第十六話「卑怯な男と転移の宝珠」前編(改訂版)
第十六話「卑怯な男と転移の宝珠」前編
ドゴォォォッ!!
崖下では”霜の巨人”の巨大な鉄拳が岩を砕き、破片が飛び散り!
「ぎひゃぁぁーーでガスゥゥ!!」
それを逃れて、右へ左へ無様に転がりまくる茶色い毛玉の姿が……
「……」
――くそ……完全にタイミングを逃した
やりたい放題に暴れまわる巨人を見下ろし、俺は舌打ちする。
「…………斎木……創」
そしてもう一つ。
目前で、敵の黒い霧に襲われかけて膝をついた”蒼き竜の美姫”が、助けたはずの俺を睨んでいた。
「ふふん、やはりコソコソと潜んでおったか、ゴキブリめ」
更に、なにより忘れてならないのが……
呪術導士ヒューダイン=デルモッド。
陰気な呪術導士は窪んだ眼を鈍く光らせて、カサカサに渇いた唇をこれ見よがしに吊り上げながら、イヤラシく嗤って見下すように俺を覗っていた。
――結界を起動するのは呪術導士が現れて……それから、十分にヒューダインの隙を作ってからだったはずが……くそっ!……全て台無しだ
切り札の”魔術遮断結界”は起動してしまえば数十秒ほどしか持たない。
だからヒューダインが現れて、隙を見つけられるまで……
あの巨人を結界内に留めておかなければ意味が無かった。
――なのに……
「くっ」
機を逸した不意打ちなんて……宛ら肉の無い焼き肉定食だ。
「愚かなり盗賊崩れの小物よ、無い知恵を絞った数少ない機会を自ら潰すとは!フハハハッ!」
これ見よがしに俺を嘲笑う目前の灰色ローブの根暗ジジィ……
「……」
だが俺はそんな嘲笑なんかに構っている暇は0.1秒だって無い!
――何処だ?ドコだ?どこだぁぁっー!?
くすんだ趣味の悪い灰色ローブ姿の呪術導士をジロジロと物色し、俺は、予想した魔物を支配できる”希少魔法具”を……それらしきモノを探る……
が……
「ふん、挙動不審にキョロキョロと……小物は死の間際でさえ見苦しいことこの上ない」
ヒューダイン・デルモッドは相も変わらず侮蔑した表情と言葉を俺に向けて放ち、その後にスッと左手を翳した。
「今度こそ焼き尽くしてくれようぞ、ゴキブリめ!」
そして言葉通り、直ぐに”炎の呪文”詠唱に入る呪術導士。
シュォォーーン
同時に、俺とマリアベルの前には再び黒い”呪いの霧”が人型を成し、主である呪術導士を護るように出現したかと思うと、そのまま臨戦態勢に入っていた。
「ちぃ!」
――同じ轍は踏まないってかよっ!
奇襲は失敗した。
魔物支配の”希少魔法具”の所在は不明。
俺に残る手札は……
崖下で欲しいままに暴れる”霜の巨人”を数十秒ほど無効化できるだけの魔術遮断結界……つまり”魔術遮断の杭”一枚きりだ。
「ウゴォォォォッ!!」
「ぎぃひゃぁぁーー!!あ、主さま!あるじさまぁぁーー!!」
「……」
――なんとか状況の好転を……
「ウガァァ!!」
「ひぃぃーー!!死ぬ!死ぬでガスぅぅ!!」
「……」
――何か手は……
崖下では既に逃げ場の無い岩壁に追い込まれた間抜けな火狸の姿が、しっかりと俺の視界に入っていた。
「……………………ちっ!……結界起動っ!」
俺は暗中の模索を諦めて、遂にその言葉を叫んでいた。
ブォォォーーン!
ブォォォーーン!
ブォォォーーン………………
崖下で次々と、十三本もの光の柱が出現し、それらは”霜の巨人”と火狸を円の中心に内包したままそそり立つ!
「なっ!なんだとぉっ!?」
「っ!?…………さ、さいき……あなた……」
陰気なエロジジィは一瞬それが何か理解出来ず、呪文詠唱を中断して防御体勢をとり、
跪いたままの美少女は、美しき蒼石青藍の瞳を丸く見開いて俺を見ていた。
ブォォォーーン!ブォォォーーン!ブォォォーーン!…………
そしてその三人、俺達の居る崖上を通り過ぎ、遙か天空まで伸びる光りの柱達。
「ゴォォォーー!ウガッ!?…………ガッ!……ガガ……ガ……」
崖下では化狸を押しつぶす寸前だった巨人が間一髪で動きを停止。
続いてゆっくりと……突然電池の切れた玩具のように不自然な動作で膝から垂直落下して……
ズズゥゥーーンッ!
