第十一話「灰色の呪術導士」後編(改訂版)
第十一話「灰色の呪術導士」後編
「どうした竜人の小娘、我が研究の糧となれるのが嬉しくて声も出ぬか?フォフォ、さもあろう、女体を用いた実験には快楽はつきもの、期待通り存分にその身に与えてやろうぞ」
――ツツゥ
「っ!」
――ツツゥ
「うっ……くぅ……」
呪術導士、ヒューダイン=デルモッドは態とマリアベルの反応を愉しむように、彼女の太ももの表面に何度も指を往復させる。
――く、くそ……汚らしい指でマリアベルに何度も触れやがって!
俺は”斬りつける隙”を覗って短剣を構えてはいる。
ヒューダインの扱う”呪術の弱点”をなんとか見つけたいところだが……
いずれもこの状況では困難だ。
抑も呪術という背徳の魔術研究で実験といえば……
それは苛烈な拷問や陰惨な陵辱により負の感情を無理矢理引き出して行う儀式が多いと聞く。
在る時は、あらゆる拷問と回復魔法を施し続けて、何年も何年も苦痛を与えては生かし、甚振り続ける。
また在る時は、精神を病むような非合法な薬や快楽を爆発的に増進する秘薬を用いて、人格を破壊するほどに陵辱の限りを尽くして嬲り続ける。
そして、そのどの行為も……
対象が廃人になっても止むことは無く、命を失った後ですらその骸を余すこと無く魔術媒介として廃品利用するという、”死してなお浮かばれない”悪魔の所業であると。
「…………」
「ヌフッ、フハハハハッ」
拘束され、根暗魔導師に触られるまま太ももを穢されるこの瞬間も、全身は黒い呪いに徐々に締め上げられる苦痛に耐えるマリアベルの顔。
――ツツゥ
「……」
――ツツゥ……サワッ
「っ!」
「おおぅ?」
彼女を理不尽に嬲る男は、それでも気丈な表情を崩さなかったマリアベルの美しい蒼石青藍の瞳が一瞬だけ僅かに反応したのを見逃さなかった。
灰色フードの老人が、蒼き竜の美姫のふとももを往復する指を、やや振り幅を広げて上にスライドした時、その節榑立った指が一瞬だけ彼女のスカートの裾に触れる。
「クッ……ハハハッ、なるほど、それも良いか」
そして呪術導士、ヒューダイン=デルモッドは節くれ立った渇いた指で、巻き付いた呪いにより、少しだけズリ上がった彼女のスカートの裾を摘まんだ。
「やめっ……」
思わずマリアベルが見せる反応にヒューダインの口元は歪んで上がる。
「フハハァァッ!!この身を”不死化”せずにおいて正解だったわっ!そうしておれば儂自ら”房中術”も行えなんだところだ、フハハ……どれ?先ずはジックリと吟味を……」
「こ、このっ!下衆っ!」
――ググッ
徐々に持ち上がって行くスカートの裾。
「う…………い……いやぁ……」
ここまで強気で耐えていた少女も、このどうしようも無い状況に羞恥に染めた顔を逸らすのが精一杯の抵抗だった。
「良いな、竜の雌が実に初な反応を示すではないか」
耐えきれず溢れたマリアベルの蒼石青藍に光るものを目聡く見つけ、それを堪能するようにねっとりと視線を這わせながら、呪術導士はその手を更に上に持ち上げて……
「……っ」
少女の端正な顔が見る間に強ばり、美しく輝いていた蒼石青藍の光りが瞼に遮られた。
――くそっ!くそっ!このままじゃ……
”斬りつける隙”?
”呪術の弱点”?
――アホか!俺にはもう選択肢は無いっ!
――選択する時間も無いっ!
そう思ったとき、俺の身体は自然に動いていた!
「ちょ、ちょとまったぁぁーー!!」
――!?
そして傍観者だった俺が突然出した大声に、根暗魔導師の不届きな手が止まる。
「呪術導士さん!いやさ、偉大なる大魔導士ヒューダイン=デルモッド様っ!!この通り!俺達の負けです!ですからぁ……」
敵の注意が向けられたのを好機と捉え――
ズザザァーー
俺は即座に土下座して地面を覆った雪におでこを擦りつける!
「…………」
「……ぁ」
俺が突然とった奇抜でプライドも何も無い行動に、ヒューダインは無表情で此方を睨み、囚われの蒼き竜の美姫は閉じた瞳を僅かに開いて俺を見る。
「負け?今更……端から貴様如き雑魚の”盗賊”崩れに用はない、直ぐに灰にしてくれるから今暫しそこで馬鹿面を晒しておれ」
だが、ヒューダインは直ぐに不機嫌にそう言い捨てて、マリアベルのスカートを……
「いやだっ!死にたくない!どうか!どうかお願いします!助けて下さいぃぃ!」
そうはさせじと、俺は更に卑屈に懇願し、取り乱した風を装い、額から血が滲むほど地面に擦りつけて泣き叫ぶ。
「ふん、小物がっ!」
ヒューダインは心底見下した目で俺を見下ろした後、スッとマリアベルのスカートを摘まんでいる方と逆の手を俺に翳していた。
――よしっ!
