い、壁に磔になったツェツィーリエは……
「やめ!……ゆるして……くだ……さい……な、なんでもする……しますから……おね……」
懇願の声をあげ……
ズブゥゥ!
「がっ!ぎゃぁぁ!…………っはっ…………っ……」
黒髪の男が持つ金属の一つが一切の躊躇も無く少女の白い咽に無慈悲に突き刺されていた。
「ぐぎゃっ!ぐかぁ!はぅ……ぎぃっ!ぎゃ!!」
そして、それはそのまま……深く深く、唯一動かせる少女の顔が前後左右あらゆる方向にブレながら訴える苦痛による悲鳴を全く無いものとして無理矢理捻り込まれ、血飛沫を散々ばらまいた後に、白い肉の内部に埋まったのだった。
「ぁ……っ…………っ……」
紅い唇が、口が大きく開き、酸素を求める鯉のようにパクパクと苦しげに開閉を繰り返すが、少女の口からはもう声は出ない。
ただ、血の泡を垂れ流すだけだ。
「よぉし、静かになったなぁ……と、そうだ!残りもチャッチャと済ませたいから、オルテガ、残ってる邪魔な布きれ剥ぎ取ってくれよ」
鼻歌交じりにそう言うと、既にレオス・ハルバは次に使用する”鉄鎖枷”を吟味し出していた。
「リ、リーダー……これって……いったい」
指示された大男、オルテガは残虐行為の意味を終始理解出来ずに困惑のままである。
「あぁ?相変わらずバカだな。言っただろう?この蛇子の残り少ない人生……いや、蛇生?ははっ、蛇生ってなんかウケるな!ははは……」
「リーダー……」
「おぉ、わるい、わるい……えっとな、これだけ弱ってりゃ、”荊姫の剣”が心臓を潰し続けて常時瀕死のままならな、多分……最高位種族でも”第四主天使の拘束具”効くんじゃね?っていう実験だよ」
「…………」
オルテガは正直、この時、この黒髪の男に嫌悪を越えた恐れを抱いていた。
”実証”、”実験”……本当にそれだけのためにここまでするのだと。
「おい、早くしろよオルテガぁっ!」
「…………」
「まぁなぁ……この蛇子はこういう訳で無理だけどな、お前が大人しく俺に従ってりゃ、なんて言ったかな、蛇竜姫の従姉……そいつは実験の前にお前の好きにさせてやるよ、確かこの蛇竜姫も嫉妬する、すげぇ美人だってよ、良かったな?な?」
直ぐに行動に出ないオルテガの反応を見て、黒髪の勇者レオス・ハルバはそういう不満だと勝手に勘違いして笑って言う。
「…………わかったよ、リーダー」
オルテガは渋々とそう答え、スッとその手を苦痛で藻掻き続けるツェツィーリエの下半身へ動かしていた。
「そうそう、素直が一番だ。さぁ!俺は待望の実験材料!お前は憧れのお嬢ちゃんの裸が見られる!良い事尽くめだねぇっ!はははっ!」
「…………」
――どうせ逆らえない
それは仲間と言うことになっている自分も例外では無い……
なら、いっそのこと欲望に支配されるのも生き方だ。
ビリリィィーー!
オルテガはそう言う結論と共に、怯える少女の下着を掴み、一気に引き裂いたのだった。
――
―
「グギャァァァーーーー!」
「……」
俺は……
強大な蛇竜が”のたうつ”戦場の内に……
「ガギャァァーーー!!」
地面が揺れ続け、大気がビリビリと振動する中心地にて、
暗黒蛇竜と化した蛇竜姫に対峙していた。
「……」
――嫌なにおいだ
――忘れはしない、俺が今まで三度味わった……鼻の曲がる匂い
「グギャァァァーーーーーー!」
ズズズ……ズズズ……
巨大な胴体がうねり出して、暗黒の鱗を纏った長大な恐怖が俺の周りを幾重にも幾重にも囲んでゆく。
「…………」
――だが俺は、バケモノによる包囲網は気にならない。
何故なら……
その時俺は、こんなことを考えていたからだ。
――俺は”またも”許すことが出来ないだろう
――蛇竜化した少女……させられた少女……
――この所行を……この……
「なんだかなぁ……だいたい解っちまうんだよなぁ……おれ」
俺は両手に掲げていた二振りの短剣を……
カランッ!カランッ!
そのまま背後に滑り落としていた。
「は、はじめくんっ!?」
ずっと後方で俺の状況を覗っていた”蒼き竜の美姫”、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢の叫ぶ声が聞こえた。
「…………」
ここに来て敵前……いいや、敵中で無力な素手になる俺。
「ギシャァァァァーーーーーーッッ!!」
当然、目前には俺を惨殺待った無しである蛇竜の恐ろしい姿。
そして、その咆哮が響き渡ったのだった。
第二十六話「荊姫の涙」後編 END