第二十話「後ろの百子」(改訂版)
第二十話「後ろの百子」
「影娘……おまえそれ……」
影娘は俺の問いかけに”はぁ?”と要領を得ない顔で此方を見ていた。
「”刀剣破壊武器”……それにお前は憑依しているのか?」
影少女の頭に成長期のタケノコの如く生えてきたのは間違い無く奪われた俺の短剣。
探していた俺の愛剣に間違い無い。
「”刀剣破壊武器”?…………えーーとぉ?……わたしはぁ、コレを依り代としてぇ……生まれた?生まれた……お?おぉっ!!はっぴーばーすでー!わたしぃぃ!!」
「…………」
ーー駄目だ……頭が痛い……話がちっとも進まない
相変わらずの面白姿勢で影少女のツインテールがぴょこぴょこ揺れ、頭のてっぺんから生えた短剣が左右にゆらゆら揺れている。
ーー敵意は……無いのか?
シャキン!
俺は取りあえず手に持った短剣を一旦鞘に戻す。
「はじめくん……」
と同時に隣で心配顔のマリアベルに俺は大丈夫だと目で合図した。
「と、とにかく……呪術導士ヒューダイン・デルモッドが生み出した魔導兵器”大呪殺”とは、俺の”刀剣破壊武器を依り代に呪いを幾重にも織り込んで創り出され、疑似人格を持った……特異ではあるが一種の人造生物……と言うことか?」
「人造生物……というか、実体を持たない性質は疑似精霊って感じかも……気味が悪いわ」
俺の推測にマリアベルが整った眉を顰めながら自らの見解を述べた。
「なんですとぉっ!!言うに事欠いて”ふぇいく”!!このわたしぃをニセモノ扱いっ!ゆるせにゃいです、この二号風情がぁぁっ!!」
「にっ……二号!?」
地面に突っ伏した体勢のまま、グリンと器用に顔だけ動かして影娘が叫んだ言葉にマリアベルが絶句する。
「ああ奥様?二号というのはですね、婚姻関係も無く都合の良い女性……といいますか、つまり愛人、妾のことでガス……」
「わかってるわよっ!!そんなことっ!!」
バシュッ!といつの間にか顕現させた魔槍を振るい、要らぬ事を解説した毛玉を薙ぎ払う蒼き竜の少女。
「うわっっ!あぶないっ!あぶないでガスよぉぉっ!」
「そーいえばぁ、青い女、おまえなんか愛人顔ですにゃぁー」
「な、なんですって!自分は影で顔も無いクセにっ!」
「やははっ!やーい愛人顔、二号さん!青の二号!」
「くっ!言わせておけばっ!!」
ツインテールの影娘が挑発し、蒼き少女が見事なまでにそれに乗せられて槍を振り回す。
「うひゃぅ!やめっ!」
「カスッた!いまジュッて耳をカスッたでガスよほぉぉっ!!」
そして……そのとばっちりで無様に地面を彼方此方転がる毛玉が一匹……
ーーどんな状態だ……というか”青の二号”はまた意味が違うだろ?いいやそれよりも何よりも……こんなコトしてる場合じゃないだろうが!
「マリアベル!」
「うっ!」
隣で頭に血の上った少女をそっと右手で制し、俺は影娘の方へ一歩踏み出す。
用心を怠らず……
片手を肩に背負った短剣の柄に触れたまま……
「…………」
どちらにしても……この影娘から俺の”刀剣破壊武器”を取り返す必要があるからな。
俺は力尽くでそれを実行しようとしたが……
ーーバシュッ!!
「っ!?」
ツインテールの影娘は、途端に俺の前から弾けた!
シュォォーーン…………カチャリ!
「なっ!?」
そして弾けた影は、黒い尾を引いて宙を舞い、そして俺の背後……
背に背負ったもう一方の短剣の鞘……つまり元々その”刀剣破壊武器があった場所にキッチリと収まっていた。
「…………ええと」
やり合う気満々だった俺はそのまま立ち尽くす。
「わたしはぁ……ますたぁのモノですよぉぉ……ですからぁ……ご自由にお使いくださいぃぃ」
そして俺の肩越しにそういった”刀剣破壊武器”からの不思議な声?が響く。
「いや……もうちょっと説明が欲しい……というかお前、本当に味方なのか?」
「ちょっ!?はじめくん!こんな怪しげな娘を信じるわけじゃないでしょうね!」
シュォォーーン…………バシュッ!!
