表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/106

第十八話「そう呼んでいいか?」前編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十八話「そう呼んでいいか?」前編


 もうどれほど前だったろうか……


 俺がこの”異世界(ユクラシア)”に来て最初の三年は特に地獄だった。


 当初、俺はこの世界の基本的知識どころか言語さえ真面(まとも)に理解出来ず、何日も何ヶ月も(さま)()って辿り着いた先が最悪の国だった。


 ユクラシア大陸の南部、外れも外れ、異郷と言って差し支えない地にその国はあった。


 六大公国の中でも最も荒廃した国、希望を失った者達が集う終焉の国……


 (いにしえ)の六大騎士が一人、”終焉の騎士”イーフォ=ハーメルが建国した暗黒の国”ベルデレン公国”だ。


 ()の国の治安は(ほぼ)無法地帯と呼べるほど劣悪で、権力や金の無い男は奴隷市場に労働力として売られ、女は娼婦として市場に並ぶ。


 そして、臣民を護るべき国軍は私欲を満たすためだけに裏社会と結託していた。


 身寄りの無い俺は、確たる身分を保障するものが何も無い俺は……


 荒野で怪物や獣共の餌になるよりはマシと、俺同様の人生の落後者達が最後に身を寄せるという”終焉の国(ベルデレン)”を目指したのだ。


 そして、辿り着いたその後は……


 ――元居た世界では想像も出来ないほど、非道(ひど)いものだった


 人権や人道主義なんて代物は欠片も無い。


 到着()くなり何者かに襲われ、身ぐるみを剥がれて奴隷市場にたたき売られた俺は、その後、幾度も飼い主が代わりながらも奴隷にあまんじて過ごした。


 常に商品(モノ)以下の扱いを受け続ける、そんな状況で数年の歳月が過ぎ……


 それでもなんとか命を繋いでいた俺は、その頃には自暴自棄の極致で、廃人も同然に成り下がっていた。


 ――

 ―


 「お前さぁ?行くとこ無いなら俺達と一緒に来いよ」


 綺羅々(キラキラ)と好奇心に満ちた少年の瞳をした男は、驚いたことに、塵溜(ごみため)に転がる(しかばね)のような俺に対し、なんとも躊躇泣く右手を差し伸べてきたのだ。


 「…………」


 「無愛想な奴だなぁ、荷物運びくらいは出来るだろう?」


 異世界に放り込まれてどれだけ経った時だろう。


 いや、時間など意味が無い。

 無気力に、生気を失った奴隷はあらゆる事に無関心だ。


 故に、未だ俺は”カタコト”しか言葉を話せず、読み書きも出来ない……


 「よぉ、名無しくん、調子はどうだ?旅には馴れたか?」


 「お前、結構、可愛い顔してるのな?どうだ好みのタイプとかあるのか?」


 「今日は儲けたなぁ……みんな、飲みに行くぞぉっ!って、なに寝てんだ、名無しくんもいくぞぉぉっ!」


 たとえ話せたとしても……


 全く口を開く気のない俺に対して、何時(いつ)もその男は、ペラペラとどうでも良い話題を振りながら楽しそうに笑っていた。


 「……」


 ――なにがそんなに楽しいのか、会話が成立しない俺なんか相手に……


 だが俺は感じていたのかも知れない。


 数年間味わった絶望の中から這い出せる希望……

 それを目の前のお気楽な男に。


 「お前なぁ、愛想良くしろとは言わないけど、もうちょっとコミュニケーションってものをだな……」


 助け出された後も変わらず無愛想で無口と言うのも(はばか)られるような俺に、何時(いつ)も呆れた様に笑って話しかけてくる男。


 非合法な奴隷市場を潰した冒険者のチーム、そのリーダーの男はそういう奇特な男だった。


 ――そして在る時俺は遂に……


 「じゃあ、次の街へいくけど……お前、忘れ物とか無いよな?」


 「……………………だ」


 「なんだ?あるのか?」


 「…………は……はじめ……だ」


 「っ!?」


 俺は何年ぶりかで自分の名を口にしていた。


 「……」


 「……」


 目を皿のように丸くする男と、暫く無言で見つめ合う俺。


 ――き、気まずい……俺は……


 「おおおおおぉぉぉぉっ!!そうか!お前、”はじめ”っていうのか!?」


 ――なんだその反応は?バカじゃ……


 「あははははっ!聞いたか?皆!こいつ”はじめ”っていうんだってよ!はははっ!良い名じゃないかよっ、チクショーッ!!」


 「…………うっ……」


 そう言ってその男は、馴れ馴れしく俺の肩に腕を回し、バンバンと背を叩いたのだった。


 ――

 ―


 それからまた数年……


 「今朝の飯当番は”(はじめ)”だったよな……おっ!なかなか上手そうじゃねぇか」


 「はじめぇ!それ食べたら今日は荷物運びの後、私が”短剣(ダガー)”の使い方教えて上げるから」


 その頃には俺は、相変わらず無口ながらも、なんとか他のメンバーとも交流出来るようになっていた。


 その時の俺は、なんとかリーダーに認められたくて……


 雑用の傍らにチームメンバーに鍛えて貰い、この世界の言葉も常識も教わった。


 ――さらに時は流れ


 やがて俺はチームの中にはいなかった”盗賊(シーフ)”の職業(クラス)を取得した。


 直接戦闘はほどほどだが、小賢しい罠や、すばしこさ、回避能力などには優れている。


 ゲームの”闇の魔王達(ダークキングス)”では見向きもしなかった職業(クラス)だったが、俺には結構、性に合っていると思った。


 いいや、それよりもなによりも、”闇の魔王達(ダークキングス)”では……ゲームでは……


 いや、前の世界では……欲しいとも感じなかった他人、煩わしいだけの人間関係……


 (わざ)(わざ)現実逃避して引き籠もった俺が、ゲームの中でさえ何が悲しくて他人と関わり合わなきゃならないのか……


 それ故、ソロプレイヤーだった俺。


 そんな考えが俺の中で少しずつ変わっていく感覚。


 俺はそれを好ましく感じる様になっていたのだ。


 ――色々な依頼をこなす日々……


 ――様々な冒険……命のやり取りが日常での支え合い


 俺にとってそれは、生きるために必死な毎日だったが、今にして思えば、同時に充実した日々でもあったのだろう。


 ――

 ―


 そう……あの”依頼”が入るまでは……


 「…………」


 と、とにかく俺は!


 それからも様々な冒険者達とチームを組み、そして……


 ――そのどれもが最後には”全滅”した


 「……」


 俺を除いて……


 俺の持つ奇妙な固有スキル、”再挑戦権獲得(アイルビーバック)”のおかげで?

 いいや……これはスキルなんかじゃ無い。


 これは最早”呪い”だ。


 他の転移勇者のような反則級(チート)な能力を持たない俺が、(ただ)(ただ)、仲間を目の前で失い続ける……無力さを無限に思い知らされ続ける……何百年もの呪い……


 ――

 ―


 「…………っ!」


 半分閉じられた薄い(まぶた)越しに差し込む、いつの間にか(あか)く染まる世界。


 「…………」


 黄昏の光を蒼き光糸の煌めきに変えて、蒼き髪の美少女は俺の顔を覗き込んでいた。


 「頼む、殺してくれ……」


 彼女の膝の上で仰向けに横たわった俺を、上から見据える蒼石青藍(サファイアブルー)双瞳(ひとみ)が、俺の口から出た言葉の衝撃を受けて……


 「っ!!」


 大きく動揺して揺れていた。


 第十八話「そう呼んでいいか?」前編 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