第十七話「一欠片」後編(改訂版)
第十七話「一欠片」後編
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「…………ごふっ……ごほっ……」
「だ、大丈夫!?はじめくん!」
俺は……
少しばかり気を失っていたのだろうか。
「はじめくん!意識、意識ある?私が解る?」
――優しい声……
彼女から俺に対してこんな優しげな声を聞けるとは……
「…………」
気がつくと俺は、なんだかもの凄く感触の良いモノに後頭部を乗せて仰向けに横たわっていた。
「ごめんなさい……わたし……治癒呪文持ってない……グスッ……」
――泣くなよ……そんなことで……
だいたい……この世界設定で治癒呪文は致命傷を治癒は出来ない、それほどの治癒魔法は存在しない。
てか、そんなことより、裂傷と全身火傷で血と体液に塗れた俺なんかと密着してたら、せっかくの綺麗な服が汚れ……っ!?
そこで俺は初めて自分の体勢に気づく。
頭を彼女の……地面にペタリと正座したような彼女の膝に乗せて、仰向けに横たわった俺。
「…………」
仄かに鼻をくすぐる甘い香りと蒼く輝く光の束が……
サラサラと目の覚めるような蒼い髪が……
「はじめくん?」
俺に覆い被さって覗き込むように真上から俺を見つめる蒼石青藍の二つの宝石。
「……」
――これはっ!?
う、噂に聞く至福の絶技!約束の楽園が秘宝……
”THE・HIZAMAKURA!!”
――というやつなのかぁぁぁぁっっ!!
俺の意識は完全に覚醒したっ!
いや……したかも……しれない!?
*彼は瀕死です
「……」
――じ、実在したのか……俺みたいなヤツに対してもそんな高級寝具が……
満足に動かぬ身体と半ば機能不全の五感のままであっても――
いやさっ!それだからこそ!だからこそっ!
”痛くて苦しくて、俺どうにも出来ないんです、動けないんですぅぅ”
って、こんな風に生暖かくて”ぷにぷに”の高級枕に憚ること無く密着できるのだっ!!
――最高!!生きてるっていいなぁぁっっ!!
*しつこいようですが斎木 創は瀕死です
――なぁっ!……だ……だ……ぐっ!!
「ごほっ!がはっ!ごほほっ!!」
*言わんこっちゃ無い、もうすぐ死にます
「は、はじめくん!?」
舞い上がった俺は一瞬自分が重傷だと、死にかけだと言うことを完全に忘れていたが、直ぐに激痛と共に噎せ返る事でそれを再認識させられた。
「ぜーはーぜーはー!!」
「……っ」
同時に真上から俺を見下ろしていた少女の顔にグッと緊張が走ったかと思うと、直後そこに感情が溢れた。
「わたし……わたし……ごめんなさい……ごめ……」
「……!?」
パタパタと俺の顔に落ちる多少塩加減の効いた水滴、それは蒼い宝石から溢れた滴だ。
「ごめんなさ……ごめ……」
「……」
うっすらと視界が戻った俺は……
ただ……ただ、可愛らしい桜色の唇からひたすら零れる謝罪の言葉を、
彼女自身を責めるその言葉を止めたくて……
「う……くっ……ぐっ!!」
”大丈夫だ!俺は”勇者殺し”だぞ、こんな傷はかすり傷だ!はっはっはぁぁー!”
そう言いたかっただけなのに……
”瀕死”の俺にはそれは適わぬ事だった。
「ごめんなさ……」
「…………ごふっ」
そして不甲斐ない俺の口から代わりに出たのは、力の無い咳。
「だ、大丈夫!?はじめくん!」
「ぐっ……はぁっ!」
俺は焼けただれた手に力を籠めて!
――ぐぅおぉぉっ!!
