第十二話「無謀者と啖呵」前編(改訂版)
第十二話「無謀者と啖呵」前編
「フォフォフォ、対等?誰と誰がだ?若造」
陰気な灰色ローブ姿の呪術導士ヒューダイン=デルモッドは、皺クチャの顔で高らかに嘲笑う。
「切り札を倒されたくせに……開き直ったのかよ、エロジジイ!」
「フハハッ若造!貴様如きがどう足掻こうが我が足元にも及ばんのだ」
噛みつく俺に、陰気魔導師のエロジジイは、さも当然のように答える。
「はぁ?ヒューダインさんよ……呪術導士の直接攻撃魔法なんて大したモノは無かったはずだよな?」
――確かそうだったはず……
呪術導士の習得する魔法の多くは呪い……
状態異常系の阻害魔法で、直接戦闘向きの職業とはお世辞にも言い難い。
勿論、攻撃魔法も在ることには在るが……
攻撃専門では無い呪術導士で、推定レベルも15前後では、どちらにしても大した攻撃魔法は無いはずだ。
「個対個での”炎の玉”程度なら、正直、俺にはなんの脅威でもないぞ?」
そして俺の言葉はハッタリでも傲慢でもない。
俊敏性に優れる各職業の上に君臨する上位職業である”影の刃”にしてみれば、”撃ちますよ”って宣言してくる単発の下位攻撃魔法など実際止まっているようなものだからだ。
「フハハハッ貴様の様な情けない”土下座男”が、百歩譲って……いや一万歩譲って仮に、万が一、有りえん事だが、奇跡的に、真実、上位職業だという珍事があり得たとしても……だ、所詮はただの人間。そこには越えられぬ壁があると知れ!」
「…………」
――いやいや、否定しすぎだろ?ジジイ、俺ってそんな駄目そうに見えるのか?
相変わらずこれ見よがしに俺を見下してくる、根性がねじ曲がりまくったエロジジイの態度を受けて、隣の美少女……マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢をチラ見してみたら……
「ぷっ……くすくす……」
――あぁっ!こ、こいつ、今一瞬、笑ったよね?ね?
「おまっ!なに笑ってんだよっ!!」
「……わ、笑ってないわ……ぷっ……くすくす」
「……」
――今度は笑いながら目を逸らしやがった
――ちっ!可愛らしい口元から笑みが堪えきれてませんよぉっ!
俺は味方であるはずの少女からさえ嘲笑を受けてしまい、完全に頭に血が上っていた。
「くっ!このエロジジイ!だいたいなぁっ!サラッと流すところだったが、誰が”土下座男”だっ!!そっちがその気なら俺も容赦しねぇ!ぶっ飛ばして俺の”刀剣殺しの短剣”を返してもらうぞっ!」
俺は目前の灰色フードの呪術導士に勢いよく啖呵を切って、短剣の切っ先を向けていた。
「……ふん、小物が。戦場の状況分析能力も推理力も悲しいほどに乏しいな」
俺に怒りの切っ先を向けられても全く動じないジジイは、陰気な含み笑いから続いて口元を歪ませ、なにやら懐を探る様な怪しい動作をする。
「っ!?」
――なんだ、あれ?……ちょっと……変な魔力を……!?
途端に俺の感知能力は、ジジイから異質な魔力を読み取ってざわめく!
「その腐った眼を見開いて見るが良いっ!我がこの地に魔導研究施設を築いた理由をっ!」
ゴッゴゴッゴォォォォーー
途端、地響きとともに!
ドスンッ!ドスンッ!
大地がわずかに上下するほどの衝撃が、何度も何度も等間隔に続けて響いて……
――何かが……
――巨大な足音の本体が……こっちへやって来る!?
「こ、これはっ!?」
思わず俺の口からでた驚嘆の息は、白い靄となって大気に吐き出されていた。
――瞬間的に周辺の空気が変質……した?
具体的には大気中の水分が急速に個体化してゆく様な……
耳の淵が僅かに痛みを覚え、短剣を握った指が悴んでいくのをリアルタイムに感じる。
――つまり……
「さむっ!!」
そうだ、この一帯は明らかに外気の温度が急速に下がっていた。
ズズンッ!ドスンッ!
そして、その大層な足音が響き、それが近づいて来る程に……
「……」
気温はさらに低下し、俺の握った短剣の刃にうっすらと霜が降りるほどになっていた。
「フハハァァーーッ!!この地に残された季節はずれの雪を不思議に思わなんだか?」
「ぐっ!」
「間抜けっ!!小物、貴様は足りない頭を地ベタに擦りつけていたが、磨り減りようが無い頭では気づくはずもないかぁぁ?土下座男ぉ、フハッフハッハッハッハァァーー!」
「くっ!くく……エロジジイ」
灰色フードの下で陰気に、皺くちゃの溝に埋もれさせていた歪んだ含み笑いを、現在はこれ見よがしに全開に破顔させて俺を嘲る呪術導士ヒューダイン=デルモッド。
「誰が土下座男だ……そんなあからさまな異変はなぁ……」
ジャキンッ!
「こっちは”とっくに気づいて”んだよっ!」
度重なる罵倒に俺は遂に堪忍袋の緒が切れ、短剣を手に飛び出そうとする……
「だめっ!!”土下座衛門”、新手がくるわっ!」
だが、隣の蒼き竜の美少女がそう叫んで、灰色の呪術導士に飛びかかる寸前であった俺の肘を引いた!
「へっ!?」
虚を突かれ、思いとどまる俺!