そして再び黒い尾を引いて目の前に現れた影のツインテール少女。
「わたしはぁ……呪いの集合体ですぅ……幾つもの呪いが重なって出来た存在なのです」
「…………」
俺はその少女の目をじっと見る……といっても黒い影に空いた穴でしかないのだが。
”にぱぁぁ”
そしてそんな俺を見て、影娘は口元をだらしなく開けて笑う。
「……つまりあの戦いで二度ほど倒しても姿を現したのはそう言う事か」
ツインテール少女はウンウンと頷く仕草を見せた。
呪いの集合体……ひとつを破壊しても更に次の呪いが姿を現す……
つまり影娘を完全に消滅させるためには全ての呪いを破壊するか祓う必要があると言うこと。
地道に一体ずつ倒すか……それとも範囲魔法である程度纏めて倒すか……
僧侶系で無い俺達にはそういう手段しか無いだろう。
「おまえ……いったい何体の呪いから成り立ってるんだ?」
「三十八万五千……ええと……六?」
ーーうっそぉぉーーん!!
俺は頭を抱えた。
日が暮れるだろ……それも数十日ほど先の……
「分離は……出来ないんだよ……な……じゃぁ」
「あのぉぉーー」
頭を抱える俺に、後ろ手に手を組んだ影娘はぴょこぴょこと跳んで近寄って来た。
「っ!」
殺気立つマリアベルに俺は大丈夫だと目配せして、直ぐ正面まで来た影娘と視線を合わす。
「”ますたぁ”に二体ほどやられたので、残りは三十八万五千と四ですよ……えと……」
「…………」
俺が数を聞いて明らかに落胆したためだろうか、彼女は申し訳なさそうにそう言って上目遣いに俺を見上げてきた。
ーーもしかして……慰めてくれているのか?……これでも?
「…………」
「…………」
ーーけど、三十八万五千……六から四って……
「…………あんま変わらんな……じっさい」
「…………ですかぁぁ?」
じっと少女を見て感想を述べる俺に、影少女は不思議そうに応える。
「ぷっ……ははは」
「?」
俺は思わず吹き出していた。
「は、はじめくん……まさかとは思うけれど、この影娘を仲間にって考えてないでしょうね……」
「あはははっ」
「はじめくんっ!倒すのが手間なら、何日かさえ待ってて貰えれば私の”凍てつく静寂なる世界”で……」
「謹んでお断り申し上げます!」
「って!即答っ!!」
ーー”凍てつく静寂なる世界”ってあの魔法レベルにして恐らく七十以上の未知の魔法……それこそ魔王や魔神級が扱う超弩級の範囲破壊魔法だろうが……あんな滅亡魔法を行使された日には……ひとつの街程度は確実に地図から消える……
輝く蒼石青藍の瞳を丸く開いて驚く竜の少女に、内心冷や汗ものの俺は、それでも思うところがあって、ニッコリと微笑んでみせる。
「まぁな……せっかく生まれてきたんだ、こういう出会いもあっても良いかもな」
「…………」
そしてそう言った俺の顔を見て、蒼き竜の美姫はそっと所在無さ気に視線を逸らす。
「は、反則だよ!……そういう……顔は……ばか……」
何故か白い頬を朱に染めて視線を逸らす竜の少女。
ーー??
俺には何のことかさっぱり分からないが、まぁなんとかマリアベルも納得してくれたみたいだし……
「それに、意外と役に立つかもしれんぞ?例えば……」
ーーぴらりんっ!
そこで何を思ったか、全身黒い影少女がスカートを形作った裾を翻す。
「うっ!」
話しかけた言葉を中断し、俺は思わずその太もも部分に視線が釘付けに……
「…………」
直ぐさま俺の後ろから氷のような蒼石青藍の視線が突き刺して来る。
「がはっ!ごほごほっ!うん……」
ーー落ち着け俺!アレは影だ!少女の形はしているが、全身まっ黒け、どこがどこだか判らんだろうに!
「あ、あれだ……実体を持たない呪いだから色々と使いようが……」
俺は冷静さを取り戻し、言葉の続きを……
ーーぴらりぃんっ!
