第十四話「零れ落ちるモノ」(改訂版)
第十四話「零れ落ちるモノ」
「そうよ、今の私はその程度の戦士……日常の殆どの時間を”その程度の能力”で過ごすのよ、竜の欠片は……欠陥品の欠片は……」
少女はキッと鋭い視線を向けたまま、不機嫌にそう言った。
「”今の”ってことは、日によって”能力値情報”が変化……するのか?」
「……そうよ、ふふ”欠陥品”だから」
俺に”存在の宝珠”を渡してから終始落ち着かない様子で無口だった少女は、一転、自分から自身の事情を話し始める……
桜色の唇の端を歪に上げ、その可愛らしい容姿に到底似合わぬ自虐的な冷笑を浮かべて……
「私はね、月のうち四分の三はそういう程度の存在なのよ……ふふ、というかそっちが本当の私?だって殆どその状態なのだから……ふふふ」
――なるほど……な
俺は初めて見る彼女の卑屈な一面を、
自虐的な顔を目の当たりにし、多少混乱をしてはいたが……
これで色々と納得がいったのも事実だった。
今から思えば、あの”黒い霧”……
”大呪殺”とやらに対峙した時にマリアベルは、魔法攻撃や付加魔法を使わなかったのでは無く、使えなかったという事だ。
呪術導士ヒューダイン=デルモッドの根城偵察を頼んだ時は、探知系の魔法で探ってみたと言っていたが……
それは多分、使い魔……
あのクルムヒルトとかいう、雪兎にでもさせたのだろう。
「なによ、黙り込んで……そんなに私が滑稽?」
「……」
「ふふ、貴方としてはさぞ溜飲が下がったことでしょうね、自分を散々馬鹿にしてきた女が実は自分よりずっと無力な存在、その程度の存在だったって……」
「………………言うな」
「?」
「だから……自分を”その程度”って言うな」
俺は苛ついた口調でそう言っていた。
気がついたらそうしていたのだ。
「な、なによ、その程度はその程度でしょう?人間程度、人間以下の能力……」
「”程度”っていうのはな、”どういう頃合いか”っていう、適当と感じられる言葉なんだよ!卑下した表現で勝手に”程度”様を貶めるんじゃねぇよっ!」
「なっ!?」
俺は”そういう風”に用いられる卑下が大嫌いだった。
とても適わない敵から逃げたって……
圧倒的な悪に対して土下座したって……
――それでも俺は生き抜いてやるっ!
失敗や敗北はいつか……
そう、ひょっとしたら……
”まぐれ”でも取り返せる日が来るかも知れない。
”失敗は成功の基”……でもその前に、
先ずは”生きて”いられなきゃその次の成功にはお目にかかれない!
それは俺の経験……
三百年、何度も何度も味わった苦渋の結果の現在の情けない”自分の肯定”だからだ。
――良い事言ったよな?俺……
とはいえ……
感情にかまけ、俺の口から出た彼女への言葉は、”俺の持論”を表現するには中々に無理があった。
つまり、支離滅裂すぎたのだった。
「なによ……斎木 創!貴方がなにを言ってるのか意味不明だわ!それとも自分は”勇者殺し”なんていう大層な存在だから……だからって……グス、だいたい貴方は不真面目すぎるのよ!強いからって!余裕があるからって……全然本気にならずに……遊んで……いつも真剣に戦わないで……ヒック……」
そして蒼き竜の美姫は、蒼石青藍の双眸に涙をいっぱいに溜め、そして遂にはそれを溢れさせてしまったのだった。
「げっ!」
――いや……おい……泣かせてどうする!?
「お、俺が強い?遊んでいる?」
「そうよ!貴方のような桁外れの強者には……グス、半端な欠片の気持ちなんて……うっ……」
「……」
――そうくるか……
なるほど、確かに俺は対外的にはそういう事になっていたか……
「う、うぅ……」
「……」
しかし当然ながら事実は全然違う。
俺はいつも全力だ。
全力で戦って、全力で逃げて……そして全力で無力だ。
無力だから……無力であるが故に俺は……
――いつも全力なんだ!
