第二十三話「蛇竜姫の宮殿」(改訂版)
第二十三話「蛇竜姫の宮殿」
「穿てっ!”氷結の豪雨”!!」
――ズドドドドドドドドッッ!!
「ギャヒィィッ!!」
「ウギャァァッーー!」
暗雲を引き裂いて、遙か天空から氷結の雨が降り注ぐ!
「グギャッ!!」
辺り一面、余すこと無く降り注ぐ氷柱槍の雨に……
「ガギャッ!!」
人を軽く凌駕する体躯の化物、蛇女達の肉は削ぎ落とされ、四肢が引き裂かれて、大地に串刺しになってゆく。
「…………凄まじいなぁ」
あの時の呪術導士が嗾けてきた”霜の巨人”が放った氷塊群とは根底から”威力”が段違いだ!
天空から無数に降り注ぐ鋭利な氷の礫が、蛇女の所持する強固な鱗をもバターのように易く”薄切り”してゆく……
あの時の巨人が”細雪”なら彼女の此れは”豪雨”だった。
――鉄筋コンクリートのビルを瞬く間に瓦礫に変える”破壊神が鉄槌”!!
無惨な”骨つき肉”と成り果ててゆく怪物達を眺めながら、俺はそういう感想を漏らしていた。
そして……
数十秒ほどで、美しく整備された”カラドボルグ宮庭園”は、そこかしこには落雷に穿たれた焦木の如き、脊髄に僅かばかりの肉片がこびり付いただけの肉の柱が林立する悪趣味な”骸の庭園”となる。
正に、ニヴルヘイルダム竜王国が支配者、”閻竜王”の娘にして氷雪竜姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢の放った魔法は規格外の破壊力だった。
「”蛇女”っていえば、中級レベル怪物ではそこそこの脅威レベルだぞ……」
――恐るべし!月の恩恵を得た”氷雪竜姫”
「……」
この時、俺は心底から”マリアベル”を怒らせるのは控えようと誓ったのだ。
――人間種の国々と領地を分かつ、ここ”カラドボルグ城塞都市”
聳え立つ竜王国屈指の要塞は、数世紀に渡って人間の侵入を阻んで来た。
そのカラドボルグ城塞都市が中央に堂々と居を構える、白と黄金の彩られた煌びやかな宮殿は為政者が示す”権威の象徴”。
この地の支配者たる存在が威光で、絶対的権力の証。
そんなご大層な宮殿に潜入した俺とマリアベルは、早々に”女中”達の派手な出迎えを受けたのだが……
「はじめくん、なにしてるの?馬鹿みたいな顔……は、いつも通りだけど、そんな所に何時までも突っ立ってないで早く宮殿内に入りましょう」
周りを見渡してみても――
敵影は微塵も無し!
「あ、おぅ……ご苦労!」
全く出番の無かった、ある意味”無敵の主人公”たる俺は、背中に背負った二本の短剣の柄から手を離して、多少手持ち無沙汰にブラブラさせながら彼女の方へ歩み寄る。
「なにそれ?えらそうに、馬鹿」
輝く蒼石青藍の双瞳を呆れ気味の色に変え、それでも彼女は俺を待ってくれてから一緒に宮殿入り口へ向う。
カラドボルグ宮殿を占拠した敵が”勇者チーム”という数名だけであることもあり、また、迂闊に軍を動かせば国境付近に陣を張るフレストラント公国軍も呼応する可能性があることから……
俺とマリアベルでの単独潜入を試みた訳だ。
「まだ”閻竜王”と連絡はつかないのか?」
歩きながら話しかける俺に、隣の少女の白い顔が僅かに曇った。
「ええ……使い魔を放っても返ってこないみたいだし、伝令兵も同様らしいわ」
「……」
マリアベルはトトル村にある俺達の居城に”自分の使い魔”を送って何度も確認しているみたいだが、どうもその成果は芳しくないようだ。
トトル村から王都バランシュ及び他の領地には一切連絡がつかないらしい。
援軍として少数精鋭を……
本国から選りすぐりの竜戦士を期待したんだが……
――と言うことから、
結局、現状で戦力になりそうなのは俺とマリアベルぐらいと言うことで、二人で偵察がてら潜入してみた訳で。
――結果は直ぐに見つかって、大立ち回り!