仰向けに倒れた。
「さいき……はじ……め?……なんで……見捨てないの……」
信じられない光景を見たかのような瞳で、敵であるヒューダインよりも呆けた顔で俺を見るマリアベル。
「…………あ、あるじぃぃさみゃぁぁ」
崖下では濛々と巻き上がる砂埃と岩壁に張り付いたままで、崖上を見上げて腰を抜かす化狸の姿があった。
――うぅ……や、やっちまった……俺は……
状況を好転させる僅かな機会も棒に振った俺は……
斎木 創という愚か者は……
「……」
短剣を構えたままその場に立ち尽くす。
「し、信じられぬ……このような強力な結界をどうやって……」
驚愕に打ち震えるヒューダイン・デルモッドであったが、
「…………失敗だ」
俺は独りごちる。
崖下でひっくり返った巨人の凶悪な眼光からは完全に光りは失われてはいる。
だがしかし、それはあくまで一時的なものだ。
巨人の生命活動が健在なのは、霜に覆われた巨大な胸が僅かに上下していることからも、誰の目にも明らかだった。
「…………はっ!馬鹿め、このような”切り札”を持ちながら無駄に使い捨てするとは」
暫し間抜け面で佇んでいた呪術導士はようやく状況を察して、憎らしい余裕を取り戻す。
「所詮は小物、恐怖のあまり暴発させてしまったのだろうが……フハハハ、救い難い愚か者めっ!」
この手の結界は長く維持する事は無いと、直ぐに状況を把握したのだ。
――解ってるって!自分が救いがたい愚者だってのはなっ!
「マリア……アラベスカさん、これを受け取れ!!」
そして俺は更なる愚行を試みる。
パシッ!
「っ!?……な!え?斎木……はじ……」
俺が投げた品を咄嗟に受け取った少女は、美しい瞳を白黒させて俺を見ていた。
「ボーとするなっ!それは”転移の宝珠”だ!信じられないかも知れないが、それは念じたところへ瞬時に移動できる消費型アイテムだ!それを使って直ぐにこの場から離脱しろっ!」
「転移の……宝珠だと?」
「え?ええ?……でも……え……」
ピンポン球大の宝珠を受け取った蒼髪の美少女はまるで訳が解らないという顔で混乱し、灰色ローブ男の陰気な目は、彼女の白い手に握られた”それ”を捉えてヌラリと光る。
――信じられないか、くっ無理も無い。”転移の宝珠”の存在は多分俺ぐらいしか識らないだろうから……
「聞いたことが無いな……だが、万が一という事もあるか?」
低い声でそう呟いた灰色ローブ男、ヒューダイン・デルモッドは、渇いて節くれ立った指を俺からマリアベルの方角に移動させて翳す。
勿論、それはマリアベルに向けた”炎の呪文”詠唱の前段階だ!
――チィッ!今はとにかく時間が無い!!
「信じてくれマリ……アラベスカさん!!それは”勇者”を倒すことで手に入れられる超超激希少アイテムだ!!だから世間に知られていないのも無理は無いし、俺だって三百年の人生で三つきりしか所持していない、そのうちの一つなんだよ!」
「……勇者?……三つしか?……でも……」
戸惑ったままの瞳で手中の宝珠と俺を交互に見る少女。
「ふん、戯れ事を……だが念には念をか。取りあえず実験は一旦中止だ、燃えろ竜人の”一欠片”!!」
ヴォォォォォォ!!
呪術導士の翳した掌に黒色の炎が宿り始め……
「マリ……アラベス……ええい面倒くさい!!とにかく急げっ!!卑怯者の俺はこういう時のために”それ”を用意していたんだよっ!どんな窮地でも、状況でも、いざという時に仲間を見捨てて逃げられるようになっ!!」
「見捨てる……でも……”斎木 創”はあの”火狢”を……」
――ええい、ほんとに面倒くさい!!なに急に俺を見直してんだ!!そのまま嫌っとけよ!!
「バカ!俺は”そういう”男だろ?お遊びで戦ってて、お遊びで仲間を見捨てる男なんだから、そういう見捨てる男は見捨てろよ!ってホントややこしいっ!!とにかく、どこでもいい、閻竜王城でもトナミの街でも、早く魔力を注いで念じろ!早くっ!!」
恥も外聞も無い……
俺はとにかく必死だった。
少女を避難させるため、俺を見捨てやすくするため……
さっきまで割と不満に思っていた俺への低評価を自ら認めて、俺の最低さを必死にアピールして、早々の離脱を促すっ!
「……だ……だめ……だよ……だって……」
だがそれが徒になった。
他人の逼迫した事情を肴に適当に愉しむ傲慢で強者な斎木 創。
普段はどうでも、大切な者のためには我が身を顧みず助けようとする斎木 創。
彼女の中で確定されない正反対な人物像の狭間で……
マリアベルは大いに混乱していたのだ。
第十六話「卑怯な男と転移の宝珠」前編 END