気が逸れた!完全にだ!
俺は即座に土下座で膝を折った状態の足……
地面を捕らえている両足の指先に力を込め――
「っしゃぁぁっ!」
ズドォッ!!
一気に飛び出す!!
「なっ!?」
灰色フードの下で濁った目を見開くエロジジィ。
――だがもう遅いっ!
俺の職業は”盗賊””暗殺者””狩人”という戦士系職業の中でもスピードに特化した三種を極めることにより取得できる上位職業、”影の刃”。
この距離で!
注意を半端に向けた状態で!
文字通り片手間の呪文詠唱なんて状況の……
――クソ魔導師なんかに先制を許すわけが無いっ!!
地上スレスレの低い位置から……
撃ち放たれた一筋の”矢”と成った俺はそこから一気に間合いを詰め、伸び上がるように短剣を突き出す!
ズドォォ!!
「ぬぅぅっ!」
バリッバリバリバリィィッ!!
次いで、突いた箇所から一気に明滅する光と熱が広がり、それは瞬く間に対象者の全身にまで達する!
――電撃伝導突き!
この技は”短剣スキル”にある”閃光突き”という、その名の通り一瞬で間合いを詰める最速の突きに、魔法スキル”雷属性UP”で強化した攻撃魔法”雷撃”を組み合わせた俺のオリジナル技だ!
目標に突き立った刃から大電流が流れ、それは対象の身体を伝って全身に行き渡る。
そしてこの技の最も優れている点は……
「くっ!この盗賊崩れがっ!!」
――いまさら焦っても遅いんだよっ!
バシュッと弾ける空気音が響き、少女の白い肌から黒い紐状の呪いが霧散する。
そう、この技の最も優れている点は、範囲魔法の雷撃と同じ効果を持ちながらも、無差別では無く、対象者以外には影響を与えないと言うこと。
――それに俺はなぁ……
目標に突き刺した短剣を握りながらも、俺の口端は口角は上がる。
「思い知ったかぁっ!俺は土下座から攻撃するのが得意なんだよぉぉっ!!」
「…………」
「…………」
呆気にとられて?
刃を握る俺を見る二人……
――あっ!
――し、しまった……言い間違えた。
「その……あれだ、俺は”盗賊”じゃないぞ、素早さのスペシャリスト”盗賊”の上位職業、”影の刃”なんだよっ!……なんです、いやこれほんと……ねぇ?」
肝心なところで決め台詞を取り違えた俺に、二人の視線はどこまでも冷たかった。
「き、貴様が?上位職業だと?……”影の刃”?そんなものは聞いたことが無い!」
「…………斎木 創……最低」
灰色フードの超陰気男は、俺の一撃にビビって数歩下がったままの情けない姿で失礼な事を言って……
輝く蒼い髪、蒼石青藍の瞳の超絶美少女は、呆れた顔で呟いた後、自由になった自身を抱きしめるように庇いながらもヨロヨロと俺の方へ……
「いや、最低はないだろ、最低は……助けてやったのに」
そうだ、俺が放った”乾坤一擲”の一撃は、あのエロジジィを狙ったモノでは無かった。
マリアベルを拘束していた呪いを魔法付加された刃で霧散させるのが目的だったのだ。
「べつに……たのんで…………ない」
ばつが悪そうに、俺の傍で美少女はそう答え、蒼石青藍の宝石を俺から逸らせる。
「…………難儀だなぁ」
――まぁ別に良いけど……単に俺が嫌だったてのも多分にあるし……
素直じゃ無いお姫様に俺は溜息を吐いてから、改めて目前の敵を見た。
「貴様……普段からこんな情けない戦い方をしているのか?それで上位職業だと?ふんっ!戯れ言も大概にせよ」
――ちっ、エロジジィめ……負け犬の遠吠えかよ
「まぁな……”影の刃”は超レアな隠れ職業みたいだしな」
事実、ゲーム”闇の魔王達”では俺も知らなかった。
俺がこの”影の刃”にクラスアップできたのも、三百年間で貧困生活に苦労した結果だ。
こんな世界に能力無し、つて無し、金無しで放り出された俺には自給自足が大原則だった。
それで、サバイバル色が強くて生活に役立つスキルが多い”盗賊”や”狩人”を取得した結果……その後に偶然に行き着いたのが、この”影の刃”だったからだ。
「どっちにしてもコレで再び条件は対等だ!どうするエロジジィ、交渉か?戦争か?」
俺は相手の切り札を封じて圧倒的優位に立ったとばかりに、手にした刃を呪術導士に向け、宣言していた。
第十一話「灰色の呪術導士」END