第二十四話「魔竜化(ドラグフォルゼ)」前編(改訂版)
第二十四話「魔竜化」前編
ズジャァァャッーー!!
ズジャァァャッーー!!
――ババババンッ!!
――ババババンッ!!
数メートルの距離から打ち込まれる音速を凌駕した鉄鞭の乱打斬撃!
「うぉぉぉぉーー!!」
俺は大げさな位に大きく横に跳んで、それを回避しつつ……
ズシャァァーー!!――キュキュ!
勢い込んだ靴底を激しく摩耗させながらも、そのまま体を九十度反転して前方の、宮殿内の蛇竜姫の元へ飛び込んでいた!
「は、はじめくんっ!?迂闊よっ!!」
ビシッ!ビシッ!
「くっ!」
地面スレスレの低空飛行にて奥に佇むツェツィーリエへ向け突進する俺。
屈んで突進する俺の前面には、先の破壊活動で剥ぎ取られた床の破片が当たっては砕けてゆく。
突進する俺に彼女が放った台詞。
――”迂闊”……た、確かにな……けどっ!
上位職業である”魔導戦士”は、物理・魔法攻撃共に備えた超攻撃型職業だ。
見たところツェツィーリエの場合は、魔法による遠隔攻撃と装備武器、”蛇連鞭”による中距離攻撃……
つまり、中距離から遠距離が彼女の戦場だ。
だとしたら、死角である近接戦闘……
――そこにこそ俺達に勝機があるっ!
ザザッ!!
短剣スキル”閃光突き”という、その名の通り一瞬で間合いを詰める最速の突き!
俺はそれをもって蛇竜姫の懐に跳び込む事に成功していた。
単独戦闘において、間合いの奪い合いは最も重要な要素だ。
そして、格上の相手を仕留めるのは奇襲に尽きる。
更に好都合なことに、職業”魔導戦士”は典型的な攻撃一辺倒型……
転じて防御性能は最低ランクだ。
――ならばっ!
魅惑的な黒瑪瑙の双瞳に、現在は尋常で無い光を宿す少女、
俺は息の触れるほどの距離にまで詰めよせて、その蛇竜姫に一気に突きを放つ!
ドスゥゥーーーー!!
――悪く思うなよ、こっちも命懸け……っ!?
ガキィィィーーン!!
しかし俺の手に返ってきたのは肉を裂く感触とは程遠い手応えだった。
「うわっ!」
とんでもなく固いモノに弾き返されて蹌踉めく俺!
「はじめくんっ!!」
俺の背に向け、後方からマリアベルの悲鳴が響いていた。
――な、なんだ!?いったいっ!?
短剣を握った方の手が、腕の付け根まで痺れて感覚が無い。
――これは……鎧?いや、そんな生易しい代物かよ!
――これは、この非現実的なまでの頑強さは……
「グギャァァァーーーーーー!!」
「っ!!」
其処から響き渡る大気の振動に、鼓膜が、膝が、心臓が震える。
「くっ!おたけ……び?……これ……は」
突如膨らんで弾ける常識外れの圧力に、ガクリと膝からその場に崩れ落ちる俺。
「ぐ……くっ!」
大気と大地を揺るがすほどの覇者の雄叫び。
それは全種族中最強の証……
「ま、マジかよ……」
俺は絶望に染まった瞳で”それ”を見上げていた。
「グ、グルルルルゥゥ……」
膝立ちになった俺の頭上には、ゴツゴツとした岩肌のような屋根?
ズズズズッ……
――いや、これは顎だっ!
俺の頭上を覆う巨大な代物は、華美に装飾された宮殿の高天井を遮って……
「グルルルルゥゥ……」
黒くてゴツゴツしていて……不気味な息吹をゆっくり繰り返す、巨大な”顎”
俺の身長を凌ぐ巨大な生物の顎……
それは――
「ギシャァァーーーーッッ!!」
「っ!」
「はじめくんっ!!」
ゴゴォォォォーッッ!!
一瞬で目の前から一切の光が無くなり、俺は瞬く間に闇に喰われ……
ドサァァ!
「くっ……」
――ない!
そうならなかった!
――俺は……
「なにしてるのっバカ!!」
マリアベルの叫び声が直ぐ耳元で聞こえて、俺は床に張り付いていた。
「……」
どうやら俺は、間一髪でマリアベルに引き倒され彼女諸共、石床に横たわって居たのだった。
「お、おぉぉ……」
そして――
俺達が伏した後ろの床も壁も全てが取っ払われ、
頭上は星が瞬く天井に変化を遂げていた。
「や、やけに風通しが良くなったなぁ……って!、お、おい!?」
思わず間抜けな感想を述べる俺の手をグイッっと引いて、蒼い美少女は走りだしていた。
「馬鹿言ってないでっ!離れるわよ!」
――ダダッ!