”蒼き竜の美姫”の大活躍の場となった次第である。
「着いたわ……」
「着いたな……」
とか回想している間に俺達は、金銀で大仰な装飾が施された大扉前に到着していた。
「えっと……うん、魔法による罠も施錠もされていないみたい」
慎重に大扉を調べる彼女の後ろで、俺は今後の幾つかの可能性を考慮しながらも、なんとなく聞いてみる。
「マリアベル……因みに、最悪この宮殿を攻略しなきゃならなくなったとして、最深部まではどれくらいあるんだ?」
俺は、カラドボルグ宮殿には一度だけ、あの”夜会”で訪れてはいるが……
だから”一階の大広間”までしか知らない。
「そうね……私も詳しくは知らないけど、聞いた話では地下六十階ほど……」
「”ド○アー○の塔”かいっ!?」
俺は思わずツッコんでいた。
――そりゃそうだろ!?宮殿の下に六十階って……”アレ”は地上だけど……
「な、なによ、急に大声で……大丈夫よ、王族だけに伝えられる近道があるから」
――そ、そうなのか?なら……
如何に俺が幼少時に”元町三丁目のギル”と呼ばれていたとは言え、流石に”攻略ノート”も”積み上げた百円玉”も無しに”六十階全制覇”は不可能だ。
「あとそれから……眉唾物だけど”最深部”から更に裏ルートがあるらしくて、”上を六回、左を四回、右を三回……緑色になったら成功”って……なんのことかしら?」
「だから!”○ル○ーガの塔”かいって!!」
「…………」
再度ツッコむ俺を、蒼き竜の美姫は意外すぎるほど真面目な瞳で見ていた。
「な、なんだよ……」
――な、なんだ?ちょっとツッコミネタが古かったとか?
「いいえ、別に」
――いやいや、それを言うなら抑も、”異世界”では通じないか?
「相変わらず……ね、意外と……その、余裕あるんだって……ち、ちょっと、ほんのちょっとだけ見直したっていうか……」
彼女は急に聞き取り辛い声になって、何事かをモゴモゴと呟いていた。
「は?なんのこと……」
「っ!!……だ、だ・か・ら!……ほんのちょっとだけ、カ、カッコ良いかなぁ?なんて……ちょっとよ!ちょっとだけだから!!」
「??」
――この娘、なに焦って…………おっ!?
ギィィィィーー!!
「っ!」
何故か朱に染まった顔で”わたわた”するマリアベルと、それをイマイチ理解出来ない俺の睨めっこを中断させたのは――
目前の煌びやかな宮殿に備え付けられていた大仰な扉。
大扉は如何にも古くさい擬音を響かせて自然に開いてゆく……
――おおぅっ!?自動ドア?
「……っ!?」
さっきまで俺に何事か言おうとしていた少女は、咄嗟にドアの向こうに視線を向ける。
そして……”なにか”を見つけて、大きく蒼石青藍の双瞳を開いていた。
――なんだ?
俺は固まったかのように動かない彼女の後ろから、乗り出すようにして室内を見る。
「…………」
――果たして宮殿内部には……
――
―
「…………」
見るからに高級なドレスに身を包んだ小ぶりな少女が独り。
「…………」
長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳が美しい少女が独り。
「…………」
全く表情の無い人形として其所に佇んでいた。
「お前は……」
その少女は――
ニヴルヘイルダム竜王国が支配者、閻竜王の弟で、竜王国第二権力者である、ブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵令嬢……
――ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカであった
「…………」
数メートルもある大扉の入り口に立つ俺達二人を出迎えるように佇んだ少女は、一言も言葉を発せず、ただ玄関口広間の奥で”個人的特徴”である黒瑪瑙の魔眼を光らせていた。
「お前……ツェツィーリエ?」
――勇者達に捕らえられているはずなんだよな?