「うわっ!っってもうちょいっ!!」
「…………」
思わず前屈みに覗き込む俺。
絶対零度の視線が俺を再び背中から貫いていた。
ーーうう……しかし……悲しき男の性……つい視線が……
「はいはぁい!だいさーびすですよぉぉ!」
ーーぴらっ!ぴらっ!ぴらりんっ!
「うっ!く……あれは影……かげ……黒……黒……」
念仏のように唱える俺だが視線はしっかりその太もも?に……
「黒?ご主人様はぁ、黒いぱんつがこのみですかぁぁ?」
「…………」
「……う」
ーー最早背後の視線は現実に俺の背中を貫かん勢いだ……って!実際に槍の穂先があたってますよぉぉっ!!
「だ、だれがっ!!大体おまえはただの影……形だけ少女で黒いだけの……!?」
身の危険を感じた俺は即座に否定するが……ふと、あることに気づく。
ーー形だけ?黒い塊?……いや、ってことは……逆に言えば黒い少女が黒い下着を着けていると仮定すれば……それはそれで有りなのでは!?
勿論無い。
「いやいや落ち着け俺っ!!それは邪道だ……いや、しかし……それもまた……」
それもまた何だというのか。
「形は紛れもないツインテール少女……それもなんだか美少女っぽい……」
最早俺は正常な判断が出来る状態では無かった。
「いやいや……ぽいってなんだよ?ぽいって……う……」
ーーぴらりんっ!
「くわぁっ!!そうだ!想像だ!想像なら無限大っ!古今東西、妄想で捕まった奴はいないっ!ならっ俺はっ!!おれはぁぁーー!!」
ーーガツン!
「うぎゃっ!」
「ほんと……死んだら良いのに……」
崩れ落ちた俺の背後には、氷点下の冷たい瞳で見下ろす蒼き竜の美姫が立っていたのだった。
「影少女もホントに良いの?このひと、こんなだよ?」
そして失礼なことをいう美少女……マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢。
「はいです……で……あの……できたら……その……」
「?」
急にモジモジとしながら俺達を見る影少女にマリアベルは不思議な顔をするが、俺にはそれが何を指しているか……なんとなく解った。
「おまえは……百子だ……ええと呪いだから、”後野 百子”」
「…………」
俺の発想は単純だ。
生まれた彼女は只の兵器……あの根暗な呪術導士ヒューダイン・デルモッドならそれ以外に彼女に価値を見いださず、まさに道具のように扱っただろう。
だから俺は与える。
生まれたことの意味……
先ずはその第一歩である名前だ。
「百子?……は分かるとしても、後野……”後ろの”ってなに?」
ーーだから俺は単純なんだ
ーー昔読んだ漫画にそんなのがあったんだよ……あれは呪いじゃ無くて背後霊?だったっけ?
「…………」
不思議そうな顔のマリアベルに俺は曖昧に笑うだけだ。
「はぁ……良いの?本当にこんなひとが」
もう一度呆れた顔のマリアベルが影娘……百子に尋ねた。
「にししっ!……はいです!……わたしの身も心もぉぉ……”ますたぁ”のモノですからぁぁ」
そして、そのツインテールの影少女は俺の気のせいだろうか……
今までで一番嬉しそうに”にぱぁぁ”と笑ったのだった。
第二十話「後ろの百子」END
第二十話「後ろの百子」
「影娘……おまえそれ?」
呪いの影娘は俺の問いかけに”はぁ?”と要領を得ない顔で此方を見ていた。
「”刀剣破壊武器”……ソレにお前は憑依しているのか?」
影娘の頭に成長期のタケノコの如く生えてきたのは間違い無く奪われた俺の短剣。
探していた俺の愛剣に間違い無い。
「”刀剣破壊武器”?…………えーーとぉ?……わたしはぁ、コレを依り代としてぇ……生まれた?生まれた……お?おぉっ!!はっぴーばーすでー!わたしぃぃ!!」
「……」
――駄目だ……頭が痛いな、話がちっとも進まない
相変わらずの面白姿勢で影娘のツインテールがぴょこぴょこ揺れ、頭のてっぺんから生えた短剣もその影響で左右にゆらゆら揺れる。
――敵意は……無いのか?
シャキン!