「……俺が本気で戦っていないと思っているのか?」
抑も俺がそう仕向けた。
仕事を色々とやりやすくするため、俺の保身のため……
俺が勇者に匹敵する強者だと、竜人族がそう思い込むように仕向けた。
だから彼女の俺に対するイメージは仕方が無い……
頭ではそう解っている、解ってはいるが、
一度は本当に彼女のために命を懸けた俺への不当な評価に、俺の心中は複雑だ。
「……そう思ったけど……思ってたけど……グス……でも……考えたら……ファブニールにさえ圧勝する貴方が……これくらいの敵に苦戦するはずが無いわ……」
「……」
そりゃそうだ。そう思われても仕方が無いだろう。
だが、自身の右腕を取り戻しに来たマリアベルと再会した夜に、バイト先の部屋で俺が話した身の上話を……
彼女はそれを、やはり信じていなかったと言うことでもある。
異世界とか女神とか……
そんな与太話は確かに信じられなくて当然で、あの時のマリアベルも”駄話”だと評していた。
「……あ、えと」
俺に真面な慰めの言葉は出ない。
何故なら、そうする資格が俺には無いからだ。
出会ってから此所までの俺と彼女といえば……
初見では、腕試しも兼ねていただろう彼女の襲撃に、不甲斐無い俺は為す術無く虜囚にされたうえ、ひん剥かれて磔にされた。
その後も……
彼女の実家、閻竜王の城に連れて行かれてからも、なんともチグハグなやり取りを繰り返し、成り行きで恐らく竜王国屈指の竜剣士と闘い……今度は見た目には圧勝!
そして此所、”魔神の背”山での戦いでは、明らかに格下の呪術導士ヒューダイン=デルモッド相手に卑怯な手を織り交ぜたギリギリの攻防を演じて……
マリアベルと出会ってからの俺の行動を顧みてみると……
見る側から、俺の強さには全く一貫性が無い。
強いのか弱いのか……
いや、まぐれで竜剣士ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンは勝てるような相手では無いとマリアベルも周知しているだろうから彼女はそういう結論に辿り着いた。
――強い斎木 創は余裕があるから全然本気にならずに遊んでいた
――真剣に戦わないで不真面目に戦っていた
実際、それらは完全な買いかぶりなのだが……
――”対処療法的”
言ってしまえば行き当たりばったりな俺の行動が、彼女をこういう疑心暗鬼に陥らせたのだと、俺は今更ながら思い知らされていた。
「……」
とはいえ……
”俺、本当は大したことが無いんです”と申告するのは絶対にNGだ!
何故なら俺が桁外れの強敵達に対するには、その”ハッタリ”が欠かせないから。
「グス……ひきょう……もの」
少し考え込んで黙っていた俺を、美しい蒼石青藍の双眸に涙を溢れさせた美少女が不満そうに睨んでいた。
「…………ふぅ」
この不条理な人生は……
最早、自業自得というより俺の宿命とでも言うべきだろう。
俺はこの世界に飛ばされて三百と二十五年、向こうの世界に居た時には想像も出来ないような苦労を味わってきた。
言葉も通じず、金も無く、能力も低い。
変な固有スキルが二つほどあるが、そんなものが別段日常に役に立つわけでも無く、俺は途方に暮れて自暴自棄になった時期もあった。
だが、現在の俺には”目的”がある。
金以外にも……生活のため以外にも……
実は……ある。
その”目的”のために、俺は”勇者殺し”なんて途方も無く危険な仕事を請け負っているとも言えなくも無い。
別に俺と同じ境遇のくせに反則級の超能力を授かって、やりたい放題の勇者達を妬んでっていうのが全てじゃ無いんだ。
「斎木 創、貴方は卑怯だわ!高いところから弱者を演じて愉しんでいる……最低」
「……」
だから……俺は明かせない。
目的のためには、魔王共から”勇者殺し”の依頼を受け続けるには、俺の実力が勇者に匹敵すると思わせなければならないからだ。
数多の強敵との衝突を回避したり、実際の戦いでハッタリをかますには俺の本当の実力を知られる事はデメリットでしか無い。
だから、彼女が俺に向けてくる不条理な非難に(といっても理由を知らない彼女にとっては全く以て道理なんだが)俺はいつも通り黙ってやり過ごしていたのだが……
「私を助けるため?英雄を演じて、さぞ楽しかったのでしょうね……この偽善者っ!」
「……」
――偽善者?
――俺が?
