第一話「始まりの夜」後編(改訂版)
第一話「始まりの夜」後編
「これは……なんだ?ただの”短剣”ではないな」
指さされた物は、俺が”裏家業”の時に装備する二つの武器のウチのひとつ。
二本並べられた短剣の一方で、刀身がちょっと特殊な代物だった。
「他は兎も角、コレだけは理解できぬ……これはなんだ?」
「……」
――他は兎も角ねぇ……なるほど確かに”短剣”が一番”あからさま”だからなぁ
「答えろ!自称勇者殺し!!」
竜戦士様は苛立っておられるご様子だ。
「ソードブレイカーだけど……知らないか?」
だから俺は取りあえず素直に答えた。
ソードブレイカーとは刀身の峰が櫛状で、敵の剣をその峰の凹凸にかませてへし折ることができる剣殺しの武具だ。
とはいえ、相手にする剣にもよるが、普通はへし折るのは強度とか技術的な問題から困難なので、実際は”絡め取る”ことが多い。
「そんなことは識っている、問題は禄に役に立たない不人気武器であるソードブレイカーが何故このような禍々しい気を放っているかだ……これではまるで魔剣……いや……伝説級か下手をすると神話級武具……」
「……」
――ほぅほぅ、なるほど、流石は竜人族。その価値が一目で解るか……
確かに俺の”ソードブレイカー”は、条件さえ揃えばどんな剣でも破壊することが出来ると自負する”対刀剣破壊武器”の逸品だ。
――この世界の武具にはランクがある
武器ランク1から3は初心者から中級者用までとして、
4から6は中級以上、上級者用として普通に市場に流通している。
そしてランク7から8は所謂、魔法の付与されたような希少な刀剣。
真っ当な市場ではまず目にすることの出来ない掘り出し物、超高級品だ。
言わずもがな、それらの上位、ランク9や最高の10になると……
それはもう伝説級、神話級と呼ばれる代物で、勇者や魔王が所持する程の”聖剣”や”魔剣”を指す。
そしてあくまで噂レベルだが……
ランク10の神話級武具には、”神殺し”とさえ呼ばれる存在まであると囁かれている。
無論、それらを扱うには使用者にもそれなりのレベルが必要だ。
抑も俺が所持する短剣スキル、つまり短剣という武器種は、最高ランク7までしか存在しない。
さらに短剣の中でもソードブレイカーは、扱いどころが難しいことも相まって”武器とは言えない武器”として低評価で扱う者は希だ。
故に積極的に制作される事も無く、精々ランク5が最上級品といったところだろう。
「ソードブレイカーだぞ、それ?……ランク5の短剣だよ、嘘だと思ったら鑑定してみろよ」
「む……むぅ……」
俺の答えに、怪訝な顔……いや、フルフェイスだから予想だが、兎も角そういう反応を示した竜戦士は、渋々だがゴトリと”ソードブレイカー”をテーブルに戻した。
「で……どうするんだ?帰るのか、依頼内容を話すのか……」
「……」
俺の問いかけに竜戦士は暫し考えた後で……言葉を発する。
「貴公の実力では”勇者”など、とても打倒出来るはずが無い……だが、この武具など不可解な点もある……だが、やはり……貴公では……うむ……」
――なんだ……優柔不断だな……
とはいえ、この見事に輝く蒼石青藍の鎧を纏った竜戦士は最終的には諦めて帰るだろう。
俺には解る。
兜の奥、竜戦士の蒼石青藍の光りは決して俺に期待をしていないからだ。
「わかった、ならお帰りは彼方だ」
そして俺は相手の結論を素直に受け入れる。
何故って?
俺だってあんな”勇者”相手にするんだから毎回命懸けなんだよ!
例え報酬が破格であっても、信用もしない依頼者のためにそんな危ない橋は渡れない。
「じゃあ……帰る前にこの拘束を解いてだな……」
俺はそう言っ……
ドカァァァーーー!!
おうとした瞬間、けたたましい破壊音と共に家のドアが内側に弾け飛び、辺り一面に木片が散らばったのだ!!
――うぉっ!なんだ!?
「はははーー!!勇者様参上っ!!囚われの女性はどこだ!無敵の俺様が化け物から救い出してやるぞぉっ!」
破壊された木製ドアの破片と共に勢いよく侵入して来た数人の戦士達。
「ひゅー!アレ見ろよ竜人だぜ!こりゃ希少アイテムゲットじゃね?」
「ちょっと、人質の救出が優先でしょ……って、なんて綺麗な蒼石青藍の鎧っ!!」
一人は見るからに立派な剣を携えた黒髪の若い男。
一人は大鎚を担いだ大柄な男。
一人は狙撃弓を構えたローブ姿の若い女。
一人は二本の曲刀を構えた中年の男。
四人の侵入者達は、性別も背格好も年齢も様々だが、”俺の自宅”に乱入した直後から、執拗に室内を物色する視線で、皆一様に戦利品の確認に余念が無さそうだ。
ある意味、素直に”冒険者”然たる輩だった。
「おおっ、そうだった、人質……お嬢さん……人質、若い女……っと?」
そして、その集団のリーダーらしき黒髪の若い剣士と、壁に貼り付けられた俺の目が合う。
「……」
――本当に若いな……どう見ても十代半ばくらい……か?
「……」
俺達は暫し見つめ合った後……
「って、おいっ!オッサンじゃん!!なんだよ、半裸のおっさんって!……助け損じゃね?」
あからさまに顔をしかめた若い剣士は、もう興味が無いとばかりに即座に俺を視界から排除した。
「ふーん……」
そして本来の獲物である、蒼石青藍の竜戦士を値踏みするように眺める。
――チッ!