俺は取りあえず手に持った短剣を一旦鞘に戻す。
「はじめくん?」
と同時に、隣で心配顔のマリアベルに俺は大丈夫だと目で合図した。
「と、とにかく……呪術導士ヒューダイン・デルモッドが生み出した魔導兵器”大呪殺”とは、俺の”刀剣破壊武器を依り代に呪いを幾重にも織り込んで創り出され、疑似人格を持った……特異ではあるが一種の人造生物と言うことか?」
「人造生物……というか、実体を持たない性質は疑似精霊って感じかも……気味が悪いわ」
俺の推測にマリアベルが整った眉を顰めながら自らの見解を付け足した。
「なんですとぉっ!!言うに事欠いて”ふぇいく”!!このわたしぃをニセモノ扱いっ!ゆるせにゃいです、この”二号女”風情がぁぁっ!!」
「にっ……二号!?」
地面に突っ伏した体勢のまま、グリンと器用に顔だけ動かして影娘が叫んだ言葉に、マリアベルが絶句する。
「おおう、奥様!”二号”というのはですね、婚姻関係も無い都合の良い女性……といいますか、つまり愛人、妾のことでガス……」
「わかってるわよっ!そんなことっ!!」
バシュッ!といつの間にか顕現させた魔槍を振るい、要らぬ事を解説した毛玉を薙ぎ払う蒼き竜の美少女。
「うわっっ!あぶないっ!あぶないでガスよぉぉっ!」
閃く刃に化狸は無様にひっくり返る。
「そーいえばぁ、青い女、おまえなんか愛人顔ですにゃぁー」
「な、なんですって!?自分は影で顔も無いクセにっ!」
「やははっ!やーい愛人顔、二号さん!青の二号ぉぉっ!」
「くっ!言わせておけばっ!!」
ツインテールの影娘が挑発し、蒼き竜の美少女が見事なまでにそれに乗せられて槍を振り回す。
「うひゃぅ!やめっ!」
「カスッた!いまジュッて耳をカスッたでガスよほぉぉっ!!」
そして……
そのとばっちりで無様に地面を彼方此方転がる毛玉が一匹……
「……」
――どんな状態だ……
というか”青の二号”はまた意味が全然違うだろ?
”青の二号”それは――
食品添加物に指定された”暗紫褐色”粒または粉末で、インジゴカルミンと呼ばれる合成着色料である。
また、ウルトラマリンとも呼ばれ、モハ32系に……
「…………」
いやいや!!なに関係ない事考えてんの俺っ!!
こんなコトしてる場合じゃないだろうがっ!
「マリアベル!」
「っ!」
頭に血の上って暴れる美少女をそっと右手で制し、俺は影娘の方へ一歩踏み出す。
用心を怠らず……
片手を肩に背負った短剣の柄に再び触れたまま……
「……」
どちらにしても……
この”呪いの影娘”から俺の”刀剣破壊武器”を取り返す必要がある。
俺は力尽くでそれを実行しようとしたわけだが……
バシュッ!!
「っ!?」
ツインテールの影娘は、途端に俺の目前で弾けた!
シュォォーーン
……………………ガチャリ!
「なっ!?」
そして弾けた影は、黒い霧となり、尾を引いて宙を舞って俺の背後に、
両肩に背負った二つの短剣の鞘、空いた鞘の方、
つまり、元々”刀剣破壊武器”が収めてあった場所に吸い込まれるように流れ込み……
「…………ええと?」
俺の”刀剣破壊武器”は久方ぶりに元の鞘に収まったのだった。
「……」
やり合う気満々だった俺はそのまま立ち尽くす。
「わたしはぁ……”ますたぁ”のモノですよぉぉ……ですからぁ……ご自由にお使いくださいぃぃ」
そして俺の肩越しにそんな”刀剣破壊武器”からの不思議な声?が響く。
「いや、もうちょっと説明が欲しい……というかお前、本当に味方なのか?」
「ちょっ!?はじめくん!こんな怪しげな娘を信じるわけじゃないでしょうね!」
シュォォーーン
…………バシュッ!!