ギリギリなんとか持ち上げ、マリアベルが心配する元凶、噎せる口元を押さえ、
「だ……だい……丈夫……だ」
弱々しくも笑ってみせ……られず、表情は苦悶のまま、言う事をきかない。
「はじめ……くん」
心配そうな瞳のまま、だが、それでも俺から返事があったことに少しだけ安堵した彼女。
――くそ……根性無しの俺の表情筋め……
そして仕切り直しとばかりに、俺は場を和まそうと無理矢理に息を潰れた肺に送り込み、言葉を選ぶ。
「少し……肺に入った……」
たとえば、こんな風に……模倣ってみる。
「はじめくん?」
だが悲しいかな、通じない。
――通じるわけ無いか、ははっ……
あのトナミ村の犬頭人兵士達が居たなら或いは通じたかも知れんが……
いや、それは言うまい!
「っ!?…………ごっ……ごっ」
そうして彼女を思いやる余裕を見せようとしたのも束の間、俺の肺から違和感が一気に込み上がってくる!
「ご?ごっ?……なに?はじめく……」
「ゴバァァッ!ガハッゴホッ!ガハァァッ!ゲホホホッ!グファァーーッ!!ギャガッ!ガハァァッ!グホォアァッッ!ガハゴホゲホッ!!」
無理を……無茶をしすぎた俺の口からは怒濤の如き咳が吹き出し、俺は大いに噎せ返って苦しむ。
「ぜ、全然っ!少しじゃ無いじゃんっ!!ばかぁぁっっ!!」
慌てて俺の後頭部に手を添えて身体をそっと寝返らせ、反対の手で優しく俺の背をさする少女。
「かはぁぁーーふぅぅーーはぁぁーー…………」
俺は死ぬほど……
ほんと、比喩表現じゃ無く死ぬほど咳き込んだ後で、衰弱して微弱になっていく呼吸を次第に整えていったのだった。
「はじめくん……」
そんな俺を終始心配そうに見つめる少女の蒼石青藍の瞳。
「……」
「……」
――俺は死ぬだろう……
そうだ……それは避けられない。
この顛末、それは全て俺の行いの結果だ。
だから俺がここでこんな”惨めな死”を迎えるのは当然の結末とも言える。
だがら……俺が死ぬことには異論はもう無い。
「はぁ……はぁ……」
数少ない幸いな事と言えば、遠のく意識で痛みが薄れていた俺は、この今際の際にて、冷静な状態で色々と思考することが出来たという事。
――これまでの死のこと
――これまでの死から後のこと
そして――
この三百年の不甲斐ない人生で唯一、俺に”守られてくれた”少女。
この瞬間、目前に存在してくれる”マリアベル”のことを。
「…………」
俺は在る結論に達していた。
――何回も死んでいるからって死に馴れることなんて無い
――死は恐怖だ……生者にとって最大の恐怖と苦痛、それは変わらない
――何回も死んだ俺が言うのだから間違い無い
だからこそ、俺は今回こそは、今回”こそ”だから、
本当の意味で自ら”死”に抗ってみることを……
「マリ……アラベスカさ……ん」
「!?」
……俺はそれを決意した。
――”無駄死に“と同じであってはならない
「は……じめくん?」
――”無駄死に“と同じであるはずが無い!
俺は死の間際、思考の末に……
蒼石青藍の双瞳……俺が初めて会った時から魅入られる美しい彼女の瞳。
心配そうに覗き込む少女の顔を見つめて、そう思った。
――俺は……”俺の一欠片”を見つけたのかも知れない
と……
「はじめくん、なに?言って、なんでも……」
俺が見つけたのは”一欠片”
”竜の一欠片”なんて”一欠片”じゃ無くて、それは俺の……
涙に濡れつつも、優しい顔で俺に応えてくれる少女に、俺は、だから、
「頼みが……ある」
それは俺が見つけた一欠片の希望へと続く道を繋ぐため……
「うん……」
無理をして優しい眼差しで俺に頷いてくれる少女に、俺は出来るだけ穏やかに言う。
「マリアベルが俺を殺してくれ」
「っ!!」
――だから……”絶望”を要求するのだろう
三百年という時間を費やした異郷での旅の末に……
ずっと望んでいた。
何処までも渇望した。
「はじ……め……くん?」
俺の希望の”一欠片”を……
――そう……俺は遂に見つけたんだ
第十七話「一欠片」後編 END