第十五話「囮」後編(改訂版)
第十五話「囮」後編
――っ!?
目前に居る蒼石青藍の瞳の少女と微妙な緊張感ながら一瞬、視線を絡ませると、俺と彼女は予定の戦闘配置につく。
ズッズゥゥーーン!!
ドスンッ!ドスンッ!
「ウゴォォォォッ!!」
十数メートルほど崖下の開けた原野に、地響きと共に例の巨人が出現していた。
「ぎゃっはぁぁっー!!あ、主様っ!怖っ!メッチャ怖いでガスよぉぉーーーーっ!!」
荒れ狂う巨人を先導するのは勿論、化狸……
「くぅひゃぁぁーー!!こわぃぃぃぃーーでガスぅ!!」
鼻水と涎に塗れたみっともない顔で必死に逃げる化狸。
ドタドタドタドタ……
動作自体は緩やかながら圧倒的に歩幅の違う巨人の前をちょこまかと必死で逃げる獣の姿……
何故か四本で無く二本足で、運動不足の腹が出た中年オヤジの様にヒイコラ走る見苦しいことこの上ない化狸は……認めたくは無いが俺の使い魔だった。
「…………」
――野生の欠片も無い……正直恥ずかしい……もうちょっと、なぁ?あのバカ狸め……
「クス……斎木 創にはお似合いの使い魔ね」
冷笑と共に俺をチラリと見る蒼き竜の美少女。
「…………余計なお世話だ」
俺は今まで何度も向けられたことのある冷たい視線に、今回ばかりは唯々恥ずかしいという感情だけ感じながら……
文字通り”穴があったら入りたい”と謂わんばかりに、その場からスゥッと気配を消した。
暗殺者スキル……潜伏だ。
「……」
俺は羞恥に少しばかり耳を赤く染めながらも、蒼き髪の美少女を監視できる位置に潜む。
ドスンッ!
「ウゴォォォォッ!!」
「あ、主様ぁーー!!死ぬぅ!死ぬでガスよほぉぉーーアッシィィ!!」
――まだだ……まだ
ドカァァァーーー!!
「ぎゃぁぁっーー!!怖いぃぃっ!見た?見ましたかぁぁっーー!!いま潰されかけたでガス!アッシ、ペラペラのキューーになるところで……」
バキィィィーーンッ!!
「うっひゃぁぁーー!!」
――まだだ……結界を起動するのは呪術導士が現れて、それから……十分にヒューダインの隙を作ってから……
「ぎひゃぁぁーー!!」
「…………」
――ちっ、堪えろバカ狸!
炎属性のお前は本来、”霜の巨人”とは相性的には良いんだからな。
ガシャァァーーン!!
「ふぎぃぃっ!!」
崖下では、やりたい放題暴れまわる霜の巨人の姿。
巨大な鉄拳で岩が砕け散り、その破片と共に茶色い毛玉が右へ左へ無様に転がりまくる!
”魔術遮断結界”は起動してしまえば数十秒ほどしか持たない。
呪術導士が現れて、なんらかの隙を見つけられるまで結界内に留めなければ……意味が無い。
――くっ!
だから、俺は物陰に潜みながらその光景を傍観する事しか出来ない……今は……
「ウゴォォォォッ!!」
ドシィィーーン!!
「あ、あるじぃぃーー!!ひひゃぁぁーー!たすけ……」
――まだ耐える時だ……
「……………………やっぱり……最低」
そんな俺に対してだろう。
蒼き竜の美姫の唇がボソリとそう動いた時だった。
「フハハハァァーー!!なんだ?上位種を騙る竜人の女は崖上で下っ端を犠牲に高みの見物か?フハハハァァ!!」
ブワワッッ!!
蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの前に突如黒い霧が発生したかと思うと、それは瞬く間に中心に向かって集約してゆき、人型となって……
”それは”見知ったエロジジィに姿を変える。
――っ!
マリアベルも直ぐに槍を構えてその人物を睨む。
「…………」
灰色ローブの男は、しわくちゃ顔の中に埋もれて窪んだ……欲望にギラついた眼を光らせて立つ。
シュゴォォーー
そしてその呪術導士の全身を覆う黒い霧は……”あの呪い”であるのは明白だ。
――呪いを纏った?……呪いの鎧かよ
俺は潜伏した状態で、そっと右肩の背面に背負った短剣の柄に手を伸ばし……
「竜人族の女よ、貴様では我が僕、霜の巨人には太刀打ちできまい……そこで指をくわえておるのが関の山よ、フハハッ!」
――正面からはマリアベルが牽制している
まだ気づかれていない俺は……
低く、低く腰を落とし、俺は呪術導士との距離を慎重に測って柄に手をかけた短剣をしっかり握って蹴り足に力を込める……
「なっ!?」
ザシュゥーー!!
「うはっ!ハハハァァーーッ!愚かなり竜人の女よ!我が呪いにそんな攻撃は効かぬっ!」
俺が慎重に、確実にと……
敵との距離を、必中の距離を測っていたのを……
全く台無しにするマリアベルの槍による一閃!
勿論それは前回同様に、呪いの黒霧に吸収され、空を切る!
――ばかっ!?なんで……
「再び我が虜囚となれぃっ!竜人族の女よっ!」
ブワァァァッ!!
そして黒い霧は灰色ローブの魔術師から一気に放たれ、目前の蒼き竜の美姫を完全に覆っていった。
「くっ!くそぉぉーーー!!」
俺はもう……
作戦も何も無い!
潜伏状態を解除し、そこに向かって飛び込んで行くという愚かな一択しかなかった。
ズドォォ!!
姿を現した俺は、そのまま一気に黒い霧に向かって短剣を突き出す!!
バリッバリバリバリィィッ!!
突いた箇所から一気に明滅する光と熱が広がり、それは瞬く間に対象者の全身にまで達した!
――電撃伝導突き!
ブワァァァッ!!
そして霧は弾けて霧散し…………
「…………っ……はっ……」
なんとか蒼き竜の美姫は……マリアベルは……無事だった。
「く……なんでだ!」
短剣を右手に下げたまま、二人の間に割って入った俺は、味方の彼女に苛立ちを吐き捨ててヒューダインに対峙する。
「ふふん、やはりコソコソと潜んでおったか、ゴキブリめ」
そして……
呪術導士ヒューダイン=デルモッドは窪んだ眼を鈍く光らせ、カサカサに渇いた唇の端をこれ見よがしに上げながらイヤラシく嗤ったのだった。
第十五話「囮」後編 END