そして再び黒い尾を引いて鞘から抜け出た黒霧は、再び俺達の目前に現れて影のツインテール少女の姿になる。
「わたしはぁ……呪いの集合体ですぅ……幾つもの呪いが重なって出来た存在なのです」
「……」
俺はその少女の目をじっと見る……
といっても、黒い影に空いた穴でしかないのだが。
――にぱぁぁっ!
そしてそんな俺を見て、呪いの影娘は口元をだらしなく開けて笑った。
「つ、つまり、あの戦いで俺が二度ほど倒しても姿を現したのはそう言う事か」
ツインテール影娘はウンウンと頷く仕草を見せた。
呪いの集合体……
ひとつを破壊しても直ぐに別の呪いが姿を現す。
つまり影娘を完全に消滅させるためには、内包する全ての”呪い”を破壊するか祓う必要があると言うことだろう。
地道に一体ずつ倒すか……
それとも範囲魔法である程度纏めて倒すか……
僧侶系で無い俺達にはそういう手段しか無いだろう。
「おまえ……いったい何体の”呪い”から成り立ってるんだ?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「三十八万五千……と、ええとぉ……六?」
――うっそぉぉーーん!!
俺は頭を抱えた。
――日が暮れるだろっ!!
――それも数十日ほど先のっ!!
「分離は……出来ないんだよ……な?……じゃぁ」
「あのぉぉーー」
思わず頭を抱える俺に、後ろ手に手を組んだ影娘は、ぴょこぴょこと跳んで近寄って来た。
「っ!?」
思わず殺気立つマリアベルに俺は大丈夫だと目配せして、直ぐ正面まで来た影娘と視線を合わす。
「”ますたぁ”にぃ、二体ほどやられたのでぇ、残りは三十八万五千と四ですよぉ……えと……」
「…………」
俺が数を聞いて明らかに落胆したためだろうか?
影娘は申し訳なさそうにそう言って上目遣いに俺を見上げてきた。
――もしかして……慰めてくれているのか?これでも?
「……」
「……」
――けど、三十八万五千……六から四って……
「あんま変わらんな……じっさい」
「ですかぁぁ?」
じっと少女を見て感想を述べる俺に、影娘は不思議そうに応える。
「ぷっ……はははっ!」
俺は思わず吹き出していた。
「?」
呪いの影娘はそんな俺の反応の意味が解らないのだろう、キョトンと佇む。
「は、はじめくん……まさかとは思うけれど、この影娘を仲間にって考えてないでしょうね!?」
影娘よりは付き合いの長いマリアベルは俺の考えを察したようで、慌てて釘を刺そうとするが……
「あはははっ」
「はじめくんっ!倒すのが手間なら何日かさえ待ってて貰えれば、私の”凍てつく静寂なる世界”で……」
「謹んでお断り申し上げます!」
「って!即答っ!?」
――そりゃそうだ
”凍てつく静寂なる世界”なるマリアベルの取って置きの魔法は、魔法レベルにして恐らく七十以上の俺には未知の魔法……
それこそ魔王や魔神級が扱う超弩級の範囲破壊魔法だろう。
あんな”滅亡魔法”を行使された日には……
ひとつの街や城程度は確実に地図から消える。
輝く蒼石青藍の瞳を細めて俺を牽制する竜の美少女に、俺は、それでも思うところがあってニッコリと微笑んでみせる。
「まぁな、せっかく生まれてきたんだ、こういう出会いもあっても良いかもな」
「……」
そしてそう言った俺の顔を見て、蒼き竜の美姫はそっと視線を逸らす。
「は、反則だよ……”そういう”のは…………ばか」
俺の顔を見て目を逸らした蒼き竜の美姫は、何故か白い頬を朱に染めていた。
――?
俺には何のことかさっぱり分からないが……
まぁ、なんとかマリアベルも納得してくれたみたいだし、俺はフォローのため影娘を仲間に引き入れる利点を話そうと……
「それに、意外と役に立つかもしれんぞ?例えば……」
――ぴらりんっ!
そこでなにを思ったか、影娘が黒い影のスカートを形作った部分の裾を捲る。
「うっ!?」
話しかけた言葉を中断し、俺は思わずその太もも部分に視線が釘付けに……
「……ふぅん」
直ぐさま俺の後ろからマリアベルによる蒼石青藍な氷の視線が突き刺して来た。
「がはっ!!ごほごほっ!ううん!」
――落ち着け俺!アレは影だ!