その言葉には少々カチンと来る。
「べ、別に俺は必要なことをやっただけだ、言っておくが俺にだって良心はあるし、助けられる仲間がいるなら多少のリスクを冒してもそうするだろう……」
「多少の?リスク!?」
俺の言葉尻を捉えた少女の蒼石青藍の瞳に、忽ち苛立ちの炎が灯るのがわかった。
「全力を出さずにリスク!?貴方というひとは本当にどこまで他者を馬鹿にしているのっ!」
――俺はいつだって全力だっ!
――無力故に全力で、あの時も本当にお前を助けたいと思ったんだよっ!!
「……」
心中で叫ぶも、実際の俺は糾弾してくる少女に反論できない。
――あの時、俺は命懸けで土下座を……
「…………」
――いや……俺は……
実のところ俺は自身の命は懸けていない。
俺には”目的”がある。
だからこんなところで死ねるわけがない。
自身の命が一番大事、そんなのは珍しくも無いだろう、当たり前だ。
俺はこの三百年の間、その経験の中でも仲間を助けようと全力を尽くしてきた……
けど厳密には命を懸けたことなど無い。
それは非難されることじゃないはずだ、皆同じはずだ……
だってそれはマリアベルだって同じだろう?
彼女の事情は彼女のものだし、そのために彼女は戦っている。
だったら俺が俺のために戦って、仲間のために最善を尽くして……
それでも駄目な場合は……ヤバい時には逃げる算段を用意していたって良いだろう?
蒼き竜の少女に散々に糾弾されて俺は、
俺の頭の中もグルグルと思考が回って混乱する。
「……くっ」
腰に下げた革袋の中にある宝珠。
超が幾つも付くような激希少アイテムのそれは”転移の宝珠”だ。
どんな状況からでも、ひとっ飛びに別の場所に転移できる、取って置きの消費型脱出アイテム。
――最終的に、俺には”転移の宝珠”があるから、俺は多少の無茶ができる……
つまり彼女の言い様は正しくないが、全くの間違いでも無い。
――俺は本当の意味で仲間のために命懸けでない
「……」
だから俺は反論をしな……できなかったのだ。
「斎木 創……やっぱり貴方は最低よ」
――くっ!……いい加減、五月蠅いな
どうして俺がそこまで非難されないといけないんだ?
――くそっ、必要以上に絡んで来やがって……
「だったら何だよ?俺にも都合があるんだよっ!……それにお前はお前の都合で、お前の国の都合で俺の指揮下に居るんだろうが?」
「……っ!」
ようやく口を開いた俺から出た言葉に、マリアベルは蒼石青藍の瞳を見開いて睨む。
「竜王国は”勇者”を排除したい。その為に”勇者殺し”の力が必要。で、それには俺の”刀剣殺しの短剣”が必要……つまり利害は一致しているからマリアベルは俺の指揮下に入ったんだろうが?なら俺の指示に大人しくしたがっていればいい、異論はあるか?」
けれど、構わず俺は続けた。
「…………」
正論ではあるかもしれないが、突き放した言い方を受けて、蒼き竜の美姫は俺を一層に……最早”仇”を見る瞳で睨んでいた。
――ふん、関係ない。俺は自分のために……自身の仕事を全うするだけだ!
「異論が無いなら作戦を組み直す、そうだな、先ずは……」
「…………異論があるわ」
「……」
感情の入り交じった声から一転、冷たい響きの声……
マリアベルの今まで聞いたことが無い声調に、俺はその説明を一時中断して少女を見ていた。
「斎木 創は……私を……」
「……」
「斎木 創は私の事を”マリアベル”って、二度と呼ばないでっ!!」
「……」
ズキリと胸が痛む……
彼女の桜色の唇から続いて出た言葉は冷淡で、
俺を見る蒼石青藍の瞳はもう俺には興味が無いと……
「……」
「……」
そう言っているようであった。
「…………解った……なら、アラベスカ嬢、これから新たな作戦を説明する」
そして俺は、なにかがストンと零れ落ちたような錯覚をおぼえていた。
「……」
無言で俺を見る色の無い瞳。
「作戦内容は……」
だが俺は別に何も失っていない……
そう、異世界に来てしまってから、
本来の俺は何時だってどんな戦いの時だって、
――仲間……他人とはこんな感じだったんだ。
第十四話「零れ落ちるモノ」END