「待避するわよ!」
そして呆ける俺を置いて、蒼く美しい髪と蒼いゴシック調スカートの裾を靡かせて――
ザザッ!!
自分だけ後方へ大きく優雅に飛び退くお嬢様!
――刹那!
俺の立っている位置、上空にサッと影が出来たかと思うと俺が見上げた先には……
「…………あ」
俺の遙か頭上には”巨大な煌めく塊”がひしめきあい、それは俺の視界一杯になって降り注ぐ!
ザシュッ!
ドシャァッ!
「わっ!わっ!ちょっと!?」
それは……それらは……
煌めく金剛石にも似た雑なブリリアントカットを施された氷塊群!
ザシュッ!
ドシャァッ!
「うぉっ!ひぃぃっ!」
巨大な氷塊群は尖った表面を陽光にギラつかせて降り注ぎ、すぐ目の前に!横に!頭の上から……
数多出現しては落下し、轟音と共に地面に突き刺さって砕ける!
ザシュッ!
ドシャァッ!
「ちょっ!ちょっと!わわっ!」
頭上から降り注ぐ数メートル級の尖った氷塊!悪夢の雹雨!!
すっかり逃げ遅れた俺は――
「ず、ずるい!ずるいっ!ちょっと自分が”氷系”の魔法に敏感だからって、自分だけっ!てか、誰が”土下座衛門”だぁぁっ!」
それを下手な村踊りを披露する虚け者のように、独り無様に舞いながら辛うじて躱し続けていた。
「右よ!ほら、今度は左!もぅ……喚くか避けるかどっちかにしなさいよ!このバカっ!」
自分はすっかり安全な射程範囲外で、俺に辛辣に指示する美少女。
ザシュッ!
「うわわっ!」
――こ、この娘っ子には言いたいことは山ほどある……
ドシュッ!
「うひぃぃっ!!」
――あるんだよっ!……だがなぁ
またも巨大な氷塊を辛うじて回避した俺は、跳んで、転がり回り、既に泥塗れで……
「ア、アラベスカさぁーーん!お願い、お願いしますぅっ!ご指示をぉぉっ!!」
忙しく、無様に逃げ惑いながらも懇願していた。
――理不尽な美少女に文句を言うか、襲い来る目前の脅威から逃れるか……
つまりマリアベル嬢の言い方を借りるなら、”喚く(所業に抗議する)?”OR”避ける(指示を懇願する)?”なら、もちろん俺は迷うこと無く懇願するっ!
ドシャァアッ!
「ひぃぃっ!」
――だって、当たったら、すんごぉぉく痛いでしょうがっ!
ドスッ!ドスッ!ドスッ!
「うはっ!」「わわっ!」「うひひぃぃ!」
「右よ!」「ほら左……じゃなくて右かな?」「あぁもぅ!案外ノロマね、斎木 創っ!」
降り注ぐ氷塊は俺の上空十数メートルに出現しては地表に降り注ぎ続ける。
地上を這いずり回るのに手一杯、足一杯な俺から明確な落下位置を把握するのは困難で……
離れた位置で見守る彼女の……マリアベルの蒼石青藍の瞳だけが頼りだった。
「バカ、そっちは逆……」
「えっ!?は、はいぃぃ直ぐに!」
「…………あ……やっぱ、合ってた」
ドスゥゥ!
「うひぁぁっ!!」
巨大な氷塊の鋭利な角が俺の頬を掠って地面で砕ける!
「テメェこのっ!さっきから態とじゃないだろう……」
「は?」
ドスッ!ドスッ!ドスッ!
「ひぃぃ!!お美しいお嬢様ぁっ!この愚鈍な”土下座右衛門”にご指示をっ!御慈悲をぉぉっ!」
今更言うまでもないが……
プライドなんてものは全く頼りにならない、ポイだ。
「真に見下げ果てた下衆だな、小物め……その有様で、どう言う具合に”とっくに気づいていた”と言うのだ……愚か者め」
ドシャァァッ!
呪術導士ヒューダイン=デルモッドによる侮蔑の言葉が俺に向けられた時、恐らく最後の一つであろう”氷塊”が地面に刺さって木っ端に砕けた。
「ぐふぅぅ……」
そしてたった今まで、土と雪と……
涙に塗れながら転がって回避し続けた俺は、なんとかかんとか五体無事のようだった。
「ぜっ……ぜーぜーはーはー……そ、それは……な……なぁ」
四つん這いのまま、俺はぐいっと顔の泥を拭う。
ドスゥゥーーンッ!
――っ!?
ようやく反論できると俺が口を開こうとしたその時、先程までの”悪夢の雹雨”とは比べものにならない地鳴りが響いたかと思うと、巨体は満を持してこの場に姿を現す。
ゴゴゴゴゴゴォォォォーーーー
遂に目前に出現する、見上げる程の巨人。
「ヴォヴォ……」
身の丈は十メートル近くあるだろうか。
「グッグルルルゥゥ……」
雪山の様に白い……体毛?いや、陽光を反射してキラキラ輝くのは白い霜だ。
――全身を霜で覆われた筋骨隆々な巨人
強烈な冷気を従え、氷結した体表の霜の間からギョロリと血のように赤い眼が二つ爛爛と光る巨人。
「…………う、おいおい……状況から氷系統の魔物を従えているとは踏んでいたが、よりによって……”霜の巨人”かよぉ」
俺は顔の泥を拭って反論の狼煙を上げようとしていた口で、つい弱音を吐いてしまっていた。
第十二話「無謀者と啖呵」前編 END