少女の形はしているが、全身まっ黒け、どこがどこだか判らんだろうにっ!
「あ、あれだ……実体を持たない呪いだから色々と使いようがだな……」
俺は冷静さを取り戻して、利点の話の続きを……
――ぴらりぃんっ!
「うわっ!って、も、もうちょいっ!」
思わず前屈みに覗き込む俺。
「…………」
そして、絶対零度の視線が俺を再び背中から貫いていた。
駄目だ!これは駄目なやつだ!!
――ぴらんっ!
「…………」
――うう……しかし……悲しき男の性……つい視線が……
「はいはぁい!だいさーびすですよぉぉ!」
――ぴらっ!ぴらっ!ぴらりんっ!
「うっ!くっ!……あれは影……かげ……黒……黒いただの……」
念仏のように唱えて煩悩を払う俺だが、結局視線はしっかりその太もも?に……
「黒?ご主人様はぁ、”黒いぱんつ”がお好みですかぁぁ?」
「…………そぉおなんだぁ、はじめくん?ふぅぅんっ!」
「……う」
最早背後の冷たい視線は、現実に俺の背中を貫かん勢いだ……
チクッ!
「ってぇぇっ!!べ、ベルちゃん!!実際に槍の穂先があたってますよぉぉっ!!」
「……」
うわっ!氷の微笑っ!!
「だ、だれがっそんなもん見るかっ!!大体おまえはただの影……形だけ少女で黒いだけの……!?」
崖っぷちの俺は、即座に否定するが……
ふと、あることに気づく。
――形だけ?黒い塊?
――いや、ってことは……逆に言えば黒い少女が黒い下着を着けていると仮定すれば……
――それはそれで有りなのではっ!?
勿論無い。
「いやいや落ち着け俺っ!!それは邪道だ……いや、しかし……それもまた……」
それもまた何だというのか。
「形は紛れもないツインテール少女……それもなんだか美少女っぽい?」
最早俺は正常な判断が出来る状態では無かった。
「いやいや……”ぽい”ってなんだよ?”ぽい”って……うぅ」
――ぴらりんっ!
「くわぁっ!!そうだ!想像だ!想像なら無限大っ!!古今東西、妄想でお縄になった奴はいないっ!ならっ俺はっ!!おれはぁぁーー!!」
ガツン!
「うぎゃっ!」
後頭部に鈍い痛みを感じ、俺は大地に片膝を着く。
「ほんと……死んだら良いのに」
崩れ落ちた俺の背後には――
氷点下の冷たい瞳で見下ろす蒼き竜の美姫が立っていたのだった。
「……”影少女”もホントに良いの?この男、こんなだよ?」
そして失礼なことをいう竜の美少女……マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢。
「はいですっ!……で……あの……できたら……その……」
「?」
良い返事の後、急にモジモジとしながら俺達を見る影娘に、マリアベルは不思議な顔をするが……
俺には彼女が何を欲しているか、なんとなく解った。
「おまえは……そうだな、百子だ!……呪いだから”後野 百子”ってのでどうだ?」
「…………」
俺の発想は単純だ。
生まれた影娘はただの兵器……
あの根暗エロジジイの呪術導士ヒューダイン・デルモッドならそれ以外に価値を見いださず、正に道具のように扱い、使い捨てただろう。
だから俺は与える。
この”影娘”が生まれたことの意味……
先ずはその第一歩である名前だ。
「百子?……はまだ分かるとしても、後野……”後ろの”ってなに?」
マリアベルは俺に問う。
――だから俺は単純なんだ
「昔読んだ漫画にそんなのがあったんだよ……あれは”呪い”じゃ無くて”背後霊”?だったっけ?」
「…………」
”漫画”というものが理解出来たのか怪しいが、相変わらず俺に向けられた呆れ顔のマリアベルに俺はいつも通り曖昧に笑うだけだ。
「はぁ……良いの?本当にこんな男が”主人”で?」
もう一度問うマリアベル。
「にししっ!はいですっ!……わたしの……”百子”の身も心もぉぉ……”ますたぁ”のモノですからぁぁ」
そして、そのツインテールの影娘は俺の気のせいだろうか……
今までで一番嬉しそうに”にぱぁぁ”と笑ったのだった。
第二十話「後ろの百子」END