俺はマリアベルに目配せし、確認しようとするが……
「な……に?……これ?……うそ……でしょ?」
ひとつ年下の十六歳で、自分の従妹である黒髪の少女を目の前に、
マリアベル・バラーシュ=アラベスカは明らかに反応がおかしかった。
「お、おい……マリアベ……っ!?」
ドガァガァァァーーッッ!!
「っ!!」
――な、なんだ!?壁が……砕け飛んだ!?
ババババンッ!!
ババババンッ!!
ズジャァァャッーー!!
ズジャァァャッーー!!
ババババンッ!!
ババババンッ!!
いきなり俺達の左右にある玄関口の石壁が砕けた!!
分厚い壁の一部が崩れ落ち、驚愕する間もなく、俺達が棒立ちする大理石の床も間髪入れずに破片が飛び散っていた。
「うっ……くっ……」
濛々と舞う砂誇りから両腕で目を庇い、俺はその跡を確認する。
――なにか……長いモノが……
壁にも床にも、無数の……
まるで”鋼の蛇”がのたうったかのように、幾つもの線状に削れた跡が残る。
「…………」
そして、何よりの違和感は……
――破裂音が明らかに”遅れて”聞こえた
――そうだ、確かに……
強固な石製の壁と床が削られ粉砕された事象を追うかのように、複数の破壊音が聞こえた。
「これは……魔法?いや、スキルなのか?」
俺の独り言のような言葉に、隣の”蒼き竜の美姫”はコクリと頷く。
「”竜尾波撃”……上位職業である”魔導戦士”が装備する鞭スキルよ」
「”鞭スキル”……事象より後に音……」
――音速を超える鉄鞭の乱打斬撃だと?……なんて強力な武器スキルなんだ
周りの惨状と目前の黒髪少女が纏う尋常ならざる殺気。
俺たちの前方に佇む少女は……
確かにその両腕に一対の特殊な鉄鞭を所持していたのだ。
「……」
「……」
隣に立ち尽くしたままのマリアベルは、蒼石青藍の双瞳を見開き、
思わずゴクリと生唾を飲み込んだ俺は、その背に嫌な汗が流れていた。
「はじめくん……でも、でもね……そんな事より……あの娘の……あの状態の方がもっと厄介なの……解る?……信じられないけどあの娘は……ツェツィーリエは……」
「?」
――なんだ?
あの”竜尾波撃”より、この強烈な技よりもっと厄介ごとがあるというのか!?
だが、マリアベルの表情からそれは明白で、
出来ることなら聞きたくは無いが……そうもいかない。
「…………」
見るからに高級なドレスに身を包んだ小ぶりな黒髪少女。
見た目は若干幼く、十三、四歳にも見える少女であるが胸の発育は頗る良いようで、美しいレースで飾られたドレスの胸元が今にもはち切れそうである。
長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙の瞳が美しい少女が両手に持つのは黒光りする鋼の鞭だ。
左右二本の鞭は先へ行くほど裂けてそれが幾つにも別れ、先が菱形の金属で補強されている。
――さながら……
――二頭の八岐大蛇だな!
俺はその鞭、確か”蛇連鞭”とか言ったか?
それを見て、そんな”神話の怪物”を思い浮かべていた。
「ぅ……はぁ……はぁ……ぅぅ……」
言葉を発さない小さい口から荒い呼吸を出し入れし、
細い肩を上下させて此方を睨む”蛇竜姫”がご自慢の黒瑪瑙は……
――漆黒の狂気に塗りつぶされていた
「はじめくん、よく聞いて……あれは……あの娘は……」
――”蛇竜姫”はニヴルヘイルダム竜王国の第二権力者、ブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵令嬢にしてレーヴァテイン伯爵
「マ、マリアベル、あの呼吸ってちょっと異常じゃないか?」
――蛇竜姫、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカである!
「あの娘……ツェツィーリエは……”魔竜化”しているわ」
第二十三話「蛇竜姫の宮殿」END