オッサンだと失礼な!俺はまだ二十歳と三ヶ月だ……
ってか、正義の味方気どってる割に感じ悪いな此奴。
「竜爪っ!!」
ドシュッ!
俺がそんな感想を浮かべている間にも、例の竜戦士が先手で放った電光石火の槍突きが剣士を襲っていた。
――おっ!速い……
流石、竜戦士だ。俺が見てきた中でも最強クラスの突き……
――だが
ガシッ!
しかし若い剣士は、それを軽く躱して……
こともあろうか、突き抜けた超高速の穂先を人差し指と親指で挟んで摘まんでいたのだ。
「くっ!?」
槍を握った竜戦士は小さく驚愕の声をあげ、槍を引き戻そうと躍起になるが二回りほども小さい相手に容易くその場に留められる!
「……」
――ったく、いつ見ても信じられないな……ほんと勇者等は……
俺は不躾な侵入者の若い剣士を一目見て、それが日本人であると、そして俺同様に”あの光”に送り込まれた輩だと理解していた。
「くっ!くぅっ!……うぅ……」
二メートル近い巨躯を誇る竜戦士が全身の総力を以てしても、剣士が摘まんだ槍先はピクリとも動かず固定されたまま。
――しかし……なんだ?
――なんていうか、この竜戦士のこの声……
自らの槍を取り戻そうと必死で引く竜戦士から漏れる声は先程までとは違い、やけに可愛らしい。
分厚い全身鎧の中から漏れる声は断片的で、確信とまでは行かないが……
――もしかして……
「うわっ!!弱っ!最強種で希少な竜戦士って言ってもこの程度かよぉー」
俺がその光景からある一つの推理を纏める前に……
黒髪の若い剣士は軽く穂先を摘まんだまま、期待外れだとばかりの相手を小馬鹿にした声を上げていた。
「はぁ、レオスにかかったら誰でもそうでしょ?魔王や魔神だって鼻うた混じりで倒しちゃうんだから……」
そして、仲間であるローブ姿の女が、呆れた態度を見せながらも、余裕の表情でコロコロと笑っていた。
「む……うぅ!……ア……氷弓……」
――おっ!?
竜戦士は肉弾戦を諦めて戦法を変えたようだ。
具体的にはその至近距離で攻撃呪文を放とうと――
ザシュッ!!
「あうっ……はっ!!」
したみたいだったが……その瞬間、竜戦士の槍を握っていた右腕は肘の下辺りからスッパリと切り落とされていた。
「うっ!あぁっっーー!」
響く甲高い悲鳴、吹き出す鮮血!
床にゴロリと転がる籠手を纏ったままの右腕……
ボタボタと俺の家の床に見る間に赤い血溜まりが出来て、痛みに蹌踉めいた竜戦士は、ようやく摘まんだ指先を離した剣士から槍を取り戻したものの、後方にヨロヨロ覚束ない足取りで二歩、三歩と下がってたじろぐ。
「うう……あぁぁ」
斬られた右腕の、鮮血が溢れる残った肘辺りを押さえて竜戦士はその場に跪き、泣き声ともとれる情けない声で身体全体を震えさせていた。
――やはり、この声は……
「いやっほぉぅぅーー!!まずは一本だぁぁっ!!」
血に塗れた剣を掲げ、子供のようにはしゃぐ若い剣士と、それをあきれ顔で眺める剣士の仲間達。
「おぉ、そうだ!これから手足を順番に切り取っていって……いや、その前にあの見かけ倒しの鎧を剥ぎ取って、竜人族とやらのストリップショーてのはどうだぁ!?」
若い剣士は更に好奇心で瞳をキラキラさせて、なんとも胸くそが悪くなる様な提案をする。
「おいおい、リーダー……ストリップって言っても中身は”竜人”だろう?蜥蜴人みたいな鱗じゃ無いのか?」
「あんまり遊んでないでよね、早く済ませて帰らないと……夜更かしはお肌に良くないんだから」
若い剣士は調子に乗って殺戮を愉しもうとするが、大鎚を担いだ大柄な男とローブ姿の若い女はそれにツッコミを入れる。
「くぅぅ……うぅ……」
そして右手を喪失した竜戦士は、頑強な体躯を蹲らせて痛みに呻いたままだ。
「……」
で、一部始終を眺めながら俺は……
一見して俺を助けに来てくれた集団であると推測される人類の勇者一行?と……
対して、俺を今の今まで監禁していた異種族、竜戦士。
「……」
状況から俺の味方はどちらか明らかだろうが……
「取りあえず剥いちまおうぜっ!そんで鱗なら三枚に下ろして刺身にでもなぁ?ははっ!」
「うえっ、蜥蜴の刺身って……グロっ!」
「…………」
俺はそんなやり取りを目前にして、何故か非道く不快に感じていた。
「じゃ、そろそろ殺っちまうかぁ?フェリシダーデのお肌に染みでも出来たら一大事だからなぁ」
黒髪の若い剣士は最後まで巫山戯ながらも、手にした””如何にも普通で無い剣”を掲げて――
「………………ちっ!……”猫騙し”!」
シュォォーーーーンッ!!
俺が密かにそう呟くと、その場は瞬く間に閃光に包まれ、視界は一瞬だけゼロになる!
「なっなんだ?」
「きゃっ!」
「うぉっ!」
――真に不本意ながら……
それは俺が唱えた呪文……猫騙し(目眩まし)だった。
第一話「始まりの夜」後編 END