俺はまるで……未だ若い母親に手を引かれないと独り歩きさえままならぬ幼児のように、彼女にガッシリと手を握られて走る。
「”竜の咆哮弾”……あれが……」
――初めて生で見る!
いや、正確にはひっくり返ってたから見られていないが……
どちらにしても”生”で体験する、”竜”最大にして最強の攻撃”竜の咆哮弾”!
たったの一撃で……
恐らく第一級魔法強化されたはずのカラドボルグ宮殿が壁を、易く木っ端の瓦礫に変貌させる超破壊兵器!
落として砕け散ったコップの破片よりも更に微塵に砕き、溶解して蒸発させる”焦熱の息吹”!
「グギャァァァーーーーーー!!」
「っ!」
そして、必死に距離を取る俺達の後方から、
既に置き去りに小さくなって行くその場所から、
総身を震え上がらせる程の恐ろしい悪夢の雄叫びが響いていた。
ブゥオォォン
バシィィッ!バシィィッ!
鋼の鱗に覆われた、巨大で黒い尾がうねり、
崩れ落ちた瓦礫を二つほど、此方に勢いよく弾く!
「っ!?……くっ!氷の障壁っ!!」
――キィィーーン
前を走る少女の麗しい桜色の唇が魔法名を紡ぎ、駆ける俺達の後方に瞬く間に分厚い氷の壁が出来上がった。
ズドドォォォォン!!ズドドォォォォン!!
僅かな時間を置いて飛来した巨大な瓦礫が、相次いでそこに衝突して砕けた。
「こ、このっ!」
逃げる虫けらをいたぶって弄ぶ様な攻撃に、苛ちを隠せぬ瞳で振り向いた蒼き竜の美姫は、俺と繋いでいない方の白い手を星空に高く掲げる。
――ピシリッ!
「なっ!?」
呆気にとられる俺を置いてきぼりに、マリアベルの指先の更にその二メートルほど上方の大気が渇いた音を立て、そこに亀裂が走った!
――お、おい、まさか……
立ち止まった俺達の頭上には、ミシミシと軋みながら直径数メートルはあろうかという円盤状に屈折する空間が……
「おまっ!……マ、マジかよっ!?」
先ほどまで瞬いていた星々は、瞬く間に白い世界に染め上げられ、
そこはもう別世界……
――だ、駄目だろっ!?こんな所でそんな超弩級の広範囲破壊魔法はっ!!
「踊れ……踊れ……白き花の精霊達よ……」
驚いて隣を見る俺の視界には、蒼い竜の美姫が既にトランス状態で……
要は呪文詠唱の真っ只中で……
「マジでっ!!いやちょっと待ってって!お前この宮殿を!いや、カラドボルグ城塞都市そのものを世界地図から消滅させるつもりかよっ!!」
俺は繋がった片方の手を頼りに彼女に必死に訴えてみるが、全く以て少女には……
蒼き美少女の可愛らしい耳には届いていないようだった。
「静寂の導き手となる氷雪の乙女よ、汝の盟約者として……」
――駄目だ、俺にはあの時の、竜将軍達が行使した様な強力な”解呪”は無い……
というか、抑も”閻竜王”の側近で、あれほどの奴らでも三人掛かりでやっとっぽかったのに……俺には到底止められない。
キィィーーーーーーーーーーーーン!!
――くっ!制止られる訳がない!
――無理だ…………正攻法……では……な
「我が命に応えよ!凍てつく静寂なる世……」
「おおおぉぉぅっっ!!」
――ぷにゅ!
「…………ぇ?」
蒼き竜の美姫の蒼石青藍が丸く見開いた。
――おおぅっ!!こ、これが…………うぅ……やわらかい
ぷにゅ!ぷにゅ!
「って!?な、な、な!!なぁにぃしてるのよぉぅぅっっーーーー!!」
ドカァァァーー!!
瞬間、天空へと翳されていた少女の白く繊細な指先は急降下し、連動して下がって来た肘が、思いっきり俺の脳天を砕いていた。
「がっ!!……な……なに……って……胸を……おむねをぷにぷにして……ま……した……」
バタリ!
俺は頭からピューと赤い噴水を上げて地面に倒れ込んだ。
「うそ…………うっ……うぅ……誰にも触れられたこと無いのに……う、うぅ……」
――涙目で俺を見下ろす蒼き竜の美姫は……
「そ、そういう”恥じらい”も……また、中々に可愛らしい……なぁ」
と、懲りずにセクハラ発言を続けていた。
「グギャァァァーーーーーー!!」
「っ!?」
と、……バカをやっている間に、暗黒の蛇竜は再び大きく顎を裂いて、侵入者たる俺達二人を邪悪な竜眼で睨んでいたのだった。
第二十四話「魔竜化」前編 END